第6話「俺の石」
タロが来た。
翌日だった。
また次の日も来た。
その次の日も来た。
(……なんで毎日来るんだこいつ)
◆
タロは来ると、まず俺の隣に座る。
それから聞く。
「おい石、昨日の夜なんかあった?」
『何もなかった。石だから』
「つまんねー」
(お前が聞くから答えたんだが)
「なあ、ネアは?」
『仕事。荷物運び』
「いっつも仕事してんな、あいつ」
(お前は仕事しないのか)
「俺も仕事あるよ。午後から」
タロの「仕事」は、市場で使い走りをしたり、大人の手伝いをしたりすることらしかった。12か13歳の子どもにできる範囲で、小銭を稼いでいる。
「弟と妹の飯代、稼がないとだから」
さらっと言った。重い話を、軽い声で。
(弟妹がいるのか)
『何人だ』
「2人。弟が8歳で、妹が6歳」
タロが少し黙った。珍しかった。
「親は出稼ぎ。半年くらい帰ってきてない」
(……)
『大変だな』
「別に。慣れた」
慣れた、と言った。声のほうは、あんまり慣れてなさそうだったが。
◆
昼前にネアが戻ってきた。
タロがまだいた。
「……また来てる」
「おう。俺の石に会いに来た」
ネアが止まった。
「……俺の石?」
「そう。俺の石」
「……違う」
短かった。でも、明確だった。ネアの声には感情が乗っていなかった。事実を述べているだけの声。
「えっ、なんで。俺が見つけたようなもんじゃん」
「……見つけてない。私が拾った」
「でも俺が最初にしゃべった——」
「……私が先」
(ネアが言い返してる。珍しいな)
タロが少し引いた。引いたが、諦めていない。
「じゃあ共有ってことで——」
「……ない」
(一言で斬ったな)
タロがこっちを見た気配がした。助けを求めている。
『俺に振るな。ネアのポケットに住んでるのは俺のほうだ』
「石まで裏切るのか!」
(裏切るも何も、最初からネアの石だが)
タロが大げさにため息をついた。地面を蹴る音。でも——足音は離れなかった。
「……まあ、いいけど。会いには来るからな」
ネアが黙った。否定しなかった。
(許可が出た、ということにしておこう)
◆
午後。タロが「仕事行ってくる」と走っていった。
入れ替わりで、ネアが俺を石の上に置いた。
『ネア』
「ん」
『タロのこと、嫌か?』
「……」
沈黙。少し長い。
「……うるさい」
『それはタロのことか、俺の質問のことか』
「……両方」
(両方か)
でも、ネアの声には棘がなかった。「うるさい」の響きが、いつもより少しだけ柔らかかった。
(嫌じゃないんだな。認めないだけで)
◆
夕方。
タロが戻ってきた。息を切らしている。走ってきたらしい。
そして——後ろに、もう2つ足音があった。
小さい。軽い。タロよりずっと軽い。
「おい石! 弟と妹連れてきた!」
(……お前、会って数日なのにもう家族を連れてくるのか)
「ほら、これがイシル。しゃべる石」
「……ほんとに?」
小さな声。8歳くらいの男の子だろう。少し怯えている。
「しゃべるわけないじゃん」
もう1つの声。もっと小さい。6歳くらい。疑っている。
『こんにちは』
「っ!!」
「きゃあ!!」
2人とも跳び上がった。振動で分かった。
「な! しゃべっただろ!」
「すごい……」
「……こわい」
弟のほうは「すごい」、妹のほうは「こわい」だった。
(こわいか。まあ、石がしゃべったら怖いよな)
「怖くねーよ。こいつはいいやつだ」
タロが胸を張った声で言った。出会って3日の石を「いいやつ」と紹介している。
(……まっすぐだな、お前)
弟が少し近づいてきた。指先が俺に触れた。小さい、温かい指。
「……あったかい」
(そうか。俺、温かいのか)
知らなかった。ネアは何も言わなかったが——半年間、ずっとこの温もりをポケットに入れていたのか。
(寒い日、あったまってたのかな)
妹はまだ遠くにいた。近づかない。でも——離れてもいなかった。
◆
帰り際。
タロが弟妹の手を引いて歩き出した。
「また来る。石、またしゃべれよ」
『ああ』
「弟も妹も連れてくるからな」
『来すぎだ』
「うるさい」
(ネアと同じこと言うな)
3つの足音が路地を遠ざかっていく。タロの足音が1番重い。弟が真ん中。妹が1番軽い。
タロが歩きながら弟に何か言っている。何を言っているかは聞き取れないが、弟が笑った声だけが届いた。妹の手を引いている気配。
(あいつ、ちゃんと兄貴やってるな)
(親がいない間、あの2人を食わせてるのか。12か13歳で)
ネアが俺を拾い上げた。ポケットに入れる。
帰り道、いつもの路地。
「……イシル」
『ん』
「……あの子たち、痩せてた」
ネアは、そう言った。
俺には見えない。でも——ネアには見えている。
『……そうか』
「……明日、パン、多めに持っていく」
それだけ言った。
(ネア)
(お前は——自分も足りてないのに)
言わなかった。言わなくていい。ネアはそういうやつだ。
◆
夜。
ネアが眠った後。
タロの弟妹の足音を思い出していた。軽くて、小さくて、少し怯えていた。タロはあの2人を毎日食わせて、仕事して、それで石に会いに来ている。
(「俺の石」か)
タロがそう言ったとき、ネアは「違う」と即答した。
でもタロは、それでも来る。来て、座って、しゃべって、弟妹を連れてきて、「いいやつだ」と紹介する。
(なんでだろう)
(石に会いに来る理由が、俺には分からない)
(でも——来てくれるのは、嫌じゃない)
ネアの寝息が、ゆっくり聞こえている。
明日もタロは来る。明日もネアは「違う」と言う。
たぶん、ずっとそうだ。
読んでくれてありがとう。
今日、「俺の石」と言い張る子どもが来た。
違う。ネアの石だ。
……まあ、会いに来てくれるのは嫌じゃない。
お前も☆評価・ブックマークで会いに来てくれ。
次回「ネアの仕事カタログ」もよろしく。
——石より




