第1話〜転生手続き
黒板消しの粉」で無念(?)の事故死を遂げた主人公が転生したのは、全員が何かしらの仇を追う狂気の「仇討ち特区」だった!
世田谷区役所で無理やり「数学の田中先生」を標的に登録させられた喘息持ちの少年が、チョーク粉末弾や黒板消し手裏剣を手に(したくないのに)異世界を生き抜く、勘違いと理不尽だらけの仇討ちコメディ!
第1話:仇討ち証明書をお持ちですか?
「……で、君は誰の仇討ちでここに来たんだね?」
白い壁に囲まれた小さな部屋。パイプ椅子の対面に座る男は、退屈そうに書類へ目を落としながらそう言った。
男の胸元には『世田谷区役所 異世界渡航・仇討事務課』と書かれたネームプレートが揺れている。
「……えっと、あの。僕は誰の仇討ちでもないんですが」
「は? 誰の仇討ちでもない?」
男が心底不思議そうな顔で顔を上げた。
「君ね、仇討ちの目的もなしに、この『仇討ち特区』に素手で放り出されたっていうのかい? 親の仇か、師匠の仇か、それとも恋人を奪われた復讐か。どれか一つくらいはあるでしょう」
「いや、だから僕は模試の最中に黒板消しの粉を吸い込んで喘息の発作を起こして、倒れた拍子に頭を強打して死んだだけでして……」
「事故死の転生組か! 参ったな、最近多いんだよなあ。ルールを把握してない事故死組は」
男は盛大にため息をつくと、引き出しから一枚のペラペラの紙を取り出して僕の前に突きつけた。
『仇討ち免許申請書 兼 挑戦状受理票』
「いいかい、少年。この世界……というか、この『仇討ち街』ではね、仇討ち権限を持たない人間が路上を歩くのは違法なんだ。もし仇討ち証明書なしで歩いていたら、巡回中の『仇討ち推進委員会』に身柄を拘束されるか、通りすがりの仇討ち志願者に『練習台』として斬られるぞ」
「えっ、練習台!?」
「当たり前じゃないか。世の中には『仇討ちしたいけど相手が見つからないから、とりあえず誰でもいいから討ちたい』ってウズウズしてる奴らがごまんといるんだから」
物騒すぎる。なんだその「とりあえず誰でもいいから討ちたい」って。完全に通り魔の言い換えじゃないか。
「あの、じゃあ僕はどうすれば……」
「簡単だよ。君を死に追いやった元凶を『仇』として登録すればいい」
「元凶……」
僕の脳裏に、あの悪夢の数学Bの時間が蘇る。
無情に叩きつけられる黒板消し。舞い散るチョークの粉。ニヤニヤ(いや、たぶん注意していただけだが)していた試験監督の顔。
「……田中先生」
「ほう、田中とな。職種は?」
「都立高校の数学教師です」
「よし、ターゲットは『世田谷の鬼講師・田中』だ。死因は『過失致死(黒板消しテロ)』。これで申請を出しておこう」
「ちょっと待ってください! 田中先生を討ち取るつもりなんて僕にはありませんよ!?」
「バカ言っちゃいけない。登録だけしておけば、君は『田中を討つために修業中の身』としてこの街を合法的に歩けるんだ。仇討ち志願者には『仇討ち猶予期間』が与えられるからね」
男は手際よく書類にハンコをポンポンと押し、僕の手元に一枚のカードを押し付けた。
『暫定仇討ち免許証:標的・田中先生(数学B)』
「よし、これで君も晴れて仇討ち志願者だ。とりあえず外に出て、仇討ち用具店で木刀でも買いたまえ」
「あの、僕、喘息持ちなんですけど……激しい運動とかちょっと……」
「大丈夫、喘息の仇討ちなら『チョーク粉末弾』とか『黒板消し手裏剣』みたいな専門の武器も売ってるから」
専門の武器ってなんだ。
僕は呆然としながら、手渡された『仇討ち免許証』を握りしめ、区役所の重い扉を押して外へ出た。
青空の下、活気ある商店街が広がっている。
だが、行き交う人々をよく見ると、誰も彼もが背中に刀や槍、さらには『親の仇!』『浮気相手を許さない!』『昨日の晩飯を食べたやつを討つ!』と書かれた旗を背負っていた。
「……狂ってる」
僕は深く息を吸い込もうとして、喉の奥がヒリリと痛むのを感じた。
チョークの粉はないはずなのに、なんだかまた激しく咳き込みそうな予感がしていた。
【第2話へ続く
ご覧いただきありがとうございます!
模試の最中に黒板消しの粉で命を落とし、なぜか「仇討ち特区(世田谷)」に放り出されてしまった主人公のお話です。
「とりあえず誰でもいいから討ちたい」奴らが蠢く狂気の街で、果たして彼は数学の田中先生を(倒す気もないのに)討つ目的で生き残れるのか……?
次回、仇討ち用具店でまさかの武器探し!?
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