#8
地の底から流れ出る空気は涼やかで、それまで漂っていた腐臭や砂埃の不快感から解放されるようだった。代わりに鼻腔を満たしたのは、長く閉ざされていた石室を開いた時のような、冷たく澄んだ匂いだった。
光源となっている白い粒子は密度を増し、視野が広がる代わりに全ての物が白んで見える。
「おぉ……!」
大穴を潜り抜けた先、眼下に広がった光景にシューガは感嘆の声を漏らした。
斜面を下りた先には、白く色褪せた門の向こうに街並みが広がっていた。街には切り分けられるように走った線が何本も見て取れ、最奥には巨大な台座に鎮座する教会が存在していた。
「壙穴が地下都市に続いているって話は聞いたことがあったけど……」
「人の噂も、案外バカにはできませんでしょう?」
トゥルが、言葉を途切れさせたアイヴィの顔を覗き込んだ。
「噂じゃない。冒険者の目撃情報だ」
「疲弊、混乱、諦観、希望、無理解に誇大表現。そんなものが渦巻いている壙穴の目撃情報なんて、噂と変わりありませんよ」
アイヴィは何か言い返そうとして、けれど言葉が出ずに舌を打とうとした時だった。視界の端で灰色の大剣が揺れた。
「話はそれまで。目の前に実物があるのなら、自らの足で踏破するのが冒険の醍醐味と言うもの」
そう言って、シューガは負傷した腰を抑えながら、斜面を下りて行く。
彼の冒険者としての本質とも言える探求心が痛みを押しのけていた。
「あいつ、地下都市を見て元気になってる」
「怪我人に後れを取るわけにはいきませんよねぇ」
トゥルは跳んだ勢いそのままに斜面を滑り降りて行き、直ぐ後にアイヴィが続いた。
清涼な空気の中を突き進み、斜面を下りた先に聳える重い石造りの外壁は、聖都のそれと似ていた。
「どうやって中に入ろうかと考えていたけど、杞憂だったようだね」
外壁に設けられた大門は両開きにされており、来るものを拒まずにいた。
「物音は……しないな」
「そうですねぇ」
長耳と狐耳を小刻みに動かすが、届くのは静謐のみであった。
探知できる存在がいないことを知ると、オルファは決断的に歩き出す。
斜面を下りた時のように、シューガが続こうとしたところに、トゥルが軽やかに身を挟んだ。
「怪我人は後ろ。アイヴィ、看るのは任せましたよ」
二人の返答を待つことなくオルファをの後を追いかける。
「むぅ……すまない」
「謝るくらいなら帰れ。さっさと行くぞ」
帰れと言いつつ先を促し、けれど自分からは歩き出さない様子に、シューガは思わず苦笑した。
「痛みいるよ」
呟きであっても、森人の聴覚なら鮮明に聞き取れている。けれど、アイヴィは返答するわけでもなく、鼻を鳴らすわけでもなかった。
シューガが先行する二人の後を追い始めると、その少し後ろにアイヴィが付いた。
門を潜った先からは、なおも静寂だけが流れてくる。
門番はおらず、街中で生活する人影はおろか物音ひとつしない。一党が歩行を止めれば、たちまち無音が支配するだろう。
それでも、不思議と廃墟に足を踏み入れるような恐ろしさは薄かった。
地面に敷き詰められた石畳は整然としていたが、表面には不規則な起伏が残っていた。通りに沿って建てられた家屋の脇には農具が立て掛けられており。納屋と思しき小屋も多く見て取れた。
やがて、一党の先に、道を繋ぐ石橋が現れた。
石橋の前でオルファは足を止め、橋の下に視線を向けた。
削られた地面は大人が隠れられる程度に深く、側面は石壁によって補強されていた。幅はそれほど広くないが、助走を付けても跳び越えるのは難しい。
「水路か」
アイヴィはオルファの横でしゃがみ込み、石壁を撫でた。
冷たく乾いた表面は滑らかに削れていたが、苔や泥の付着は認められない。
左右に視線を向けると、水路はどこまでも続いており、等間隔で石橋が架けられていた。
「水があったら楽できたかもしれないな」
「いやまったくその通りだよ」
アイヴィとシューガの軽口を他所に、オルファは石橋を進み始めた。靴裏から伝わる感触は硬く、確かなものであった。
「あたくしも続いて大丈夫そうです?」
「問題ない」
「崩れたら大笑いしてやる」
「なんて性格の悪い森人でしょう」
トゥルは頬を膨らませながらも、軽い足取りで進んで行く。
「どこかに大きな地下水脈があったのだろうね」
「大昔の話だな」
「森人の言う大昔は見当もつかないな」
「定命に合わせて言った。どの道、この近くにはもう水脈はないだろう」
シューガとアイヴィが石橋を渡り切る頃、トゥルが先頭を歩くオルファを呼び止めた。
「ちょっと、中を見ても?」
トゥルが指差した先は、何の変哲もない一階建ての民家。オルファは黙ったままだが、振り返って足を止めた。それは答えとして十分だった。
「では、お邪魔しまぁす」
まるで知人を訪ねるかのような軽い調子で取っ手を掴んだ。扉は施錠されておらず、訪問者を迎え入れた。
室内には相変わらず冷たく澄んだ空気が漂っており、人影はない。
木造の家屋には、同じく木製の机と椅子。突き上げられた窓の近くには、段差のある棚が置かれていた。
机の上には深みのある器と木匙が三組、それと中央には籠が乗っていた。棚にはいくつかの植木鉢が不規則な並べで置かれており、いずれも鉢には細かな傷や削れた跡が確認できたが、中には微かな土すら付着していなかった。
トゥルは湧いた疑問に、脳裏がくすぐられるような感覚だった。
「妙だね」
家屋の外から、トゥルの心境が転がり込んだ。窓から顔を出すと、屋根を見上げるシューガが居た。
「雨樋がある」
「地下にも雨が降るのか?」
「常識的に答えるとすれば否だけど、壙穴の先にある都市であることを考慮するなら、可能性は完全に否定できないね」
「つまりは、わからないってことか」
「判断する材料がないからね」
「それじゃあ、一つ提供しましょうか」
声を掛けてから、トゥルは一度室内に引っ込み、鉢を窓から出して見せた。
「中身はありませんでしたけど、窓際に置かれてましたよ」
「植物を育てていたってことか。常識的に考えれば」
先ほど聞いた言葉を取ってつける。その脇ではシューガが再び頭上を仰いだ。ただし、その視線は屋根よりもずっと先。地上で同様の動作をすれば空の青さを見ることができるだろうが、今は白んだ岩の天井のみが広がるばかりであった。
「陽当たりは望めないね」
天井から鉢に視線を移したところで沈黙が訪れた。けれど、三人の思考は共通していた。疑問は仮定に変わり、確信に至る要素を求めるが、誰も到達することはできなかった。
「まるで、人だけを置き去りにした街」
トゥルは独り言を呟くと、窓から身を引き、鉢を元の場所へと戻した。
部屋の奥には台所があり、戸棚には食器類がいくつか重ねられていた。鉄鍋には玉杓子が差し込まれていたが中身は空であり、壁際に並んだ壺や麻袋の中身も同じく空であった。
扉で仕切られた部屋に入ると、藁を詰めた寝台が壁際に二つ並び、その脇には小さな木の椅子が置かれていた。壁に掛けられた布には何かの印が描かれていたのだろうが、劣化が酷く、何の印か見極めるのは不可能であった。
椅子の足元を見ると一枚の紙が落ちており、拾い上げると、小さな子供が描いたであろう絵があった。大雑把な筆の使い方で、色は白く褪せたている。一見難解に思われる絵であったが、トゥルの眼差しは優しく細められた。
中央に大きく、けれど短く描かれた人物。その両脇には大きく長く描かれた人物と、大きく細く描かれた人物。それぞれ、両方に伸ばした腕が塗り潰されるように重なっており、楽しそうに笑っている。
三人の横には、人よりも一回り小さい建物。それらを囲むように、筆を大きく動かして描かれた空間。上部には球体と、小さな雲。
トゥルは眼を開き、寝室を、家屋を飛び出した。
「ちょっと、これ見て!」
慌てた口調と共に差し出された紙を、アイヴィが受け取った。
「……なんだ、下手くそな絵だな」
「そうじゃなくて、絵の上!」
指摘された箇所を見る。落書きを見て何があるのか、そう思っていた思考は瞬く間に消え去った。
覗き込んでいたシューガと、驚愕した表情を合わせる。
「空があるということは、この都市はかつて地上にあった」
シューガは槍杖をきつく握り込んだ。
「これは凄い発見だ。冒険者組合と教会に報告して、調査を勧めれば世界の神秘が明かされるに違いない!」
興奮しアイヴィの手から絵を取り上げたところを、素早く伸びたトゥルの手にひったくられる。
「この依頼については他言無用ですよ。それに……」
絵に柔らかな視線を落としていると、アイヴィから催促が入る。
「それに、なんだ?」
「フフーン。オルファさんが待ちくたびれていますよ」
オルファは業断ちを肩に担ぎ、三人のやり取りを眺めていた。進行を促すわけでも、疑問を口にするでもなく、ただじっと。
トゥルが寝室に絵を戻すと、一党は再び歩き出した。
「う~ん、未知を目の前にして少し興奮が過ぎたようだ。すまない」
「いいえ。お陰であたくしは冷静になれましたから」
「これは嫌味を言われているのかな?」
「ただの事実ですよ」
「そうかい?」
「そうですとも」
地下都市の静謐はどこまでも続く。
民家の他、屋台、宿屋、食事処、鍛冶屋、組合。地上でも見慣れた風貌の店が並んでいたが、等しく人影はなく、仕事道具だけが取り残されていた。
通りを進み、いくつかの石橋を渡ると、教会の麓にたどり着いた。台座となっている石造りの円形の建造物は横に伸び、細い四角の穴が等間隔で開けられている以外、目立った装飾は見当たらなかった。
「ここだけ物々しい雰囲気ですねぇ」
仲間からの反応は無い。
しかし、トゥル含め、誰も足を止めることはなかった。
アイヴィとトゥルが音を警戒し、オルファが正面の門に施錠されていないことを確認し、建造物内に飛び込む。
白い粒子に照らされたそこには、高い天井すれすれまで伸びた巨大な棚と、整然と並べられた本がいくつも存在していた。本棚に囲まれた中央には螺旋階段が伸び、上階に繋がっているようだった。
「ここは……書庫」
シューガの声が微かに弾んだのを感じ、トゥルが横目で視線を送る。
「大丈夫。落ち着いている。しかし──」
広い書庫全体に視線を巡らせる。数百、数千と並ぶ書物は、シューガにとって宝の山に等しかった。
「──ただ通り過ぎるといのは、些か調査不足だと思う」
シューガの意見はアイヴィ、トゥルと通り過ぎ、灰色の大剣を担いだ背に向けられた。
「俺は教会に続く道を探す」
告げると、オルファは螺旋階段に向かった。
「おい、道を見つけたからって先に行くなよ」
アイヴィの言葉は届いたのか。オルファは歩調を変えることなく螺旋階段を上って行き、やがて姿が見えなくなった。
「さて、じゃあ軽く調査していきましょうか」
「うむ」
早速、シューガは近くの閲覧台の置かれていた書物を開く。
装丁に使用されたなめし革は手触りがよく、頁は過度な乾燥も湿気りもせず、新書のような状態だった。
「読めるか?」
アイヴィの問いに、シューガは頁を捲りながら顔を顰めた。
「古代語に似ているけど……違う。知らない言語だ」
「フン、読めなかったら調査のしようがないな」
近くの本棚から薄めの本を手に取る。
「図や絵があれば、内容も想像できそうだが……」
ページを素早く捲り、目に留まるものがなければ本棚に戻し、別の本を開く。
「ん? これは……」
何冊目かの本で、ようやく文字以外のものが書かれていることを発見する。それは、一体の竜によって覚醒した五人の賢者が、古き闇を倒し、女神となって人の世を創る、創世の物語であった。
「この都市でも、昔話は一緒か」
目新しい情報は無いと判断し、本棚に戻した時だった。背表紙に書かれている文字に違和感を覚えた。文字が読めたわけではない。今、戻した本の隣に、ほとんど同じ文字が書かれた本があったのだ。
アイヴィは二冊をよく見比べる。すると、どうやら末尾に書かれている文字に差があるだけで、他は同じのようだった。本の内容から察するに、創世話についての話だろうが、先ほどの本には、挿絵だけでも創世話のあらましは網羅できていた。一体、他に何が書かれているのだろうか。
本を開く。これまでよりも遅く、けれど次々に頁を捲る。いくつかの挿絵を目にする。
主要な登場人物は二人。無骨な剣士と、清らかな修道女。出会いや目的は不明だが、二人は冒険し、洞窟の最深部を目指したが、最深部の手前で五人の刺客と遭遇。凶刃によって剣士が倒れ、修道女は刺客に捕まり最深部へと連れていかれる。最後には古き闇が広がり、世界が破滅した。
「なんだこれ、邪教徒が書いた創作か?」
胡乱げな表情で表紙を見る。著者名らしきものは書かれているが、やはり読むことはできなかった。
「邪教都市が女神の怒りに触れて地下に沈められた。なんて、人間が好きそうな空想だ」
嘲笑しながら本を戻した時だった。本棚を挟んだ奥の方から、こちらを目掛けて駆けてくる足音が響いた。
「何か見つけたのか?」
足音の主を察知したアイヴィは、姿が見える前に問いかけた。
「あ、二人ともここにいたんですね」
アイヴィの声を辿って顔を出したのはトゥルだった。
「あまりいいものじゃないのですけど……」
「なら早く言え」
「血痕、ありましたよ」
澄んだ空気に、微かな血錆のにおいが混じった。
「新しいものかい?」
「いいえ。すっかり乾いてましたよ」
「見つけたのは血痕だけか?」
「ええ。死体も装備もありませんでした」
およそ戦場には向かない書庫に、時間の経った血痕。未踏領域が発見されてからの期間を考えると、先にやって来た教会騎士のものと考えるのが自然であった。
「死体がないのは不自然だね。巨大蟻がここまで来たとは思えないし」
「なんにせよ、ろくな事にはなってないだろ」
「一先ず、オルファと合流しましょう」
三人は視線を交わすと、螺旋階段へと急いだ。
§
足音が一人分となっても、その歩調に迷いは現れない。
中央の柱に巻き付くように伸びた石段を一段一段踏みしめる。
そうして上った先は、書庫の最上階。天上は一階よりもずっと低く、業断ちを縦に振るのは難しそうだ。
ふと、足裏から伝わる感触が柔らかくなり、視線を落とす。黒革の半長靴の下は白い石床に見えたが、足を擦るように動かすと、短い毛が敷き詰められているようだった。
階段の周囲は円形に開けており、本棚がオルファの背丈より低いくらいだった為、見通しも幾分か良くなっていた。故に、奥の方でいくつかの本棚が倒れている事に気付く。
耳を澄まし周囲を警戒するが、階段を上る足音含め、物音は無かった。
天上を見渡したところ、屋上に続く梯子や階段は確認できない。
書庫内を探索し始めた直後、白く褪せた世界に並ぶ本を一瞥するが、読めない文字ばかりが書かれていることを確認する。その途端に意識を周囲に戻し、奥へと歩を進める。
静かな空気とは裏腹に、書庫内は荒れていく。落ちた本が床に散り、倒れた本棚が別の本棚に寄りかかって、収納されていた本を吐き出していた。そして遂に、本棚が床に伏せている区画には、本に混じって血痕が落ちていた。白い光に照らされて尚、赤黒いと確認できる。
固まった血痕は引き摺って伸びて行き、壁際の本棚のところで大きな円形に変わった。
しゃがみ込み、乾ききった血溜まりに、黒革の手袋に包まれた指を這わせる。指を擦り合わせても血濡れや血粉が付着した感触は無い。
視線を血痕が寄り掛かった本棚に移す。壁を背にした本棚は、左右に並ぶ本棚と同じく鎮座しており、相変わらず読めない文字の本が並んでいた。屋上に続く手掛かりはないと決め、立ち上がろうとした視界の端に、何かが映る。
動きがあったわけではない。読める文字があったわけではない。もっと小さな違和感。
血痕と本棚を繰り返し凝視すると、血痕から小さな点が本棚に続いており、そのまま血の点を追い掛けると、中段にある一冊の本で途絶えていた。その本の背表紙には、読めない文字の中でも特に異質な文字──線と呼んだ方が適切と言える字が書かれていた。
オルファは本を取り出そうとしたが、傾けたところで何かに詰まり、機械的な作動音が聞こえた。
重い岩を転がすような地響きが鳴ると、本棚は床と共に下がって行き、露わになった壁には棒状の操作具が埋め込まれていた。
オルファは迷いなく操作具に手を掛け、動く方向を探し、結果手前に引いた。
古い扉が軋むような音が鳴り響く。
操作具から手を離して周囲を見ると、部屋の中央の天井の一部が段階的に下り、最終的には螺旋階段の続きを作るように階段が出来上がった。その頃には、下がった筈の本棚は元の位置に戻っており、傾けた本も綺麗に並び直っていた。
オルファは業断ちを担ぎ直し、階段へと向かう。
「オルファ!? 大きい音がしましたけど、どうしたんです?」
丁度よくトゥルが顔を出した。少し遅れてシューガとアイヴィも階段を上って来る。
「仕掛けを動かした」
指をさした先は、開かれた天井と、続く階段。
「あら。それなら早速向かいます? 血痕があって少し不穏ですけど」
「行かない理由がない」
オルファが進み、他の三人が続こうとした時だった。シューガが小さく呻きながら膝を着いた。
「おい!」
即座にアイヴィが容態を確かめる。腰を抑えるシューガの手を退かし、衣服をはだけさせると盛大に舌を打った。
「この馬鹿! 傷が開いてるだろ」
「ハハ……流石に、長い階段は腰にきたね」
地に濡れた包帯を短剣で破り捨て、雑嚢から小瓶を取り出す。中身はアイヴィが調合して作った血止めの軟膏。
鱗が剥がれ、深く割れた傷口を塞ぐように軟膏を塗布する。
「ぬぅっ……!」
苦悶の声を上げるが、身動ぎはしない。シューガは歯を食いしばり、治療が終わるのを待った。
「おい」
アイヴィが呼びかけた先はシューガではない。立ったまま様子を伺っている二人に向けてだった。
「どうする?」
意図は当然、シューガを含めた進退についてだ。
「行かない理由がない」
先ほどと同じ言葉。脇でトゥルが呆れたように息を吐いた。
「あなたはそうでしょうけど、シューガはどうするんです?」
「動けるなら来い。無理ならここで待っていろ」
言葉に一切の迷いはない。あまりの潔さに、トゥルは再び息を吐いた。
「そういう人なのは知ってましたけど……」
視線をシューガに流す。
乱れた息。捨てられた包帯に付着した血の量。
平気な顔で街の探索をしていたが、相当な負荷であったことは想像に難くない。
トゥルは三度目の息を吐いた。
「未踏領域の探索ではしゃぎすぎです。あとは教会だけですし、ここで待っていてくださいます?」
包帯を巻き終えたシューガは大きく深呼吸を一つすると、平静を装った顔つきで眼鏡の位置を直した。
「言う通り、年甲斐もなく無理をしたね。ここなら怪物もそう来ないだろうし、待っていることにするよ」
床に尻を着き、弛緩して座るシューガに、アイヴィが小さな紙の包みを渡した。
「痛み止めだ。今より辛くなったら飲め」
「ありがとう。確かに、これは今だと苦すぎて飲めないね」
広場で治療を受けた時に飲まされた味を思い出し、顔を引きつらせる。
「なんでアイヴィが調合すると全部苦くなるんです?」
「味のことなんで考えてない。効けばいい」
「なら、あたくしは怪我しないよう気を付けましょ」
「そうしろ」
アイヴィが立ち上がったのを確認すると、オルファは何も言わず階段へと向かう。
「いいか、ボクたちが戻ってくるまで安静にしているんだぞ」
「怪物に襲われそうになったら、大声出してくださいね。あたくしかアイヴィの耳には届くでしょうから」
あいさつ代わりに言葉を置いていくと、二人もオルファの後を追い、振り返ることはなかった。
シューガは三人が階段を上って行くのを見送ってから、壁に寄りかかって体を落ち着けた。




