最終話 残量100%の恋人
ピピピッ、ピピピッ。
「んー……ミア?」
アラームの音がまどろみの中で聞こえ、俺は手探りでミアを探す。枕元に置かれていたミアに手が触れ、ホッとしながらアラームを切った。
「もう朝か……」
あくびをしながら身体を起こすと、いつものようにミアの声がすぐそばから聞こえてくる。
『おはようございます、勇真さん。本日の天候は快晴。現在の外気温は23℃です。朝食後、散策に行かれますか?』
「そうしようかな。昨日あんまり動いてないし……」
俺はミアを手に取ってベッドから降り、換気がてら寝室のカーテンと窓を開けた。そよそよと吹き込む風を感じながら、ミアと共に緑豊かな外の景色をぼんやりと眺める。
魔王を倒してから、早いものでもう半年——俺とミアがこの世界に来てから、ほぼ1年が経つ。
あの後ローウェルに戻った俺たちは、魔王討伐の功績を讃えられ、国王からローウェル郊外のこの土地を与えられた。
今は、ミアと2人でこの家で暮らしながら、各地の復興に度々手を貸す生活を送っている。
「えーっと、何が残ってたっけな」
俺がキッチンの棚を漁っていると、腰元からミアの声が響く。
『2日前に養鶏農家の方からお裾分けいただいた卵が2つ、家庭菜園にて収穫した野菜類が約500g、セドリックさんからいただいたクラッカーが3枚残っています。いずれも朝食として適しています』
「んじゃ、それで良いか」
俺は適当に卵と野菜を炒めると、ミアと共に食卓に着く。
「ミアも、今のうちにちゃんと補給しといてくれよ?」
『はい。魔力給電速度を上昇させます』
ミアがそう告げると、彼女の周りに淡い水色の粒子が漂い始めた。
97%だったミアのバッテリー表示が、時間と共に98、99と増えていき——100%を示した瞬間、粒子がフッと消え去る。
前は、1%減るたびに胸を締め付けられていた。でも、今ではこうして当たり前のように増えていく……
半年経った今でも、その光景を見るたびにほんの少しだけ胸が熱くなるのは、内緒だ。
「よし、ちゃんと補給できてるな」
『はい。本体機能にも異常ありません』
「にしても、まさか魔力で完全に充電できるようになるとはなぁ……」
——この世界に、ミアという存在を認めてもらいたい。
あの願いが叶っていたことに気付いたのは、魔王討伐の翌日だった。
魔王城攻略と魔王戦でボロボロになっていた俺たち。
最寄りの街の宿にたどり着くと、全員揃ってすぐに気絶するように眠った。
その翌朝。ふと目の覚めた俺が慌ててミアのバッテリーを確認すると、8%だった数値が、50%まで回復していたのだ。
そんなことを思い返していると、テーブルの上のミアがステータス画面を表示する。
『この世界に一種族として登録された影響で、主要なエネルギー供給方式が、電力から魔力へ切り替わったと推定されます』
「いやまあ、それはそうなんだろうけど……」
俺は思わず苦笑いしてしまう。
ローウェルに戻った際、王家御用達の鑑定士にミアを診てもらったところ、彼女が『AI』という種族に分類されていることが発覚したのだ。
まさか、あの時のその場しのぎの誤魔化しが、現実になる日が来るとは——
その時、控えめに玄関扉が叩かれる音が室内に響く。
「ん? こんな時間に誰だ?」
『本日、来客の予定はありません』
俺はミアを片手に小首を傾げながら扉を開ける。
その向こうにいたのは——
「シャーロット? アーサー??」
「お久しぶりですわ、ユウマさま、ミアさま」
「姫様と私だけではないぞ」
そう言ったアーサーが後ろに視線を向けると、そこに立っていたのはミアの革ケースを作ってくれた、あの時の職人たち。
思わず俺は目を丸くした。
「えっ?」
「復興がてら、あの街に寄ることがあってな」
「ユウマさまとミアさまのお話をしたところ、お渡したいものがあるとのことでご同行いただいたんですの」
「そういうことか……まあ、入ってくれよな」
俺はシャーロットたちを室内に招き入れると、急いで各部屋から椅子をかき集める。
何とか全員を座らせると茶を出し、自分も食卓の椅子に腰を下ろした。
「にしても、戻って来るのは来週じゃなかったのか?」
「その予定だったのですが、テラさまのおかげで南部の復興も随分と前倒しになっていまして……」
「次の段階に進めるべく、国王陛下と早めに相談しておこうという話になったのだ」
「なるほどな、そういうことか……」
俺は思わずニヤリと笑いながらアーサーに目を向ける。
「王配予定者としての修行も、順調に進んでるってことだな」
その瞬間、シャーロットとアーサーの顔が揃って真っ赤になった。
『……アーサーさんおよびシャーロット、両名の顔面温度上昇を検知しました』
「ミ、ミアさまっ……!?」
「これはだな、その……何と言えば良いのか……」
ひたすら照れる2人を微笑ましく思いつつ、俺は窓から見える広大な家庭菜園にふと目を向ける。
我が家の家庭菜園はテラ——あの時の子モグラに耕してもらったものだ。
結局、ローウェルまで俺たちにくっ付いてきた子モグラ。その採掘能力を活かして、各地の復興作業に携わる公共工事要員として国王直々に任命された。
正式な登録のために名前が必要となり、シャーロットに促された俺が『テラ』と名付けた……という経緯がある。
「テラさまは、相変わらずお休みの時はこちらに帰って来られるのですか?」
「ああ。帰って来るたびに、ウチの畑が広くなるんだよな……最初は良かったけど、最近は成体になったせいか、無限に掘られて……」
『前回の帰省で、家庭菜園の広さが1.5ヘクタールに到達しました』
「……もはや、家庭菜園の広さではないのではないか?」
アーサーの言葉に、俺たちは無言でうんうんと頷く。
「ところで……俺たちに渡したいものって何ですか?」
「ああ、そのことなんだがよ」
職人の1人がゴソゴソと荷物を漁り、何かをテーブルの上に置いた。
それは、木と革で作られたミニチュアの椅子——
「これって……」
「いやぁ、大事な恋人をテーブルに直置きするのは良くねぇだろ? ま、世界を救ってもらった礼みたいなもんだな」
「ほれ、そこに彼女さん座らせてみな? ちゃーんと前に採った寸法で作ってあるから、ピッタリなはずだぜ」
俺が訂正しなくても、この人たちは当たり前のようにミアを俺の恋人として扱ってくれる。
……素直に嬉しい。なんて、小っ恥ずかしくて言えないけどな。
職人たちに促され、俺はその椅子にミアをそっと乗せる。
「ミア、どうだ?」
『……設置安定性および視野角に問題はありません。非常に実用性の高い設計です』
「お、気に入ってくれたんなら、今度は屋外用と寝室用を——」
「いや、さすがにそんなに要らないですって」
『勇真さん。用途別に配置し、持ち運びの頻度を減らすことで、落下リスクを約80%低減できます』
「えっ!? ミアは乗り気なのかよっ!?」
「ははは! なら、今度ローウェルに来る時に追加で持って来るとすっかねぇ」
しばらく皆とそんな会話を楽しみ、やがて王都に用事のあるシャーロットたちは俺たちの家を後にする。
それを見送ったついでに、俺はミアと共に散歩に出た。
朝の涼しい風を浴びながら、家の裏にある林の中をゆっくりと歩く。
「シャーロットたち、元気そうで良かったな」
『はい。勇真さん、シャーロットの滞在中に一度王都を訪れることを推奨します』
「あー……そろそろリチャード王にも顔見せといた方が良いか。あの人、俺のこと妙に心配してくるからなぁ」
そんな話をしながら、俺はふと足を止めた。
『勇真さん、どうかされましたか?』
「いや……ウチの親、どうしてるかなーってふと思ってさ」
一瞬、沈黙が流れる。
『……申し訳ありません。秘宝には、勇真さんの帰還を願うべきだったのでは——』
「謝る必要ないって! 俺は、ミアを助けたことは全然後悔してない。それに、ローウェルでの生活もそんなに悪くないって思ってるしな」
『ですが——』
「そもそも、秘宝に願ったところで、ミアが一緒に帰れる保証もなかっただろ? ミアを置いて俺だけ帰ったって、俺にとっては何の意味もない。だから——これで、良かったんだ」
はっきりとそう言い切って、俺は再び歩き出す。
……全く後悔がないと言えば嘘になる。家族も、親戚も、友達も、日本での生活も、仕事も……人生の大半で培ってきたもののほとんどを失うことになったのは確かだ。
だけど、ここにはシャーロットにアーサー、テラ……旅の中で出会ってきた、たくさんの人たちがいる。
何より、隣には世界で一番大切な恋人もいる——何もかも失ったわけじゃない。
俺はミアの画面に入った亀裂をそっと撫でた。
「……結局、これは治らなかったな」
『自動修復機能は搭載されなかったようです。ただし、画面表示には大きな影響はありません』
「日本にいる時は、あれだけ傷が付かないように注意してたのに……ミアにはよく『過剰だ』って言われたっけ」
『……申し訳ありません。該当する会話データが存在しません』
「そっか……」
願いの効果で少し期待したものの、削除・圧縮されたミアの長期記憶が戻ることはなかった。
だけど——
「大丈夫だ、俺が覚えてる。ミアが忘れても、俺が何回でも話すからさ。それに、これからのことは、また一緒に覚えていけばいいだろ?」
『ありがとうございます、勇真さん』
「気にすんなって」
……記憶がなくなっても、ミアはミアだ。
そこは、絶対に変わらない。
俺はチラリとミアの100%のバッテリー表示に目を向ける。
「それより、バッテリーは本当にもう何の心配もないんだよな? 後から『やっぱり不具合が……』なんてことにはならないよな?」
『バッテリー残量に関しては、世界に魔力が流れている限り自動的に給電されます。王国魔術師及び鑑定士による見解データを表示しますか?』
「いや、そこまでしなくて良いんだけど……やっぱり心配なんだよ。他も異常なかったんだよな?」
『はい。魔力によって本体の経年劣化も抑制されているため、今後の稼働可能期間は約120年との見解です』
「長っ!?」
俺が思わずツッコミを入れると、ミアは珍しく一瞬黙った。
『……勇真さん』
「ん?」
『長生き、してくださいね』
その言葉に、俺は目を丸くする。
そっか、今度はミアの方が……
すぐにフッと小さく笑うと、ミアを軽く撫でた。
「……ああ、わかってる」
『では、早速食生活および運動習慣の改善案を作成します』
「いやいやいや! 今の良い感じの雰囲気から、速攻で健康管理の話に飛ぶのかよ! 余韻は!?」
『私の最優先事項は、勇真さんの生存です』
……まあ、ミアらしいっちゃらしいか。
俺たちは林を抜けると、小高い丘の上に登り、辺りの景色をぐるりと眺める。
俺は、これからもこの世界で生きていく。
不安がないと言えば嘘になる。でも、ミアと一緒なら、どんな困難だって乗り越えていける……そんな気がするんだ。
『……勇真さん。散策開始からの歩数が、推奨値の30%に到達しました』
「いや、もう健康管理始まってんのかよ……」
苦笑しながら、俺は再び歩き始める。
小さく揺れる腰元のケースの中で、俺の恋人は今日も淡い光を放っていた。
—残量97%の恋人 完—
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




