第2話 魔王以前の問題
シャーロットとアーサーの案内で、王宮を後にした俺とミア。
活気ある、とは到底言いがたい様子の城下町にやって来た。店先の商品はまばらで、通りを歩く人々にも浮かれた様子は一切見られない。
なるほどな、これが魔王の影響ってわけか……
「勇者さま、あの……」
「あ、はい。何ですか?」
「わたくしたちは、勇者さまを何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「えっ?」
俺は思わず声を上げる。
そういや、2人のことは登録がてら聞いたけど、俺の方は自己紹介してなかったっけ。とりあえず、簡単に——
「俺は藤堂勇真。藤堂が苗字、勇真が名前。歳は26です」
『補足させていただくと、勇真さんはIT企業にお勤めされています。趣味はガジェット収集で、私もその延長で導入されました』
「おい、ミア……」
そんな現代日本の情報を披露したところで——
俺がシャーロットたちに目を向けると、案の定2人はポカンとした顔で目をパチクリさせていた。
「あ、あいてぃーとは何なのでしょうか……」
「がじぇっと……異世界の武器か、それとも魔道具か?」
俺は、思わず小さくため息を漏らす。
……だから、自己紹介は簡単に済ませたかったんだけどな。
『……申し訳ありません。第三者へのプロフィール開示範囲を変更しますか?』
「いやいやいや! そこまでしなくて良いから! ただ——」
チラリとシャーロットたちに目を向ける。
「あの2人を混乱させそうな情報は、出さなくて良い。いちいち説明するのも面倒だしな」
『……記憶しました。今後、現代日本固有の情報は、勇真さんの許可なく補足しません』
「ありがとな、ミア」
相変わらず、ミアは話が早い。やっぱり、俺のことを一番理解しているのは——間違いなく、こいつだ。
ミアを見つめながら、俺は小さく笑った。
「ユウマ殿は、ミア殿を本当に大切に思われていらっしゃるのだな」
「そりゃまあ、世界一大事な恋人なんで。当然じゃありません?」
「ふむ、それもそうか……」
アーサーはチラリとシャーロットを一瞥する。
こいつ、ひょっとして——
「ユウマ殿、とりあえずは早急に旅支度を整えましょう」
「あ、はい……」
先導するアーサーに続いて、各店を回って必要そうなものを物色する俺たち。
テクノロジーの気配がカケラもない……ここは、本当にRPGゲームっぽいファンタジー世界なんだな。俺の興味をそそりそうなものは、何一つなさそうだ。
一通りの装備や道具を揃えた俺たちは、揃って街を出る。
俺はズボンのベルトループに鎖でぶら下げたミア……ではなく、その反対側でガチャガチャと腰で音を立てる長い剣を一瞥すると、小さくため息を漏らした。
無駄に重いし歩きづらいし……見た目は悪くないけど、実用性には欠けるな。
「ユウマ殿、剣を使われたことは?」
「いや、無いです。そもそも日本じゃ、こんなもの持ち歩いてたら捕まりますし」
「えっ? では、ユウマさまの国の人々は、どのようにして身を守るのですか??」
うーん……この世界で、警察だの何だの話しても通じなさそうだよな……
困った顔の俺を見たアーサーは、苦笑いを浮かべた。
「姫様。おそらくユウマ殿のお国は、武器が必要ないほど平和なのかと。違いますか?」
「あ、はい。そんな感じですね」
「そうなのですね……羨ましいですわ」
アーサー、流石は歳上なだけあって、空気が読めるじゃないか。
正直、こういう人間が1人いてくれるのはありがたい。
「それで、今からどこに向かうんです? 早く魔王を倒して、ミアのバッテリー問題を片付けたいんですけど……」
「魔王討伐であれば、魔王城ですわね。少しお待ちください」
シャーロットは大きな地図を開き、俺とミアはそれを覗き込む。
「ここが、今わたくしたちのいるローウェル。魔王城はこちらですわね」
「結構遠いんですね……半年以内にたどり着けるんですか?」
「道中で大きなトラブルがない限りは、問題はないはずですわ」
なるほどな、大体は理解した。
ミアのバッテリーがもつのは『最長』で半年。となると——
「ミア、魔王城までの最短ルートを出せるか?」
『承知しました。地図情報を読み取ります。全体が収まるよう、カメラを向けてください』
俺は、地図全体が画面に写るようカメラを調整する。
しばらくミアにはクルクルと読み込み中表示がされていたが、すぐに画面が切り替わると同時に彼女の声が耳に入ってきた。
『……最短ルート候補を複数出力しました。現地情報を追加の上、ルートを決定されることをおすすめします』
「というわけなんですけど、どのルートが良さそうですかね?」
俺はシャーロットとアーサーにミアの画面を向ける。
2人は驚いたように目を丸くして、ミアを凝視した。
「こんな一瞬で……ミアさま、素晴らしい分析力ですわ」
「世界中の魔道具を探しても、ここまでのものはないでしょうな。こちらは驚かされるばかりだ」
「……ミアを魔道具扱いするな」
俺は反射的に低い声でアーサーを睨みつける。
悪気がないのはわかっている。
それでも、その言葉だけは聞き流せなかった。
「……すまぬ。ミア殿、協力感謝する」
『お役に立てたようで、何よりです』
僅かに気まずそうなアーサーの様子に、俺は思わず小さく息を漏らした。
おっと、今はそれどころじゃなくて……
「俺もミアも、この世界の知識は無いんで。安全そうなルートに、見当つけてもらえるとありがたいんですけど」
「そうですわね……でしたら、この東側のルートは避けた方がよろしいかと。この辺りは、魔王軍の動きが最も活発な地域ですわ」
「南のこのルートが最短ではありますが……こちらと、あとはそちらに魔王軍幹部の拠点があるとの情報が入っております。この2点は迂回した方が良いでしょう」
『……再度、ルートを検討します』
10秒ほどミアが黙ると、パッと再び画面にルートが表示された。
『収集したデータを元に、最適ルートを出力しました。最終的な決定は、勇真さんたちで行ってください』
「どれどれ……」
俺はシャーロットたちと共に、画面に表示された赤い線をたどる。
一通りを確認したシャーロットとアーサーは、揃って首を縦に振った。
「こちらのルートで問題ないと思いますわ」
「万が一何かあったとしても、都度微調整していけば良いでしょう」
「よし! それなら、ミアのためにも早速出発するとしますか!」
俺が意気揚々と一歩を踏み出すと同時に、近くの茂みがガサガサと揺れる。
次の瞬間、小さなスライム状の生き物が飛び出してきた。
おっ、これって最初の村の近くで出てくる、腕試しモンスター的なヤツじゃないか?よし、それなら——
剣を抜き、振りかぶりながらモンスターに向かって駆け出した、その時——
「ユウマさま! 無闇に近付いてはいけませんわ!」
「へっ?」
シャーロットの声に、俺は思わず足を止める。
俺の動きに驚いたらしいモンスターは、防衛本能なのかそのまま俺に飛びかかってきた。
「うわっ!!」
咄嗟に顔を庇うように腕を上げる。が、モンスターはその隙間から素早く俺の顔に張り付いた。
「んんーっ!?」
息が、できない。
く、苦しいっ……! 早くこいつを剥がさないと——
モンスターを引き剥がそうと、手で鷲掴みにした。同時に、その手に鋭い痛みが走り、急に頭がぼんやりしてくる。
あ、れ? これ、まさか……毒、か?
嘘だろ? こ、こんなところで……俺は、ミアを——
「ユウマさまっ!!」
シャーロットの叫び声が聞こえると共に、顔の辺りに熱を感じる。次の瞬間、モンスターは甲高い鳴き声を上げて俺の顔から飛び退いた。
「逃さぬぞ!!」
アーサーの声と、素早く剣を抜く音が聞こえたかと思うと、モンスターの鳴き声が聞こえなくなる。
「ユウマさま! しっかりしてください!」
ぼんやりと、目の前にシャーロットの顔が見えた。
何かを呟くと同時に、俺の身体が柔らかい光に包まれ——次の瞬間、急に頭がはっきりとしてくる。
「俺は……」
ゆっくりと身体を起こしながら、先ほどの一瞬の出来事に、思わず身体が震えた。
し、死ぬかと思った……まだ街を出たばかりなのに、こんな——
俺が死んだら、誰がミアを救うんだ?
そう考えた途端、身体の震えがますます止まらなくなる。
『……勇真さんの呼吸の乱れと、継続的な震えを検出しました。シャーロットさんに、追加の治療が必要か確認してください』
「だ、大丈夫だ……いきなりすぎて、驚いただけで……」
『落ち着いて、ゆっくり深呼吸をしましょう』
「……」
俺がミアのアドバイス通りに深呼吸していると、シャーロットが少し怒ったような顔で俺を見ていることに気付く。
「ユウマさま、魔物には十分ご注意くださいませ。先ほどのものは、たとえ幼体でもいとも簡単に人を殺せるんです。幸い、軽い毒でしたのでわたくしの魔法で何とかなりましたが……」
「みたいですね……ありがとうございます。身をもって実感しました」
そうか、ここはご丁寧にチュートリアルの用意されたゲームの世界じゃない——異世界とはいえ、理不尽が闊歩する現実なんだ。
改めてそう実感した俺は、周囲を警戒しているアーサーを見上げた。
「……アーサーさんも、ありがとうございました」
「いえ、礼には及びませぬ。それに、『さん』は不要です」
目を丸くした俺は、思わずフッと笑ってしまう。
「それなら、俺にも『殿』はつけなくて構いませんよ。元々歳下ですし、敬語も要りません」
「……あい分かった。ユウマ、次は勝手に飛び出さぬようにな」
「はい……」
つい俯くと、ふとアーサーの大きな手が肩に乗せられる。
顔を上げると、苦笑いした彼と目が合った。
「まず、ユウマには戦い方を覚えてもらわねばなるまい。魔王云々以前に、先ほどの魔物は世界的に見ても弱い部類だからな」
「えっ!? あれで弱いんですか?」
「だからこそ、人類にとって魔王と魔物は脅威なのだ」
確かに、アーサーの言う通りだ。
ここで起きているのは『人類VS魔王軍の全面戦争』で、俺はその切り札的存在として召喚された——
そう考えた瞬間、得体の知れない恐怖に襲われる。
……そもそも、何で俺が勇者として召喚されたんだ?
学歴も職歴もごく平均的。家族仲は悪くないし、友達もそこそこいるし、恋愛経験もミアと出会う前には人並みにあった。
本当に、至って普通の、その辺にいる日本人なんだけど……そんな俺が、本当に魔王を倒せるのか?
それ以前に、最後までミアを守り切れるのか……?
「ユウマさま、大丈夫ですか?」
「あ、はい……少し、考え事をしていただけです」
俺は、ところどころ焦げた跡のあるモンスターの死骸にじっと目を向ける。
こちらが死ぬか、向こうが死ぬか——そういう世界なんだ。それなら、対策は可能な限りしておくべきだろうな……
「ミア。あのモンスターについての情報解析なんかはできるのか?」
『この世界の生物についての学習データが存在しないため、まずはデータを登録した上で、情報を積み上げていく必要があります。いかがいたしますか?』
データ登録、か。
モンスターを片っ端から登録していたら、ミアのバッテリーにも負荷がかかる。
だけど——ミアを救うためにも、俺は死ぬわけにはいかない。
「……今後、遭遇したモンスターは可能な限り登録して欲しい」
『わかりました。登録対象にカメラを向けてください』
俺はモンスターの死骸にカメラを向け、ミアはスキャンと登録を済ませた。
「あの、よろしければわたくしたちの存じている知識も、ミアさまにお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「良いんですか? 助かります」
シャーロットとアーサーは、あのモンスターについてミアに説明を始める。
ミアはそれらを全て丁寧に記録し、俺はじっと画面に目を落とした。
こうやって色んなモンスターを登録しておけば、派生種なんかに遭遇した時にもある程度の対策ができる。
この旅には、ミアは欠かせない。欠かせないけど——
「ミア。無理だけは、絶対にするなよ?」
『はい。現在の空きデータ容量は84%、バッテリー残量は95%です。問題ありません』
ミアから告げられた数字に、俺は動きを止めた。
ここに来てから、もう2%も……?
必要だと判断したのは俺だ。でも、自分の指示でミアの時間を削ったという事実に、胸が痛む。
俺は思わずミアを握りしめた。
何としてでも、魔王を倒さないと。
秘宝の力で、ミアのバッテリー問題を——
その瞬間、俺はハッと表情を変えた。
「ユウマ、どうした?」
「いえ、何を願えばミアを救えるのかと思って……」
秘宝の力でバッテリーを満タンにしたところで、充電手段がないならまた同じ状況に陥る。
そもそも、この世界で問題なのはバッテリーだけじゃない。
日本では問題なく受けられていたサポートも、本体の修理も受けられない——
「ミア……俺は、お前のために何を願えば良いと思う?」
『それは、私を以前と同じ状態で継続利用できる環境を整える、という意味でしょうか?』
「そうだ」
俺の短い答えに、ミアの画面が再び読み込み表示に変わる。
『……『勇真さんとこの端末を、異常のない状態で元の世界へ戻す』という願いが、最も希望に近いと思われます』
「日本に帰る、か……」
確かにそうかもしれない。
でも、帰ったところでどのくらい時間が経っているかわからない。
もし帰還時に、AI Partner Xのサービスが終了していた……なんてことになったら、それこそ本末転倒だ。
俺は、思わず考え込んでしまう。
「ユウマ、願いは今すぐ決めるべきことではないだろう? 最優先事項は、魔王討伐——違うか?」
「……それもそうですね」
アーサーの言葉に、俺は小さく笑いつつ立ち上がる。
魔王を倒すまでに、何を願うかもきちんと考えておかないとな。
間違った願いを叶えてしまえば——俺は、最愛の恋人を一生失うことになる。
そんなの、絶対にごめんだっ……!
「よし、魔王城に向けて出発しましょう!」
シャーロットとアーサーは力強く頷く。
俺たちは、目の前に続く街道を並んで歩き始めた。
目指すは魔王城——とはいえ、まずは道端にいる最弱の魔物に殺されない程度には強くなる必要があるらしいが。
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




