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転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく【1章完結】  作者: シラフ
廃都編

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城下町の入り口


坂を下りきるまで、ネアは何度も足を止めた。


遠くに見えていた灯りは、近づくほど数が増えるのではなく、ひとつひとつの高さがばらけていった。地面に近い橙、壁の途中にある白、門の上で揺れる青みのある光。ネアはそれを全部言葉にしようとして、言い終える前に次の灯りを見つけ、袋を抱え直してから、また歩き出した。


「火、上」


門へ続く道には、乾いた轍がいくつも重なっていた。ネアの靴はその溝に少し取られ、袋の中の俺は横へ傾く。彼女の手がすぐ布を押さえた。強く、けれど潰さない力で。


「……こっちにも、火」


ぐりは道の端を離れて歩いていた。門の前で人の足音が増えたとき、小さな石をこする音は荷車の影の向こうへずれ、そのまま見えないところへ入ったらしい。ネアは振り返らなかった。


   ◆


門は、廃都の崩れた門とはまったく違った。


石は欠けているのに、人が通る場所だけが黒く磨かれていて、左右の柱には細い金具が何本も打たれていた。そこに小さな魔石が吊られ、青い火と白い火のあいだみたいな光を落としている。風で揺れても消えない。燃えているのに煙がない。ネアはそれを見上げたまま、口を少し開けていた。


「……ひかってる」


門番らしい男が、通る人の荷を見て、木札を受け取り、短く何かを言う。別の人が笑いながら横を抜け、荷車の車輪が石畳に乗った瞬間、音が低く変わった。廃都なら、音は石の壁に当たって戻ってくる。ここでは戻る前に、別の音が上に乗る。


「人」


ネアの声は小さかった。表情はたぶん変わっていない。だが袋を抱える腕が、少し高くなった。


門の内側から、煮えたものの湯気が流れてきたらしい。ネアの鼻が小さく動き、袋の位置が胸元で少し上がった。俺に鼻はない。だが、彼女が嗅いだものは、いつのころからか、布越しに俺の中へも流れてくるようになっていた。焼けた皮、濡れた木、油を拭いた布、馬か別の獣の体温。匂いだけが、まだ街に入らないうちから先に来る。


「におい」


門番の横には、背の低い台が置かれていた。そこへ人が木札を重ね、別の人が銅貨を出し、門番は数えもせずに指で押して脇へ寄せる。手順がある。ここに来る人は、それを知っている。ネアだけが、どこで止まり、どこで進めばいいのか、足の裏で探していた。


(本音が聞こえる要石②の力はまだないのに)


それでも、足の運びだけでわかることがあった。急ぐ人、横へ避ける人、荷を持ち替える人、門番に声をかけられて肩をすぼめる人。声の中身までは拾えない。拾えなくていい。今ここで、人の内側まで覗く力を持っていたら、俺はこの門の前で最初に何を見ればいいのか、たぶんわからなくなる。


地脈を少しだけ広げた。


門の下に敷かれた石の継ぎ目、何度も踏まれた地面の固さ、壁の内側へ流れ込む足音の振動が、薄く触れてくる。もっと広げれば、通りの形も、家の並びも、地下に埋まった水路の有無も拾えるかもしれない。


俺はすぐに止めた。


「……行く」


ネアは門番に何かを聞かれる前に、他の旅人の後ろへついた。袋の口が胸元に寄せられる。俺は布越しに、彼女の喉が小さく動くのを感じた。


   ◆


門をくぐった瞬間、地脈の細い温度が一度途切れた。


廃都から続いていた、あの薄い熱。タロの小さな揺れに近いもの。道の土を通って、石の底をかすめて、ここまで残っていた線が、門の敷石の下でぷつりと切れた。消えたのではない。けれど、俺の下にはもうない。


ネアは前を向いていた。俺だけが、袋の中で逆の方向を見ようとした。見えない。振り返る体もない。布の向こうで門の影が遠ざかり、外の道の音は、内側の声に飲まれていく。


「あつい」


ネアが言った。


熱は火だけではなかった。焼いたパンの甘い匂いが、肉の脂と一緒に流れてくる。どこかで粉を払う音がして、香辛料のつんとした匂いがその上に重なり、濡れた石畳の湿気が下から上がってきた。ヴェラのパンの端を思い出すより早く、別の店の煙のない灯りが袋の布を明るくした。


「パン」


ネアは足を止めた。


パンを売る台の向こうでは、若い女が紙に何かを包んでいた。白い粉が袖についていて、奥の板には丸いパンがいくつも並び、ひとつだけ端が割れて中の白いところを見せている。ネアはそこへ視線を置いたまま、手を伸ばさなかった。袋を抱える手がふさがっている。


「白い」


その言葉だけで、俺の中に、ヴェラが焼いたパンの割れ目が浮かんだ。浮かんだものはすぐ、別の匂いに押された。肉の脂が鉄板で鳴り、香辛料を混ぜた湯気が、ネアの鼻を通って、布越しに俺の中へ降りてくる。


止まった場所が悪かったらしく、後ろから来た人が横へ避け、誰かが短く声を上げる。ネアは一歩だけ前に出て、また止まった。右から呼び声、左から笑い声、上の窓から桶の水を捨てる音。音の遠い近いが、廃都よりずっとわかりにくい。


(でも——人の気配の密度が廃都と全然違う)


廃都は、戻ってきた生活が石の間に薄く灯っていた。ここは、最初から火が多すぎる。誰かが何かを煮て、誰かが値段を言い、誰かが子どもを呼び止め、誰かが扉を閉める。その全部が同じ場所に押し込まれて、押し返さずに続いている。


「多い」


ネアはまた、袋を抱え直した。


   ◆


通りの端には、低い露店が並んでいた。


焼き串の上で脂が落ち、石の皿に置かれた丸いパンから湯気が上がり、濃い色の布を掛けた台には、乾いた果物らしいものが小さな山になっている。ネアは全部を見ようとして、視線だけ先に進み、足が追いつかなかった。たぶん、店の数より、人の動く向きが多い。


「赤い」


何が赤いのか、俺にはわからない。


「丸い」


それもわからない。


「……高い」


値段か、塔か、吊られた灯りか。聞き返せない俺は、袋の中で黙って聞く。ep70の坂の上で、ネアは「もっと、言っていい?」と聞いた。だから今は、言葉が短くても、順番が飛んでも、俺が先に整えない。


ネアは人の流れに合わせて歩こうとした。前の女が左へ曲がれば左へ寄り、荷車が来れば右へ避け、子どもが走ってくると、袋を胸に抱いてその場で固まる。子どもはすり抜けていった。ネアは少し遅れて息を吐いた。


「はやい」


この街では、止まっているものの方が少ない。


荷車の後ろには、細い鈴をつけた布袋がいくつも揺れていた。鳴るたびに、別の店の呼び声がその音を隠し、すぐ隣の笑い声がさらに重なる。ネアは首を少しだけ左右に動かした。


ネアは露店の端で一度だけ壁際へ寄った。道の真ん中にいると、前からも後ろからも人が来るからだ。壁に近づけば近づいたで、店の布が肩に触れ、吊られた魔石の小さな灯りが髪の横で揺れる。青、白、薄い黄色。ひとつずつ違うのに、全部が同じ夜の中に収まっている。


「きれい」


そのあとで、ネアはすぐ口を閉じた。きれい、だけでは足りなかったのかもしれない。けれど足りないまま、彼女は次の露店の前へ進んだ。俺は足りない言葉を足さない。今の街は、整えた説明より先に、ネアの腕の力で形を持っている。


俺は動けない。袋の中にいる。地脈を広げず、誰かの内側を読む力もなく、ただネアの腕の中で揺れている。けれど、ネアが見たものを声にしている間、俺はここから外れない。外れないまま、人の流れの中に置かれている。


露店の男が、こちらに向かって何かを差し出した。たぶん試食だ。ネアは手を出しかけて、袋を抱えていることに気づき、片手を下ろした。


「……あとで」


男は笑って、別の客の方へ向いた。


   ◆


通りはまっすぐではなかった。


門から入った道は広いまま続いているのに、露店の幕や荷車や立ち話の人で、見える線が何度も折れる。ネアは最初、灯りの多い方へ進もうとした。けれど、灯りは右にも左にも上にもあって、どれが大きな通りのものなのか、歩いているうちにわからなくなる。


「えーと……こっちかな」


ネアは左へ曲がった。


すぐに、人の数が減った。代わりに、樽のにおいと濡れた布のにおいが強くなる。足元の石が少し傾き、上から垂れた洗濯物らしいものが袋の端をかすめた。


「……違う」


ネアは戻った。


戻った先で、同じ露店を見つけたらしい。焼き串の匂いがまた近づく。俺は何も言えないが、もし声が出たら、まず袋をしっかり持てと言っていた。彼女はすでに持っている。かなり強く。


「こっちか?」


今度は右へ行った。


石畳の音が、すぐ木の床の音に変わった。誰かの店先に入ったのかもしれない。奥から「そっちは裏だよ」と笑う声がして、ネアの足がぴたりと止まった。袋の中で俺も止まる。


「……違う」


ネアはゆっくり向きを変えた。


門はもう見えないらしい。露店の火はまだ多く、声は消えず、匂いは次々に入れ替わる。廃都では、どこへ行っても石の沈黙が目印になった。ここでは、目印が多すぎて、全部が目印にならない。


ネアは真剣に、三本目の細い道を見た。


(ネア! 方向感覚が!!)


SAGA1 の最後は、城下町の入り口まで来ました。ここにいることが、すでに何かをしている、という答えは本文では言わせず、袋を抱え直すネアと、門で途切れた細い温度だけを残しています。次からは、人の多い場所で動けない石がどう置かれるのか、そこを見ていきます。

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