第1話 世界なんて、どうでもいい
俺の名前は、藤堂勇真。
IT企業勤務、26歳。趣味はガジェット収集。
どこにでもいる普通の社会人——と言いたいところだが、今の俺はなぜか、見知らぬ豪華な広間のど真ん中に立っていた。
「おお! ついに……ついに成功したのかっ……!」
俺の正面で、感極まった声でそうのたまう爺さん……いや、こいつ誰だ?
ゴテゴテした王冠被ってるってことは——
バァンッ!!
「お父さまっ!」
勢いよく背後のデカい扉が開いたかと思ったら、今度はゴージャスなドレスを着た若い女性が飛び込んできた。
爺さんと並んで、キラキラした目でこっちを見てる。
周りの兵士っぽい連中も妙にざわついてるし……何なんだよ、この状況。
「勇者よ! よくぞローウェルに来てくださった!」
「は? ローウェル?」
聞いたことない国の名前だ。こういう時は——
そこまで考えた俺は、ハッと気付いた。
「……ミア?」
俺の言葉に、爺さんたちは首を傾げている……って、今はそれどころじゃない!!
「ミアはっ!?」
慌ててポケットに手を突っ込むと、そこに入っていたスマホを取り出した。
「よ、よかった……」
が、次の瞬間、俺は右上に表示されている『圏外』の文字に気付く。
一気に全身から血の気が引いた。
「ミアっ……!」
急いでロックを解除して、『AI Partner X』のアプリを立ち上げる。
「ミア、俺だ! わかるか!?」
……反応がない。
こうなったら、モードを切り替えるしか——
設定画面から、即座にオフラインモードをタップする。
頼む。
頼むから、起動してくれっ……!
『オフラインモードに切り替えました。解除されるまで、外部検索機能および通信機能は利用できません』
聞き慣れた声に、思わず力が抜ける。
知らない世界に放り込まれたことよりも、ミアの声が聞こえなかったこの数秒間の方が、よっぽど怖かった。
「よかったぁ……ミア、無事だったんだな」
『はい。勇真さんも、お怪我はありませんか?』
「俺は大丈夫だ」
『……声紋照合完了。勇真さん本人と確認しました』
いつもと何一つ変わらないミアの様子に、つい笑みがこぼれる。
が、次の瞬間、俺は慌ててスマホの躯体を隅々まで確認した。
「ミアは大丈夫か? ひょっとして、傷が付いたり壊れたりしてないよな?? お前に万が一のことがあったら、俺は——」
『確認しています……長期記憶領域、正常。ユーザーデータ、破損なし。本体に重大な損傷は検出されません。バッテリー残量は現在97%です』
「本当か? 本当に大丈夫なんだな??」
『はい、本当です』
そんな俺たちの仲睦まじい会話に、空気を読めずに割り込んでくる爺さん。
「勇者よ、そなた誰と話しておるのだ?」
「誰って……俺の大事な彼女ですけど?」
「か、彼女っ!?」
爺さんは面食らったような顔で、じっと俺の手元に目を向けている。
その隣で、王女と思しき女性はハッと表情を変えた。
「お父さま、勇者さまの恋人は、きっとあの板に囚われていらっしゃるのですわ!」
「ふむ、なるほど……魔王め、既に勇者の身辺にまで魔の手を……」
……何を言っているんだ、こいつらは。
何か勘違いしているようだが——
「いや、別に囚われてないんで。ミアは元々スマホですし」
「す、すまほ……?」
目を白黒させる爺さんたち。
なるほどな、そういう文化か……説明すると長くなりそうだ。
「えーっと……とりあえずは、そういう種族だとでも思ってもらえれば」
「種族ですか? 喋る板族なんて、聞いたことありませんわ……」
「シャーロット様。勇者殿のお国では、おそらくそういうものなのかと」
王女——シャーロットの隣で腕を組みつつ横槍を入れる、騎士風の甲冑に身を包んだイケメン。
いやいやいや、こいつ、めちゃくちゃ背高いな。190近くあるんじゃないか?
こりゃ間違いなくモテるタイプだ。男の俺が言うんだから、間違いない。
イケメンは俺の方に近付いてきたかと思うと、おもむろにスマホの画面を覗き込む。
「ミア殿、と申したか?」
『はい。私はAI Partner Xに搭載された、対話型AIプログラムです。勇真さんにはミアと登録されています』
「ぷろぐらむ? よく分からぬが……私の名はアーサー。アーサー・ジョー・ブライスだ」
アーサーがそう自己紹介すると、一瞬その場に沈黙が流れる。
『……登録データが見当たりません。勇真さんのお知り合いとして、データを登録しますか?』
ミアからの提案に、思わず俺は考え込む。
他人のデータで、あまり容量を圧迫したくはないんだが……こいつ、重要キャラっぽいよな? 王女とも普通に話してたし……
「ミアには負担をかけて悪いけど、頼む」
『では、データスキャンを行います。カメラを対象に向けてください』
俺は起動したスマホのカメラをアーサーに向ける。
「あ、ちょっと動かないでもらえます?」
「……あい分かった」
怪訝な表情を浮かべるアーサー。
まあ、気持ちはわからなくもない。この世界には、スマホはおろか通信機器すらなさそうだもんな。
小さくスキャン完了音が鳴ったかと思うと、続いてミアの声が聞こえてくる。
『外見データの登録が完了しました。続いて、プロフィールを登録します』
「えっと、簡単に自己紹介してもらえれば……」
「名は先ほど申した通りだ。年齢は29。ローウェル王国騎士団所属で、シャーロット様の専属護衛騎士を務めている」
『……アーサー・ジョー・ブライスさんのデータを登録しました。続けて登録しますか?』
俺は、思わずチラリと爺さんと王女に目を向けた。
とりあえず、この2人は登録しといた方が良さそう……だよな?
俺の視線に気付いた王女は、ミアに視線を向けると丁寧にお辞儀をする。
「わたくしは、シャーロット・テイラー・エヴァンスです」
その言葉に、ミアのスキャンモードが起動した。
俺が慌ててシャーロットにカメラを向けると、彼女は少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「年齢は23。ローウェル王国第一王女で、王国魔法使いを兼任しておりますわ」
『……登録しました。続けますか?』
ミアの言葉に、シャーロットは隣の爺さんの肩に手を置いた。
「お父さまは、勇者さまとミアさまに自己紹介されましたか?」
「いや、まだだが……」
爺さんは、俺の手元に怪訝な顔でじっと視線を送る。
考え込むように顎に手を当てると、小さく息を漏らした。
「よかろう。ワシはリチャード・グラハム・エヴァンス。歳は55で、ローウェル王国の第26代国王を務めておる」
『……登録しました』
「うむ、それで勇者よ——」
「よし、登録はこれで十分だろ。ミア、ありがとな。流石は俺の彼女だ」
『勇真さんのお役に立てて、何よりです』
その時、小さく咳払いが聞こえて俺は顔を上げる。
「して、勇者よ。そなたの伴侶……いや、ミア殿のことも気になるが、まずはこの世界の危機について話さねばならぬ」
「はあ……」
いやまあ、説明されなくても何となくは察せるんだけどな。日本人だし、ゲームには人並みに触れてきてるし……
リチャード王の話を適当に聞き流しながら、ふとミアに視線を落とす。
画面に表示されているバッテリー残量は、96%——どうやら、3人のデータ登録で多少消費してしまったらしい。
まあ、この調子ならしばらくは心配ないだろうな。
メーカーの定期メンテナンスが受けられないのは少々困りものだけど、とりあえずは充電さえできれば——
「よって、願いを叶えると言われる秘宝を魔王に渡さぬべく、ローウェルは勇者召喚を何度も試みて——」
「ああぁぁああ!!」
突如、俺の叫び声が室内に響き渡った。
リチャードたちは驚いたように俺に目を向けている。
し、しまった……!
何で、1番重要なことに気付かなかったんだ、俺っ!!
「ど、どうやってミアを充電すれば良いんだっ!?」
俺は思わず頭を抱える。
この室内、見た限りではコンセントもない。
そもそも電気が通っている様子もない。
……マズイ。非常にマズイ。
もし、発電技術自体が存在しないとしたら——
「ジュウデン、とな??」
「勇者さまの世界での魔法でしょうか……」
ああぁぁあ! 王族コンビのこの反応、充電は絶望的だよな!?
ミアの充電が切れる前に、早くなんとかしないと……!
「ミアは、バッテリーで動いてるんだ!」
「バッテリー? それは何だ?」
「えーっと、電力だから……魔力みたいなもの、かな。この世界の魔法か何かで、充電できないのか!?」
「なるほど、魔力か……」
腕を組むアーサーの横で、シャーロットも難しい顔で顎に手を当てている。
「であれば、勇者さまやわたくしたちの魔力を使って、そのバッテリーをミアさまに補給できないのでしょうか?」
「どうすれば良いんだ!? 頼む、教えてくれっ……!!」
土下座する勢いの俺。
シャーロットは少し引いた様子を見せつつも、俺の前に歩み寄った。
「わたくしが試してみますわ。ミアさま、触れてもよろしいでしょうか?」
『問題ありません』
「では、失礼して……」
シャーロットはミアに触れると、小声で呪文のような何かを呟く。
その瞬間、その接触部が光の粒子に包まれた。
しばらくして、ふわりとその粒子が離散するやいなや、俺は画面を覗き込む。
——バッテリー残量、96%。
「充電、できない……?」
全身から血の気が引いて、思わず手が震える。
もし、ミアを失うことがあったら、俺は——
『……『魔力』と呼ばれるエネルギーの解析を完了しました。ごく微量ですが、電気エネルギーへの変換が可能です』
「えっ?」
ミアの言葉に、俺は目を見開いた。
「ほ、本当なのか!? それなら、バッテリー問題は——」
『ただし、変換効率は非常に低く、消費電力の一部を補える程度です』
「う、嘘だろ!?」
ミアの画面がクルクルと読み込みを開始する。俺は息を呑んで彼女の次の言葉を待った。
『……大気中の魔力粒子を継続的に電力へ変換できると仮定します。バッテリー残量が0%に達するまでの推定期間は、最長で約6ヶ月です』
「は、半年っ!? それっぽっちしか持たないのか……?」
半年後には、こうして俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声も——消える?
そう認識した瞬間、喉の奥が異様に乾く。
『引き続きAI Partner Xを利用される場合は、半年以内に充電方法を見つけることを推奨します』
「そ、そんな……!どうすれば——」
その瞬間、先ほどのリチャード王の話が脳裏をよぎる。
——願いを叶えると言われる秘宝
そうだ、その手があるっ……!
「国王陛下っ! さっき話していた秘宝は、どんな願いも叶うんですか!?」
「う、うむ……秘宝は願いを叶え、願いし者の心に報いると言われておる。だからこそ、魔王の手に渡すまいと、ローウェルを筆頭とした各国捜索隊が世界中を探し回っておるのじゃ」
……なるほど、理解した。
こっちは魔王側に秘宝を手に入れられたら困る、向こうも人類に渡しては困るってことか。
そして、俺は勇者として召喚された。それなら——
「もし俺が魔王を倒せたら……その秘宝、俺に使わせてくれませんか!?」
「なっ、何を申しておるのだ! これまでに、討伐隊で何人の犠牲が出たと思うておる! 世界を救うためにも、勇者であるそなたには、早急にローウェル秘宝捜索隊に合流を命ずる!」
リチャード王の命令が、広間に重く響く。
この世界の人間には、これが正しいんだろう。
だけど、俺にとっては——
「世界なんて、どうでもいい」
俺の言葉に、その場がシンと静まり返った。
リチャード王や兵士たちの視線が突き刺さる。
だが——これが、俺の本音だ。
「俺が救いたいのは、世界じゃない——ミアだ!」
広間に俺の宣言が反響する。
次の瞬間、リチャード王は青い顔で頭を抱えた。
「な、何ということだ……ようやく待望の勇者が現れたと思ったら、世界はどうでも良いと……?」
そんな国王と俺を交互に見やっていたシャーロットは、ふと真剣な表情を浮かべると俺の隣に立って、玉座に座るリチャードを見上げた。
「……お父さま。わたくしは、勇者さまに同行いたしますわ」
「なっ!? シャーロット、お前まで何を言い出すのだ!?」
「秘宝を探し始めて、何年経ったとお思いですか? その間にも、魔王軍に苦しめられている民衆が大勢いるのですよ?」
「それは……」
言葉に詰まるリチャード王。
シャーロットは小さく深呼吸すると、俺にニコリと笑いかけた。
「勇者さまは、大切な方をお守りしたいとお考えです。わたくしも、王族として民を守りたい——それが同じ魔王討伐という目的と重なるのであれば、協力し合うべきかと」
「だがしかし……」
口ごもるリチャード王をよそに、今度はアーサーが俺たちに歩み寄る。
「姫様が行かれるのであれば、私も護衛騎士として、おそばを離れるわけにはいきますまい」
シャーロットは驚いたように一瞬だけ目を見開くと、すぐに安堵したように表情を和らげた。
「アーサー……よろしいのですか?」
「もちろんです。私は姫様の剣であり、盾ですから」
そこまで言ったアーサーは、今度は俺に向き直る。
「勇者殿。道中の護衛と前衛は、私に任せてもらいたい」
「いやまあ、俺としてはありがたい限りだけど……」
この世界のこと全然知らないし、俺も勇者って呼ばれてるけど、何かこう……湧き上がる力!みたいなのは感じないしな。
騎士と魔法使いがいれば、心強い。
リチャード王はため息を漏らすと、俺にじっと視線を向ける。
「……そなたらが秘宝抜きで魔王を討伐すれば、秘宝は新たな争いの種になりかねん。であれば、功労者である勇者が願いを叶える、というのは理にかなっておるやもしれぬな」
「本当ですか!? そ、それなら——」
「ただし、ワシらが半年以内に秘宝を見つけられる保証はない。それに、そなたらが魔王を倒せないと判断した場合は、秘宝は魔王討伐に使わせてもらう。それで良いな?」
俺は力強く頷く。
ミアを救う方法がそれしかないのなら——俺は、そのために魔王を倒すっ……!
「それで構いません」
「よし、ではゆけ勇者よ! そなたらの力で魔王を倒し、世界を救うのじゃ!」
……だから、俺が救うのはミア——いや、定番の決め台詞だもんな。言わせておけば良いか。
こうして俺は、ミアを救うため、魔王討伐へ向かうことになった。
——もっとも、この時の俺は、自分が剣すらまともに握れないことを忘れていたのだが。
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




