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君と勇者のいらない世界へ  作者: きびだんご


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12/22

焼け跡の歓迎

 レムナへ向かう途中、エルナからの知らせを受け取った。


 街道の荷継ぎ場だった。

 僕たちの行き先をロウへ伝えてあったので、南へ下る便に預けてくれていた。


 村では、予定どおり避難が始まっていた。

 荷車を回せる家から順に、食料と寝具を移している。イネスとトーヴは最後の確認をするため、もうしばらく残るという。


 リシェは、立ったまま手紙を読んだ。

 何度か読み返してから、紙を胸の前で折った。


「戻る?」

 僕が尋ねると、彼女は首を振った。


「戻っても、同じ結界へ剣の力を足すだけになる。今は、決めたとおりにしてもらう」


 声が少し硬かった。


 彼女が村を出たことで、村が平気になったわけではない。

 それでも、人々は彼女を待つだけではなく、自分たちで動いていた。


 リシェは短い返事を書いた。

 無理をしないで、と書きかけて、消した。


 代わりに、受け取ったことと、今の行き先を書いた。


     *


 レムナの北門は、新しかった。


 明るい木の色をしている。

 その両側の壁は黒く、片方には火で割れた石が残っていた。


 修復した場所と、そのままの場所。

 離れて見れば一つの町なのに、近づくほど、時間の違いが分かった。


 僕は門の前で立ち止まった。


 二年前、ここを出る荷車を押した。

 そのとき、門は倒れていた。

 この場所に屋根があったのかどうか、思い出せなかった。


「知ってる道?」

 リシェが尋ねた。


「通ったことはある。でも、少し変わってる」


 彼女は自分の鞄を持ち直した。

 紐に結んでいた小さな金属環を、内側へ入れる。


 エルナの結界師たちが使う、配給設備の印が刻まれたものだった。

 魔王の印を簡略にした形だと、砦で初めて知った。


 僕は気づかないふりをした。

 彼女は、それに気づいたかもしれない。


 門番へ名を告げる。

 目的を説明し、設備を管理する人へ取り次いでほしいと頼んだ。


 男は僕の名前を聞き返した。

 胸元の留め金を見て、背筋を伸ばす。


「お待ちしていました」


 僕は戸惑った。

 誰かが先に知らせてくれたのかと思った。


 そうではなかった。


「いつか、お越しになると思っていました。町を、見ていただきたくて」


 男は門を大きく開けた。


 リシェが一歩、僕の後ろへ下がった。


     *


 最初に手を握られたのは、通りのパン屋だった。


 顔を覚えていると言われた。

 避難のとき、粉の袋を荷車へ積んだ若い兵士ではないか、と。


 僕にはその人の顔を思い出せなかった。

 申し訳なくて、そう答えると、女性は笑った。


「それでいいんだよ。こっちは助けてもらった方だから、覚えてる」


 袋にパンを入れて渡された。

 代金を出すと、首を振られる。


 次に声をかけてきた老人は、戦いの礼を言った。

 魔王を倒したことで、やっと眠れる日が増えたという。


 子どもが二人、少し離れたところからついてきた。

 片方が、木の棒を腰へ差していた。


「その剣で倒したの?」


 僕は剣の鞘を押さえた。

「仲間と一緒に、使った」


「強かった?」


 返事をする前に、子どもの母親が駆けてきた。

 謝りながら、二人を連れていく。


 リシェはずっと黙っていた。


 誰も彼女を追い返さなかった。

 勇者と旅をしている結界師だと紹介すると、歓迎された。宿の部屋も用意してもらえた。


 それが、彼女にはかえってつらいように見えた。


 食卓へ案内されるとき、彼女の手が一度、鞄の中の金属環を確かめた。


     *


 設備の管理を手伝っているという男は、町外れの工房にいた。


 片側の壁は新しい。

 反対側は、黒く焼けた柱を残してあった。


「柱まで替える金がないんだ」

 男は僕の視線に気づいて言った。

「気になるか」


「いえ」


「なら、入ってくれ」


 四十歳ほどに見えた。

 太い指には傷が多く、右の眉の上にも白い筋がある。


「ダインだ。修理屋だと思ってくれ」


 僕たちが名乗ると、彼は頷いた。

 僕の名を聞いても、手を握ろうとはしなかった。


「話は聞いた。勇者が、結界の図を探してるって?」


「はい。この町に、古い中継設備があったと聞きました」


 リシェが写した図を広げた。

 ダインは椅子を引き、指で線を辿る。


「こっちは焼けた。南側の一部は、まだ使ってる」

「記録は残ってますか」

「役所にある分は見せられる。失くしたものも多いがな」


 彼は図の端へ、新しい線を引いた。

 北区画の一帯に、大きな斜線を入れる。


「ここを守ってた設備は、今はない」


 リシェが尋ねた。

「結界の外になってるんですか」


「小さい壁を継ぎ足してる。全部は戻らん。風が悪くなりゃ、みんな南の避難所へ下がる」


 僕は、来る途中の通りを思い出した。

 屋根の直っている家と、空になったままの家があった。


 住める場所が増えた順に、人が戻っているのだろう。


「何か、手伝えることは」

 僕が言うと、ダインは工房の奥を指した。


「見たいなら、歩いて確かめてくれ。紙だけじゃ、壊れ方は分からん」


     *


 北区画には、火の匂いは残っていなかった。


 代わりに、濡れた土と、新しく切った木の匂いがした。

 二年という時間は、何もかも止めておくほど短くも、忘れさせるほど長くもなかった。


 ダインは道を選びながら歩いた。

 瓦礫が残る場所では、先に足元を確かめた。


「ここは店だった」

 角を曲がって言う。

「下が作業場。上に住んでた」


 壁が一枚だけ残っていた。

 壁には、棚の高さを示す線がある。


 僕は頷いた。

 その人の家だと気づくまでに、少し時間がかかった。


「奥さんと?」

 尋ねると、ダインは短く答えた。

「ああ」


 ほかに誰かいたか、聞けなかった。


 彼は足を止めず、さらに進んだ。

 広場に、小さな石碑があった。


 名前が並んでいる。

 その下に、名前の分からない人の数も刻まれていた。


 ダインが帽子を取った。

 僕も外套の頭巾を下ろした。


 リシェは、僕の隣で立っていた。

 口元が白かった。


 風が、碑の前の花を揺らした。


 エルナの花を思い出した。

 同じように茎を揃え、同じように萎れたものを抜いてある。


 そこに刻まれた名前は、魔王ではなかった。


「ミルカのネラさんから、話を聞きました」

 僕は言った。

「ご主人が、ここで」


 ダインが僕を見る。

「あの鋳物師か」


 彼は碑の下の方へ視線を向けた。

「荷車を運び出すのを、手伝った」


 リシェの肩が、小さく動いた。


 その荷車がミルカへ戻った。

 バルクが受け取り、ネラが残された鍋を見た。


 別々に聞いていた話が、同じ道の上でつながった。


     *


 役所の記録室は、仮の建物にあった。


 戸棚の数が足りず、紙は箱に分けて積まれていた。

 係の女性が、必要な束を探してくれる。


 リシェは結界の図を読み、僕は避難の記録を見た。

 砦で見つけた攻撃の日付と照らし合わせる。


 同じ日だった。


 最初の火は、北の設備倉庫から出た。

 そのあと、風下の家へ広がった。

 守備隊が道を塞ぎ、避難する人とぶつかった場所もあった。


 僕は、すべてが魔王軍の攻撃だけで説明できるとは書かなかった。

 町の側で起きた混乱も、被害を大きくした。


 でも、だから攻撃がなかったことになるわけではない。


 リシェが紙から目を上げた。

 ダインが、入口に立っていた。


「宿は、もう決まってるんだな」


 頷くと、彼は小さな包みを机へ置いた。

 乾いた菓子だった。


「隣の婆さんから。勇者に渡せってさ」


 僕は包みを見つめた。

「ありがとうございます」


「俺に礼を言うな。明日、顔を出してやってくれ」


 彼は戸口へ戻りかけ、リシェを見た。


「結界師さんも、食ってくれ。町のために来たんだろう」


 彼女は、少し遅れて頭を下げた。


 ダインが出ていったあと、包みは開かれなかった。


     *


 夕方、宿の部屋で菓子を分けた。


 リシェは小さな欠片だけ取った。

 僕が食べ終えるころにも、まだ指に持っていた。


「今日、見せるべきだったかな」

 彼女が言った。


「砦の命令書?」


 頷く。

「持ってるのに、言えなかった」


 僕は包みを畳んだ。

「僕も。いきなり渡していいのか、分からなかった」


 相手が知りたいかどうかも分からない。

 でも、知らされるべきことを、僕たちが勝手に隠してよいとも思えなかった。


「明日、記録を持っていることから伝えよう」

 僕は言った。

「読むかどうかは、選んでもらう」


 リシェは手元を見た。


「私が、あの人に助けられたって知ったら」

「うん」

「ここにいていいって、言ってもらえなくなるかもしれない」


 僕は答えを探した。


 そんなことはないと言いたかった。

 でも、エルナで追い出されかけた自分が、それを断言することはできなかった。


「僕が先に話す」

 そう言うと、彼女は首を振った。


「私のことは、私が言う」


 小さな菓子を口へ入れた。

 ゆっくり噛んで、飲み込む。


 鞄から、配給設備の印がついた金属環を出した。

 机の上に置き、しばらく見ている。


 僕は剣帯を外し、壁へ立てかけた。


 この町では、剣を見た人が感謝してくれる。

 同じ部屋で、彼女は小さな印を隠そうとしている。


 昨日までと、僕たちの場所が入れ替わっていた。


 それでも明日の朝には、同じ記録を持って、同じ戸を叩く。

 僕はそのために、紙の角が折れていないかを確かめた。

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