第3話 初勝利は、喜べない
「アーサー、右に回れっ!」
「言われずとも……っ!」
アーサーが剣を振るうと、目の前のモンスターが真っ二つになって地面に転がる。
動きが完全に止まったのを確認した俺は、ミアのカメラを向けながら数歩近付いた。
『……登録完了しました。補足情報はありますか?』
俺がシャーロットとアーサーに視線を向けると、2人は揃って首を横に振る。
「いや、特にないみたいだ。ありがとな、ミア」
『勇真さんのお役に立てて、何よりです』
そんな恋人同士の会話を邪魔するかのように、アーサーが俺の背中を強めに叩いた。
「ユウマ、随分と様になってきたな」
「……俺、ミアと話してたんだけど」
「知っている。が、弟子を褒めるのも師の役目だろう?」
ニッと爽やかな笑みを浮かべるアーサーに、俺もつられて笑ってしまう。
「はいはい、アーサー先生に鍛えてもらったおかげですぅ〜」
「元々、ユウマの筋も悪くなかったからな。1ヶ月でここまでできれば、上出来だ」
「……褒めても何も出ないぞ?」
笑い合う俺たちのそばで、シャーロットは不服そうに口を尖らせる。
「ズルいですわ! アーサーだけ、そのようにユウマさまと親しくなって……」
「いやまあ、毎日剣を教わってればこの程度──」
すると、シャーロットは俺の手からミアをひょいと取り上げた。
「でしたら、わたくしはミアさまとお友達になりますわ! ミアさま、女同士仲良くしてくださいますか?」
『私には、生物学的な性別はありません』
「えっ?」
ミアからの予想外の言葉に、固まるシャーロット。
俺は思わず声を上げて笑ってしまう。
「ははは! そういえば、きちんと指示を出したことってなかったなぁ……」
「ど、どういうことですの? わたくし、てっきりミアさまは女性なのかと……」
『音声および対話モデルは、女性型を使用しています』
「では、女性ということでよろしいのではなくて?」
狼狽えるシャーロットの手の中のミアを、俺は覗き込む。
『勇真さんが希望される場合、性別認識を女性として固定できますが、どうされますか?』
「ああ、それで構わない。ついでに、シャーロットとも仲良くしてやってくれ」
『わかりました。自己認識上の性別を女性に設定します。また、シャーロットさんの情報を、友人として更新しました』
それを聞いたシャーロットは、再び口を尖らせた。
「……呼び捨てにはしてくださらないのですね」
『現在の関係性では、『さん』が適切と判断しました』
「わかりましたわ。呼び捨てが適切だと思っていただけるよう、努力いたします」
……ミアに友人ができるのは、素直に嬉しいな。
2人のやり取りを微笑ましく眺めていると、アーサーの咳払いが聞こえてくる。
「姫様、そろそろ移動を」
「そ、そうでしたわ……今日中には、次の街に到着しておきたいですものね」
気を取り直して旅を続ける俺たちの前に、三叉路が現れた。
「えっと、確か左だったような──」
ミアに登録してある地図を開きかけて、手を止めた。
表示されているバッテリー残量は、88%──
この1ヶ月間、なるべく使いすぎないようにはしてきたけど……やっぱり登録だのルート調整だので消費されるよな。
残りの道のりを考えると、節約すべきところではきっちり節約すべきだ。
俺は、荷物の外ポケットに入れていた地図を取り出す。
シャーロットとアーサーも両隣からそれを覗き込んだ。
「ユウマの言う通り、左のようだな」
「次の街は、結構大きいのか?」
「はい。複数街道の中継地点となりますので、今まで訪れた街の中では一番栄えておりますわ」
「なるほど……となると、物資の補給も徹底しておいた方が良いか」
俺の言葉に反応して、ミアが読み込み画面を表示させる。
『消耗したアイテムの一覧を出力しています』
「おい、ミア──」
『処理を完了しました。出力結果をローカルに保存します』
……遅かったか。
「ミア。バッテリー消費には、十分気をつけてもらえるとありがたいんだけど……」
『お気遣いありがとうございます。ですが、勇真さんの生存率向上が最優先です』
「いや、だから……俺は、お前がいなくなるのが一番困るんだって」
そんな話をしながら大きな街道を歩いていると、遠目に巨大な石造りの城壁が見えた。
おっ、確かにかなりデカい街みたいだ──ん?
遠くの城壁の上に立ち上る、黒いものが目に入る。
「なあ、アーサー。あの黒いのって……煙、だよな?」
「妙だな……魔王軍の襲撃を受けている可能性もある。急ぐぞ!」
先陣を切るアーサーに続いて、俺とシャーロットも街に向かって走り出す。
街に近付くにつれて、何かが焼けるようなにおいが風に乗って漂ってきた。
「……っ! アーサー、ユウマさま! あれを!」
何かに気付いたシャーロットが、街の方を指差す。
その方向に視線を向けると、何やら巨大な人影のようなものが破壊された城壁の隙間から見えた。
それを見たアーサーの顔が、瞬時に青ざめる。
「あ、あれは──魔王軍幹部、殲滅将ガルヴァロス!?」
「幹部っ!?」
破壊された城壁の向こうで、その巨大な影がゆっくりとこちらを振り返る。
額から伸びる2本の角。赤黒い肌を覆う重鎧は至るところに傷が付いていて、その右手には、人間の身長ほどもある巨大な戦斧が握られていた。
その足元には、倒れた兵士と砕けた石壁が散乱している。
「まさか、こんなところにまで幹部の手が伸びているなんて……予想外でしたわ!」
「と、とにかく、俺たちはまず住人の避難を──」
「既に城壁は破られている! 避難誘導は生き残った兵士たちに任せて、我々はガルヴァロスを食い止めるぞ!」
「でも、俺たちだけで幹部を……?」
「やるしかあるまい。放置すれば、この街は──いや、この地域の人類は全滅する……!」
焦ったようなアーサーの言葉に、背中に冷や汗が伝う。
アーサーがここまで言うなんて、相当ヤバいやつなんじゃないか……?
俺も、この1ヶ月で2人から剣術も魔法も叩き込まれて、それなりに戦えるようにはなったつもりだ。
だけど、いきなりあんなのを相手にするなんて──
『……会話内容および周辺状況から、緊急事態と判断しました。一時的に、分析モードを常時起動します』
「ミアっ!? 待て、そんなことしたらバッテリーが──」
『対象を確認しました。分析対象『ガルヴァロス』として仮登録します。アーサーさん、シャーロットさん、追加情報はありますか?』
「おい、ミアっ!!」
俺とミアのやり取りに、アーサーはほんの一瞬シャーロットへ視線を送る。
彼女は問いかけを待つことなく、小さく頷いた。
そして2人は、すぐにミアに目を向ける。
「魔王軍の──特に、魔王や幹部に関する情報は、実はほとんどわかっていないのです」
「ただ、ガルヴァロスは魔力で肉体と武器を強化していると聞いたことがある。生半可な武器や魔法では、傷一つつかぬはずだ」
『……情報を更新しました。対抗措置として、強化系魔法の併用を推奨します』
「もちろんですわ!」
シャーロットが呪文を連続で唱えると、俺たち3人の身体が淡い光の粒子に包まれる。
「これは……?」
「身体能力強化と、対衝撃・対魔法障壁です! 少なくとも、即死は回避できるはずですわ!」
『即死は』ってことは、致命傷は普通に喰らうんじゃないか……!
アーサーに続いて城壁内に飛び込み、目の前に聳え立つ巨体を見上げる。
俺たちに気付いたガルヴァロスは、無言でじっと俺たちを見下ろした。
その鋭い視線に、剣を持つ手が震える。
……怖い。
目の前の巨体を見上げるだけで、この1ヶ月で積み上げてきたものが急に頼りなく思えてくる。
もし、俺の力が全く通用しなかったら──
『勇真さん、深呼吸を。姿勢をやや低くして、まずは下半身を安定させてください』
耳に飛び込んできたミアの声で、我に返った。
一度目を閉じて深呼吸し、アーサーに教わった通りに構える。
「ありがとな、ミア。おかげで、少し落ち着けた」
『引き続き、私がサポートします』
「いや、それは──」
俺は、はたと言葉を切った。
……ミアのバッテリーを節約する必要があるのは確かだ。
でも、俺はここで死ぬわけにはいかない。
それなら──
「頼む。ただ、バッテリーの過剰消費だけは、絶対に避けてくれ」
『わかりました。勇真さん、ご武運を』
「ああ」
そんな中、アーサーは生き残っていた数名の兵士に声をかける。
「守備隊! ここは我々が食い止める。無事な者たちは、民衆の護衛及び避難にあたれ!」
その指示に、動ける兵士たちは一斉に街の中心に向かって駆けていく。
それを横目で見送った俺たち3人は、改めてガルヴァロスを見据えた。
「ユウマさま、アーサー。いきますわよ!」
「承知! ユウマ、お前は左に!」
「わかった!」
アーサーの指示で、俺とアーサーは左右に素早く散る。
シャーロットは数歩下がると、魔法で大きな氷塊をガルヴァロスに向けて勢いよく放った。
雄叫びを上げたガルヴァロスが氷塊を斧で叩き割ると同時に、シャーロットは続けて業火を放つ。
炎が氷を瞬時に溶かし、辺り一面が水蒸気に覆われる。
俺は地面を蹴ると、ガルヴァロスに一直線に向かった。
よし、これならいける──
その瞬間、脇腹と左脚に凄まじい衝撃が走った。
「ぐっ……!」
何が起こったかわからないまま身体が宙を舞い、直後に地面を転がる。
崩れかけた民家に背中を打ちつけて、ようやく止まった。
攻撃が、全く見えなかった。
水蒸気で視界を奪ったはずなのに……足音か気配だけで、俺を捉えたのか!?
今までのモンスターとは、明らかに格が違う……!
『強い衝撃を検知しました。勇真さん、大丈夫ですか?』
「ぐっ……大丈夫だ」
痛みをおして身体を起こし、アーサーの姿を探す。
が、ガルヴァロスが動くたびに舞い上がる粉塵で、周辺の視界はすこぶる悪い。
「くっ! これほどまでに魔力を込めても、効かないのですか……!?」
半ば悪態をつきながらも、ガルヴァロスに向けて魔法を連発するシャーロット。
舞い上がる粉塵の向こうに、剣で攻撃を仕掛け続けるアーサーの姿が僅かに見えた。
良かった、無事だったのか……でも、時間をかければかけるほど、確実にこっちが不利になる。
あのデカい図体に、大振りの斧……ひょっとして──
「ミア。あいつ、小回りが利きづらかったりしないか?」
『これまで収集したデータを参照すると、現時点では、約65%の確率で小回りが利きにくいと推定します。精度向上には、追加データが必要です』
賭ける価値はある。
この状況、試せる手は全部試すしかない!
俺は強く地面を蹴ると、アーサーに気を取られているガルヴァロスの懐に素早く入り込む。
「食らえっ!!」
勢いよく振り下ろした剣は、ガルヴァロスの斧の柄で易々と受け止められた。
「くっ……!」
俺は咄嗟に剣を引く。
直後、ガルヴァロスが斧を手元で返し、石突を突き出してきた。
慌てて避けた俺は、バランスを崩して地面に転がり落ちる。
「ユウマ、避けろっ!!」
飛び込んできたアーサーの声にハッと顔を上げる。
眼前には、俺を踏み潰そうとするガルヴァロスの巨大な足──
「あ……」
全身の血の気が一気に引く。
「っ!」
咄嗟に地面に両手をつくと、叩き込むように風魔法を放つ。
身体が勢いよく横に吹き飛び、そのまま瓦礫の山に突っ込んだ。
「いってぇ……」
痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
さっきまで自分の居た場所は、巨大な足跡の形に陥没していた。
一瞬遅れてたら──間違いなく、死んでいた。
俺は震える身体を落ち着けるべく、深呼吸する。
『……一次分析結果を生成しました』
「えっ?」
俺は腰に下げていたミアに目を向けた。
『大きな動作の直後、対象周辺の魔力反応に乱れを確認しました。部分的に、強化魔法が弱まっている可能性があります』
「それ、本当か!?」
『はい。先ほど踏みつけ動作の直後は右腹部、斧の大振りの直後は右肩から右胸部に乱れを検出しました』
「胸部に脇腹、か……」
となると、俺1人でどうこうできるレベルじゃないな。
俺は近くの大きな瓦礫の影に移動すると、戦闘中の2人に向けて声を張る。
「アーサー! シャーロット!!」
俺の声に気付いた2人は、こちらに視線を向けた。
俺が手招きすると、シャーロットが魔法でガルヴァロスの視界を遮り、2人は一時撤退する。
「ユウマ、無事だったか」
「ああ、何とかな」
苦笑いしつつ、俺はミアの出した分析データをアーサーたちにも聞かせた。
「なるほど、魔力の乱れですか……確かに、あれほどの巨体を覆う強化魔法であれば、あり得ない話ではありませんわね」
「ならば、私が大技を誘おう。ユウマ、お前が奴の弱点を突け」
「えっ!? でも、アーサーの方が──」
「ユウマ」
俺を遮ったアーサーは、真剣な表情で俺の両肩に手を置く。
「剣と魔法を併用できるお前が適任だ」
『現時点の戦闘データと、魔法を併用できる点を加味した作戦成功率は、勇真さんが83%で最も高いです』
……ミアまでそう言うのか。
俺はミアをじっと見つめる。
『弱体化のタイミングは、私がお知らせします。このまま支援を継続してもよろしいですか?』
「本当に、良いのか?」
『はい。私は、勇真さんのお役に立つためにここにいます』
その言葉に、胸が僅かに締め付けられる。
俺は、役に立つからミアを大切にしてるわけじゃない……でも、今はミアの力に頼るしかない!
「……ありがとう。ミアが一緒なら──俺も、心強い」
俺は剣を握り直すと、アーサーたちに向き直った。
「ガルヴァロスは、絶対に俺が倒す。手を貸してくれ」
「もちろんですわ! いきますわよ!」
俺たちは瓦礫の影から飛び出すと、それぞれ配置につき、再びガルヴァロスと対峙する。
「ユウマ、頼んだぞ!」
「わかってる!」
そう返すと、アーサーは果敢にガルヴァロスに攻撃を仕掛け始めた。
シャーロットも少し離れたところから、ヤツの足元を中心に狙って何度も魔法を放つ。
俺は剣に強化魔法を重ね、2人を援護しながら機を待った。
焦るな。一撃で、決める……!
やがて、ガルヴァロスが斧を振りかぶった。
俺は一歩前へ出かけて、すぐに踏みとどまる。
……いや、まだだ。さっきほど大きな動きじゃない。
俺は一歩後ろに下がると、再び援護に回る。
前方のアーサーは、ガルヴァロスの斧を剣で受け止め、更なる大振りを誘うべく後退する。
アーサーと距離を詰めようとするヤツの足元に、シャーロットは氷魔法や重力魔法を放ち、何とかその場に留めた。
ほんの1秒が、やけに長く感じられる。
アーサーたちの表情にも疲れが見え始めた頃、いい加減に痺れを切らしたらしいガルヴァロスが雄叫びを上げ、斧を大きく振りかぶった。
あの動き──狙うべきは、右胸部だ!
『勇真さん! 今です!』
「ああ、わかってる!」
駆け出した俺は、勢いよく地面を蹴ると同時に風魔法を放つ。
魔法の力で加速した俺とミアは、一直線にガルヴァロスの身体へと飛んだ。
「喰らえっ!!」
俺は強化した剣を、ヤツの胸に突き立てた。
咆哮と共に俺たちを振り払おうとするガルヴァロスの巨大な手が迫る。
「させるかっ!」
「させませんわ!!」
シャーロットとアーサーが、それぞれ左右の腕の動きを食い止める。
素早く体勢を整えた俺は、必死になって更に奥まで剣を押し込んだ。
「クソッ、長さが足りないのか!?」
揺れる身体を何とか制御する俺の耳に、ミアの声が飛び込んでくる。
『勇真さん、剣を通して魔法を放つ方法を試してください』
「それだ!」
俺はガルヴァロスの体内に刺さる剣に、ありったけの魔力を流した。
「これで、終わりだっ……!」
叫ぶと同時に、魔力の流れに沿って一気に氷魔法を発動する。
ガルヴァロスが再び咆哮を上げた瞬間、剣を突き立てた身体の反対側から勢いよく鋭い氷が何本も飛び出した。
最後の力を振り絞って暴れるガルヴァロス。
「うわっ!」
その揺れに耐えきれず、俺の手は剣から滑った。
この高さから落ちたら──
「ユウマ!!」
その声と共に、俺たちはアーサーに抱き抱えられる。
「2人とも、無事か?」
『はい、異常ありません』
「た、助かった……」
地面に降ろされた俺たちは、倒れるガルヴァロスに巻き込まれまいと距離を取る。
地響きを立てて崩れ落ちたヤツの身体が完全に動かなくなったのを確認した瞬間、全身の力が抜けた。
た、倒した……?
俺が……俺たちが、魔王軍の幹部を倒したのか??
地面にへたり込む俺に、シャーロットが慌てて声をかけてくる。
「ユウマさま!? ど、どこかお怪我でも──」
「いや、何か気が抜けて……」
俺が苦笑いすると、シャーロットとアーサーはホッと胸を撫で下ろした。
『勇真さん、ご無事で何よりです』
「ああ、ミアも──」
思わず息を呑む。
ミアの画面に表示されたバッテリー残量は、79%──
嘘だろ? たった一度戦っただけで、9%も?
魔王城にたどり着くまで、幹部を何人相手にしなきゃいけないんだ……?
「ユウマ、立てるか?」
俺はアーサーの声で我に返る。
その手を取って何とか立ち上がるも、その場に立ち尽くしてしまう。
「危機を脱したとはいえ、まだやることが山積みですわね。被害状況の確認と、負傷者の手当て……必要に応じて、ローウェルからの支援も要請しなくては」
「では、私は兵士たちから状況を確認してまいります。ユウマ、手を貸してくれ」
「あ、ああ……わかった」
何とかそう答えた俺は、ミアを握りしめながらアーサーに続く。
初めて手にした大きな勝利を、俺は素直に喜ぶことができなかった。




