焼け跡の歓迎
レムナへ向かう途中、エルナからの知らせを受け取った。
街道の荷継ぎ場だった。
僕たちの行き先をロウへ伝えてあったので、南へ下る便に預けてくれていた。
村では、予定どおり避難が始まっていた。
荷車を回せる家から順に、食料と寝具を移している。イネスとトーヴは最後の確認をするため、もうしばらく残るという。
リシェは、立ったまま手紙を読んだ。
何度か読み返してから、紙を胸の前で折った。
「戻る?」
僕が尋ねると、彼女は首を振った。
「戻っても、同じ結界へ剣の力を足すだけになる。今は、決めたとおりにしてもらう」
声が少し硬かった。
彼女が村を出たことで、村が平気になったわけではない。
それでも、人々は彼女を待つだけではなく、自分たちで動いていた。
リシェは短い返事を書いた。
無理をしないで、と書きかけて、消した。
代わりに、受け取ったことと、今の行き先を書いた。
*
レムナの北門は、新しかった。
明るい木の色をしている。
その両側の壁は黒く、片方には火で割れた石が残っていた。
修復した場所と、そのままの場所。
離れて見れば一つの町なのに、近づくほど、時間の違いが分かった。
僕は門の前で立ち止まった。
二年前、ここを出る荷車を押した。
そのとき、門は倒れていた。
この場所に屋根があったのかどうか、思い出せなかった。
「知ってる道?」
リシェが尋ねた。
「通ったことはある。でも、少し変わってる」
彼女は自分の鞄を持ち直した。
紐に結んでいた小さな金属環を、内側へ入れる。
エルナの結界師たちが使う、配給設備の印が刻まれたものだった。
魔王の印を簡略にした形だと、砦で初めて知った。
僕は気づかないふりをした。
彼女は、それに気づいたかもしれない。
門番へ名を告げる。
目的を説明し、設備を管理する人へ取り次いでほしいと頼んだ。
男は僕の名前を聞き返した。
胸元の留め金を見て、背筋を伸ばす。
「お待ちしていました」
僕は戸惑った。
誰かが先に知らせてくれたのかと思った。
そうではなかった。
「いつか、お越しになると思っていました。町を、見ていただきたくて」
男は門を大きく開けた。
リシェが一歩、僕の後ろへ下がった。
*
最初に手を握られたのは、通りのパン屋だった。
顔を覚えていると言われた。
避難のとき、粉の袋を荷車へ積んだ若い兵士ではないか、と。
僕にはその人の顔を思い出せなかった。
申し訳なくて、そう答えると、女性は笑った。
「それでいいんだよ。こっちは助けてもらった方だから、覚えてる」
袋にパンを入れて渡された。
代金を出すと、首を振られる。
次に声をかけてきた老人は、戦いの礼を言った。
魔王を倒したことで、やっと眠れる日が増えたという。
子どもが二人、少し離れたところからついてきた。
片方が、木の棒を腰へ差していた。
「その剣で倒したの?」
僕は剣の鞘を押さえた。
「仲間と一緒に、使った」
「強かった?」
返事をする前に、子どもの母親が駆けてきた。
謝りながら、二人を連れていく。
リシェはずっと黙っていた。
誰も彼女を追い返さなかった。
勇者と旅をしている結界師だと紹介すると、歓迎された。宿の部屋も用意してもらえた。
それが、彼女にはかえってつらいように見えた。
食卓へ案内されるとき、彼女の手が一度、鞄の中の金属環を確かめた。
*
設備の管理を手伝っているという男は、町外れの工房にいた。
片側の壁は新しい。
反対側は、黒く焼けた柱を残してあった。
「柱まで替える金がないんだ」
男は僕の視線に気づいて言った。
「気になるか」
「いえ」
「なら、入ってくれ」
四十歳ほどに見えた。
太い指には傷が多く、右の眉の上にも白い筋がある。
「ダインだ。修理屋だと思ってくれ」
僕たちが名乗ると、彼は頷いた。
僕の名を聞いても、手を握ろうとはしなかった。
「話は聞いた。勇者が、結界の図を探してるって?」
「はい。この町に、古い中継設備があったと聞きました」
リシェが写した図を広げた。
ダインは椅子を引き、指で線を辿る。
「こっちは焼けた。南側の一部は、まだ使ってる」
「記録は残ってますか」
「役所にある分は見せられる。失くしたものも多いがな」
彼は図の端へ、新しい線を引いた。
北区画の一帯に、大きな斜線を入れる。
「ここを守ってた設備は、今はない」
リシェが尋ねた。
「結界の外になってるんですか」
「小さい壁を継ぎ足してる。全部は戻らん。風が悪くなりゃ、みんな南の避難所へ下がる」
僕は、来る途中の通りを思い出した。
屋根の直っている家と、空になったままの家があった。
住める場所が増えた順に、人が戻っているのだろう。
「何か、手伝えることは」
僕が言うと、ダインは工房の奥を指した。
「見たいなら、歩いて確かめてくれ。紙だけじゃ、壊れ方は分からん」
*
北区画には、火の匂いは残っていなかった。
代わりに、濡れた土と、新しく切った木の匂いがした。
二年という時間は、何もかも止めておくほど短くも、忘れさせるほど長くもなかった。
ダインは道を選びながら歩いた。
瓦礫が残る場所では、先に足元を確かめた。
「ここは店だった」
角を曲がって言う。
「下が作業場。上に住んでた」
壁が一枚だけ残っていた。
壁には、棚の高さを示す線がある。
僕は頷いた。
その人の家だと気づくまでに、少し時間がかかった。
「奥さんと?」
尋ねると、ダインは短く答えた。
「ああ」
ほかに誰かいたか、聞けなかった。
彼は足を止めず、さらに進んだ。
広場に、小さな石碑があった。
名前が並んでいる。
その下に、名前の分からない人の数も刻まれていた。
ダインが帽子を取った。
僕も外套の頭巾を下ろした。
リシェは、僕の隣で立っていた。
口元が白かった。
風が、碑の前の花を揺らした。
エルナの花を思い出した。
同じように茎を揃え、同じように萎れたものを抜いてある。
そこに刻まれた名前は、魔王ではなかった。
「ミルカのネラさんから、話を聞きました」
僕は言った。
「ご主人が、ここで」
ダインが僕を見る。
「あの鋳物師か」
彼は碑の下の方へ視線を向けた。
「荷車を運び出すのを、手伝った」
リシェの肩が、小さく動いた。
その荷車がミルカへ戻った。
バルクが受け取り、ネラが残された鍋を見た。
別々に聞いていた話が、同じ道の上でつながった。
*
役所の記録室は、仮の建物にあった。
戸棚の数が足りず、紙は箱に分けて積まれていた。
係の女性が、必要な束を探してくれる。
リシェは結界の図を読み、僕は避難の記録を見た。
砦で見つけた攻撃の日付と照らし合わせる。
同じ日だった。
最初の火は、北の設備倉庫から出た。
そのあと、風下の家へ広がった。
守備隊が道を塞ぎ、避難する人とぶつかった場所もあった。
僕は、すべてが魔王軍の攻撃だけで説明できるとは書かなかった。
町の側で起きた混乱も、被害を大きくした。
でも、だから攻撃がなかったことになるわけではない。
リシェが紙から目を上げた。
ダインが、入口に立っていた。
「宿は、もう決まってるんだな」
頷くと、彼は小さな包みを机へ置いた。
乾いた菓子だった。
「隣の婆さんから。勇者に渡せってさ」
僕は包みを見つめた。
「ありがとうございます」
「俺に礼を言うな。明日、顔を出してやってくれ」
彼は戸口へ戻りかけ、リシェを見た。
「結界師さんも、食ってくれ。町のために来たんだろう」
彼女は、少し遅れて頭を下げた。
ダインが出ていったあと、包みは開かれなかった。
*
夕方、宿の部屋で菓子を分けた。
リシェは小さな欠片だけ取った。
僕が食べ終えるころにも、まだ指に持っていた。
「今日、見せるべきだったかな」
彼女が言った。
「砦の命令書?」
頷く。
「持ってるのに、言えなかった」
僕は包みを畳んだ。
「僕も。いきなり渡していいのか、分からなかった」
相手が知りたいかどうかも分からない。
でも、知らされるべきことを、僕たちが勝手に隠してよいとも思えなかった。
「明日、記録を持っていることから伝えよう」
僕は言った。
「読むかどうかは、選んでもらう」
リシェは手元を見た。
「私が、あの人に助けられたって知ったら」
「うん」
「ここにいていいって、言ってもらえなくなるかもしれない」
僕は答えを探した。
そんなことはないと言いたかった。
でも、エルナで追い出されかけた自分が、それを断言することはできなかった。
「僕が先に話す」
そう言うと、彼女は首を振った。
「私のことは、私が言う」
小さな菓子を口へ入れた。
ゆっくり噛んで、飲み込む。
鞄から、配給設備の印がついた金属環を出した。
机の上に置き、しばらく見ている。
僕は剣帯を外し、壁へ立てかけた。
この町では、剣を見た人が感謝してくれる。
同じ部屋で、彼女は小さな印を隠そうとしている。
昨日までと、僕たちの場所が入れ替わっていた。
それでも明日の朝には、同じ記録を持って、同じ戸を叩く。
僕はそのために、紙の角が折れていないかを確かめた。




