第十話【機動訓練】
スピーカーから技術班の声が響く。
『その前に、環境保護装備について説明する』
リョウコが自分の身体を見る。
皮膚の僅か上。
入口を通った時から、透明な光の膜が全身を覆っている。
『俗に“光の宇宙服”と呼ばれている』
『真空、低温、放射線などから身体を保護する』
ゴウが自分の腕を触る。
「宇宙服っていう割に何も着てねえな」
『だから光の宇宙服だ』
「そのまんまだな!」
『ただし、酸素供給には限界がある』
『実戦仕様で最大二十四時間』
レンの表情が引き締まる。
「それを過ぎれば?」
『死ぬ』
「急に怖ぇよ!」
ユーキが叫ぶ。
『宇宙だからな』
『では、一度実習室へ戻す』
「え?」
星空が消えた。
巨大な隕石も。
一瞬で。
周囲は再び、真っ白な球形実習室へ戻る。
リョウコたちの足が、白い床へ着いた。
「はぁ……」
カスミが小さく息を吐く。
「やっぱり足場がある方が落ち着くわね」
ミカコは少し名残惜しそうに天井を見上げる。
「私は宇宙のままでも良かったけど」
「綺麗だったし」
その横で、ゴウが白い床を何度か踏み鳴らした。
「いや、床は正義だろ」
レンが苦笑する。
「さっきまで一番浮かれてた奴が言うな」
「浮かれてねえよ!」
ジンが静かに腕を組む。
「次は移動手段の説明だろうな」
『その通りだ』
スピーカーから技術班の声が響いた。
『続いて、宇宙空間で使用する機動装備について説明する』
その直後。
全員のもとへ、小型の装備が運ばれてきた。
腰。
背中。
そして両足。
一人ずつ装着していく。
タカノは背部ユニットへ手を伸ばし、接続部を確かめる。
「思ったより軽い」
「でも、背中に何かある感じはするね」
カスミが肩を小さく動かした。
ミカコは両足の装備を見下ろす。
「これで飛ぶの?」
「たぶん噴射するんじゃない?」
ソウマがブーツの底を覗き込む。
レンは背部ユニットの形状を確認しながら眉を上げた。
「結構本格的だな」
ジンも接続部へ視線を落とす。
「姿勢制御まで自動補助が入るなら、かなり楽になる」
「何これ?」
ポムが振り返ろうとして、自分の背中を追いかけるように身体を捻る。
「見えない!」
ゴウが吹き出す。
「お前、自分の尻尾追いかける犬みたいになってるぞ」
「誰が犬!」
監督の声が飛ぶ。
「回るな」
装置が起動した。
背中から。
左右へ。
光が伸びる。
翼。
機械的な基部から展開された、淡く輝く二枚の光翼。
「おおっ……!」
レンたちも自分の背後を見る。
さらにブーツの底から、小さな噴射光が灯った。
『機動光翼ユニット』
スピーカーから技術班の声が続く。
『宇宙空間用の機動装備だ』
ポムの目が輝く。
「格好いい!」
『背部ユニットと両足のブースターを連動させて姿勢と移動を制御する』
リョウコの目の前。
ピロン。
半透明の小さな画面が浮かんだ。
「ひゃっ!」
画面には、タカノの顔。
その横。
ピロン。
カスミ。
さらに。
ピロン。
ピロン。
ミカコ。
レン。
ジン。
ゴウ。
ユーキ。
ソウマ。
半透明の通信画面が、視界の周囲へ次々と現れる。
「すごい……」
リョウコが指先で触れる。
画面がそのまま横へ移動した。
「動いた」
『通信、位置情報、装備状態などは背部ユニットを通して表示される』
ユーキが自分の画面を指で動かす。
「これ便利だな」
『ただし、背部ユニットが破損すれば通信機能も失われる』
レンが画面を見る。
「つまり、通信が切れたからといって、本人が死んだとは限らない」
『その通りだ』
「装備だけ壊れてる可能性もあるってことか」
『実戦では、その判断も必要になる』
先ほどまで楽しそうだった空気が、少しだけ引き締まった。
そこで。
スピーカーから技術班の声が響く。
『では、実際に使用してもらう』
『宇宙空間へ移行する』
「え?」
白い床が消えた。
壁も。
天井も。
一瞬で。
周囲一面が、果てのない星空へ変わる。
足元も。
頭上も。
どこを向いても宇宙。
リョウコたちの身体が、ふわりと浮き上がった。
「うわっ……!」
カスミが慌てて両手を広げる。
ミカコは浮かびながら、自分の足元を覗き込んだ。
「今度は本当に足場なしね」
ゴウが背中の光翼を振り返ろうとする。
「よし、今度こそこいつの出番ってわけか!」
ジンは姿勢を崩さないよう身体を小さく丸めながら、周囲を確認する。
「まずは姿勢制御からだな」
レンもゆっくり身体の向きを整える。
「焦って噴射するなよ」
その横で。
ポムだけは、すでに両足をぱたぱた動かしていた。
「ねえねえ!」
「これどうやって進むの?」
『まず、右足と左足のブースターを――』
ブシュッ!!
「ほぇ?」
ポムが猛烈な勢いで後ろへ飛んでいった。
「ポム!?」
リョウコが叫ぶ。
通信画面の中で。
ポムの姿が、どんどん小さくなっていく。
『止まんないぃぃぃぃ!!』
「逆噴射! 逆!」
『どっち!?』
「前!」
『宇宙で前ってどっち!?』
「ポムが向いてる方!」
『あたし今どっち向いてるの!?』
「知らないよぉ!!」
ピックがリョウコの肩に掴まりながら笑っていた。
「楽しそうだねぇ」
「助けなきゃ!」
通信越しに、ポムの声が飛んでくる。
『大丈夫! 自分で戻るから!』
ポムがどうにかブースターを噴射した。
今度は横へ飛んだ。
『違ったぁぁぁ!!』
「ポムぅぅぅ!!」
訓練開始から。
まだ一分も経っていなかった。
────
しばらくして。
全員が何とか基本操作を覚え始めた。
前進。
停止。
旋回。
姿勢制御。
レンとジンは比較的早い。
タカノもすぐに感覚を掴んだ。
ミカコは少し荒っぽいが、勢いでどうにかしている。
ゴウは。
「うおおおおお!」
全力噴射。
『速度を出しすぎるな!』
「分かってる!」
「絶対分かってないだろ!」
ユーキが叫ぶ。
その少し離れた場所。
ポムも。
ようやく真っ直ぐ飛べるようになっていた。
「あははっ!」
光翼を広げ。
星の海を駆ける。
「リョウコ! 見て見て!」
「ちゃんと前見て!」
「大丈夫!」
その時。
ぷつん。
ポムの背中。
光翼が消えた。
「……ほぇ?」
ブースターも止まる。
「ポム!?」
リョウコの顔色が変わる。
「ブースター止まってる!」
レンも振り向いた。
「故障か!?」
だが。
ブースターが止まっても、それまでの勢いまでは消えない。
ポムの身体は、そのままの速度で宇宙の彼方へ飛んでいく。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて手足をばたつかせる。
だが。
何も掴めない。
何も蹴れない。
身体は止まらない。
そのままスーッと、リョウコたちから遠ざかっていく。
それでも。
「あはははははは!」
ポムは笑っていた。
「何で笑ってるの!?」
『だって面白い!』
「流されてるんだよ!?」
『うん!』
「うんじゃないよぉ!!」
ピックがリョウコの肩の上で、両手を合わせた。
「こうして、伝説の魔導忍者ポムは、星になりましたとさ」
「めでたし、めでたし」
「完」
そのまま目を閉じる。
「な~む~」
「勝手に殺さないで!!」
ピックが片目を開ける。
「だってポムだよ?」
「だから何!?」
遠くへ飛ばされているポムにも、通信は届いていた。
『まだ死んでないよー!』
「分かってるよ!」
『ピックー!』
「なにー?」
『帰ったら覚えててねー!』
ピックの顔が引きつった。
「……リョウコちゃん」
「早く助けた方がいいと思う」
「急に心配し始めた!」
ポムはまだ止まれずにいた。
手足をばたつかせたまま、
どんどん遠ざかっていく。
「あはははは!」
そして。
突然、笑いが止まった。
『……あ、そっか』
ポムは遠くに見えるリョウコたちの位置を確認した。
両手を前へ突き出す。
ぼっ――!!
掌から魔力が一気に噴き出した。
「えっ!?」
その反動で。
ポムの身体が、今度はリョウコたちのいる方向へ一気に加速する。
ドンッ!!
「うわっ!」
勢い余って、リョウコの横を一気に通り過ぎた。
『行きすぎたぁぁぁ!!』
「ポムぅぅぅ!!」
今度は反対方向へ両手を向ける。
ぼっ――!!
魔力を噴射。
どうにか勢いを殺し、ポムはリョウコたちのところへ戻ってきた。
「ただいま!」
全員が呆然と見る。
ポムは一度、自分が流されていった星空を振り返った。
さっきまで笑っていた表情が、少しだけ真面目になる。
「……これ、本当に方向分かんなくなったら危ないね」
レンが頷く。
「ああ。目印を見失えば、戻る方向すら分からなくなる」
「うん……」
ポムも素直に頷いた。
「今のはちょっと怖かった」
リョウコがほっと息を吐く。
「笑ってたじゃん……」
「途中までは面白かったんだもん」
「途中まで!?」
ゴウが呆れたようにポムを見る。
「つーか、お前だったら魔法でワープとか出来そうな気がするんだけど」
「出来るよ?」
「出来るのかよ!」
ポムは首を横へ振った。
「でも、それとは別」
「別?」
ジンが訊く。
「戦ってる途中で方向分かんなくなったら、その間に攻撃されるかもしれないでしょ?」
ポムは背中の機動光翼ユニットへ手を伸ばす。
「ちゃんと覚えなきゃ」
レンが小さく笑う。
「その判断なら安心した」
ポムが不思議そうに首を傾げる。
「何で?」
レンは、さっきポムが流されていった方向へ視線を向けた。
「さっきまで笑いながら宇宙の彼方へ消えていってたからだ」
ポムは少しだけ頬を膨らませる。
「途中までは楽しかったよ?」
「そこはもう分かった」
レンは苦笑しながら、もう一度ポムを見る。
「……で、今のは何をした?」
「魔法」
「それは分かってきた」
ジンがポムの両手を見る。
「魔力を推進力として使ったのか」
「うん」
ポムは頷いた。
「前に押したら、身体は反対に動くでしょ?」
スピーカーの向こうで、技術班の声がざわつく。
『今の記録取ったか!?』
『取ってる!』
『魔力による宇宙機動……』
リョウコはポムを見る。
魔法。
ただ攻撃するだけじゃない。
炎にも。
氷にも。
剣にも。
回復にも。
そして。
身体を動かす力にもなる。
その光景を、じっと目に焼き付けていた。
────
その頃。
艦長室。
机の上には、まだ調査の終わっていない古い資料が残されていた。
魔王討伐に関する記録。
古びた本。
巻物。
その中で。
考古学者の一人が、資料の束から一枚の紙を慎重に取り出した。
「……これは?」
端には。
三人の人物を描いた、拙い似顔絵。
そのすぐ横には。
羽を広げた、小さな妖精まで描き込まれている。
二人はかなり雑なのに。
一人だけ。
妙に整った顔で描かれている。
考古学者は眉を寄せ、下に残された文字へ目を落とした。
「……ダーバス」
さらに視線を動かす。
そこには。
もう一つ。
見覚えのある名前があった。
「……ポム?」
考古学者の表情が変わる。
すぐに通信端末へ手を伸ばした。
────
機動訓練を終えたリョウコたちが艦長室へ戻ると、先ほどの考古学者が一枚の古びた紙を手に待っていた。
「ポム」
「ん?」
「少し見てもらいたいものがある」
ポムが近付く。
考古学者は、紙を裏返さないよう慎重に差し出した。
「この人物たちに、見覚えはあるか?」
ポムが紙を覗き込む。
そして。
ぴたり。
足が止まった。
「…………」
紙の端。
三人の似顔絵。
一人は、かなり雑。
もう一人も、かなり雑。
なのに。
真ん中の男だけは。
やたら格好良く描かれている。
ポムの口元が僅かに緩んだ。
「……何これ」
指先が、似顔絵へ触れる。
「デンサ、雑すぎる」
「あたしも雑……」
指先が、小さく描かれた妖精へ移る。
「ピックまでいる」
ピックが肩越しに覗き込む。
「ボク、もうちょっと可愛く描けなかったの?」
「充分そのまんまだよ」
「失礼だなぁ」
そして。
妙に整った男を見る。
「何でダーバスだけ、こんな格好良く描いてるの?」
ピックが肩越しに覗き込む。
「ダーバスはこんなイケメンじゃない!」
ポムが吹き出した。
「もっとやる気が無さそうな顔してるよねぇ」
ピックは深く頷く。
「過去に戻って思いっきりどついてやりたいわ!」
「ポム、時空魔法で過去に戻れないの?」
ポムは首を横に振る。
「戻れるのは、ほんの少しだけなんだ」
「ちっ……。」
だが。
ポムの表情が、ふっと止まった。
似顔絵の下。
そこに書かれていた文章へ視線が落ちる。
「……これ」
考古学者が静かに訊く。
「読めるのか?」
ポムは、紙から目を離さない。
「うん」
少しだけ、声が小さくなる。
「これ……ダーバスが書いたやつだ」
ポムは、ゆっくりと手紙を両手で持ち直した。
古びた紙。
擦れた文字。
それでも。
その癖のある字を、ポムは覚えていた。
そして。
静かに読み始める。
『ポムへ。
ポムがいなくなってからもう3年は経ったなぁ。
もしこれを読んでるって事は、どっかで生きてたって事だよな。
まず最初に言っとく。
俺は暇すぎて死にそうだが、まぁ元気だ。』
「……ふふっ」
ポムが小さく笑う。
ピックが横から覗き込む。
「ダーバスっぽいね」
「うん」
ポムは、そのまま続きを追った。
『デンサの目は、何故か治った。
本人は「見えすぎて気持ち悪い」って文句言ってたけどな。
レディーヌは騎士隊長になった。
似合わねぇって言ったら本気で殴られた。
あと、エン爺さんは死んだ。
まぁ、あの歳まで生きりゃ大往生だろ。
最後まで変な機械ばっか作ってた。
最後に作ったのは、魔力を数字で測るとかいう妙な装置だ。
本人は「これがあれば魔法も科学になる」って得意げだったけどな。
俺には何が凄いのか、さっぱり分からん。
ヘンリスペルもずっと放置してたんだが、ルシエルが欲しいって言うから高値で売ってやったぞ。
そしたら、ほとんど同じ頃にピックまでいなくなっちまってな。』
ピックの眉間に皺が寄る。
「伝説の剣を売っ払うなんて、なんて罰当たりな!?」
少し考え込むように腕を組む。
「その後、気が付けばロイドの所にいたんだよなぁ……。」
「やっぱり、ヘンリスペルと一緒に移動してたのかな」
ピックは少し考え込むように腕を組んだ。
「……たぶん、そうなんだと思う」
「たぶん?」
「ヘンリスペルがどこかへ移るたびに、気が付くとボクも近くにいるんだよね」
ポムが首を傾げる。
「じゃあ、何か繋がってるのかな」
「かもねぇ……。」
ピックは、自分でもよく分からないという顔でヘンリスペルの話を見つめた。
ポムは、もう一度手紙へ視線を戻した。
その先にも。
ダーバスの文字は続いていた。
『まぁ、そんなワケで今までの事を振り返ってみたら、ポムと一緒にバカやりながら旅してた頃が一番楽しかったなぁ。
またどっかで会えたら、一緒にバカやろうな!』
ポムは、最後の一文を見つめたまま動かなかった。
「…………。」
ピックが横から顔を覗き込む。
「ポム?」
返事はない。
ポムの指先が、古びた紙をそっと撫でる。
『またどっかで会えたら、一緒にバカやろうな!』
もう一度。
その文字を目で追う。
「あれ……?」
ポムが小さく呟いた。
頬を、何かが伝った。
「……あれ?」
指先で触れる。
濡れていた。
ポムは、不思議そうに自分の指を見る。
「何で……?」
もう一筋。
涙が頬を流れる。
ピックの表情から、いつもの笑いが消えた。
「ポム……。」
ポムは慌てて目元を擦った。
「違う違う」
笑おうとする。
「これ、別に悲しい手紙じゃないし」
けれど。
涙は止まらなかった。
「ダーバス、元気だったみたいだし」
声が少し震える。
「みんなも……ちゃんと、その後があって……。」
ポムは手紙を胸元へ引き寄せた。
「それに……。」
息を吸う。
「一番楽………しかったって……。」
そこで。
声が詰まった。
「……あたしと旅してた時が……一番楽しかったって……。」
肩が、小さく震える。
リョウコは何も言わなかった。
誰も。
何も言えなかった。
ポムはずっと笑っていた。
昔の話をする時も。
危ない目に遭った話をする時も。
ダーバスの悪口を言う時でさえ。
いつも。
楽しそうに笑っていた。
だから。
リョウコは初めて見た。
ポムが泣くところを。
「……バカァ~!」
ポムが、涙を拭いながら笑った。
「そういう事……もっと早く言えよぉ……。」
手紙を抱きしめる。
古びた紙が、胸元で僅かに音を立てた。
「もう一度だけで良いから……会いたかったなぁ……。」
その声だけは。
掠れていた。
ピックが、そっとポムの肩へ降りる。
ポムは何も言わず。
ただ。
その小さな身体を、指先で優しく撫でた。
机の上には。
遠い昔から届いた、一枚の手紙。
もう会うことのできない人から。
ずっと伝えられなかった言葉。
ポムは、その手紙を胸に抱いたまま。
しばらく離そうとしなかった。




