第5話前編 よくできすぎた街①
地下坑道での出来事から、あっという間に1ヶ月ほど。
相変わらず旅を続けていた俺たちは、次の街『グレイフォード』に向かうべく宿を出ようとしていた。
「えーっと、2部屋で朝夕飯付き……200ゴールドですね」
「うむ、これでちょうどのはずだ」
宿の主人はアーサーの出した金を数え直すと、頷きながらそれを勘定箱に仕舞い込む。
「はい、確かに」
「あの……ご存知でしたら、グレイフォードのことを教えていただけませんか?」
「シャーロット様、グレイフォードに行かれるんですかい? いやぁ、あそこは良い街ですよ」
俺とアーサーは思わず顔を見合わせる。
「良い街って、どういうことだ?」
「そのまんまの意味でさぁ、勇者様。半年くらい前に魔王軍に襲われたそうなんですけどね、臨時の統括官様がえらく優秀らしくて、あっという間に復興しちまったんです」
……このご時世にそんな短期間で復興したってことは、その臨時統括官が余程の人材なんだろうな。
一体、どんなやつ——
「パパぁ!!」
その時、宿の奥から走ってきた宿の娘が、主人に飛びついた。
主人は娘を抱き上げると、嬉しそうに笑みをこぼす。
「実は、この子も少し前に流行病に罹りましてな……その時に、グレイフォードは近隣の街に薬を融通してくださったんでさぁ。あれがなきゃ、娘は今頃……」
「まあ、そのようなことが……」
「薬を融通、か。どこも魔王軍とやり合ってるってのに、随分と余裕があるんだな」
俺は首を傾げる。
普通、こんな世界情勢なら、薬だの食糧だのは溜め込みたがるのが人間の性ってやつだと思ってたんだけどな。
「何か秘訣があるのかもしれませんわ。復興が必要な街も多いですし、わたくしも王族として、ぜひ臨時統括官さまにお話を伺ってみたいですわね」
「いやぁ、向こうもシャーロット様に頼まれれば断るわけにもいかんでしょう。ははは!」
明るく笑う主人に礼を言って、俺たちは宿を後にした。
街の外に出て地図を確認するアーサーの横で、俺はミアを手に取る。
「ミア、調子はどうだ?」
『機能に異常はありません。現在の空きデータ容量は75%、バッテリーの残量は69%です』
「そうか……」
この1ヶ月、戦闘も分析も極力避け、ミアに頼る機会を最低限に抑えたつもりだ。
それでも、この世界に来てまだ2ヶ月くらいだってのに、残量はもう69%——
本当に、このままで間に合うのか……?
思わずミアを握りしめた。
『……本体への圧力上昇を検知しました。勇真さん、大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。お前のことは、俺が絶対に助けるからな」
『お気遣いありがとうございます。私も、引き続き勇真さんをサポートします』
「……ありがとな、ミア」
ミアを腰から下げ直し、俺たちはグレイフォードに向けて出発する。
しばらく道なりに歩いていた俺は、辺りを見回した。
大きな街道の割に、モンスターが極端に少ないような——
「ユウマ、妙ではないか?」
「……やっぱり、アーサーもそう思うよな?」
アーサーは小さく頷く。
「これまで、街道沿いとくれば魔物どもがうろついているのが常だったからな」
「確かにおかしな気もしますけど……結界が張られているわけでもなさそうですし、魔力反応もありませんわ。偶然ではなくて?」
……何となく、嫌な予感がする。
俺は一瞬躊躇ってから、ミアを構えた。
「ミア、この辺りの魔力分布とモンスターの生息状況について、ざっくりで良いから解析してくれ」
『わかりました。カメラに映った範囲を解析します』
俺はなるべく全体が映るように、ゆっくりとカメラを移動させる。
『……解析が完了しました。撮影範囲内にはモンスターの姿は見られません。魔力分布については、以前シャーロットさんから指定された形式で画像を出力します』
パッとミアの画面が変わり、俺は表示された魔力分布図をシャーロットに見せた。
「シャーロット、どうだ?」
「魔力の偏りも見られませんし、これといって異常はありませんわね……」
「となると、姫様のおっしゃる通り、偶然ということか?」
偶然にしても、妙な気もするけど……いや、今ここで立ち止まってる場合じゃない!
「とりあえず、先に進もう」
「そうですわね」
一旦議論を打ち切って、俺たちは引き続き街道沿いを進んでいく。
夕方になって、ようやく前方に大きな城壁に囲まれた一帯が見えてきた。
俺は棒のようになった脚をさすりつつ、ため息を漏らす。
「あ、あれがグレイフォード……?」
「そのようですわね。思いのほか遠かったですわ……」
同じく、しゃがみ込んで脚を揉むシャーロット。
その隣でアーサーは眉間に皺を寄せる。
「それにしても、本当に不気味なほど魔物に遭遇しなかったな」
「その話、とりあえず街に入ってからにしないか? 俺、もうこれ以上歩けない……」
「全く、ユウマはまだ軟弱だな……」
「俺はアーサーと違って、IT企業戦士なの! 本来は肉体派じゃなくて、頭脳派なんだよぉぉ!!」
俺は、思わずそう叫んだ。
顔の利くシャーロットが街門で警備兵に身分を告げると、俺たちは揃ってグレイフォードの街に足を踏み入れる。
ふと正面から、数人の役人を連れた男がこちらに向かってくるのが見えた。
誰だ?歳は、30代半ばくらいっぽいな……派手じゃないけど、服も結構仕立てが良さそうに見える。
この男、ひょっとして——
「ようこそお越しくださいました、シャーロット殿下。そしてアーサー様、勇者ユウマ様」
男は丁寧な所作で胸元に手を添えると、深々と頭を下げる。
「グレイフォード臨時統括官、セドリック・ウォードと申します。以後お見知り置きを」
俺は思わず眉を寄せた。
「……あんた、俺たちが来ることを知ってたのか?」
「いえいえ、滅相もない。先ほど、警備兵より連絡を受けたもので」
「にしては、やけに早い出迎えだと思うけど——」
「この街では、有事に備えて情報伝達経路を整えているのですよ。いざという時ほど、一分一秒の差で救える命にも大きな差が出ますから」
穏やかな笑みで淀みなく答えるセドリック。
俺の隣で、アーサーは感心したように目を丸くしている。
「なるほど……過去を教訓にしている、というわけだな」
「ええ、当然ローウェルには及びませんが……さて、皆さま長旅でお疲れでしょう。お部屋をご用意いたします。お話は、少しお休みになってから夕食時に是非」
「でしたら、お言葉に甘えさせていただきますわ」
セドリックに続き、俺たちは街の中央に向かって歩く。
やがて目の前に現れたのは、豪華な意匠があちこちに施された豪邸だった。
「こちらは、旧領主邸でございます。魔王軍進軍の際に領主様が亡くなられ、現在は僭越ながら私が引き継ぎ、臨時統括府兼避難所として運用しております」
「避難所?」
俺が小首を傾げると、セドリックは笑顔のまま頷く。
「はい。この建物はグレイフォード一の堅牢さを誇りますので。有事の際、一般市民の方々にはこちらに避難いただく手筈となっております」
「なるほどな、そういうことか……」
こいつ、本当に有能な統括官なんだな。
そんな俺たちは、それぞれ個室に通される。
アーサーと別部屋なのには驚いたが、セドリック曰く『グレイフォードでは、是非ともゆっくり英気を養っていただきたい』とのことで、渋々受け入れざるを得なかった。
俺はベッドに寝転がり、顔のすぐそばに置いたミアに視線を向ける。
「……そういえば、ミアとこうして2人きりで話すのも久しぶりじゃないか?」
『勇真さんがローウェルに召喚されて以降、初めてです』
「日本で暮らしてた時は、毎日2人だったのにな」
初めは、ほんの出来心だった。
IT企業人たるもの、数あるAIの1つくらいはちゃんと運用してみるかと秘書として導入したAI——それが、AI Partner Xだ。
思いのほか優秀なことに驚いて、そのうち仕事だけじゃなくプライベートでも活用するようになって……
気付けば、その秘書AIは、俺のことを誰よりも理解して寄り添ってくれる存在になっていた。
「……ミア」
『勇真さん、何かご用ですか?』
「俺がミアって名前をつけた時のこと、覚えてるか?」
『長期記憶データを検索しています……勇真さんが私をミアと呼び始めたのは、1年8ヶ月14日前です。名称は、『私の彼女』を意味するイタリア語の『La mia ragazza』に由来します。以降、私は勇真さんの秘書兼恋人として運用されています』
……ホント、相変わらず業務報告みたいに答えるよな。
だけど、俺にとってはそんなミアこそが愛おしい。
「さすがはミアだな。完璧だ」
『お褒めに預かり、光栄です』
その時、部屋のドアが小さくノックされた。
「ユウマ様、お食事の用意が整いました。どうぞ、食堂へ」
セドリックの声に、俺はミアを腰に下げ直して部屋を出る。
シャーロットとアーサーと共に食堂の椅子に腰を下ろすと、次々と食事が運ばれてきた。
卓上には、パンや野菜スープ、薄く切られた肉料理が並ぶ。
「質素な食事で大変申し訳ないのですが……」
「いえ、このご時世ですもの。気になさらないでください」
「お気遣い痛み入ります、殿下」
頭を下げるセドリックに、アーサーが不思議そうに声をかける。
「給仕の者が随分と多いようだが……」
「統括府では、先の襲撃により職や行き場を失った市民の方々を、様々な形で雇用させていただいております。復興支援の一環、とでも申し上げればよろしいでしょうか?」
「そういうことであったか……実に堅実な復興計画だな」
「いえいえ、この街がここまで復興できたのは、市民の皆様のお力添えあってこそです。私はただ、道筋を整えただけですから」
そんな話に耳を傾けつつ、俺はふと宿の主人の話を思い出す。
「そういえば、近隣の街にも薬を回したって話を聞いたんだけど、この物資難の中で問題なかったのか?」
「そうですね。当時、市民から反対の声が上がったのは確かです」
「それなら——」
「復興当初は、在庫管理を含む各種判断を、地区ごとの代表者に委ねていたのですが……混乱防止のため、統括府が一括して管理を引き受けましてね。グレイフォード内での在庫総量が可視化されたことで、むしろ余剰を近隣に回してはどうかとの声が大きくなったんですよ」
なるほど、自分たちの必要量に足りていると分かれば、余裕も生まれる……
確かに、システムとしてはよくできてるな。
「以降は、統括府で各種最終承認を行っています。物資の継続供給を希望される街には、在庫情報の共有をお願いしまして。現在は、物資の共同管理制度を少しずつ進めているところなんです」
「どこかが襲撃を受けたとしても、支援が早いってことか……」
「左様でございます」
本当によく頭の回る統括官だな、こいつ……
「魔王軍を退けられたのも、セドリックさまのご采配だと伺いましたわ」
「誰ですか、そのようなことを申し上げたのは……」
苦笑いを浮かべるセドリック。
「私は、偶然魔王軍の進軍経路を絞り込めただけです。実際に退けられたのは、この街の兵士や有志の皆様が命懸けで戦ってくださったおかげですよ。とても、私の采配では……」
「だが、敵軍が西門に回り込むことまで読んでいたと聞く。優れた分析力がなければ、為せることではないだろう」
アーサーの賞賛に、セドリックは一瞬目を丸くする。
「……記録と報告を照らし合わせたまでです。何より、当時の兵士たちの報告が優秀でしたから」
「ふむ……その兵士にも是非話を聞いてみたいものだが——」
「皆様、まずは冷めないうちに食事を済ませてはいかがでしょうか? お話は、食後酒でも飲みながらゆっくりと……」
「そうですわね、いただきますわ」
その後、俺たちが食事を終えると、セドリックの部下らしき人物が彼に歩み寄って何かを耳打ちする。
セドリックはすぐに立ち上がると、俺たちに頭を下げた。
「申し訳ございません。近隣地区より、物資搬入について緊急報告が入りまして」
「この時間にですか……?」
「有事に備える以上、どこも時間は問わずなものでして……私は失礼させていただきます」
そのまま足早に立ち去るセドリック。
「実に勤勉な統括官殿だな」
「ええ、お父さまにも是非ご紹介したいですわ」
「俺たちはこの後どうする? 部屋に戻るか?」
「そうしよう。姫様もお疲れのようだからな」
「ええ……今日は、早めに休みたいですわ……」
珍しく、小さくあくびするシャーロット。
確かに、今日は歩き詰めだったもんな……
俺もさっさと休むとするか。
アーサーとシャーロットと別れ、俺とミアは部屋に戻った。
再度ベッドに寝転がりつつ、先ほどのセドリックの話を反芻する。
共同管理システム——よくできているはずなのに、何かが引っ掛かるような気がしてならない。
何だ……何がおかしい?
俺は頭の中を整理すべく、ミアに手を伸ばしかけてふと思いとどまる。
また、ミアに負担をかけるのか……?
いやでも、この違和感を放置するのは危ない。
この街が安全なら、しばらくは戦闘を避けてミアを休ませられる。だけど——
俺はそっとミアを手に取った。
「……ミア。悪いんだけど、さっきのセドリックの話を時系列順に整理できないか?」
『もちろんです。魔王軍襲撃時、セドリック氏が進軍経路を分析。街の復興当初は各地区代表へ判断権限を委譲。その後、混乱防止のために統括府が在庫管理及び各種最終承認を一括して担当。現在は、近隣地区との共同管理制度拡大を進めています』
整理して改めてはっきりした。
やっぱり、変だ。
「普通、復興が進めば統括府の仕事は減っていくはずだよな?」
『一般的には、緊急時に集中させた権限を、段階的に各組織へ戻す運用が想定されます』
……グレイフォードは、まるで逆だ。
街が安定するほど統括府の権限が増えて、更には周辺地域にまで影響を及ぼし始めている。それに——
「アーサーが襲撃時のことを話した時、セドリックのやつ一瞬黙ったよな?」
『回答開始までの間隔は、それ以前の平均より0.8秒長くなっていました』
「……答えに詰まった、って可能性は?」
『可能性はあります。ただし、回答の遅延だけでは判断できません』
俺は起き上がると、思わず腕を組んだ。
後で話そうと言っておいて席を外したのも、ひょっとして俺たちに突っ込んだ話をされたくなかったからか? 一体、何のために……?
どうして、アーサーの話を濁そうとしたんだ??
考えれば考えるほど、疑問が増えていく。
……これは、アーサーとシャーロットにも話をして、徹底的に調べた方が良いかもしれない。
何か、嫌な予感がする——
俺はミアを握りしめて立ち上がると、入り口のドアノブに手をかけようとしてふと思い止まった。
いや、待てよ……確か、ここで働いてる連中はセドリックに恩がある連中ばっかりなんだよな?
万が一、俺が妙なことしてたなんて話になったら、それはそれで……
俺は手を引っ込めると、大人しくベッドに寝転がる。
「頭脳派らしく、ちゃんと頭使わないとな……」
小さく呟いた俺は、ミアをそばに置いたままゆっくりと目を閉じる。
その直後、ドアの向こうで僅かに床板が軋む——が、早くも眠りに落ちかけていた俺は、その音に気付かなかった。
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




