第九話【リットブレイカー】
艦長室の扉が開いた。
監督に続いて中へ入ったリョウコたちは、揃って足を止めた。
「……多くない?」
ミカコが思わず呟く。
いつもの艦長室とは、明らかに様子が違っていた。
技術者。
考古学者。
解析担当。
装備開発を担当する技術班。
十人を軽く超える大人たちが室内に集まり、中央の大きな机を囲んでいる。
机の上には、古びた本や巻物、複製された資料、いくつもの端末が所狭しと並べられていた。
空中には立体表示された文字や図形まで浮かんでいる。
「わぁ……いっぱいある」
ポムが目を輝かせながら机へ近付く。
ピックもリョウコの肩の横から、興味深そうに覗き込んだ。
「古い本ばっかりだねぇ」
艦長の声が飛ぶ。
「触るなよ」
伸びかけていたポムの手が、ぴたりと止まった。
ポムはそのままの姿勢で艦長を振り返る。
「まだ触ってないよ?」
艦長は腕を組んだまま、じっとポムの手を見る。
「今、触ろうとしていただろう」
ポムは慌てて手を引っ込めた。
「見るだけ!」
「手を伸ばしていた」
ポムが少し頬を膨らませる。
「見るため!」
艦長は眉一つ動かさない。
「目で見ろ」
「はーい」
ポムは渋々と両手を背中へ回し、今度は本当に顔だけを机へ近付けた。
そのやり取りを見ていたユーキが小さく笑う。
「子供かよ」
「何か言った?」
「何も」
艦長は全員が揃ったことを確認すると、リョウコへ視線を向けた。
正確には。
その右手。
中指に装着された銀色の指輪へ。
「今日、お前たちを呼んだ理由はそれだ」
「……リットブレイカー?」
リョウコも自分の右手を見る。
人類最高峰の秘宝。
選定の日、自分を所有者として選んだ指輪。
あれから何度外そうとしても外れない。
魔力を通せば、不思議なくらい扱いやすくなる。
けれど。
リットブレイカーそのものは、何の反応も見せていなかった。
艦長は考古学者たちへ目を向ける。
「説明を」
「はい」
年配の考古学者が、一冊の古びた書物を慎重に開いた。
「昨日、未知のエネルギーが『魔法』と呼ばれるものであることが判明しました」
ポムが元気よく頷く。
「そうだよ!」
考古学者は一瞬だけポムを見たあと、話を続けた。
「そこで我々は、これまで意味を特定できなかった古代資料について、魔法の存在を前提として再解析を行いました」
技術者が端末を操作する。
空中へ、古代文字が次々と表示された。
「結果として、これまで別々の技術を示していると考えていた複数の記述が、同じ系統の技術を示している可能性が出てきました」
ジンが表示を見る。
「魔法に関する資料ですか?」
「それだけではない」
別の考古学者が答える。
「リットブレイカーについて記されたと思われる資料も含まれている」
「思われる?」
レンが眉を寄せた。
考古学者は頷く。
「完全には読めないんだ」
「文字が?」
「文字そのものは、ある程度まで解読されている」
「しかし、当時特有の言葉や概念が多すぎる」
「文字を読めても、それが何を意味しているのか分からない部分が多い」
空中に表示された一文を指差す。
「例えば、ここだ」
考古学者が一冊の古びた本を開き、ポムの前へ差し出した。
「この辺りだ」
「文字そのものは読める」
「しかし、何について記されているのかが分からない」
「どれどれ?」
ポムが本を覗き込む。
最初は何でもないように文字を追っていた。
「えーっと……」
指先で行を辿る。
その途中。
ぴたり。
ポムの指が止まった。
「…………」
笑っていた表情も止まる。
「ポム?」
リョウコが顔を覗き込む。
返事はない。
ポムはもう一度、同じ部分を読み返した。
そこに記されていたのは。
魔力の制御。
増幅。
形状変化。
武器化。
そして――。
三つの宝珠を用い、本来ただ一人にのみ許された力を、人為的に引き起こすための機構。
「…………」
ポムの目が僅かに見開かれた。
知っている。
この力を。
かつて自分自身が受け継いだもの。
世界そのものに干渉し、願いを現実へ変える力。
GWO。
その力を――。
人の手で起こす。
「……これ」
ポムが小さく呟く。
考古学者が身を乗り出した。
「読めるのか?」
「うん……」
ポムは本から目を離さない。
リットブレイカー。
その正体は――。
人為的にGWOを発生させるために作られた装置。
ポムはゆっくり顔を上げた。
そして。
リョウコの右手を見る。
銀色の指輪。
その内側に埋め込まれた、三つの宝石。
「…………」
リョウコも自分の右手を見る。
「ポム?」
技術者が口を開いた。
「やはり破損している可能性も――」
「壊れてないよ」
全員が振り向いた。
ポムはリョウコの右手を見ていた。
「え?」
リョウコが聞き返す。
ポムの表情は、さっきまでとは少し違っていた。
「これ、壊れてない」
「分かるのか?」
艦長が訊く。
「うーん……」
ポムは少し考えた。
「なんとなく?」
「なんとなく……。」
艦長の眉間に皺が寄る。
ポムはもう一度、リョウコの右手を見る。
「これって、今まで武器って言われてたんだよね?」
艦長が答える。
「そうだ」
「人類最高峰の武器として伝えられてきた」
ポムは小さく首を横へ振った。
「武器じゃないよ」
「……何?」
技術者たちが顔を見合わせる。
ポムはリットブレイカーを指差した。
「正確には、“武器としても使える”が正しいね」
「どういう意味だ?」
ポムは少しだけ笑った。
「使ってみれば分かるんじゃない?」
「使えるなら苦労していない」
「じゃあ、あたしがやってみる」
リョウコが目を丸くする。
「え?」
ポムが近付いてきた。
「リョウコ、ちょっと触っていい?」
「う、うん」
リョウコが右手を差し出す。
ポムはその手を取ると、中指に装着されたリットブレイカーへ指先を触れた。
ふわっ――。
淡い光が、ポムの指先から広がる。
「……!」
技術者たちが一斉に端末を見る。
魔力がリットブレイカーの輪郭を包み込む。
その形をなぞる。
大きさ。
表面。
三つの小さな宝石。
一つずつ。
ポムの魔力が写し取っていく。
やがて。
ぽんっ。
ポムの掌の上に。
銀色の指輪が現れた。
「できた!」
リョウコが自分の右手を見る。
ちゃんと本物はある。
そしてポムの手を見る。
同じものがある。
「……コピーしたの?」
「うん!」
ユーキが頭を抱えた。
「また増やした……。」
「今回は人じゃないよ?」
「そういう問題じゃねえよ!」
技術者たちが一斉にポムへ近付く。
「待て!」
「本当に複製したのか!?」
「貸してくれ!」
「良いよ」
ポムは即答すると、コピーした指輪を手渡した。
「五分で消えるから」
「五分!?」
「うん」
「そんな重要なことを先に言え!」
「聞かれなかったもん」
「時間がない! 測定!」
技術者たちが慌てて機器を向ける。
ピックが楽しそうに笑う。
「バカだなぁ、消えちゃったらまたコピーで出せばいいだけでしょ?」
その声が聞こえているのは、リョウコとポムだけだ。
だが。
ポムの「五分で消える」という言葉を聞いた技術者たちは、すでに大慌てだった。
「急げぇぇぇぇ!!」
部屋が一気に騒がしくなった。
「魔力反応あり!」
「構造は!?」
「本物と完全一致ではない!」
ポムが頷く。
「そりゃそうだよ」
「何?」
「コピーだもん」
ポムはコピーした指輪を指先でつまむ。
「完全に同じにはならないよ」
「あたしが見て分かる範囲で作ってるだけだから」
指輪を軽く掲げた。
「いわば、劣化版リットブレイカーだよ」
「それでも十分異常だ!」
「そう?」
「そうだ!!」
ポムはコピーしたリットブレイカーを右手中指にはめた。
ぴったりだった。
リョウコがその手を見る。
「ポム……使い方分かるの?」
「たぶん」
「また『たぶん』……。」
「やってみよ」
ポムは右手を前へ出した。
その身体から、淡い魔力が立ち昇る。
指先へ。
中指へ。
コピーされたリットブレイカーへ。
次の瞬間。
ヴゥゥゥゥン――。
銀色の指輪から、強烈な光が伸びた。
「え……?」
リョウコが目を見開く。
ポムの右手中指。
コピーされた銀色の指輪は、元の形のまま変わっていない。
そこから溢れ出した光だけが伸び、形を変え、一本の刀を形作っていた。
その姿は――
ポムの愛刀サクラそっくりだった。
静寂。
技術者も。
考古学者も。
教官も。
誰も声を出さない。
ポムだけが、出来上がった剣を眺めていた。
「やっぱり」
軽く振る。
ヴォンッ――。
空気を切る音。
「こういうのだよ」
リョウコは、自分の中指を見る。
「……あたしのも?」
「たぶん出来るよ」
「これが……リットブレイカー……。」
リョウコの目に、初めて見る本来の姿が映る。
その横で。
技術者が震える手で端末を操作していた。
「記録……記録を取れ!」
「取ってます!」
「リットブレイカーから発せられた光が、武器形状へ変化している!」
「魔力構造が変化している!」
「待て、出力が上がってるぞ!」
「増幅しているのか!?」
その声を聞いて。
ポムが剣を見る。
「うん」
「してるね」
技術者が振り向く。
「分かるのか!?」
「使ってるから」
「他には!?」
ポムが首を傾げる。
「他?」
「何が出来る!?」
ポムが少し考える。
「えーっと……」
自信満々に指を一本立てる。
「魔力の制御」
二本目。
「増幅」
三本目。
「形状変化」
四本目。
「武器化」
五本目。
「属性変換」
反対の手まで使う。
「高出力魔法の安定化」
技術者が猛烈な勢いで入力する。
「六種類……!」
ポムが続けた。
「滋養強壮」
「え?」
「胃のムカつき」
「は?」
「肩こり」
その時だった。
コピーされたリットブレイカーから溢れた強い魔力が、すぐ近くに浮かんでいたピックの身体を包んだ。
「お?」
ピックが自分の手を見る。
薄かった輪郭が、少しずつはっきりしていく。
羽。
髪。
身体。
そして――。
リョウコが目を丸くする。
「……また見えるようになってる?」
周囲の技術者たちも、一斉にピックへ視線を向けた。
「待て待て待て!!」
ユーキが割って入った。
「後半おかしいだろ!!」
ポムが目を瞬かせる。
「そう?」
「何でリットブレイカーに胃薬の効能があるんだよ!」
ポムは自分のお腹を軽く押さえた。
「だって、さっきいっぱい食べたから」
「お前の都合で性能増えてんの!?」
ピックが腕を組んで頷く。
「使用者の望みを反映するんだから、間違ってないんじゃない?」
「そういう意味で使う機能じゃないだろ!!」
技術者の一人が、コピーされたリットブレイカーを凝視する。
「待て……」
「ということは」
端末へ視線を落とし、記録された反応を確認する。
「使用者が望むものならば、いくらでも機能を追加できるということか?」
「そう」
ポムがあっさり頷いた。
右手に形成された光の刀を軽く掲げる。
「例えば、治癒しながら使える電撃属性の武器にも出来るよ」
「治癒しながら電撃!?」
「うん、欲しい効果をちゃんと想像すればいいの」
技術者たちの手が、一斉に端末へ走った。
「治癒機能まで付加可能……!」
「属性変換との同時使用も可能なのか!?」
「機能の複合まで出来る……」
ユーキが頭を抱える。
「何でもありじゃねえか!!」
その横で、ミカコの目が鋭く光った。
「じゃあ、生理痛にも効く!?」
ポムは即答した。
「もちろん!」
その瞬間。
タカノ。
カスミ。
ミカコ。
リョウコ。
四人の目が、一斉に輝いた。
「「「「……!」」」」
男子側が、何とも言えない顔になる。
その中で、ゴウがふと首を傾げた。
「じゃあ、EDにも効きそうだな!」
「あははははっ!」
何人かが吹き出した。
ポムは少しだけ考える。
「まぁ……。」
すると。
ジンが、ゴウの肩を優しく掴んだ。
ひどく悲しそうな顔をしている。
「お前……その若さで……グスッ……。」
「ばっ! バカッ! ちげぇよ! 聞いてみただけだ!」
ゴウが慌てて否定する。
レンも目を閉じたまま、ゆっくり首を横へ振った。
「無理すんなよ……ゴウ」
「だぁぁぁ! レンまでっ!」
その横で。
ソウマは何も言わず、ただ静かにゴウを見つめていた。
「お前は何か言えよ!!」
そこでようやく。
男子たちは、すぐ近くに女子がいることを思い出した。
ミカコたちが、何とも言えない顔でこちらを見ている。
「…………。」
ゴウの顔が引きつる。
「……あ」
その時。
艦長が真顔で口を開いた。
「欲しい……。」
「艦長!?」
今度は全員が、一斉に艦長へ振り向いた。
ポムが少し困ったように笑う。
「でも、誰にでも使えるってワケじゃないよ」
「……何?」
艦長の表情が僅かに曇る。
「ある程度以上の魔力を持ってないと、そもそも使えないから」
「…………。」
「それに、効果があるのも使ってる間だけだよ」
艦長が黙った。
ゴウが肩を震わせる。
「艦長、今ちょっと落ち込みました?」
「黙れ」
「あははははっ!」
ピックが楽しそうに笑った。
「用法・用量を守って正しくお使いください」
「だから薬にすんな!!」
リョウコが堪えきれず笑う。
「ふふっ……。」
艦長は額を押さえた。
「……まともな情報だけ記録しろ」
「どこまでがまともなんです?」
技術者が真顔で訊く。
「私に聞くな」
その時。
パァンッ――!
「うわっ!」
ポムの右手で、光が弾けた。
サクラの形をしていた光の刀が崩れ、無数の光の粒となって宙へ散っていく。
続いて。
右手中指にはめていた銀色の指輪も、淡い光へ変わり崩れて消えた。
「……あ」
ポムの右手には、もう何も残っていなかった。
技術者たちが一斉に叫ぶ。
「消えたぁぁぁぁ!!」
「五分!?」
「もう五分経ったのか!?」
ポムがきょとんとする。
「くだらない話してたら経っちゃったね」
ピックが呆れたように頬杖をつく。
「だから言ったでしょ」
「消えたらまた出せばいいって」
今度はピックの姿も声も、その場にいる全員へ届いている。
技術者たちの動きが止まった。
「……また出せるのか?」
ポムは当然のように頷く。
「うん」
「最初に言えぇぇぇぇ!!」
ピックが笑う。
「言ってたよ?」
「聞こえてなかっただけだけどね」
「お前か!!」
艦長室に、再び笑い声が広がった。
コピーされたリットブレイカーが消えると、ピックの身体も再び薄くなり始めた。
「……あ」
自分の手を見たピックが眉を下げる。
「また消えるみたいだね」
「ばいば〜い」
手を皆に向けてにこやかに振る。
「えー……めんどくさいなぁ」
ポムは自分の髪に手を伸ばした。
「じゃあ、これ使う?」
「え?」
結んでいた紐をほどく。
黒い髪が、ふわっと肩へ落ちた。
ポムの手の中に残ったのは、小さな宝珠の付いた赤い組紐だった。
「これ、魔力をちょっと増やしてくれるの」
「そんなの髪に使ってたの!?」
「うん」
「ちょうど結びやすいから」
「使い方そこなの!?」
ポムは笑いながら、その紐をピックへ渡した。
ピックは受け取った組紐を、自分の腰へくるりと巻いた。
人間が髪を結ぶにはちょうどいい長さの組紐は、小さなピックには細い帯のように収まった。
組紐に付いた宝珠が、淡く光る。
薄れかけていたピックの輪郭が、再びはっきりと戻っていった。
「おおー」
ピックが自分の身体を見回す。
「これなら大丈夫そうだね」
「うん」
ポムは髪を下ろしたまま笑った。
────
その後。
コピー・リットブレイカーの実戦性能を確認するため、一行は実習室へ移動することになった。
艦内。
巨大な円形入口の前。
ポムが見上げる。
「ここ?」
「VR実習室だ」
監督が答える。
そこに扉はなかった。
円形の入口を塞いでいるのは、薄く光を反射する半透明の膜。
まるで巨大なシャボン玉の表面を、そのまま張ったように揺らめいている。
「これ、通っていいの?」
「ああ」
ポムが恐る恐る指先を伸ばす。
ぷにっ。
「わっ」
指が、そのまま膜の向こうへ抜けた。
「柔らかい!」
「遊ぶな」
「入れ」
「はーい」
ポムが膜をくぐる。
その瞬間。
ふわっ――。
淡い光が全身を包んだ。
「お?」
皮膚の僅か上を、透明な光の膜が覆っていく。
続いてリョウコたちも入口を通るたび、同じ光に包まれていった。
「何これ?」
リョウコが自分の腕を見る。
監督が答える。
「環境保護処置だ」
「ここへ入った者には、自動的に適用される」
その向こうに広がっていたのは――。
真っ白な空間。
「わぁ……」
巨大な球体。
床も。
壁も。
天井も。
全てが滑らかな白い面で繋がっている。
まるで、巨大な球の内側へ入ったようだった。
リョウコたちが中央へ進む。
艦長。
男女の教官。
男女の監督。
そして、リョウコたちと男子たち。
実習室の中にいるのは、それだけだった。
技術者や学者たちは、壁の向こうにある操作室から実習の様子を監視している。
「ここで何するの?」
ポムが周囲を見回す。
天井付近のスピーカーから、技術者の声が響いた。
『実戦環境を再現する』
「例えば?」
『地上』
景色が変わった。
白い空間が消え。
一瞬で。
草原。
風が吹く。
足元には草。
遠くには山。
「うわぁ!」
ポムが駆け出す。
「本物みたい!」
「視覚だけではない」
「重力、気圧、温度、環境条件まで再現する」
景色が切り替わる。
海中。
「んむっ!?」
突然水中へ放り込まれたような感覚に、ゴウが両手をばたつかせた。
「おぼっ――!」
次の瞬間。
白い空間へ戻る。
ゴウが大きく息を吸った。
「いきなりやるなよ!!」
『今のは説明だ』
「説明で溺れさせんな!」
スピーカー越しに、技術者が淡々と答える。
『光の宇宙服を纏っている』
『溺れることはない』
「先に言えよ!!」
笑いが起こる。
スピーカーから、技術者の声が続く。
『そして』
わずかな機械音が響く。
『宇宙空間』
白い床が。
消えた。
「え?」
リョウコの足が浮く。
身体がふわりと持ち上がった。
上下がなくなる。
周囲一面。
星。
星。
星。
「うわぁぁぁ……綺麗!」
ポムが目を輝かせた。
足元にも宇宙。
頭上にも宇宙。
どこを向いても、果てのない星々だった。
「飛んでる!」
「浮いてるだけだ」
ジンが訂正する。
「あははは! すごい!」
ポムは楽しそうに身体を回す。
その横でリョウコは、慌てて両手を広げていた。
「ちょ、ちょっと待って! どこが下!?」
「宇宙に下はない」
ジンが冷静に答える。
「それが困るの!」
スピーカーから技術班の声が響く。
『では、足場を用意する』
星空の彼方。
巨大な隕石が、ゆっくりと姿を現した。
やがてリョウコたちの足元へ迫り、広大な岩肌が一面に広がる。
ふわりと浮いていた身体が下へ引かれた。
「わっ!」
リョウコの足が岩肌へ着く。
ポムも軽く着地すると、何度かその場で跳ねた。
「これなら動きやすいね!」
『宇宙空間に慣れるまでは、この足場を使用する』
そんな中。
艦長がポムへ視線を向けた。
「ポム」
「ん?」
「リットブレイカーの本当の力、見せてくれないか?」
ポムの動きが止まる。
「あ、そっか」
すっかり宇宙に夢中になっていた。
ポムはリョウコの方へ身体を向ける。
「リョウコ、もう一回借りるね」
「うん」
ポムがリットブレイカーに触れる。
淡い光が広がり――。
ぽんっ。
再び、コピーされたリットブレイカーが現れた。
ポムはそれを右手中指にはめる。
「じゃあ、やってみよっか」
スピーカーから技術班の声が響いた。
『標的を生成する』
隕石の遥か前方。
空間が次々と歪んだ。
一体。
十体。
百体。
千体。
さらに増える。
数千。
数万。
星空を埋め尽くすほどの敵影が、遥か彼方へ広がっていく。
『標的数、三万二千』
ゴウが口を開けた。
「多すぎねえか?」
だが、ポムは何も答えなかった。
さっきまで無邪気に宇宙を見ていた目が、一瞬で変わっていた。
戦う者の目。
ポムは右手を腰元へ運ぶ。
コピーされたリットブレイカーへ魔力を流す。
銀色の指輪は形を変えない。
そこから溢れ出した光だけが伸び、愛刀サクラそっくりの光刀を形成した。
ポムは腰を落とす。
刀を鞘へ納めるように構えた。
操作室がざわつく。
『出力上昇!』
『五十……六十……七十……!』
光が強くなる。
『九十!』
『まだ上がる!』
そして。
『出力最大を超えた!』
『これ以上計れませんっ!!』
ポムは敵の大群を見据えた。
「じゃあ行くよ」
一度だけ、リョウコたちへ視線を向ける。
「よく見ててね」
次の瞬間。
キィィィィィン――!!
居合い。
光の刀から、一筋の閃光が宇宙へ放たれた。
シュパンッ!
最初は細い。
ただ一本の光。
だが。
遠くへ進むほど、その閃光は大きく広がっていく。
十メートル。
百メートル。
一キロ。
さらに。
巨大な扇を描くように広がりながら、数万体の敵へ迫る。
「……え?」
リョウコが目を見開いた。
閃光が、敵の大群をまとめて飲み込む。
一瞬。
静寂。
そして――。
チュドドドドドドドドドドドドッ!!
遥か彼方で、無数の爆発が連鎖した。
右。
左。
上。
下。
次々と敵影が光に包まれ、爆発し、消えていく。
チュドドドドドドドドドドドドッ!!
星空そのものが、爆発の光で埋め尽くされた。
やがて。
光が消える。
数万体いた敵は――。
一体も残っていなかった。
「…………」
隕石の上。
誰も声を出せない。
ポムだけが、静かに光の刀を下ろした。
だが。
まだ刀を消さない。
「もっと出して」
操作室から、すぐには返事がなかった。
『……もっと?』
「うん」
ポムは星空を指差した。
「もっと大きいの」
操作室がざわつく。
やがて。
『了解』
空間が歪んだ。
一隻。
十隻。
五十隻。
百隻。
さらに。
巨大戦艦が次々と出現していく。
数百隻。
一隻だけでも巨大な艦艇が、星空を埋め尽くすように並んだ。
レンが息を呑む。
「……あれ全部?」
「うん」
ポムは光の刀を両手で握った。
「今度はこっち」
コピーされたリットブレイカーへ、さらに魔力を流し込む。
刀身が光った。
そして。
伸びる。
十メートル。
百メートル。
一キロ。
十キロ。
まだ止まらない。
「……は?」
ソウマが顔を上げた。
光の刀身が、宇宙の彼方までどこまでも巨大化していく。
『刀身長、計測不能!』
『まだ伸びてるぞ!』
だが。
どれだけ巨大になっても、ポムの右手に伝わる重さは変わらない。
巨大化しているのは、物質で出来た刀ではない。
リットブレイカーから形成された、魔力の光そのもの。
実際にポムが身に着けているのは、右手中指の小さな指輪だけだった。
ポムは巨大な刀を軽々と構える。
まるで。
いつものサクラを握っているかのように。
「このくらいかな」
そして。
思い切り振り抜いた。
ブォォォンッ――!!
今度は斬撃が飛んだのではない。
巨大化した刀身そのものが、宇宙を薙ぎ払った。
数百隻の巨大戦艦を。
一撃で。
まとめて横切る。
一瞬。
何も起こらない。
「……?」
次の瞬間。
ズズッ――。
一隻目の戦艦がずれた。
二隻目。
三隻目。
十隻。
百隻。
そして。
数百隻すべてが、同じ斬線で真っ二つに割れた。
チュドドドドドドドドドドドドッ!!
星空一面で、巨大戦艦が次々と爆発する。
光。
炎。
破片。
数百の爆発が連鎖し、宇宙が眩い光に染まった。
「…………。」
また、誰も声を出せない。
ポムは巨大化した刀を元の大きさへ戻す。
「うん」
満足そうに頷いた。
「ちゃんと出来るね」
「ちゃんと出来るね、じゃねえよ!!」
ユーキの叫びが、隕石の上へ響いた。
艦長は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
その視線が、リョウコの右手へ向く。
銀色の指輪。
本物のリットブレイカー。
「……一つ、分からないことがある」
リョウコが顔を上げる。
「え?」
「コピーでさえ、これほど凄まじい威力を発揮する」
艦長は、リョウコの右手を見たまま続けた。
「ならば、なぜ本物であるリットブレイカーは発動せず、沈黙を保っているのだ?」
リョウコも、自分の右手を見る。
「……。」
その横で。
ポムが口を開いた。
「それは――」
言い掛けて。
はっとする。
ポムの表情が止まった。
そして。
そのまま口を閉じる。
「……。」
リョウコが不思議そうにポムを見る。
「ポム?」
ポムは答えなかった。
すると。
ピックが、リョウコの肩から飛び上がる。
「条件が揃っていない」
艦長がピックを見る。
「条件?」
「そう」
ピックは、いつになく真面目な顔で答えた。
「ただ、それだけだよ」
艦長は、しばらくピックを見つめた。
だが。
それ以上、ピックは何も話さない。
ポムも。
黙ったままだった。
やがて。
ポムは手元の光の刀を見る。
「……これ、ちょっと危ないね」
ピックがリョウコの肩へ戻る。
「トマト切るには向いてないね」
「うん」
「何でトマト基準なんだよ!!」
その時。
コピーされた光の刀が、淡く揺らいだ。
「あ」
刀身が光の粒となって崩れていく。
続いて。
ポムの右手中指にはめられていた銀色の指輪も、淡い光へ変わった。
再生成してから五分。
コピー・リットブレイカーが消える。
ポムは空になった右手を見つめた。
「ちょうど終わったね」
ピックが腰の赤い組紐を見下ろす。
「今度はボク消えないよ」
ポムが笑った。
「良かったね」
艦長は、消えていく爆発の光をしばらく黙って見つめていた。
やがて。
何もなくなったポムの右手へ視線を落とす。
「……なるほど」
「これが、リットブレイカーの本当の力か」
ポムが首を傾げる。
「まだ色々出来ると思うよ?」
艦長の目が僅かに細くなる。
「十分だ」
「少なくとも、これをただの“武器”と呼んでいたのが間違いだったことは分かった」
ポムが嬉しそうに笑った。
「でしょ?」
艦長はもう一度、数百隻の戦艦が消えた星空へ目を向ける。
「……とんでもないものを、今まで何も知らずに扱っていたわけか」
リョウコも自分の右手を見る。
銀色の指輪。
さっきまでとは、少し違うものに見えた。
艦長が星空を見回す。
「せっかく宇宙環境を出している」
「このまま機動訓練も行うぞ」
「はーい!」
さっきまで戦闘モードだったポムの顔が、一瞬でいつもの笑顔へ戻った。
そして。
何事もなかったように、星空を見上げた。




