第6話 その1秒に賭ける
俺は立ち上がると、無言で辺りを見回す。
いや、ホントにどこなんだよ──
俺は慌てて内ポケットに手を突っ込んだ。
すぐに四角い硬いものが手に当たり、ホッと息をつきながらそれを抜き取る。
「ミア……良かった。大丈夫か?」
『主要機能に異常はありません。勇真さんは、お怪我ありませんか?』
「ああ、何とかな。それより、ここって……」
俺は不気味な空間に目を向けた。
ミアの画面が、クルクルと読み込み表示に切り替わる。
『……現在地に該当するデータが存在しません。分析モードを再起動──』
「起動するな、ミア」
さっき、サルヴェインの攻撃を受けたばっかりなんだ。
それに、バッテリー問題もある以上、ミアに無理はさせられない。とはいえ──
「まずは、シャーロットとアーサーを探さないとな」
光に包まれる直前、2人も魔法陣の上にいた。
揃ってこの妙な空間送りにされていてもおかしくない──
「ユウマさまっ!」
声のした方を振り返ると、後ろからアーサーとシャーロットが駆け寄ってくるのが見えた。
「シャーロット! アーサー!!」
「ユウマ! 無事だったか」
「ああ。2人も大丈夫そうだな」
「わたくしたちは無傷ですわ。ミアさまは……?」
心配そうなシャーロットに、俺はミアを手渡した。
彼女はショックを受けたような表情で、両手でミアを優しく包み込む。
「ミアさま、お怪我を……」
『表示機能への影響は、現時点では軽微です』
「……」
シャーロットは無言でミアの画面の亀裂に治癒魔法をかける。
が、当然それが直ることはなかった。
「そんな……もう一度──」
「姫様、魔力を温存すべきだとおっしゃっていたはずでは?」
「それはそうですが……」
言い淀むシャーロットの手から、俺はミアを回収する。
「……まあ、ミアも大丈夫って言ってるからさ。信じるしかないだろ?」
何とかいつもの調子でそう告げるも、ミアの亀裂を直視できなかった。
……今は、そう信じる──いや、思い込むしかない。
「……」
しばらく無言で足元に目を落としていたシャーロットは、やがて小さく頷いて顔を上げた。
「わかりました。まずは、ここから出なくてはいけませんものね」
「ああ。そもそも、ここは何なんだ?」
「おそらくは、サルヴェインが隔離魔法で作り上げた異空間ですわ」
「サルヴェインが……」
そこで、グレイフォードのことが頭をよぎる。
「そういえば……この状況、マズいんじゃないか? もし、あいつがグレイフォードを──」
「その心配は、おそらく無用であろう。奴の身体は崩れかかっていたからな……ユウマの一撃は、致命傷であったはずだ」
「それに、これほどまでに大掛かりな隔離術式と転移魔法を発動すれば、命を代償にしていてもおかしくありません。今頃、本物のセドリックさまが、事態を収めてくださっているとは思いますが……」
「なるほどな……なら、とりあえず出口を探そう」
すると、手元からミアの声が聞こえてきた。
『……分析モードを起動します』
「おい! ミア、勝手に──」
『現状のままでは、脱出経路を特定できません。空間内の情報を収集・分析し、生存率の上昇を試みます』
「ダメだ、ミアっ!!」
ミアと言い争う俺の肩に、アーサーの手が置かれる。
「ユウマ、気持ちはわかるが……サルヴェインは謀略将と呼ばれる魔王軍幹部だ。ミア殿の分析力無しで、ここから出られるとは思えぬぞ」
俺は気持ちを落ち着かせようと、深呼吸した。
意地を張って立ち往生しても、時間を……ミアのバッテリーを意味なく消費するだけだ。
「……わかった。ミア、なるべくバッテリーは節約してくれ」
『わかりました。分析精度を維持できる範囲で、消費を抑えます』
俺たちは、そのまま異空間に浮かぶ道をゆっくりと歩き始めた。
10分ほど歩いたところで、ミアの画面を確認する。
バッテリー残量の表示は64%──どうやら、サルヴェインとの戦いでかなり消費してしまったらしい。早いとこ、ここから抜け出して魔王を倒さないと……
そこから2時間ほど歩き続けていた俺たちは、足を止めた。
息を切らせながら、まだまだ続く1本道を見据える。
「どこまで続くんでしょうか、この道……」
「わかりませぬが……ひょっとして、出口は反対側だったのでは?」
そんな2人の横で、俺はミアに声をかける。
「ミア、とりあえずこの2時間で収集したデータ、見せてもらっても良いか?」
『わかりました。まとめたものを表示します』
パッとミアの画面が切り替わり、俺はじっと目を凝らす。
特に妙なデータはなさそう──ん?
俺は、ミアの位置情報ログに目を止めた。
そこに表示されていたのは『距離0、距離100、距離200……』と続く数字。
そして、『距離666』の次に再び『距離0』と表示されている。
「……は?」
俺は続きのデータにも目を通していく。
同じような数字の羅列が、更に何度か続いていた。
「ひょっとして……特定の位置に達した瞬間、開始地点に戻されてるのか?」
『その可能性が高いと推定されます』
「ユウマ、どういうことだ?」
俺は、アーサーとシャーロットにもミアのデータを見せる。
「たぶん、この666ってとこにたどり着いたら、0の位置に戻されてるんだと思う。シャーロット、そういう魔法ってあるのか?」
「転移魔法の応用だと思いますわ。わたくしたちが戻されたことに気付かなかったということは、同時に認識補正の魔法が重ねがけされているのかもしれません」
「……よし、一旦666の境界部分に行ってみよう」
俺は立ち上がると、ミアの位置情報に表示される数字を確認しながら1歩ずつ前に進んでいく。
距離665の地点で足を止めると、じっと前方に目を凝らした。
「……やっぱり、道が続いてるようにしか見えないな」
「すぐそこが境界なのですよね? 少し、調べてみますわ」
シャーロットは辺りを慎重に調べ始める。
俺とアーサーは、シャーロットが境界に触れないようそばで見守った。
そんな中、俺はふとミアに目を落とす。
バッテリー残量は、60%──
妙に、減るのが早くないか? 普段なら、2時間でここまで減ることなんてないはずなのに……
まさか、サルヴェイン戦で壁にぶつけられた時に、何か異常が!?
「ミアっ、バッテリーは節約してるんだよな??」
『はい。ただし、未知環境の解析により、平常時を上回る処理負荷が発生しています』
クソッ、この異空間じゃ、解析するだけでもバッテリー消費が増えるのかよ……!
早いとこここから脱出──
「ユウマさま、お待たせいたしました」
「シャーロット、何かわかったのか!?」
「今から説明いたしますわ。ミアさまも聞いていただけますか?」
『もちろんです』
シャーロットはその場に腰を下ろすと、荷物から紙とペンを取り出した。
「かなり複雑な術式の魔法ですわ」
そう言いながらサラサラと何かを紙に書き記すと、それを俺に差し出す。
「説明すると長くなってしまいますので、図に記しました。ミアさまなら、理解いただけると思いますわ」
『画像を保存します。勇真さん、図全体が写るようカメラの位置を調整してください』
「わかった」
クルクルと回るミアの読み込み画面を横目で見やりつつ、俺たちは話を続ける。
「姫様、脱出方法は?」
「申し訳ないのですが、まだそこまでは……ただ、やはりこの境界部分には強大な転移術式が展開されているようです。同時に、認識補正用の魔法もいくつかかけられています」
「やっぱりそうか……ミアの位置情報ログとも一致するな」
特定の条件下で、指定された場所に必ず転移する……要するにこういう処理か。
if (位置 >= 最大値)
{
位置 = 最小値;
}
空間そのものが延々とループしてるわけじゃないなら──
「処理を変えれば良い」
「えっ?」
「現状は『対象が境界に到達したら、開始地点に戻す』って処理がされてるんだろ? つまり、『開始地点に戻す』って部分さえ変えれば、突破できるんじゃないか?」
俺の言葉に反応するように、ミアの声が聞こえてくる。
『理論上は可能です。シャーロットさんの図を基に、空間全体の術式解析を行いますか?』
「……それ、どのくらいバッテリーを使うんだ?」
『推定消費量は約15%です。ただし、異空間環境下のため、大幅に変動する可能性があります』
「嘘だろ?」
全身から一気に血の気が引く。
15%の消費なら、45%になるってことか……?
最悪、もっと少なくなる可能性も──
「よし。俺たち3人で何とかするぞ」
「ユウマ。そうは言っても、我々にも限界が──」
「わかってる! けど、だからってミアを削って良い理由にはならないだろ!?」
『現在の最優先事項は、勇真さんを生還させることです』
「俺が生きてても、ミアのバッテリーがなくなったら意味がないんだよっ!!」
俺の叫びが、空間内にこだまする。
肩を上下させる俺を一瞥してから、俺に握りしめられたミアを覗き込むシャーロット。
「……ミアさま。わたくしも、解析のお手伝いをいたしますわ」
「えっ?」
「ミアさまの負担を、わたくしたちで分散すればよろしいのではなくて?」
「いやでも、そんなことできるのか?」
「わたくし、これでも王国魔法使いですもの。術式解析は必須科目ですわ」
……『AIを手伝う』なんて発想、俺、全然思いつかなかった。
俺は、ミアを失うことばかり考えて、使うか使わないかの二択しか見えてなかった──
ミアを持つ手についグッと力が入った。
『……本体への圧力上昇を検知しました』
「あっ……ごめん、ミア」
「ミアさまが術式全体を解析されるのでしたら、わたくしは魔法理論部分を担当いたします。よろしいでしょうか?」
『わかりました。よろしくお願いします、シャーロットさん』
そう答えるミアを、俺はシャーロットに差し出す。
「……シャーロット、頼んだ」
「もちろんですわ」
シャーロットはミアをそっと受け取ると、そのまま2人で話し込み始めた。
……何言ってるのか、全然わからないな。
俺は境界に触れないように注意しつつ、少しその場を離れて座り込む。
そのままミアとシャーロットを静かに見守っていると、アーサーがすぐ隣に腰を下ろした。
「何もできぬというのも、歯がゆいものだな」
「ああ……そうだな」
「だが、姫様はローウェル王国随一の魔法使いだ。必ずや、ミア殿と共に活路を見出してくださるであろう」
まっすぐにシャーロットを見つめるアーサーの様子に、俺は思わずフッと笑ってしまう。
「ユウマ、どうした?」
「いや、別に? ただ、アーサーも大概だよなぁと思ってさ」
「……?」
軽く眉を寄せて小首を傾げるアーサー。
俺は肩をすくめながら立ち上がった。
「さて、と。俺たちも、何かできることを探さないか?」
「それもそうだな」
俺たちはミアたちに声をかけた後、周辺の警戒と観察に回る。
それから小一時間が経った頃、辺りにミアの声が響いた。
『解析が完了しました』
俺とアーサーは、ミアたちに歩み寄る。
「認識補正の魔法は、ひとまず解除しましたわ。ただ、組み込まれた転移魔法は、境界に触れなければ書き換えができない状態になっているようですの」
『現状では、境界到達と同時に転移魔法が発動するため、転移先の改変を行う時間を確保できません』
「ってことは、何とかして転移魔法の発動を遅らせる必要があるのか……」
「そこに関しては、わたくしの方で遅延魔法をあらかじめ組み込むことができます。ただ……」
伏し目がちに言葉を切るシャーロット。
……嫌な予感がする。
「何か、問題があるのか?」
『現在の予測では、シャーロットさんの遅延魔法により、発動を最大1秒遅らせられると推定されます』
「いっ、1秒!? たったそれだけの時間で、転移先を書き換えるのか!?」
シャーロットは小さく頷く。
「ほぼ確実に、転移先の詳細を決めている時間はありません。既に設定されている座標を削除するので精一杯でしょう」
「それ、大丈夫なのか? 削除したらしたで、また変なところに飛んだり、最悪出られなくなるとか……」
「そこについては問題ありませんわ。転移先の指定だけを消せば、術式自体が別の転移可能地点を自動的に選ぶ仕組みになっているようですの」
「ということは……この異空間を脱出できたとして、どこに出るかはわからぬということでしょうか?」
「……アーサーの言う通りですわ」
「それって……最悪、魔王城から遠ざかる可能性があるってことか!?」
『現在地より、魔王城に近い地点へ転移する可能性も否定できません』
そう告げるミアの画面に、俺はふと目を落とす。
表示されているバッテリー残量は、51%──推定より、6%分も多く残っている。
この6%は、シャーロットが守ってくれたミアの時間だ。
……このままここにいても、ミアのバッテリーは減る一方。それなら──
「その1秒に、賭けよう」
俺が力強くそう告げると、シャーロットとアーサーも頷く。
シャーロットが境界に遅延魔法を組み込むと、俺たちはそれぞれに手を繋いだ。
「では、行きますわよ!」
「ああ!」
「頼みます、姫様!」
シャーロットが境界に触れた瞬間、辺りが光に包まれる。
ミアの指示に合わせて、シャーロットの指先が淡く光ったかと思うと、手元からミアの声が響いた。
『……転移先座標、削除確認』
その瞬間、目の前が真っ白になり、再び身体を強く引っ張られ、急に宙へ放り出されるような感覚に襲われる。
アーサーと繋いだ左手と、ミアを持つ右手を離さないようにしっかりと握りしめた。
頼む……頼むから、上手くいってくれっ!!
そう祈った直後、俺は柔らかい草の上に倒れ込む。
ゆっくりと身体を起こそうとした瞬間、目の前を中型の鳥が高速で横切った。
「うわっ!」
尻もちをつきながら、上を見上げる。
生い茂った木々に、湿った空気。そして、木々の隙間から見える薄暗い空──
「戻って、来れた……?」
我に返り、右手のミアに目を向ける。
バッテリー残量は49%──
「な、何で!? さっきまで……!」
『異空間の境界通過時に、推定値を上回る電力消費が発生しました』
「嘘だろ……クソッ、さっさと魔王城に──」
俺は、そこで違和感に気付いた。
そういえば、この湿気の多い気候、グレイフォードとは全然違うよな??
生えてる植物も、見たことないやつばっかりで……ま、まさか──
「ホントに、全く違う場所に転移されたのか……!?」
『……現在地を特定できません。追加のデータが必要です』
俺は倒れるアーサーたちを叩き起こすと、慌てて地図を確認し始めるのだった。




