↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完全版】GWO~麗しき女神の秘宝~  作者: 齋藤 雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/11

第五話 【5人目】

闘技場の扉が開いた。


リョウコが、そっと中を覗き込む。


つい先ほどまで。


ここでカンナに叩きのめされていた。


その光景が頭を過り、足が止まる。


「……。」


ぽん。


背中を、ポムが軽く押した。


「ほら、行こ」


リョウコが振り返る。


ポムは何でもないように笑っている。


その横では、ピックも宙に浮かんでいた。


「せっかく戻ってきたんだからさ」


リョウコは小さく息を吐く。


「……うん」


一歩。


闘技場へ足を踏み入れた。


もう身体は痛くない。


それだけでも。


さっきとは、少し違って見えた。


────


中央では、三人の少女が訓練を続けていた。


タカノ。


カスミ。


ミカコ。


カンナの姿はない。


先ほどの騒ぎで、医務室へ運ばれたのだろう。


リョウコたちは、邪魔にならないよう闘技場の端へ向かった。


ポムが周囲を見回す。


「ここなら広いね」


「うん。この辺なら大丈夫だと思う」


「じゃあ、ここにしよっか」


ポムはくるりと振り返り、両手を腰に当てた。


「まずは魔力を出してみよー!」


「えっ?」


リョウコの目が丸くなる。


「だ、出すって……どうやって?」


ポムは首を傾げると、右手を差し出した。


ぽっ。


掌の上に、小さな光が浮かぶ。


「こんな感じ」


リョウコは光を見る。


自分の掌を見る。


もう一度、光を見る。


「……分かんない」


「えぇっ?」


「今ので分かる方がおかしいよぉ……。」


少し離れたところで、ピックが呆れたように腕を組んだ。


「ポムの説明が雑すぎるんだよ」


ポムが振り返る。


「じゃあピック説明してよ」


「やだよ」


「何でよ!」


リョウコが慌てて周囲を確認した。


「ちょ、ちょっとポム……!」


「ん?」


リョウコは声を落とす。


「ここだと、ピックが見えてるの……あたしたちだけだから」


ポムが目を瞬かせた。


「……え?」


勢いよくピックを見る。


「そうなんだよ!」


ピックはむすっと頬を膨らませた。


「ボク、こんなに可愛いのに誰も気付かないんだよ!?」


「そこなの?」


「そこ重要でしょ!」


半信半疑のポムの目の前で。


ピックが、近くにいた訓練生の顔の前を横切った。


何の反応もない。


「…………。」


ポムの口が開く。


「ホントに見えてない……。」


ピックは宙で地団駄を踏んだ。


「フンガー!! 失礼しちゃうよね!」


ポムが周囲を見回す。


ようやく状況を理解したらしい。


「じゃあ今のあたし……一人で喋ってたように見えたの?」


リョウコは小さく頷く。


「うん……。」


ポムが慌てて口を押さえた。


その姿に。


リョウコは思わず吹き出す。


「ふふっ……。」


ポムがすぐさまピックを指差した。


「ほら! ピックのせいで笑われた!」


ピックはぷいっと顔を逸らす。


「ボク悪くないもーん」


「もう!」


二人を見ているうちに。


リョウコの肩から、いつの間にか力が抜けていた。


訓練。


いつもなら、その言葉だけで身体が強張る。


けれど。


今は少し楽しい。


ポムがリョウコへ向き直った。


「じゃあ、ちゃんと最初からやろっか」


「うん」


ポムはリョウコの右手を取った。


「まず、魔力がどんなものか覚えよ」


「覚える……?」


「目、閉じてみて」


リョウコは素直に目を閉じる。


ポムは、その手を両手で包み込んだ。


「力抜いてね」


「……うん」


次の瞬間。


掌から、何か温かなものが流れ込んできた。


「……っ」


指先。


掌。


手首。


腕を伝い。


胸の奥へ。


熱いわけではない。


けれど。


確かに何かが身体の中を動いている。


「……これ?」


ポムが嬉しそうに笑う。


「そう。それが魔力」


「これが……。」


「今、あたしの魔力を少しだけ流してるの」


ポムは握った手を離さない。


「どんな感じで動いてるか、覚えて」


「……うん」


リョウコは、その感覚だけに意識を向けた。


温かさ。


流れ。


身体の中を通っていく感覚。


やがて。


ポムが魔力を止める。


「じゃあ今度は、自分の中から同じものを探してみて」


リョウコは胸元へ左手を添えた。


「さっきの感覚を思い出せばいい?」


「そうそう」


リョウコは目を閉じる。


先ほどの温かさを思い出す。


すると――


胸の奥。


ほんの僅かに。


同じ感覚があった。


「……あった」


ポムの目が輝く。


「でしょ?」


リョウコは驚いたように目を開けた。


「これが……あたしの魔力……?」


「うん!」


ポムは握っていた右手を持ち上げ、掌を上へ向ける。


「じゃあ今度は、それをここまで動かしてみよ」


「動かす……。」


「さっき、あたしの魔力が通った道を思い出して」


リョウコは自分の右腕を見る。


そして。


もう一度、目を閉じた。


「……やってみる」


胸の奥にある温かさ。


それを。


ゆっくり。


腕へ。


手首へ。


掌へ。


「焦らなくていいよ」


ポムの声が聞こえる。


「遊びだから」


その言葉に。


リョウコの眉間から力が抜けた。


失敗してもいい。


怒られない。


ただ。


やってみればいい。


「……あっ」


右手中指。


リットブレイカーが淡く光った。


ポムとピックが同時に目を向ける。


そして。


ぽっ。


リョウコの掌に、小さな光が浮かんだ。


「……え?」


目を開ける。


小さく。


頼りない。


それでも。


確かにそこにある。


「で……出来た……。」


ピックがリョウコの手元まで飛んできた。


「おぉぉ……!」


リョウコが不安そうに二人を見る。


「これ……合ってる?」


「合ってる!」


ポムが勢いよく頷く。


ピックも両手を上げた。


「合ってるよ!」


「ひゃっ!?」


二人の大声に、リョウコの肩が跳ねる。


ポムは満面の笑みを浮かべた。


「初めてでこれなら上出来だよ!」


その横で。


ピックがなぜか得意げに胸を張る。


「さすが我が弟子」


ポムがゆっくり顔を向けた。


「ピック、何もしてないじゃん」


「気持ちでは教えてたもん」


「何それ」


リョウコは二人を見て。


嬉しそうに笑った。


「……えへへ」


その瞬間。


掌の光が消える。


「あっ」


リョウコの肩が落ちた。


だが。


ポムは笑ったままだった。


「じゃあ、もう一回!」


「え?」


「今出来たんだから、また出来るよ!」


リョウコは掌を見つめる。


そして。


「……うん!」


もう一度。


今度はすぐだった。


ぽっ。


光が浮かぶ。


「出来た!」


「ほらね!」


二人が笑う。


消して。


出す。


また消して。


出す。


繰り返すたび。


光は大きくなっていった。


やがて。


ポムの笑顔が僅かに引きつる。


「……早くない?」


リョウコが首を傾げた。


「何が?」


「普通、もうちょっと苦労するんだけどなぁ……。」


リョウコの眉が下がる。


「やっぱり変?」


「逆!」


ポムは笑った。


「覚えるのが早いの!」


「……本当?」


「うん!」


リョウコは嬉しそうに、自分の掌を見つめた。


その右手中指。


淡く光るリットブレイカーを。


ピックだけが、静かに見つめていた。


────


「じゃあ次!」


ポムが一本の指を立てる。


「その魔力、飛ばしてみよっか!」


「飛ばすの!?」


「こう!」


ポムが掌を前へ向ける。


パシュッ!


小さな光弾が飛び。


離れた床で弾けた。


ぱんっ!


リョウコの目が輝く。


「おぉ……!」


身を乗り出すリョウコに、ポムは得意げに笑った。


「ね? 簡単でしょ?」


リョウコが勢いよく振り向く。


「簡単じゃないよ!」


「大丈夫、大丈夫!」


ポムは笑いながら、リョウコの肩をぽんぽんと叩く。


「リョウコなら出来るって!」


「その自信どこから来るの!?」


「なんとなく!」


「やっぱり適当じゃん!」


ポムが楽しそうに笑う。


「ほらほら、次はリョウコ!」


「もう……!」


文句を言いながらも。


リョウコの口元は笑っていた。


────


ガキィン!!


闘技場の中央。


タカノの剣が、ミカコの剣を弾いた。


「くっ……!」


「遅い」


タカノが剣を肩へ担ぐ。


その時。


カスミの視線が闘技場の端で止まった。


「……ねえ」


ミカコも振り返る。


「あれ……誰?」


赤い忍装束の少女。


知らない顔。


しかも。


リョウコと一緒にいる。


タカノも、その姿へ目を向けた。


そして。


リョウコの掌に浮かぶ光を見る。


「……。」


タカノの眉が僅かに動いた。


剣を肩へ担いだまま。


三人は、ゆっくりと歩き出した。


────


背後から近付く足音。


リョウコが振り返った。


笑顔が消える。


先頭にはタカノ。


その後ろに、カスミとミカコ。


リョウコの身体が僅かに強張る。


だがタカノは。


真っ直ぐポムを見ていた。


赤い忍装束。


腰の刀。


見慣れない少女。


「あんた、誰だ?」


ポムは一度リョウコを見てから、自分を指差した。


「あたし?」


タカノが眉を寄せる。


「他に誰がいる」


「あ、そっか」


ポムは人懐っこく笑うと、自分の胸へ親指を向けた。


「ポム」


「ポム?」


「うん!」


タカノはその名前を呟きながら。


ポムの腰にある刀へ視線を落とした。


そして。


もう一度、顔を見る。


「あんた」


一歩。


ポムへ近付く。


「戦えるのか?」


リョウコの目が見開かれた。


カスミとミカコも、タカノを見る。


対するポムは。


何の警戒も見せない。


「あたし?」


「そうだ」


二人の視線がぶつかる。


ポムは少しだけ考え。


にっこり笑った。


「うん。戦えるよ」


ポムは、にっこり笑った。


あまりにも軽い返事だった。


タカノの眉が僅かに動く。


「そうか」


肩に担いでいた剣を下ろした。


その切っ先が、床へ向く。


「なら、話は早い」


ポムが首を傾げる。


「ん?」


タカノは剣を握ったまま、一歩前へ出た。


「この世界じゃ、強い奴が生き残る」


リョウコの表情が僅かに曇る。


その言葉、聞き慣れていた。


弱ければ。


置いていかれる。


守ってもらえない。


価値がない。


けれど、ポムは何の反応も見せなかった。


ただ、不思議そうにタカノを見ている。


タカノは続けた。


「どれだけ口で何を言ったところで、結局最後に物を言うのは力だ」


剣の切っ先を。


ゆっくりとポムへ向ける。


「あんたが本当に戦えるなら――」


タカノの目が鋭くなる。


「あたしとやってみろ」


「えっ!?」


リョウコが声を上げた。


慌てて二人の間へ入ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って!」


だが、ポムが片手を伸ばした。


リョウコの肩を。


ぽん。


軽く押さえる。


「大丈夫だよ」


「でも……!」


ポムは笑っていた。


先ほどまでリョウコと魔法で遊んでいた時と、ほとんど変わらない笑顔。


「手合わせでしょ?」


タカノが頷く。


「ああ」


ポムは少し考える。


そして、腰の刀へ手を添えた。


「じゃあ、やろっか」


リョウコの目が丸くなる。


「ポム……。」


その横。


ピックが腕を組みながら、タカノをじっと見ていた。


「……。」


やがて。


口元が、にやりと上がる。


「可哀想に」


リョウコだけが、その声に気付いた。


「え?」


ピックは何も答えない。


ただ、楽しそうにタカノを見ていた。


────


二人は、闘技場の中央へ移動した。


周囲の訓練生たちが。


一人。


また一人。


手を止めていく。


見慣れない赤い忍装束の少女。


その向かいには。


タカノ。


自然と、二人を囲むように人が集まり始めた。


カスミは腕を組みながら、少し離れた場所に立っている。


ミカコは不安そうに二人を見比べた。


「本当にやるの……?」


タカノは答えない。


正面。


ポムだけを見ている。


対するポムは。


刀へ手を掛けたまま。


何故か、楽しそうだった。


その様子を。


闘技場の端。


教官も見ていた。


隣には監督。


二人ともまだ止めない。


ポムの実力を見極めるように。


ただ黙っている。


タカノが剣を構えた。


腰を落とし、両足を開く。


その瞬間、闘技場の空気が変わった。


リョウコの身体が僅かに強張る。


さっきまで自分を圧倒していた側の人間。


その一人。


タカノ。


ポムは正面に立ったまま、腰に差した刀へ手を掛けた。


シャッ――


すっと抜かれたのは、二尺ほどの小太刀だった。


刃は透き通ったガラスのような桜色をしている。


さらに、宿った魔力が淡い桃色の光となって、刃全体を美しく包んでいた。


タカノの視線が、思わずその刀へ向く。


「変わった刀だな」


ポムは桜色の刃を一度見て、嬉しそうに笑った。


「サクラ」


タカノが僅かに眉を上げる。


「……サクラ?」


「うん。名刀『サクラ』。あたしの愛刀!」


リョウコも、淡く輝く刃を見つめた。


「綺麗……。」


「でしょ?」


ポムは嬉しそうに答えると、再びタカノへ向き直った。


そして。


サクラを身体の脇へ下ろし、深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


リョウコが僅かに目を丸くした。


さっきまで自分と笑いながら魔法で遊んでいたポムとは、雰囲気が違う。


タカノは礼を返さなかった。


ただ剣を構えたまま、真っ直ぐポムを見据えている。


ポムもそれを気にする様子はない。


ゆっくりと顔を上げると、サクラを構えた。


人懐っこい笑みは消えていた。


けれど。


怖い顔をしているわけでもない。


ただ、真剣だった。


「いつでもどうぞ」


タカノの目が鋭くなる。


次の瞬間。


ダンッ!!


床を蹴り、一気に距離を詰めた。


「っ!」


リョウコが息を呑む。


横薙ぎの剣が、鋭くポムへ走る。


ギィンッ!!


桜色の刃がそれを受け止めた。


火花が散る。


タカノは止まらない。


剣を返し、そのまま二撃目。


ポムはサクラで受け流し、身体を半歩横へずらす。


三撃目。


斜め下からの切り上げ。


今度は身体を沈めて躱した。


タカノが追う。


ポムも退かない。


ギィンッ!!


ガキィン!!


二人の剣が、立て続けにぶつかる。


リョウコは目を見開いたまま、その攻防を追っていた。


「すごい……。」


その横で、ピックが腕を組む。


「タカノって子も、ちゃんと強いね」


数度。


剣を交えただけだった。


それでも。


ポムには十分だった。


タカノの踏み込み。


剣速。


間合い。


癖。


すべてを見終えたように、ポムの目が僅かに細くなる。


一度距離を取ると、サクラを握り直した。


「強いね」


タカノの眉が僅かに動く。


そこに挑発する響きはない。


ポムは本心から、タカノの実力を認めていた。


だからこそ。


次は。


自分も全力で応える。


「じゃあ――」


ポムは左手を上げ、人差し指と中指を立てた。


その目が、真っ直ぐタカノを捉える。


「あたしも本気でいくね」


次の瞬間。


ポムの姿がぶれた。


「……え?」


一人。


二人。


四人。


八人。


十六人。


瞬く間に、ポムの姿が増えていく。


「なっ……。」


だが、現れたのは地上だけではなかった。


タカノが頭上を見る。


「……っ!?」


上にもいる。


斜め上。


背後。


左右。


さらに足元近くまで。


気付けば無数のポムが、タカノを中心に球状に取り囲んでいた。


カスミの目が見開かれる。


「何……これ……。」


ミカコも言葉を失っていた。


リョウコは口を半開きにしたまま、周囲を見上げる。


「ポムが……いっぱい……。」


ピックが隣で笑った。


「全部本物だよ」


リョウコが勢いよく振り向く。


「えっ!?」


ピックは頭上に浮かぶポムたちを指差した。


「分身だけど、全部ちゃんと実体があるよ」


「全部!?」


その間にも。


無数のポムが一斉に掌を前へ向けた。


赤。


青。


白。


黄色。


色とりどりの光が集まり始め、闘技場全体を照らしていく。


タカノの顔色が変わった。


前後左右。


そして上下。


どこを見てもポム。


どこを向いても魔法。


逃げ道がない。


タカノは剣を握り直し、激しく視線を巡らせる。


どれが本体なのか。


どこから来るのか。


何を防げばいいのか。


答えを出すより先に。


すべてのポムが、同時に笑った。


「いっくよー!」


次の瞬間――


一斉射撃。


無数の魔法が、全方位からタカノへ殺到した。


「っ!!」


タカノが剣を構える。


その瞬間。


背後に気配。


「……っ!?」


振り向こうとする。


だが、遅い。


本物のポムが、すでにタカノの背後へ回り込んでいた。


背中へ張り付くほどの距離。


ポムは左手を上げる。


「はい」


薄い光の膜が広がり、タカノとポムの二人を包み込んだ。


直後。


キィィィィィン――!!


殺到した魔法が、一斉に光の膜へ激突する。


だが、膜は破れない。


すべての魔法が弾き返された。


「なっ――」


反射された光が、今度は闘技場中へ飛び散る。


ドォォォォォン!!


壁が爆ぜた。


ノアセリア全体が大きく揺れ動く。


「きゃああっ!!」


「な、何だ!?」


周囲の訓練生たちから悲鳴が上がる。


ビーッ! ビーッ!


突如、赤い警告灯が点滅した。


『警告。闘技場区画にて、原因不明の爆発を検知しました』


無機質な自動音声が、艦内へ響き渡る。


『付近の乗組員は、直ちに安全な区画へ避難してください』


「えっ!? 避難!?」


「ちょっと、これ模擬戦だよね!?」


訓練生たちが騒然とする。


その最中にも。


ドガァン!!


天井で光が弾けた。


「きゃあっ!!」


床。


壁。


柱。


至るところで魔法が炸裂し、訓練生たちが次々と身を伏せる。


爆風と閃光。


巻き上がる煙。


ビーッ! ビーッ!


『繰り返します。付近の乗組員は、直ちに安全な区画へ避難してください』


警告放送は止まらない。


リョウコも咄嗟に腕で顔を覆った。


「ポム!?」


その横で。


ピックだけが、けらけら笑っている。


「やったやった!」


リョウコが信じられないものを見るようにピックを振り返った。


「笑ってる場合じゃないよぉ!」


「だって、こんなのいつものことだもん」


「いつものことなのぉ!?」


やがて。


煙がゆっくりと晴れていく。


その中心には、光の膜に守られた二人が立っていた。


無傷。


だが。


タカノだけは動かない。


いや。


動けなかった。


首筋に、桜色の刃がぴたりと触れている。


「…………。」


タカノは目だけをゆっくりと横へ動かした。


背後にはポム。


右手には名刀『サクラ』。


左手では、まだ反射魔法を維持している。


ポムはサクラをタカノの首筋へ当てたまま、動かなかった。


「…………。」


タカノの額を、一筋の汗が流れる。


今のが手合わせでなければ。


その刃が、ほんの僅かに横へ走っていれば。


そこで終わっていた。


数秒後。


ポムは静かにサクラを引いた。


「……あたしの勝ちだね」


タカノも、ゆっくりと剣を下ろす。


ポムはサクラを鞘へ収めた。


カチン。


そして。


戦いを始めた時と同じように、タカノへ向かって頭を下げる。


「ありがとうございました」


タカノは何も答えなかった。


ただ、自分の首筋へそっと手を当てた。


静かな音が響く。


直後。


周囲から、ざわめきが広がった。


「何だよ、今の……。」


「見えなかった……。」


「タカノが……。」


カスミも完全に言葉を失っている。


ミカコも口元へ手を当てたまま、ポムを見つめていた。


そんな中。


リョウコだけは、目を輝かせている。


「ポム、すごい……!」


ポムが振り返った。


さっきまでの戦闘が嘘のように、いつもの笑顔へ戻る。


「えへへ。勝ったー!」


ピックも両手を上げた。


「いえーい!」


「いえーい!」


ぱちん。


ポムとピックがハイタッチする。


もちろん、周囲の人間にはピックの姿など見えていない。


ポムが一人で何もない空間へ手を叩きつけたようにしか見えなかった。


「…………。」


カスミが眉を寄せる。


「何してんの、あの子……。」


リョウコは慌てて口元を押さえた。


「ふふっ……。」


一方。


タカノは、まだ自分の首筋へ手を当てていた。


やがてポムへ顔を向ける。


悔しさは残っている。


けれど、その目はさっきまでとは違っていた。


「……強いな」


ポムが振り返る。


「ん?」


タカノは、今度ははっきりと言った。


「あんた、強い」


ポムは少し目を丸くしたあと、嬉しそうに笑う。


「ありがと」


勝ち誇らない。


馬鹿にもしない。


ただ褒められたから、素直に喜ぶ。


タカノは、しばらくそんなポムを見つめていた。


そこへ。


教官と監督が歩いてくる。


周囲の訓練生たちが、自然と道を開けた。


ポムが二人へ顔を向ける。


「ん?」


教官は、まず爆発で焦げた壁を見る。


次に天井。


そして床。


最後にポムを見た。


「随分派手にやったな」


ポムの肩が、びくっと跳ねる。


「……あ」


今さら気付いたように周囲を見回した。


焦げた壁。


煙を上げる床。


天井には黒い跡。


「…………。」


ポムの額に汗が一滴浮かぶ。


「ご、ごめんなさい……。」


先ほどまでタカノを圧倒していた少女が、一瞬で小さくなった。


リョウコは笑いそうになり、慌てて口元を押さえる。


ピックは遠慮なく笑った。


「怒られてやんの」


ポムが、誰にも見えないピックをぎろりと睨む。


教官はそんなポムをしばらく見ていたが、小さく息を吐いた。


「まあいい」


「え?」


ポムが顔を上げる。


教官は隣の監督を見る。


監督も黙って頷いた。


どうやら二人の間では、すでに答えが出ているらしい。


教官がポムへ視線を戻す。


「お前、名前は?」


ポムは自分の胸を指差した。


「ポムです」


「所属は?」


「所属?」


ポムが首を傾げる。


リョウコは嫌な予感がして、慌てて口を挟んだ。


「え、えっと……!」


教官がリョウコを見る。


だが。


何千年も昔から来た。


なんて説明出来るはずもない。


「その……。」


言葉に詰まっていると。


ポムがあっけらかんと答えた。


「あたし、今ここに来たばっかりだから何にもないよ」


「…………。」


教官が黙る。


監督も黙る。


タカノたちまで黙った。


リョウコの顔が青くなる。


「ポ、ポムぅ……。」


「ん?」


本人には、何がまずかったのか全く分かっていない。


教官は深く息を吐いた。


「事情は後で聞く」


「はーい」


ポムが元気よく返事をする。


教官はタカノ、カスミ、ミカコ。


そして最後にリョウコへ視線を向けた。


その場にいる四人。


さらに。


ポム。


「ちょうどいい」


リョウコが目を瞬かせる。


「え?」


教官はポムを指差した。


「五人目」


ポムも自分を指差す。


「あたし?」


「そうだ」


監督も腕を組みながら頷いた。


「実力は十分だ」


だが、ポムだけは何の話か分かっていない。


「五人目って何?」


タカノがポムへ顔を向け、僅かに口元を上げた。


「選ばれたってことだよ」


「何に?」


「…………。」


今度はタカノの表情が止まった。


カスミが、ぷっと吹き出す。


ミカコも思わず口元を押さえた。


リョウコまで堪えきれず笑ってしまう。


「ふふっ……。」


ポムだけが訳も分からず、みんなの顔を見回した。


「え? 何?」


「何でみんな笑ってんの?」


ピックがポムの肩へ腰掛ける。


もちろん。


誰にも見えない。


「良かったじゃん」


ポムが横目でピックを見る。


「だから何が?」


ピックはニヤニヤしながら、ポムの頭をぽんぽんと叩いた。


「五人目だってさ」


「だから何の!?」


ポムの声が、闘技場いっぱいに響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。