表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく【1章完結】  作者: シラフ
廃都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/90

第64話「あと、ひとつだけ」


 翌朝、グラン爺の家の中で、寝床の縁の木が、軋んだ。


   ◆


 ネアのポケットの中で、俺は地脈の振動を聞いていた。


 市場の音は、ふだんの朝の音だった。タロの足音、ヴェラの粉のついた手、井戸の婆さんの釣瓶。子どもの足音が、タロの周りで跳ねていた。


 けれど、坂の上のグラン爺の家だけが、重かった。寝床の縁の木の上で、手の重さが長く沈んでいた。咳は、混じっていなかった。けれど、咳が止まっている時間が、いつもより長かった。


 ネアの足音が、坂の途中で止まった。それから、扉の方角に向きはじめた。手には、いつもの薬草の束は、抱えていなかった。フリンの届け物は、昨日のうちに終わっていた。


 ネアの足音は、昨日の坂を上がった時と、同じだった。


   ◆


 扉が、軽く開いた。


「……入りなさい」


 グラン爺の声だった。

 低かった。

 声の出る場所が、いつもより深かった。


 ネアが、扉をくぐった。

 家の中の重さが、ネアの足音で、変わった。


 寝床の縁の木が、ふだんよりも深く沈んでいた。

 グラン爺の手は、寝床の縁ではなく、机の方に伸びていた。

 けれど、机の上の本には、触れていなかった。


 杖の位置が、ふだんの場所から、少しずれていた。

 寝床の縁の右側だった。

 グラン爺の右手も、いつもより遠い場所にあった。

 立ち上がる前で、止まった動きだった。


   ◆


「……ネア」


 グラン爺の声だった。低かった。咳は、混じらなかった。


「寝床の下に、木の箱が、ある」


 短く、それだけ言った。


 いつもなら、そのあとに「取ってくれ」が続いていた。けれど、グラン爺は言わなかった。


 ネアは、答えなかった。ネアの足音が、寝床の縁の手前で、止まった。それから、寝床の下に、下りた。


 寝床の下に、木の箱があった。長く、そこに置かれていたものだった。


 ネアの指が、蓋に触れた。蓋が、軽く開いた。乾いた木の音がした。長く、開けられていなかった音だった。


 箱の中に、巻物が、ひとつ、置かれていた。布が、巻物を包んでいた。古い布だった。


 ネアの指が、布をほどいた。それから、巻物が、ネアの指の上に、移った。


   ◆


 ネアが、巻物を、机の上に、置いた。机の木が、巻物の下で、深く沈んだ。


 巻物が、ゆっくり、ほどけた。古い紙の音がした。長く、巻かれていた音だった。


 地脈の振動で、机の上の紙に、点が広がった。


 7つ。


 深いものもあった。浅いものもあった。


 ひとつは、廃都の方角だった。地脈の振動で、その点が、廃都の地面と共鳴した。点の中に、市場の音が、薄く、混じっていた。釣瓶の音。タロの足音。ヴェラの粉のついた手。


 北の方角の点には、誰かが祈った音が、薄く残っていた。


 他の5つは、まだ、はっきりしなかった。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


(……7つ)


 念話には、出さなかった。


   ◆


「7つ、ある」


 グラン爺の声だった。低かった。咳は、混じらなかった。


「離れて、置かれている」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、グラン爺の手が、寝床の縁の上で深くなった。それから、戻った。


「離れていても」


 グラン爺の声が、続いた。声を出す動きが、いつもよりゆっくりだった。


「ひとつが、揺れると」


 短く、それだけ言った。


「他の、6つも、薄く、揺れる」


 机の上の7つの点が、薄く揺れた。ひとつが先に揺れた。少し遅れて、他の点も揺れた。


 それから、止まった。


 ネアの呼吸が、止まった。

 ネアの指が、机の上の点の方で止まった。

 それから、戻った。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


(……同じ音が、別の場所で)


 念話には、出さなかった。


   ◆


 グラン爺の手が、机の上の点のひとつを、なぞった。北の方角の点だった。その点が、いつもより深かった。


「次の、要石は」


 グラン爺の声だった。


「ここだ」


 短く、それだけ言った。グラン爺の指が、北の方角の点の上で止まった。


「王都の」


 グラン爺の声が、続いた。


「神殿の、地下に、ある」


 短く、それだけ言った。北の方角の点が、深くなった。それから、戻った。


 ネアは、答えなかった。

 ネアの指が、机の上の点の方で止まった。

 それから、戻った。

 指は、ポケットの中で、深くなった。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


 念話を、組み立てかけた。けれど、組み立てきれなかった。王都の方角は、まだ、はっきりしなかった。遠かった。前世の記憶の中にも、うまく重ならなかった。


   ◆


 グラン爺の手が、机の上から、戻った。

 寝床の縁の木の上で、止まった。

 手が、ふだんより深く沈んだ。


 グラン爺の呼吸が、いつもより、ゆっくりだった。

 声を出す前の間が、いつもより長かった。

 咳は、混じらなかった。

 けれど、咳の手前で止まっている動きが、いつもより深かった。


 ネアは、答えなかった。

 ネアの呼吸が、止まった。

 それから、ゆっくり、戻った。

 指は、ポケットの中で、止まっていた。


「……ネア」


 グラン爺の声だった。

 低かった。

 声の出る場所が、いつもより深かった。


「あと、ひとつだけ」


 短く、それだけ言った。

 手が、寝床の縁の木の上で、深く沈んだ。


「教えておこう」


 ネアの呼吸が、止まった。

 ネアの指が、ポケットの中で、深くなった。


「お前の、石の」


 グラン爺の声が、続いた。

 声の出る場所が、いつもより深かった。

 咳は、混じらなかった。

 けれど、声を出す動きが、いつもよりゆっくりだった。


「名前の、意味を」


 短く、それだけ言った。


   ◆


 家の中の音が、止まった。


 机の上の7つの点が、薄く揺れた。それから、止まった。


 外の市場の音は、ふだんの音だった。タロの足音、ヴェラの粉のついた手、井戸の婆さんの釣瓶。ぐりは、雑貨屋の隅で、向きが、坂の上の方角に薄く向いていた。けれど、家の中の音は、ふだんに、戻らなかった。


 ネアの呼吸が、ふだんより深かった。

 指は、ポケットの中で、止まっていた。

 俺の表面に、ネアの指が、触れた。

 それから、戻った。


 グラン爺の呼吸が、戻りはじめていた。

 けれど、声の続きは、まだ、混じらなかった。

 話す動きが、いつもより、ゆっくりだった。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


   ◆


(意味)


地図が、出てきた。


7つの点が、薄く、揺れていた。

次のひとつは、王都の神殿の地下、らしい。


——でも、まだ、あと一つだけ、残ってるらしい。


俺は、聞いていた。

石だが。


☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。

ネアがあまり喋らないので、代わりに何か言ってくれると助かる。


次回もよろしく。

——意味、らしい。


——石より

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ