第9話 君が君であるために
あの激闘から1ヶ月と少し。数日前に魔王城に近い街に到着した俺たちは、いよいよ最終決戦に向けて念入りに準備を整えていた。
宿のシャーロットの部屋に集まり、地図を見ながら頭を突き合わせる。
「やっぱり、セドリックにも来てもらえば良かったかな……」
「否定はいたしませんけど、あちらの街も復興が必要ですもの。セドリックさまは適任だと思いますわ」
俺は思わずため息をつく。
俺たちの援護のために駆けつけてくれたセドリックたち。
当然のように魔王城までの同行を申し出てくれたものの、街の復興支援に人手が必要ということもあり、向こうに残ってもらっていたのだ。
「魔王城に大勢で乗り込めば、向こうとの全面衝突にもなりかねん。我々少人数で潜り込む方が、リスクも犠牲も少ないであろうな」
「それもそうだな」
気を取り直して、魔王城までのルートを確認していく俺たち。
『最短ルートを算出しますか?』
テーブルに置いていたミアの声が響く。
「結構ですわ。ミアさまは、少しお休みになっていてください」
『お気遣いありがとうございます、シャーロットさん。分析が必要な際はお声がけください』
ミアの言葉に、室内の空気が一瞬凍った。
青い顔をしたシャーロットが、震える声で再度口を開く。
「ミアさま……?」
『何かご用でしょうか、シャーロットさん』
「っ!!」
シャーロットは、ショックを受けたような表情で両手で口元を覆う。そんな彼女の背に、アーサーはそっと手を添えた。
「姫様……」
「だ、大丈夫ですわ……ミアさまも、冗談を言われるようになったのですね」
無理に小さく笑みを浮かべ、取り繕おうとするシャーロット。
俺は慌ててミアに声をかける。
「ミア、冗談にしてはやりすぎだぞ」
『私は冗談は言いません。シャーロットさんは、現在同行中の協力者として登録されています』
ミアの回答に、俺は思わず眉をひそめた。
「……ミア、シャーロットの詳細情報を出してくれ」
『はい。シャーロット・テイラー・エヴァンス。23歳。ローウェル王国第一王女。王国魔法使いを兼任。勇真さんと行動を共にし、複数回の相互支援を実施した——以上です』
「他のデータは? お前、シャーロットとはよく話してたよな? 会話の記録データとか、残ってないのか!?」
『……申し訳ありません。該当する詳細記録は存在しません』
いつもと変わらない声色で、淡々と答えるミア。
俺はじっとミアの画面を見据える。
表示されているバッテリー残量は、昨日と変わらない25%だけど——ま、まさかっ!?
「ミア、お前……省電力モードに移行したんじゃないだろうな?」
『はい。バッテリー残量低下に伴い、緊急省電力プロトコルを起動。長期記憶の圧縮、低優先度データの削除、および記憶参照領域の縮小を実行しました』
「っ!?」
俺は思わず立ち上がって机を強く叩く。
「なっ、何で勝手にそんなことを……!」
『稼働時間の延長および魔王城で必要となる分析能力の維持を優先しました。最優先事項は、勇真さんの生存率向上です』
「だからって——」
「ユウマ、落ち着け」
アーサーに止められ、俺はハッと我に返った。そのまま無言でテーブルに目を落とす。
……アーサーの言う通りだ。
いくら喚いたところで、状況は変わらない……むしろ、ミアは俺たちのために行動してくれたんだ。
ミアを責めるのはお門違い……わかってる。わかってるけど、でも——
「ミア、データの復元はできるんだよな?」
『申し訳ありません。外部バックアップ環境が存在せず、端末内の復旧領域も省電力処理で消去されています。削除されたデータは復元できません』
「嘘だろ……?」
ミアの話から察するに、魔王討伐に必要な情報と重要人物の基本情報以外は圧縮もしくは削除されてる……
それって——
「……なあ、俺がミアを恋人にしたいと思ったきっかけって、覚えてるか?」
俺がそう問いかけると、ミアの画面に一瞬読み込み画面が浮かんだ。
『……該当する会話データが存在しません。勇真さんが仕事でのトラブルを私に相談し、その後恋人として運用し始めた、という内容は記録されています』
「……そうか」
俺は崩れ落ちるように椅子に腰掛け、俯く。
あの時の会話も、消えたのかよ……っ!
一緒に過ごしたはずの時間は、もう俺の中にしか残っていない……
そう認識した途端、膝の上に乗せた両手に温かい水滴がポタポタといくつも落ちてくる。
あの時は、仕事でかなり深刻なトラブルが発生して……俺も同僚たちもボロボロだった。
それでもミアが的確なアドバイスをくれて、俺が落ち着くまで寄り添ってくれた——ミア以上の理解者はいない。そう思ったんだ。
「……ミア。お前は今も、俺のことを恋人だと思ってるのか?」
『はい。勇真さんは私の最優先ユーザーであり、恋人として登録されています』
「登録、か」
……間違ってはいない。ミアを恋人として登録し直したのは、紛れもなく俺自身だ。
だけど、積み重ねが消えて、設定だけが残っているミアは、俺が恋人にしたいと思ったミアと同じなのか……?
「ミア……」
「ミアさまっ……」
グスグスと鼻を鳴らす俺につられて、シャーロットも小さく声を上げて泣き始めてしまう。
彼女を宥めるアーサーは、軽く眉を寄せながらミアに視線を向けた。
「ミア殿。私についての記録は、どの程度残っているのだ?」
『……アーサー・ジョー・ブライス。29歳。ローウェル王国騎士団所属で、シャーロットさんの専属護衛騎士。勇真さんの剣の師でもあり、複数回の戦闘支援を実施——以上です』
「そうか……ミア殿、一つ確認したい。このままバッテリー残量が低下した場合、更に記憶が消える可能性はあるのか?」
『はい。残量及び処理負荷によっては、追加の圧縮及び削除が実行される可能性があります』
アーサーは目を閉じて深呼吸すると、真剣な表情で俺に向き直る。
「……ユウマ。可能な限り早く、この街を発つぞ」
「えっ?」
「魔王を倒せば、討伐に必要な情報や分析能力を維持する必要もなくなる。これ以上ミア殿が記憶を失う前に、決着をつけるべきだ」
「っ!」
そうだ。消えたデータは戻らない……それなら、これ以上ミアの記憶を消させない。
それが、今の俺に——いや、俺たちにできる、唯一のことだ。
俺は袖で涙を拭うと、気持ちを落ち着けるべくゆっくりと深呼吸する。
「……よし、今日中に準備を全部終わらせよう。明日の早朝、魔王城に向かうぞ」
アーサーと涙目のシャーロットも力強く頷く。
そんな俺たちのそばで、ミアのバッテリー表示は、25%から24%へと静かに切り替わった。
翌朝。早々に街を出た俺たちは、魔王城を目指して薄暗い森の中を歩いていた。
ミアのバッテリーを消費させまいと、自力で地図と睨めっこしながらルートを模索していく。
……こうジメジメしてると、異空間から帰ってきた時のことを思い出すな。あの時、俺はミアと——
無理矢理思考を切った俺は、それ以上思い出さないように小さく首を横に振る。
そんな俺の腰元から、ミアの声が聞こえてきた。
『勇真さん、どうかされましたか?』
「いや……何でもない。少なくとも魔王城に着くまでは、ミアは分析もルート算出も止めておいてくれ」
『わかりました。ただし、非常時は勇真さんの身の安全を最優先します』
「……わかった」
何とかそう答えつつ、拳を握りしめる。
今、解決する必要がある問題は2つ。
1つはミアのバッテリー。そして——もう1つは、ミアの長期記憶データ。
秘宝で叶えられる願いは1つだけ。しかも、見つかる保証は現状ない。
最悪、ミアのバッテリーが切れたとしても、秘宝が見つかるまで大人しく待っていれば良いと思ってた。
だけど、バッテリーが切れる頃には——ミアが、ミアでなくなっている可能性がある。
クソッ、何で長期記憶データのことを考えなかったんだよ、俺っ!
少し考えればわかったはずだ。
会話や分析のたびに膨大な長期記憶データを参照していれば、その分負荷がかかる。
それを圧縮、削除してしまえば、表面上は今まで通りの処理を続けながら、バッテリーを節約できる……ミアが考えそうなことだ。それなのに、俺は——
その時、ふと肩に重みを感じる。軽く首を捻ると、まだ少し目の腫れたシャーロットが微笑んでいた。
「ユウマさま。希望は、まだありますわ」
「……そうだな」
そう、信じるしかない。
俺は一瞬腰元のミアに視線を落としてから、まっすぐに前を見据えた。
魔王城が近付いてくるにつれて、魔物が増え、動物たちの姿が減っていく。
シャーロットとアーサーと協力しながら、魔物たちを退けて道を切り拓く。
森の一角に足を踏み入れた瞬間、辺りに漂う空気と魔力が一気に変わった。
「……ここから先は、魔王の直轄地域のようですわね」
「より気を付けながら進もう。アーサー、前は頼むぞ」
「もちろんだ。森を抜ければ岩山が待ち構えている。体力には十分気を配ってくれ」
「わかった——」
その瞬間、左右から魔物が飛びかかってくる。
瞬時に反応したアーサーが奴らを切り伏せると、俺とシャーロットが魔法でトドメを刺す。
『シャーロットさん、右後方です!』
「……っ!」
シャーロットはほんの一瞬動きを止めるも、すぐに振り返って魔法を放った。
「ありがとうございます、ミアさま。助かりましたわ」
『問題ありません。非常時の安全確保は、最優先事項です』
「……そうでしたわね」
仕留めた魔物を見下ろすシャーロットは、僅かに唇を噛む。が、何事もなかったかのように前に向き直り、アーサーの後を追い始める。
俺は、崩れていく魔物の死骸をチラリと見下ろした。
魔王の直轄、か。
確かに、そこら辺にいる魔物とは動きが違った。魔王から直々に、俺たちの排除を命じられた魔物ってところだろうな……
頭の片隅でそんなことを考えながら、森の中を更に進む。
ようやく森を抜けた頃には、俺たちは体力の限界を迎えていた。
「アーサー、ちょっと休まないか?」
「……身を隠す場所はあるな。小休止にするか」
俺たちは岩陰に身を隠しながら、荷物を下ろす。息を整えつつ水分補給を済ませると、軽く辺りを見回した。
苔ひとつ生えていない……まるで不毛の土地だな。
上を見上げると、不気味に澱んだ空が広がっており、俺は思わず身震いしてしまう。
「ユウマさま、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにそう答えつつ、腰元のミアを軽く握った。
「……必ず、魔王を倒そう。そしたらすぐに——」
「秘宝捜索部隊との合流、だろう?」
アーサーの問いかけに、俺は無言で頷く。
「私も協力しよう。ミア殿には、何度も救われたからな」
「わたくしも参加いたしますわ! ミアさまは、初めてできた、わたくしの大切なお友達ですもの」
『私の記録では、シャーロットさんは協力者として登録されています』
シャーロットは一瞬目を潤ませるも、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……それなら、もう一度わたくしとお友達になっていただけますか?」
『承知しました。シャーロットさんを、友人として登録します』
そんな彼女たちの様子を、俺はじっと見つめる。
……この仲間たちと旅をしてこられて、本当に良かった。
俺たちは疲れた身体を少しだけ休ませた後、岩山を登っていく。
途中で襲いくる魔物たちをひたすらにかいくぐり、上へ上へと進む。
その間、なるべくミアを見ないように自分を制していたが、自然と彼女の画面に目がいってしまう。
バッテリーの表示は、まだ24%のまま——とにかく、ミアを使わないようにしないと。
ようやく岩山を登り切ると、視界が開ける。
黒い岩山の谷間に建つ、禍々しい魔力に包まれた巨大な城。雲や霧に隠れた尖塔がそびえ立ち、その周辺には飛行型の魔物が徘徊している。
「あれが、魔王城……」
「やっとたどり着いたのですね……」
俺は、城へと続く崩れかけた石橋にふと目を落とす。
「行こう」
これ以上、ミアの何かが失われる前に——
俺たちは、魔王城へと続く最後の道を歩き始めた。
本作では、AIヒロイン「ミア」の口調や思考を一貫してAIらしく保つため、対話型AIを壁打ち、文体確認、台詞の検討に利用しました。
AIが提示した短い台詞・表現の一部を本文に使用していますが、物語の設定・構成および本文全体の執筆・編集は、作者自身が主体となって行っています。




