第八話 【親睦会】
模擬戦が終わっても。
しばらくの間。
誰もその場を動かなかった。
『勝者――女子校代表チーム』
闘技場に残った機械音。
それを聞きながら。
リョウコはまだ、自分たちが勝ったという実感を噛み締めていた。
その隣。
タカノ。
カスミ。
ミカコ。
そして。
ポム。
五人。
いや。
今度こそ。
ちゃんと五人だった。
「……負けたな」
声に振り向く。
レンが大剣を背中へ戻しながら歩いてきた。
その後ろには。
ジン。
ゴウ。
ソウマ。
そして。
見るからに気まずそうなユーキ。
タカノが二本の剣を収める。
レンは苦笑した。
「……完敗だな」
タカノは少しだけポムへ目を向けた。
「そこまで悔しがらなくてもいいんじゃない?」
レンが眉を上げる。
タカノは続ける。
「こっちには、規格外が一人いたんだから」
「ほぇ?」
名前を出されたポムが、自分を指差した。
レンもポムを見ると、小さく笑う。
「それでも負けは負けだ」
右手を差し出す。
タカノもその手を握った。
「次は負けない」
「こっちの台詞」
二人が笑う。
その横では、ジンがカスミへ手を差し出した。
「途中から完全に流れを持っていかれた」
「最初はそっちの方が上だったけどね」
カスミもその手を握る。
「次はそう簡単には崩されない」
「楽しみにしてる」
ゴウもミカコの前へ立った。
「くっそぉ……!」
頭を掻く。
「二人に増えるのは聞いてねえぞ!」
ミカコが鼻で笑った。
「こっちだって聞いてない」
「だよな!?」
「でも負けは負けでしょ」
ゴウは歯を食いしばる。
「ぐぬぬ……!」
それでもゴウは、大きな拳を差し出す。
「次はぶっ飛ばす!」
「やれるもんならね」
コツン。
二人はグータッチを交わした。
ソウマも腹を押さえながら、リョウコの前へ来る。
「……お前」
「は、はい!」
反射的に背筋が伸びる。
ソウマは少しだけ不満そうな顔をした。
「俺の剣」
「…………。」
リョウコの顔が青くなる。
「ご、ごめんなさい!」
「いや」
ソウマが小さく笑った。
「褒めてる」
「え?」
「まさか剣ごと壊されるとは思わなかった」
「…………。」
「次は壊されないやつ持ってくる」
「そこ!?」
少し離れたところで。
ユーキが腕を組んでいた。
「…………。」
誰とも握手していない。
タカノが見る。
「何?」
ユーキは。
ゆっくりと。
ポムを指差した。
「いや……」
ユーキはしばらくポムを見つめる。
「こいつ反則だろ!!」
「ほぇ?」
ポムが自分を指差す。
「何が?」
「何がじゃねえよ!」
ユーキがポムへ片手を突き出す。
「分身する!」
指を一本立てる。
「回復する!」
二本目。
「強くする!」
三本目。
「速くする!」
四本目。
「硬くする!」
五本目。
そして、反対の手まで突き出した。
「人までコピーする!!」
そして。
「何個能力持ってんだよ!!」
ポムが首を傾げる。
「まだまだ沢山あるよ?」
「見たい?」
「見たくねえ!!」
ユーキが頭を抱えた。
ピックがリョウコの肩の横で腹を抱える。
「弱いなぁ、ユーキ」
リョウコが苦笑する。
「聞こえてないから好き放題言ってる……。」
「ん?」
ユーキがリョウコを見る。
「今何か言った?」
「な、何でもない!」
レンも苦笑しながらポムを見る。
「正直、こっちとしてもあれは想定外だった」
ジンが頷く。
「途中から戦力計算が成立していない」
ゴウも腕を組む。
「ていうかよ」
ポムを見る。
「結局、お前って何なんだ?」
「ポム!」
「名前じゃなくて!」
「女の子!」
「そういう意味でもねえ!」
ポムが楽しそうに笑った。
その時。
闘技場の上から声が飛んだ。
「お前たち」
全員が振り向く。
監督と数人の教官が、観覧席から降りてきていた。
「模擬戦は終了した。いつまで騒いでいる」
「すみません!」
レンが姿勢を正す。
だが。
監督はそのままポムを見る。
「もっとも」
監督はポムへ視線を戻した。
「我々も聞きたいことは山ほどあるがな」
「ほぇ?」
教官の一人が端末を見ながら近付いてくる。
画面には、模擬戦中に記録された大量の波形が表示されていた。
「先ほどから検出されている未知のエネルギー」
教官はリョウコへ目を向ける。
「リョウコが剣へ纏わせた炎や氷」
続いて、ポムを見る。
「お前が使用した回復、身体能力の強化、分身。そして人間の複製」
「うん!」
「……全部同じものなのか?」
ポムは当たり前のように答えた。
「魔法だよ?」
「…………。」
教官たちが顔を見合わせる。
その中の一人が、端末を片手にポムへ問いかけた。
「その『魔法』というものを、もう少し具体的に説明できるか?」
「いいよ!」
ポムが元気よく頷く。
監督はポムから教官たちへ視線を移した。
「……その話も含めて、場所を変えるぞ」
「え?」
「模擬戦も終わった」
監督は女子側、男子側と順番に見回し、最後にポムへ目を向ける。
「せっかく二校の代表が揃っている。今日は親睦会とする」
「親睦会?」
ポムの目が輝いた。
「ご飯ある!?」
監督が呆れた。
「ある」
「たこ焼きは?」
「ない」
ポムはその場に崩れ落ちた。
「三個食べ逃しちゃったからなぁ……。」
床へ崩れ落ちたまま、ポムが肩を落とす。
ピックがその周りを飛び回った。
「でもご飯はあるんでしょ?」
リョウコが苦笑する。
「あるって監督が言ってたよ」
ポムの顔が上がった。
「じゃあ食べる!」
「立ち直り早っ!」
リョウコは思わず笑った。
────
数十分後。
リョウコたちは、親睦会のために用意された訓練区画の一室へ移動していた。
普段は会議や交流に使われている広い部屋には、長いテーブルがいくつも並べられている。
その中央には小さなキャンドル。
そして。
料理。
料理。
料理。
「おおおおおおおお!!」
ポムの目が輝く。
肉。
パン。
野菜。
スープ。
果物。
さらに、菓子まで。
ポムは一瞬で皿を手に取った。
「いただきまーす!」
「まだ始まってない!」
リョウコが慌ててその腕を掴む。
「ほぇ?」
「監督の話!」
「ご飯冷めちゃうよ?」
「数分くらい待てるでしょ!」
その様子を見ながら、ユーキがレンへ小声で囁く。
「こいつ本当にさっきの化け物?」
「俺に聞くな」
監督が前へ立つ。
教官たちも今日は壁際ではなく、生徒たちと同じテーブルについていた。
先ほど端末を持っていた教官が、ポムへ目を向ける。
「食事の前に、一つ確認させてもらおう」
ポムが皿を持ったまま首を傾げる。
「ほぇ?」
「先ほど話していた『魔法』についてだ。もう少し具体的に説明してほしい」
「ああ!」
ポムは皿を置くと、少しだけ考えた。
「んー……見せた方が早いかも!」
そう言って部屋を見回し、各テーブルの中央に置かれたキャンドルへ目を留める。
ポムが人差し指を立てると、その指先に小さな炎が灯った。
「……!」
教官たちの視線が一斉に集まる。
ポムが指を軽く振ると、小さな火の玉が飛び出した。
そのまま各テーブルの中央に置かれたキャンドルへ狙いを定め、次々と炎を放つ。
一つ。
二つ。
三つ。
小さな火の玉は部屋の中を滑るように飛び、それぞれのキャンドルへ吸い込まれるように届いた。
ぽっ。
ぽっ。
ぽっ。
順番に火が灯り、会場がやわらかな光に包まれる。
「これが魔法!」
ポムは得意げに胸を張った。
教官の一人が、灯ったキャンドルとポムの指先を交互に見る。
「……今の炎も、先ほど検出された未知のエネルギーによるものか?」
「うん!」
ポムが頷く。
「魔力を火にしたの!」
横で聞いていたユーキが眉を寄せた。
「いや、さらっと言ってるけど意味分かんねえからな?」
リョウコが苦笑しながら会話に入る。
「あ、あたしも最初そうだったんです!」
監督がリョウコを見る。
「お前も知らなかったのか?」
「はい」
リョウコは自分の手を見つめる。
「ポムに教えてもらうまで……魔力っていうものが自分の中にあることも知りませんでした」
「魔力?」
ジンが反応する。
リョウコは頷いた。
「身体の中にある……力みたいなもの、かな」
ユーキが眉を寄せる。
「かな?」
リョウコは困ったように笑った。
「まだあたしもよく分かってなくて……。」
ポムが横から口を挟む。
「感じれば分かるよ!」
「感じろって何を」
「魔力!」
「だからそれが分かんねえんだって!」
ユーキのツッコミに、ポムが腕を組んで考え込む。
「あー……お腹空いた時って、お腹空いたって分かるでしょ?」
「まあ」
「それと一緒!」
「絶対違うだろ!!」
ピックが吹き出した。
「ポム、説明下手だねぇ」
リョウコがピックへ苦笑する。
「ピックも人のこと言えないよ……。」
監督が額を押さえた。
「……魔法については、今後改めて調べる必要がありそうだな」
そして、全員を見回す。
「では、本題に入る」
「今回の模擬戦は」
全員が静かになる。
「結果だけを見れば女子校代表チームの勝利だ」
タカノたちが監督を見る。
「だが、男子校代表チームの序盤の連携も非常に優れていた」
レンたちへ。
「女子側が戦術を変えなければ、そのまま押し切っていただろう」
レンが小さく頷く。
「一方、女子側は」
監督の視線が。
リョウコへ向いた。
「途中から明確に戦い方を変えた」
リョウコの肩が少し上がる。
「個々の能力ではなく、互いの能力を組み合わせた」
タカノ。
カスミ。
ミカコ。
そして。
ポム。
「それが勝敗を分けた」
「…………。」
リョウコは。
少し照れながら俯いた。
その横。
ミカコが肘で軽く突く。
「堂々としてなよ」
「う、うん」
監督は最後にポムを見る。
「そして」
眉間に皺が寄る。
「お前については」
「うん?」
「評価不能だ」
「ほぇ?」
部屋のあちこちから笑いが漏れた。
ユーキが即座に手を上げる。
「異議なし!」
「お前は黙ってろ」
レンに止められる。
監督も僅かに笑った。
「ともかく」
全員を見る。
「今日は互いの健闘を称えろ」
監督は最後にポムへ目を向けた。
「そして、新たに加わった者を歓迎する」
ポムが目を丸くした。
「……あたし?」
「他に誰がいる」
「…………。」
ポムは。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
リョウコも笑う。
タカノがグラスを持ち上げた。
「じゃあ」
カスミも。
ミカコも。
レンたちも。
教官たちも。
それぞれ飲み物を持つ。
「ポムの歓迎と」
タカノがリョウコを見る。
「私たちの勝利に」
ユーキがすかさず口を挟む。
「俺たちの健闘も入れてくれ!」
タカノが笑って受け流す。
「はいはい」
「雑!」
タカノはすまし顔のまま答える。
「全部まとめて」
そのままグラスを掲げた。
「乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
カンッ。
いくつものグラスが鳴った。
「いただきまーす!!」
誰より早く、ポムが料理へ飛び付いた。
その直後。
監督の端末に着信を知らせる表示が浮かぶ。
監督は画面を確認すると、近くにいた教官へ小さく声を掛けた。
「少し外す」
そう言い残し、一人で会場を出ていった。
────
親睦会が始まってから。
三十分。
「ポム」
「ん?」
「それ何皿目?」
リョウコが聞く。
ポムは。
両手に皿を持ったまま。
少し考えた。
「分かんない!」
「怖いよ!」
ゴウが隣で感心していた。
「お前、よく食うなぁ!」
「いっぱい食べると強くなるよ!」
「マジか!」
「たぶん!」
「たぶんかよ!」
少し離れたところでは。
タカノとレンが。
さっきの模擬戦について話している。
カスミとジンも戦術の話。
ミカコとソウマは。
何故か武器の壊し方について話していた。
そして。
ユーキだけは。
椅子へ深く座り。
パンを齧りながらポムを睨んでいる。
「納得いかねえ……。」
リョウコが首を傾げる。
「何が?」
「俺」
指を一本立てる。
「一発も食らってない」
「うん」
「なのに最初に脱落した」
「うん」
「しかも」
ポムを見る。
「あいつは一発も撃たれてない」
「撃たれてたよ?」
「分身がだろ!」
「いっぱい撃ってたよねぇ」
ピックが横で笑う。
「全部外してたけど」
ユーキには聞こえない。
「…………。」
リョウコは口元を押さえた。
「何で笑ってんだよ」
「な、何でもない!」
ユーキが怪訝そうに見る。
その時。
ピックがリョウコの目の前へ回り込んだ。
「ねぇねぇ」
「何?」
「ケーキ取ってきて」
「食べられないじゃん」
「見るだけ」
「自分で見に行けばいいでしょ」
リョウコが苦笑した、その時。
向かいに座っていたユーキが、また怪訝そうに眉を寄せた。
「……またやってる」
「え?」
「何もいないところに向かって喋るやつ」
その一言で、近くにいたタカノたちもこちらを見る。
タカノが「ああ」と思い出したように頷いた。
「選定儀式の時もやってたね」
「ずっと誰かと話してた」
カスミもそう言い、ミカコがリョウコへ視線を向ける。
「結局、あれ何だったの?」
「えっと……。」
リョウコは困ったように、すぐ横へ浮かんでいるピックを見る。
当の本人は、何も知らない顔で手を振った。
「ボクでーす」
当然、誰も反応しない。
「ここにいるんだけど……。」
リョウコがピックを指差すと、全員の視線が一斉にその指先へ集まった。
けれど、そこには何も見えない。
ユーキがじりっと椅子を引く。
「やっぱ怖えよ」
「いるんだってば!」
カスミが少し身を乗り出した。
「名前は?」
「ピック」
「種類は?」
「妖精……かな?」
その答えに、ピックが得意げに胸を張る。
「美しくて可愛い妖精だよ!」
リョウコがすぐに呆れた目を向けた。
「自分で言うんだ……。」
タカノが首を傾げる。
「何て?」
リョウコがそのまま伝える。
「美しくて可愛い妖精だって」
タカノが少し顔を引いた。
「余計怖い」
ピックが頬を膨らませる。
「何で!?」
その横で。
リョウコの視線が、ふと部屋の隅へ向いた。
作業用品や補修用具がまとめて置かれ、その中に数本のカラースプレーが並んでいる。
「…………。」
リョウコはスプレーとピックを交互に見る。
そして、少しだけ目を細めた。
「ねぇ、ピック」
「何?」
「みんなに見えないならさ……色付ければ見えるんじゃない?」
ピックの顔から笑みが消えた。
「……何言ってるの?」
そのやり取りを聞いていたポムが、食べる手をぴたりと止める。
そして。
「おお!」
ポムが勢いよく立ち上がった。
「やってみよう!」
ピックの顔が引きつる。
リョウコとポムを交互に見て、じりじりと後ずさった。
「何でポムまで乗るの!?」
リョウコも半分笑いながら、カラースプレーを一本手に取る。
「だって、透明なガラスだって色を付けたら見えるでしょ?」
ピックは自分の身体を両手で抱える。
「ボク、ガラスじゃないんだけど!」
「試すだけ!」
リョウコがスプレーを構える。
「嫌だよ!」
ピックは悲鳴を上げるように叫ぶと、慌てて逃げ出した。
リョウコが追う。
「ちょっとだけ!」
「絶対嫌!」
「待って!」
「嫌だって!」
周囲。
全員が。
何もない空間をスプレー片手に追いかけ回すリョウコを見ていた。
ユーキがレンへ囁く。
「やっぱ病院連れてった方が良くない?」
「黙って見てろ」
逃げ回っていたピックが、よりによってポムの目の前で足を止めた。
リョウコの目が光る。
「今!」
すかさずカラースプレーを構えた。
「殺虫剤じゃないから平気だってば」
ピックが両手を前へ突き出す。
「待っ――!」
プシューッ!!
色の付いた霧がピックへ一直線に飛ぶ。
だが。
その霧は身体を何事もなかったようにすり抜け――。
「ぶふぇっ!!」
真後ろにいたポムの顔面へ直撃した。
「…………。」
リョウコとピックが固まる。
ピックはゆっくり腕を組んだ。
「ほら。言ったでしょ」
その後ろで、ポムが両目を押さえてのけ反る。
「目がぁぁぁぁ!!」
顔面は見事なまでに真っ青だった。
「…………。」
それを見たピックの頬が、ぷるぷると震え始める。
「ぶっ……」
必死に堪える。
「…………ぶふっ」
肩まで震え始める。
そして。
「ぶははははははははは!!」
ついに耐えきれず、腹を抱えて宙を転げ回った。
「ポム! 顔! 顔真っ青!!」
ピックは腹を抱えたまま宙を転げ回る。
「青い! 本当に真っ青!!」
真っ青な顔で立ち尽くしていたポムの眉が、ぴくっと動いた。
「ピックぅぅぅぅぅぅ!!」
「ひゃははははは!!」
「待てぇぇぇぇぇ!!」
ポムが笑い転げるピックへ飛び付き、空中へ両手を伸ばした。
がしっ。
「捕まえた!」
「うわっ!」
周囲の人間には何もない空間を掴んだようにしか見えない。だがリョウコには、ポムの両手の中でもがくピックの姿がはっきり見えていた。
「離せー!」
「笑ったなぁ!」
「だって顔が!」
「まだ言う!」
ポムが怒ったまま、逃がすまいとピックをぎゅうっと掴む。
その時。
「……あ」
リョウコが目を見開いた。
ポムの両手から淡い桃色の光が漏れ、掴まれているピックの身体へ少しずつ流れ込んでいる。
魔力だ。
「ポム?」
「ん?」
「手、光ってる」
「ほぇ?」
ポムが自分の手へ目を落とした、その瞬間。
さっきまで騒がしかった部屋が、不意に静まり返った。
ゴウは口を開けたまま固まり、ジンもレンもユーキも、タカノたち三人も、さらには教官たちまでポムの手元を凝視している。
ピックが異変に気付き、ゆっくりと周囲を見回した。
「……何?」
タカノがおそるおそる指を差す。
「……いる」
「え?」
カスミも目を細めた。
「小さい……。」
ミカコが椅子から立ち上がる。
「羽、生えてる……。」
「妖精!?」
ユーキまで飛び上がった。
ピックは目を丸くし、自分の顔を指差す。
「え? ボク?」
「喋った!!」
ゴウの叫びに、今度はピックが飛び上がる。
「ええええええええ!? ボク見えてる!?」
ジンが目の前のピックを観察しながら、静かに頷いた。
「見えている」
レンも続ける。
「声も聞こえる」
「マジで!?」
ピックは自分の手や羽を確認するように何度も見回した。
そして。
タカノ、カスミ、ミカコ。
男子五人。
その場にいた全員の視線が、今度はゆっくりとリョウコへ集まっていく。
「…………。」
ただならぬ空気を感じたリョウコが、一歩後ずさった。
「な、何?」
次の瞬間。
全員が一斉にピックを指差した。
「「「こいつか!!」」」
「ひぃっ!?」
タカノが真っ先に詰め寄る。
「選定儀式の時!」
続いてカスミ。
「ずっと話してた相手!」
ミカコも思い出したようにリョウコを指差した。
「誰もいないところ見て笑ってた!」
ユーキは両手で頭を抱える。
「頭が弱かったんじゃなかったのか!!」
「だからずっと言ってたじゃん!」
「もっと強く言えよ!」
「言ったよ!」
そんなやり取りを横目に、ピックが腰へ手を当てる。
「失礼だなぁ。ボクは最初からいたよ」
ユーキがすぐにピックへ指を突き付けた。
「お前も喋り方腹立つな!」
「初対面で失礼だねぇ」
「お前が言うな!」
また部屋が騒がしくなる中、真っ青な顔のままのポムだけが自分の手を見ていた。
「……あたしの魔力?」
リョウコも、淡い桃色の光を纏ったピックを見る。
「魔力が入ったから……みんなにも見えるようになった?」
ピックは自分の身体を見回す。まだ僅かに桃色の光が残っている。
その時、リョウコが何かを思い出した。
「そういえば……魔法剣で炎を出した時」
ピックの顔が露骨に引きつる。
「…………。」
「燃えたね」
「思い出さなくていいよ!」
「でも、カラースプレーはすり抜けたのに、魔法の炎はピックに燃え移った」
それを聞いた教官の一人が、興味深そうにピックを見る。
「つまり、通常の物質とは干渉しないが、魔法とやらには干渉するということか?」
教官がポムへ視線を向けると、ポムは元気よく頷いた。
「たぶん!」
「また、たぶんか……。」
教官が苦笑する。
ピックも自分の身体を眺めながら、少しだけ真面目な表情になった。
「ヘンリスフィアが削られてから、ボクの力もずっと弱くなってたからね」
リョウコが顔を上げる。
「じゃあ……。」
「うん」
ピックは自分を掴んでいるポムの手を見る。
「魔力を直接入れられたから、一時的に力が戻ったんだと思う」
「なるほど……。」
教官は端末へ視線を落とし、今の現象について記録を始めた。
そんな中、ユーキだけがまだピックをじっと見ていた。
その視線に気付いたピックが首を傾げる。
「何?」
ユーキは少し言いにくそうに口を開いた。
「……お前、ずっと俺のこと見えてた?」
「見えてたよ」
「模擬戦も?」
「もちろん」
ピックの口元が、にやぁっと歪む。
「一発も食らってないのに最初に降参した人」
ユーキの顔が引きつった。
「お前、全部聞こえてたのかよ!!」
「うん。よく聞こえてたよ」
ピックはユーキの降参した時の様子を、必要以上に大げさに真似してみせる。
「参ったぁ~! ママァ~! 助けてぇぇぇ~! ってね」
「ちょっ! おまっ……! 最悪だ!!」
部屋中に笑いが広がった。
────
その後も、親睦会は賑やかに続いた。
だが時間が経つにつれ、ピックの姿には少しずつ変化が現れ始める。
最初ははっきり見えていた身体が次第に薄くなり、やがて向こう側が透けるほど半透明になった。声も少しずつ遠くなっていく。
「お?」
ピックが透け始めた自分の手を眺める。
「切れてきた」
リョウコもその手を覗き込んだ。
「ポムからもらった魔力がなくなってきたのかな」
「もう一回入れる?」
ポムがすぐに手を伸ばすと、ピックは笑いながら首を振った。
「今日はいいよ。疲れそうだし」
「ピックが?」
「ポムが」
ポムは一瞬きょとんとしたあと、にっこり笑う。
「平気だよ!」
やがてピックの身体は完全に消え、声も再びリョウコとポム以外には届かなくなった。
さっきまでピックが浮いていた場所を、ユーキが何とも言えない顔で見つめる。
「……いなくなると、それはそれで気になるな」
「いるよ」
リョウコがすぐ隣を指差した。
「ここ」
何もない空間を示され、ユーキが少し顔を引く。
「やめろ。やっぱ怖い」
「何でよ!」
再び笑いが起きた、その時。
親睦会場の扉が開いた。
入ってきた監督の表情を見て、賑やかだった声が自然と小さくなっていく。
先ほどまで一緒に笑っていた時とは違い、少し険しい顔をしていた。
「全員いるな」
レンがすぐに立ち上がる。
「はい」
監督は女子五人と男子五人を順番に見渡した。
「予定が変わった」
タカノが表情を引き締める。
「何かあったんですか?」
監督は短く答えた。
「艦長がお呼びだ」
「……艦長?」
リョウコが目を瞬かせる。
「全員で来い」
その言葉だけで、部屋の空気が変わった。
ついさっきまで笑い、騒ぎ、食事を楽しんでいた全員が、互いの顔を見る。
「リョウコ」
ポムが小さく呼んだ。
「うん」
リョウコも頷き、椅子から立ち上がる。
艦長が何のために自分たち全員を呼んだのか。
その理由を知る者は、まだ誰もいなかった。




