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君と勇者のいらない世界へ  作者: きびだんご


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19/22

勇者の証言

 会議の前に、ガレスが僕の留め金を直した。


「曲がってる」


 外套の胸元で、勇者の印が真っ直ぐになった。


 僕はそこを見下ろした。

「外した方がいいかな」


「何のために?」

「これをつけて話すと、僕が正しいみたいに見える」


 ガレスは手を離した。

「外せば、誰だか分からなくなるわけでもない」


 僕は返事に詰まった。


「印があっても、分からないことは分からないと言え」

 彼は言った。

「今日は、その練習だと思え」


「練習で済む?」

「俺も、ああいう場は得意じゃない」


 少し安心した。


 リシェは廊下の窓辺に立っていた。

 図面の箱は足元に置き、何も持たずに外を見ている。


「行こう」

 声をかけると、彼女は振り返った。


 昨日まで隠そうとしていた金属環は、鞄の横に結ばれていた。

 僕は留め金を、もう触らなかった。


     *


 集まったのは、結界局だけではなかった。


 都市の管理官。

 軍の連絡役。

 救援物資を扱う役人。

 街区の代表者が二人。


 広い会議室ではあったが、王が座るような場所ではない。

 長い机に、紙と水差しが並んでいた。


 セヴリナが最初に説明した。

 持ち込まれた記録を、どこまで確認したか。

 まだ照合できていないものは何か。


 僕は、そのあとに話した。


 エルナで、子どもが結界の外へ取り残されたこと。

 魔王の補充が途絶え、村が維持できなくなったこと。

 聖剣の残る力を使って、時間を稼いだこと。


 話しながら、何度も手元の紙を見た。

 格好よく語る余裕はなかった。


「その村へ、現在の王国の結界が影響している証拠は」

 管理官が尋ねた。


 セヴリナが、昨日照合した記録を示した。

「王都からの放出と、周辺地域の負荷増加に対応があります。ただし、自然の噴出を含む全量の内訳は、まだ計測が足りません」


 管理官は頷き、書き留めた。


 即座に信じてもらえないことを、僕は拒絶だと感じかけた。

 でも、セヴリナは同じ調子で答えていた。

 決めるために、確かめているのだ。


 僕は次の紙を出した。

 レムナの記録だった。


     *


「魔王が辺境を守っていたという話と、レムナを攻撃した話は、矛盾しないのですか」


 街区代表の一人が尋ねた。


 僕は首を振った。

「どちらも、記録があります」


「あなたは、魔王を倒したことを、誤りだと考えている?」


 部屋の視線が集まった。


 僕は一度、息を吐いた。

 隣で、リシェが動かずに待っていた。


「魔王軍に襲われていた人を守るために、戦いました」

 僕は答えた。

「実際に助かった人がいます。その人たちに、救わない方がよかったとは言えません」


 机の向こうで、誰かが頷いた。


「でも、討伐によって別の場所で何が起きるか、僕は知りませんでした。今、困っている人を、勝ったから終わりだと言って置いていくこともできません」


 最後の言葉は、少し震えた。


 管理官が、リシェへ顔を向けた。

「あなたは、どうお考えですか」


 彼女は立ち上がった。


「私は、魔王に救われました」

 はっきり言った。

「その感謝は、なくなっていません」


 軍の連絡役が、姿勢を変えた。


「同時に、あの人が攻撃を選んで奪った命があります。それを、私の村のことで償われたとは考えません」


 僕は彼女を見た。

 声は静かだったが、手元で指が強く結ばれていた。


「今日は、魔王の評価を変えてもらうために来たのではありません。動かなくなった結界を、これからどうするかを話しに来ました」


 彼女は座った。

 机の下で、ゆっくり指を開く。


 僕も、同じように手を開いた。


     *


 分散した結界網の図を広げた。


 ヘルゼたちが試した範囲。

 レムナで一晩つながった記録。

 ミルカの小さな温室の記録も添えた。


 セヴリナが、王国側で使える設備を説明する。


 大きな流れを調整する装置はある。

 ただし、違う土地の結界を組み合わせて動かした経験は少ない。

 想定していない向きから力が戻ることもある。


「すぐに全域へ広げられる、という提案ではありません」

 彼女は言った。


 管理官が地図を指した。

「実現したとして、王都の結界はどう変わる」


「外への一方的な放出を減らし、地域ごとに処理できる量を分け合います。そのためには、都市側も使い方を変える必要があります」


「守りが弱くなる?」


「同じ運転を続けたまま、外の負担だけなくすことはできません」


 室内がざわめいた。


 街区代表の男性が口を開いた。

「住民に、危険を受け入れろと言うんですか」


 僕は答えかけ、止まった。

 辺境では、ずっと受け入れさせられていた。

 そう言いたかった。


 リシェも、机の図へ視線を落とした。


 男性は続けた。

「戦争の間、うちの街区には避難してきた家族がいる。今、やっと子どもを外へ出せるようになった。その人たちへ、また逃げろと?」


 僕は口を閉じた。


 王都にいるから、何も失っていないわけではない。

 その人たちも、ここで守られていた。


「危険を小さくする方法を、先に確かめたいです」

 僕は言った。

「安全だと、今ここで言い切ることはできません」


 男性は僕を見た。

 不満は残っていた。

 でも、それ以上は言わず、椅子へ背を戻した。


     *


 話は、簡単には進まなかった。


 誰が費用を出すのか。

 辺境の設備を、誰が管理するのか。

 魔族の技術者を入れるなら、身元をどう確かめるのか。


 その一つひとつに、答えが要った。


 僕は途中で、机の上の聖剣を見た。

 会議のために、封をつけた鞘ごと置いていた。


 この剣を掲げれば、一つくらい話が進むのではないか。

 そんな考えが、頭をよぎった。


 ガレスが隣で、紙をこちらへ寄せた。

 彼が書いたのは、三つだけだった。


 誰が。

 いつまでに。

 何を確かめる。


 僕は剣から目を離した。


「まず、王都の住民を危険にさらさない、小さな試験はできますか」


 セヴリナが顔を上げた。


「旧補給倉庫の試験場なら。生活用の結界と切り離された設備があります」


「そこで、違う型をつなぐ」

 リシェが言った。

「わざと負荷を変えて、止められるかも確かめたいです」


 セヴリナが頷いた。

「その条件なら、計画を作れます」


 管理官は、しばらく考えた。

 それから、試験計画を提出することと、資料の照合を続けることを認めた。


 全域の改修が決まったわけではない。

 王国が、すべてを引き受けたわけでもない。


 まず、小さな場所で確かめる許可だった。


 僕はその小ささを、以前ほど軽くは見なかった。


     *


 会議のあと、廊下でセヴリナが声をかけてきた。


「今日、すぐに止めろと言われるかと思っていました」


 リシェは窓の外を見た。

「言いたかったです」


 セヴリナは頷いた。

「そうでしょうね」


「でも、止めたら危ない人がいるのは、見ました」


 少し間があった。


「だから、今のままでいいとは言えません」


「私もです」


 二人は顔を見合わせた。

 簡単に仲間になったわけではない。

 それでも、次に同じ机へ座る理由ができた。


 僕は試験場の場所を聞いた。

 明日から、設備を確認できるという。


 ガレスが、必要な人員を書き出し始めた。

 見張りではなく、荷を運ぶ人、部品を数える人、合図を伝える人。


 僕にもできることが、いくつもあった。


     *


 宿舎へ戻る道で、子どもに手を振られた。


 僕は手を上げた。

 その隣で、リシェも小さく会釈した。


 夕方の王都は、穏やかだった。

 店を閉める音がして、通りに夕食の匂いが漂っている。


「今日、言えたね」

 僕が言うと、リシェがこちらを見た。

「何を?」


「魔王に助けられたことと、レムナのこと。両方」


 彼女は少し考えた。

「ダインさんには、最初からそう言いたかった」


「伝える機会は、まだあると思う」


 リシェは頷いた。

 許してもらう機会とは、僕も言わなかった。


 宿舎の前で、軍の連絡役が待っていた。


「明日、街区の集まりに出てほしいそうです」

 彼が言った。

「勇者が、魔王の設備を王都へつなごうとしている、と話が広まっています」


 僕は立ち止まった。


 会議室の外では、違う話になっていた。


 リシェが鞄の紐を握る。

 ガレスは僕たちを見て、静かに言った。


「図面を持っていこう。剣だけじゃ、伝わらん」


 僕は頷いた。

 明日も、分かっていることから話すしかなかった。

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