第11話後編 この世界に、君を
土煙の奥から、太い前脚が床に踏み出した。そこに巻かれていたのは、見覚えのある幅広のバンド——
ま、まさか……!?
巨大な影は、淡いピンク色の鼻をヒクヒクと小さく動かす。
俺たちの姿に気付いた瞬間——
「キューッ!!」
あの時の、子モグラっ!?
な、何でこんなところに……というか、デカくなりすぎだろ!?
大型犬サイズだったはずの子モグラは、どう見積もってもポニーサイズ。
「キュッ!? キュー……」
俺たちのそばで倒れているアーサーの姿に気付いた子モグラは、焦ったように彼に鼻をグイグイと押し付ける。
「う……」
ようやく意識を取り戻したアーサーは、目の前の子モグラの姿を認めると、痛みに僅かに顔を歪めながらも勢いよく上体を起こした。
「なっ!? こ、このモグラは——」
「アーサーっ!!」
その瞬間、目にいっぱいの涙を溜めたシャーロットが、アーサーの胸にしがみつく。
状況を把握できていないアーサーは、狼狽えたように声を上げた。
「ひ、姫様っ!?」
「良かった……あのまま貴方が目を覚まさなければ、わたくしはっ……」
「……」
アーサーは少し困惑しながらも、無言でシャーロットの背をそっと撫でる。
そんな2人の姿に安堵しつつ、俺は魔王に向き直った。
「形勢逆転、ってとこか?」
「くっ……何故、たかが獣に余の結界が……!!」
「キュッ!!」
そういえば、あの時もムカデの腹の魔石に反応してたよな……
ひょっとして、地下の魔力反応に向かってここまで掘り進んで来たってことか?それで、地下結界の核か供給ラインを壊して……
いやでも、さすがにあの地下道からは距離がありすぎるだろ。だけど——
「お前のおかげで助かった。ありがとな」
「キューッ!!」
俺は軽く子モグラの身体を撫でると、素早く剣を構え直す。シャーロットとアーサーも、それぞれ俺の隣で体勢を整えた。
僅かにふらつくアーサーを一瞥しつつ、声をかける。
「アーサー、無理するなよ?」
「今ここで無理をせず、どこで無理をしろと言うのだ?」
「……それもそうだな」
「ユウマさま、アーサー。いきますわよ!」
俺とアーサーは、同時に魔王に向かって地面を蹴る。後ろからのシャーロットの風魔法で加速すると、揃って魔王に斬りかかった。
甲高い音と共に、魔王の爪に剣が受け止められる。直後、ピシッという音と共に魔王の爪の先端が砕けた。
「人間風情がっ……!」
魔王は瞬時に魔力の塊を錬成し、俺たちは素早く後退する。
シャーロットと2人で障壁を展開しつつ、子モグラに向かって叫んだ。
「危ないから、お前は隠れてろ!」
「キュッ!? キュー!」
子モグラは不満そうに鳴きながらも、迫る魔法に一瞬身体を震わせると、素早く床の穴へ飛び込んだ。
俺たちは魔法を障壁で弾き返しつつ、反撃を仕掛けた。
「喰らえっ!」
剣を振りかぶった瞬間、魔王の手が俺の腹部にかざされる。
「っ!?」
素早く障壁を腹部に集中させるも、至近距離から放たれた魔力弾の衝撃が、障壁越しに腹を抉った。不意に鋭く風を裂く音が耳を掠めた直後、俺は壁まで吹き飛ばされる。
ハッと顔を上げると、俺に魔法を放った魔王の右腕が宙を舞っていた。
「ば、馬鹿なっ……!」
「……先ほどの礼だ」
アーサーは短く告げると、素早く魔王と距離を取りつつシャーロットの前に位置取る。
俺も体勢を整えると、アーサーの隣で構えた。
魔王はそんな俺たちを睨みつけながら、右腕の切断部分に左手をかざす。どす黒い魔力が切断面を覆うと、瞬時に出血が止まる。
俺とアーサーは間合いを図りながら、魔王をまっすぐに見据えた。
あの結界がなければ、俺たちの攻撃でも通る。なら、畳み掛けるまでだっ!!
俺は素早くアーサーと視線を合わせると、左右から瞬時に魔王との距離を詰める。
片腕で何とか俺たちに反撃すべく、構える魔王。直後、その正面からシャーロットの放った業火が襲いかかる。
「くっ……!」
魔王は即座に障壁を展開するも、俺は剣に強化魔法を重ねがけし、渾身の力で障壁に刃を突き立てた。
ガラスが割れるかのように障壁は砕け散り、俺はそのまま剣を振り下ろす。
が、魔王の爪にそれを阻まれ、俺は思わず目を見開く。
「なっ!?」
空中で剣を受け止めていたのは、アーサーが切り落としたはずの右腕——
俺の表情に、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「モノを操るなど、魔法の基本中の基本であろう?」
同時に、魔王の左手から魔弾が放たれる。
俺とアーサーは再び魔王と距離を取るも、ヤツの右腕は俺たちの動きに合わせてつかず離れずを保つ。
嘘だろ?
右腕を切り落とした時点で、多少は優勢になると思ってたのに……むしろ、向こうの戦術を増やしただけかよっ!!
その時、腰元からミアの声が聞こえてくる。
『勇真さん。切断された右腕には、魔王から継続的に操作用の魔力が供給されているようです』
「まあそうだろうな……それ、何とかして切れないのか?」
『魔王の肉体の一部であるため、魔力供給を完全に遮断することは困難だと推定されます』
やっぱりな……
予想してたとはいえ、何とかして右腕の動きを止めないと——
『ただし、同系統の操作魔法で干渉すれば、一時的に制御を不安定化させられる可能性があります』
「っ! その手があったか!」
俺は素早くシャーロットに視線を向ける。
「シャーロット! あの右腕の操作魔法に干渉できるか!?」
「やってみますわ!」
シャーロットは、即座に魔王の右腕に向けて操作魔法を連発した。
右腕は高速で飛び回りながら、ひたすらにそれをかわしていく。
クソッ、ただ打つだけじゃ当たらないか……
でも、あの右腕を『操作』してるってことは、少なからずリソースは使われているはずだ。
本体に攻撃が迫れば、そっちへの対応を優先する……よな?
その瞬間だけでも、右腕の制御が鈍れば——
俺は素早く剣を構えると、即座に地面を蹴った。一気に魔王と距離を詰めると、魔王の顔周辺に向けて剣を大きく振る。
「っ!」
素早くそれを避けた魔王。その直後、ヤツの右腕にシャーロットの魔法が直撃した。
宙を縦横無尽に舞っていた右腕は、急に動きを止めたかと思うと、小さく震えだす。
よしっ!!
シャーロットの魔法と拮抗してるうちに——
「喰らえっ!!」
俺は再度魔王に向けて剣を振るう。
左腕でそれを弾いた魔王は、魔法を放つべく俺に向けて手をかざした。
「させぬぞっ!!」
素早く割り込んだアーサーの剣が、かざされた魔王の左手を貫く。そのまま剣を押し上げると、魔王の左手が血飛沫を上げながら手首からダラリとぶら下がった。
『勇真さん、今です!』
「ああ!」
俺はガラ空きになった魔王の胸に、剣を突き立てた。
一瞬、室内が静寂に包まれる。
直後、魔王が血を吐き、膝をついた。
「やった……のか?」
思わず安堵の息を漏らしそうになった、その時——
『勇真さん、魔王の生命反応は継続しています。注意してください』
「えっ?」
その瞬間、小さくシャーロットの悲鳴が聞こえる。
「きゃっ……! せ、制御がっ!!」
俺がシャーロットの方を振り返ろうとすると同時に、死角から飛来した魔王の右腕が俺の身体を殴り飛ばした。瓦礫に叩きつけられ、激痛に身体が硬直する。
更に立て続けに2回衝撃音が聞こえ、何とか顔を上げて辺りを見回す。
「っ! シャーロット! アーサーっ!!」
2人も右腕から放たれた魔弾で壁と瓦礫に叩きつけられており、床にうずくまっていた。
そんな俺たちの前で、魔王は引き裂かれた左手に治癒魔法をかけながらゆっくりと立ち上がる。
胸に刺さっていた剣を抜き去ると、それを床に投げ捨てながら俺たちを見下ろした。
「……勇者よ。何故、余の急所がここであると思った?」
ニヤリと笑みを浮かべる魔王に、俺は思わず歯軋りする。
こいつ……!
人型とはいえ、魔物——だから、人間とは臓器配置が微妙に違ったのかっ!?
クソッ、早まった。もう少し時間をかけて検証すべきだった……!
が、そんな俺の目の前で、魔王は再び口から血を吐き出す。
急所でないとはいえ、重症であることには違いなさそうだな……だけど——
俺はシャーロットたちに目を向ける。
こっちも限界だ。
ここから、どうやって魔王を——
その時、床が低い音を立てて揺れ始める。俺は慌ててシャーロットとアーサーを引きずりながら、音の源から距離を置く。
直後、床を突き破って再び子モグラが姿を現した。
「キュッ! キュキューッ!!」
子モグラは低く唸りながら、魔王を牽制するかのように姿勢を低くする。
「おい! そいつに近付くな!! 危な——」
「キュー!!」
子モグラは、後ろ脚で何かをこちらに向けて蹴った。
不思議な色合いの岩のような物体がゴロリと転がり、俺は何事かとそれを凝視する。
「は? 何だよ、これ……」
「キュッ! キューッ!!」
子モグラは俺に何かを訴えかけるように鳴くも、俺には理解が及ばない。
半ば狼狽えながらふと顔を上げると、魔王が目を見開いて岩を見据えているのが目に入った。
「そ、それは……! 何故、貴様がそれを持っているのだ!?」
魔王のこの反応、まさか——
「秘宝、なのか……?」
ポツリと呟いた俺は、ハッと我に返ると素早く秘宝に手を伸ばす。
「渡さぬぞ!!」
直後、魔王の手から魔弾が放たれ、俺は素早く障壁を展開した。
が、抑えきれずに障壁が音を立てて壊れる。
「キューッ!!」
子モグラが素早く俺のマントを咥え、俺はすんでのところで魔弾の直撃を避けた。
「っ! 秘宝はっ!?」
俺は先ほどの場所に視線を向けるが、そこには既に何もない。
顔を引きつらせながら魔王に目を向けると、ヤツはまだ歪みの残る左手に秘宝を乗せて、余裕の笑みを浮かべていた。
「まさか、このタイミングで秘宝が手に入るとはな。獣よ、褒めてつかわすぞ」
「キュ、キュー……」
「嘘だろ……?」
ようやく意識を取り戻したシャーロットとアーサーも、青い顔で魔王の手元を見つめている。
「そ、そんな……!」
「魔王の手に秘宝が渡ったということは——」
「秘宝よ。余の願いを叶えるが良い」
「っ!!」
俺は、剣を片手に強く地面を蹴った。
シャーロットとアーサーもそれに倣い、俺たちは即座に攻撃体勢に移行する。
マズイ。
魔王が叶えるであろう願いは、ただ1つ——
「この勇者どもを含め——この世界に生きる『人間』という種を、一人残らず消し去れ」
直後、ただの岩にしか見えなかった秘宝が、眩い輝きを放ち始める。
俺たちは、思わず足を止めた。
嘘だろ? 間に合わなかった……!?
俺は、今ここで——
『秘宝から、異様な魔力の流れを検出しました。勇真さん、距離を取ってください』
「は?」
その瞬間、魔王が床に両膝をつき、その手から秘宝が転がり落ちる。
魔王の禍々しい魔力を、光り輝く秘宝が休むことなく吸い取っていく。
「な、何故だ……! 何故、余の願いを叶えぬ!! このっ……!」
秘宝を壊そうと伸ばした魔王の左手が、手首から先ごと弾け飛ぶ。
その光景に、俺たちは数歩後退りした。
「ど、どうなっているのだ……?」
「秘宝って、願いを叶えるんじゃ? だから争奪戦状態だったんだよな?」
「そのはずなのだが……」
「願いを、叶える……」
シャーロットはそう呟くやいなや、ハッと表情を変えた。
「違いますわ。正しくは、『秘宝は願いを叶え、願いし者の心に報いる』——願いの内容によっては、願った者が報いを受ける、という意味だったのでは……!?」
「っ!!」
その仮説に、俺とアーサーは息を呑む。
つまり、魔王は人類の滅亡を願ったから、その報いを受けたってことか……?
直後、秘宝の輝きが収まり、俺たちは揃って魔王に目を向けた。
ふらつきながら立ち上がったヤツの左手首と右腕の付け根からは、血が止まることなく流れ出ている。
「くっ……な、何故余が……」
……止血にすら魔力が回ってないらしいな。
なら——今が、好機だ!!
「シャーロット! アーサーっ!!」
「はい!」
「ここで決めるぞ、ユウマ!」
俺たちは、一斉に床を蹴った。
シャーロットが魔王の足元を捕縛魔法で固定し、アーサーは抵抗しようとする魔王の動きを止める。
そして、俺は——
「これで、終わりだぁぁっ!!」
両手で剣を振り上げ、魔王の身体を床まで一気に切り裂く。
同時に、魔王の断末魔が室内に響き渡った。
俺たちが一歩下がると、魔王の身体が床に崩れ落ち、そのままサラサラと砂のように消えていく。
『……魔王の生命反応の消失を確認しました』
ミアのその言葉に、俺たちは一瞬顔を見合わせる。
直後、揃って歓声を上げた。
「ついに……ついに、やりましたわ!」
「ユウマ、お前のおかげだ」
「いや、シャーロットとアーサーがいたからこそだろ? それに、ミアも——」
俺はハッと言葉を切ると、腰元のミアに目を落とす。
バッテリー残量は、8%——
いつの間に、こんなに減ったんだ? まさか……!
「ミア、お前勝手に分析を常時起動してたのか!?」
『申し訳ありません。魔王との戦闘中、致死的危険が継続していると判断し、勇真さんの生存を最優先しました』
「だからって……!」
俺は思わず拳を握りしめる。
その時、足元にコロリと秘宝が転がってきた。
顔を上げると、子モグラが鼻先で秘宝をグイグイと俺に押し付けている。
「……使えってことか?」
「キュッ!」
「ですが、願いの内容次第では、ユウマさまが……」
……シャーロットの言う通りだ。
秘宝が、願った者の望みどおりに力を貸すとは限らないことは、魔王の件で理解した。
どんな願いなら叶うのか、見当もつかない。だけど、俺は——
「ミアを救える可能性が少しでもあるなら、それに賭けたい」
「ユウマさま……」
不安げなシャーロットの肩に、アーサーはそっと手を乗せる。
2人は顔を見合わせ小さく頷くと、子モグラを連れて数歩下がった。
それを確認した俺は、そっと秘宝を拾い上げる。
『……当該行為には反対します。秘宝の反作用によって勇真さんに生じる危険性を算出できません』
「でも、これならミアのバッテリー問題を解消できるかもしれないんだぞ?」
『私の維持よりも、勇真さんの生存が最優先事項です』
俺はほんの少し目を伏せると、ミアのひび割れた画面にそっと指を滑らせた。
「それは、俺も同じだ。ミアに生きてて欲しいんだよ。そもそも、この旅の目的はそれだったんだからな」
そう言い切ると、ミアから反論が出されるより先に、秘宝に語りかける。
「……叶えて欲しい願いがある」
俺は落ち着こうと深呼吸するも、心臓の鼓動はバクバクと音を立て、口元が震える。
……旅を始めた頃から、ずっと考えてた。
どうすれば、ミアをこの世界で生かしてやれるのか……
ただ充電するだけじゃ、またいつか尽きる。俺が願いたいのは延命じゃない。ミアが、この世界で生き続けられる——未来だ。
「この世界に、ミアという存在を認めてもらいたい」
はっきりとそう告げた直後、魔王の時と同じように秘宝が輝き出した。それを持つ手が、一瞬こわばる。
秘宝から柔らかな光の粒子が放たれたかと思うと、それはミアを優しく包み込んだ。
「ミア、大丈夫か?」
『はい。現時点で異常は検知できません』
「……」
俺は、ただ無言でその光景を眺める。
しばらくして光が収まると同時に、手の上の秘宝がピシッと音を立てて砕けた。サラサラと崩れ落ちる秘宝の残骸は、まるで空気中の魔力と溶け合うかのように消えていく。
「消えましたわ……」
「役目を終えた、ということでしょうか……」
そんな2人を横目に、俺はミアに再度視線を落とす。
表示されているバッテリー残量は——8%。
「願いは叶った……んだよな? 何で、何も変わらないんだ?」
「わかりませんけど……ひとまずは、ローウェルに戻りましょう。お父さまにも報告をしなければいけませんわ」
「道中でセドリック殿にお会いできれば、馬を拝借いたしましょう。ミア殿のこともあります。早めに戻るのがよろしいかと」
「そう、だな」
俺は歯切れ悪く答えつつ、もう一度ミアの画面をじっと見つめる。
赤く表示された8%の残量は、何事もなかったかのように変わらない。
秘宝は消えた。それでも願いが叶った証拠は、どこにも見当たらなかった。
それでも、俺は顔を上げ、子モグラを連れて前を歩くシャーロットとアーサーに続くのだった。
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




