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君と勇者のいらない世界へ  作者: きびだんご


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20/22

救われた側の声

 街区の集会所には、椅子が足りなかった。


 後ろに立つ人もいた。

 子どもを抱いた人、仕事着のまま来た人、杖をついた老人。

 皆が僕たちを見る目は、同じではなかった。


 入口で礼を言ってくれた女性がいた。

 そのすぐ後ろの男性は、挨拶をせず、僕の剣を見た。


 僕は剣帯を外し、ガレスへ預けた。

 無防備だと示すためではない。

 狭い通路で、人や椅子にぶつけないためだった。


 それでも、何人かの視線が動いた。


 リシェは図面の箱を持ち、僕と並んで前へ出た。

 セヴリナは別の机に、試験の計画書を置いた。


 集まりを取り仕切る女性が立ち上がる。


「今日、結界を変えると決める場ではありません」

 最初にそう言った。

「何が起きているのかと、何を試そうとしているのかを聞きます」


 僕は少しだけ息をつけた。

 全員を今ここで納得させなければならないわけではない。


 けれど、最初の質問はすぐに来た。


「魔王の機械を、ここへ入れるんですか」


     *


 質問したのは、入口で僕の剣を見た男性だった。


 両手を膝に置き、背筋を伸ばしている。

 怒りを抑えているようにも、ただ姿勢のよい人にも見えた。


「魔王が使っていた技術の記録も、参考にします」

 セヴリナが答えた。

「そのまま都市へつなぐ計画ではありません」


「誰が確かめる」

「結界局の技術者と、外の設備を知る技術者です」


「外の、というのは魔族も?」

「必要なら、協力を求めます」


 男性は唇を結んだ。


「弟は、魔王軍に殺された」


 部屋が静かになった。


「やっと終わったと思ってた。なのに今度は、そいつらの技術を信じろと?」


 リシェの手が、紙の端で止まった。

 僕はマイクのない部屋で、声の大きさを探した。


「信じたことにしてほしい、とは言えません」


 男性が僕を見る。


「ただ、魔王軍の命令と、今、町で人を守る設備を扱っている人が、全部同じとは限りません。僕も、現地で初めて知りました」


「お前は倒した側だから、そう言えるんじゃないのか」


 僕は返事に詰まった。


 後ろから別の声がした。

「勇者に、そんな言い方をしなくても」


 何人かが頷いた。

 僕は慌てて首を振った。


「僕への礼と、今の提案に賛成するかは、別にしてください」


 声が、思ったより大きく出た。


「助かった人がいることは、嬉しいです。でも、そのことで、次の危険に黙って頷いてほしいとは思いません」


 部屋が静かになる。


 ガレスが壁際で、僕を見ていた。

 何も言わなかった。


     *


 リシェが地図を広げた。


 王都から、辺境へ伸びる線。

 僕たちが確認した集落。

 まだ現状を確かめられていない場所には、別の印がついている。


「私の村は、ここです」


 彼女がエルナを指した。


 最初から、魔王の話はしなかった。

 村でどんな暮らしをしていたか。

 結界が止まり、今は住民の移動が進んでいること。


 そのあと、王都の運転記録と、外の観測値を示した。


 セヴリナが説明を補った。

 都市の結界が、処理しきれない負荷の一部を外へ流していること。

 自然の噴出もあるが、都市の運転と無関係ではないこと。


 前の席の女性が手を上げた。


「知らなかった」

 彼女が言った。

「でも、それを知ったら、ここに住んでる私たちが悪いということになるの?」


 リシェは首を振った。


「あなたの暮らしを壊したいわけではありません」


「でも、負担を戻すんでしょう」

「全部、こちらへ返すのではなく、各地で処理できる量を調べて分けたいんです。そのために、設備と使い方を変える必要があります」


 女性は、抱いていた子どもの背を撫でた。


「この子は、怖い音がすると眠れない。前の町から逃げてきたから」


 リシェは、言葉を止めた。


 僕は女性の足元に、小さな荷袋が置かれているのを見た。

 外へ出るときも、手放さないものなのかもしれない。


「ここなら眠れるの」

 女性が言った。

「それを、なくさないでほしい」


 リシェは頷いた。

「そのためにも、いきなり変えない方法を探しています」


 安心してくれとは言わなかった。


 僕は、その答えを聞きながら、自分の指を開いた。

 人の怖さは、こちらが正しい事情を説明すれば消えるものではなかった。


     *


 次に出たのは、生活の質問だった。


 井戸を動かす設備は止まるのか。

 夜の街灯は、全部消えるのか。

 避難所の暖房はどうなるのか。


 セヴリナは一つずつ、今分かっていることを答えた。

 分からないことには、その場で印をつけた。


 僕は紙を配り、質問を書いてもらった。

 書けない人には、口で言ってもらい、代わりに書いた。


 ある老人は、結界の仕組みを聞かなかった。


「もし失敗したら、どこへ行けばいい」


 僕はセヴリナを見た。

 彼女は試験場の図を出した。


「今回の試験は、生活用の結界から切り離した場所で行います。失敗しても、街区の結界へ流れない形です」


 老人は図を覗いた。

「本当に、つながってないのか」


「配管を外し、別の石で動かします。見て確認していただけるようにします」


「なら、見に行く」


 セヴリナは名前を書き留めた。


 僕は、そのやりとりが少し嬉しかった。

 信じるか信じないかだけではなく、確かめに来るという方法があった。


 もちろん、誰でも見に来られるわけではない。

 仕事のある人も、子どもを預けられない人もいる。


 取り仕切る女性が、街区から何人かを選んで記録を持ち帰ると提案した。

 試験後は、結果を成功も失敗も含めて掲示することになった。


 僕は、失敗の記録を先に箱へ入れたリシェの手を思い出した。


     *


 集まりが終わっても、全員が納得したわけではなかった。


 弟を亡くした男性は、賛成しないと言った。

 ただ、試験を止めろとまでは言わず、席を立った。


 子どもを抱いた女性は、最後まで残った。

 リシェへ、避難するときに何を持ったのか尋ねた。


 リシェは、食料と薬と、着替えを先にしたと答えた。

 自分の村ではなく、レムナの避難所へ運んだときの話だった。


 女性は頷き、袋の紐を持ち直した。


 別れ際、彼女が言った。

「村の人たちも、眠れる場所が見つかるといいね」


 リシェが顔を上げた。

「ありがとうございます」


 それ以上の言葉は続かなかった。

 女性は子どもを抱き直し、帰っていった。


 僕たちは椅子を片づけた。


 立ったまま聞いていた人の分も、次は用意しようと、ガレスが言った。

 僕はその数を数えた。


     *


 午後、旧補給倉庫の試験場を見た。


 王都の東側にある、広い空き地だった。

 使われなくなった小型の結界装置が二つ、離して置かれている。


 生活用の配管は、確かに外されていた。

 切れた端には封がされ、誰が確認したかの札がついている。


 セヴリナが僕たちを案内した。


「まず、この二つを別々に動かす。そのあと、連絡管をつなぎます」


 リシェが焼けた部品を出した。

「途中に、温度を見る場所を増やしたいです」


「できます」


「異常が出たら、両端だけじゃなくて、ここでも切れるように」


 図へ印をつける。

 セヴリナが別の色で、止める順番を書いた。


 僕は荷車から箱を下ろした。

 何かできることがないかと待つ前に、誰に聞けばいいかが分かるようになっていた。


「この部品は、どこへ」

 尋ねると、担当の職人が場所を指した。


「そこの台。まだつながないでくれ」


 僕は置き、札を添えた。

 使えるものと、調べる前のものを混ぜない。


 ガレスは、作業をする人と見学者の動線を確かめていた。

 戦いのときに退路を作ってくれたのと、似た目をしていた。


     *


 夕方、使いの便から手紙を受け取った。


 ミルカからだった。

 バルクの字で、二番設備が安定したこと、温室の屋根を直したことが書かれている。


 ネラの短い文も添えられていた。


 王都へ行ったと聞いた。

 食事を抜かないように。

 ユノが、送るものがあると言っている。


 包みの中には、小さな絵があった。


 剣を持つ僕ではない。

 工具箱を運ぶ僕だった。

 隣にはリシェがいて、箱の反対側を持っている。


 顔は、やっぱり少し困っていた。


 リシェが絵を覗いた。

「似てる」


「そこまで、いつも困ってる?」

「考えてるとき、眉がそうなる」


 僕は眉へ触れた。

 彼女が、少し笑った。


 ガレスへ見せると、同じことを言われた。

 僕は反論するのを諦めた。


 絵は、資料の箱の内側へ挟んだ。

 作業を始めるたびに見える場所だった。


     *


 夜、試験の手順を読み合わせた。


 誰が数字を読むか。

 誰が合図を出すか。

 誰が止めるか。


 リシェが数字を読み、僕が復唱した。

 セヴリナが、間違いがあればそこで止める。


 大きな話をしていたはずなのに、必要なのは小さな確認ばかりだった。


 それが嫌ではなかった。


 図面の向こうに、今日会った人たちの顔がある。

 眠れる場所を失いたくない母親。

 自分の目で確かめると言った老人。

 賛成できないと言って帰った男性。


 辺境にも、同じように顔がある。

 エルナの少年。

 ミルカの食卓。

 レムナの花。


 どちらかをひとまとめにしてしまうと、考えるのは楽になる。

 でも、楽な考えだけで進めたくはなかった。


 読み合わせを終えると、リシェが帳面を閉じた。


「明日は、半日だけ休んで」

 セヴリナが言った。

「二人とも。部品の加工が終わるまで、ここにいてもできることはない」


 僕は反射的に、手伝えることがあると答えそうになった。

 リシェも同じ顔をしていた。


 ガレスが、二人を見て言った。

「休むところまで、手順だ」


 僕たちは顔を見合わせた。


 王都へ来てから初めて、仕事をしない半日ができた。

 何をすればいいのか、すぐには思いつかなかった。

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