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転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく【1章完結】  作者: シラフ
廃都編

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第42話「変な石」


 朝。市場の方から、ふだんとは違う音がした。


   ◆


 ネアのポケットの中で、俺は地脈の振動を聞いていた。


 重い音だった。木の輪の、回る音だった。何かが、街道を、こちらに向かってきていた。1つではなかった。地脈の振動で、輪の音が、3つ、混じっていた。


 ネアの足音が止まった。家の戸口の前だった。地脈の振動で、ぐりが戸口の手前から、横にずれた。雑貨屋の方だった。今朝のうちに、ぐりは石垣の方に戻っていた。家の前から、自分で動いていた。


 ネアの足音が、市場の方に向かった。ぐりも動いた。少し遅れて、跳ねていた。


 市場の方には、住民の足音が、ふだんより多く集まっていた。地脈の振動で、それが分かった。声も、ふだんより、高かった。


   ◆


「廃都に、来てくれたのか」


 ヴェラの声だった。市場の中央で、誰かに話しかけていた。地脈の振動で、ヴェラの声に、戸惑いと嬉しさが半分ずつ混じっていた。


「久しぶりだな、姐さん」


 低い声だった。年配の男の声だった。ふだんの廃都の住民の声とは違う、底の方が乾いた声だった。荷物の革と、街道の砂の重さが、声に薄く乗っていた。


「半年ぶりだ。前はもっと頻繁だったが」


 ネアの足音が、止まった。


「街道がな、しばらく荒れててな。やっと通れる頃合いになった」


 地脈の振動で、男のすぐそばにもう1人いた。若い足音だった。荷を降ろす音が、続いていた。重い木箱の音が、ふたつ。それから、軽い革袋の音が、いくつか。


 ネアの足音が、市場の中央に近づいていった。ぐりは、石垣の隙間に潜り込んだ。地脈の振動で、ぐりの呼吸らしき音が、石垣の中で止まった。


   ◆


 市場の中央で、布が、広げられていた。


 ふだんの廃都の布とは、織り目が違っていた。地脈の振動で、それが分かった。重さが、軽かった。糸の密度が、ふだんと違う向きだった。


「これは……」ヴェラが布の端を指で持ち上げた。


「城下町の、木綿だ。手触りがよかろう」行商人が低く言った。


「ええ。ええ。柔らかいねぇ」ヴェラの声が、ふだんの「いい朝だね」の温度に戻った。


「あんた、これいくらだ」


 ダンの声だった。地脈の振動で、ダンは布の隣の棚の前にいた。陶器が並べられていた。薄手の、白い陶器だった。


「銅貨3枚、そっちは5枚。粒の細かい白い塩は、銅貨2枚で、ひと袋」


「塩、もらおう」


 ヴェラが先に言った。粒の細かい塩は、廃都ではなかなか手に入らないものだった。地脈の振動で、ヴェラの足音が、塩の袋の前で、止まっていた。


「きれい」


 高い声だった。リコだった。地脈の振動で、リコは、陶器の小さな鉢の前にいた。近づいて、戻った。指は、伸ばさなかった。


「触っていいぞ、嬢ちゃん」行商人が低く言った。


「触ったら買わなきゃなのか」


「そうじゃない」


 リコの指が、鉢の縁に薄く触れた。地脈の振動で、リコの呼吸が、深くなった。指は、すぐには離れなかった。それから、ゆっくり、戻った。


   ◆


 ネアの足音が、布の前で、止まった。


 地脈の振動で、ネアの指が、布の端に、薄く触れた。柔らかい木綿だった。ふだんネアが触っている布よりも、繊維の向きが、揃っていた。


「触ってみるかね、お嬢さん」


 行商人が言った。低い声だった。


 ネアは、答えなかった。指だけが、布の上を、滑った。それから、戻った。


「……柔らかい」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、ネアの指は、もう一度、布の端に戻った。それから、また、離れた。


 行商人がしばらく、ネアの方を見ていた。地脈の振動で、男の呼吸が、ふだんの呼吸よりほんの少しだけ、止まった。


「変な石を、持っとるねぇ」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、男の声に、特別な重さはなかった。ただ、思ったままを口に出した、声だった。


 ネアは、答えなかった。地脈の振動で、ネアの指が、ポケットの上で、止まった。それから、また、布に戻った。


   ◆


 昼が近かった。


 行商人が、椅子代わりの木箱に、腰を下ろした。地脈の振動で、男の呼吸が、緩んだ。住民が、男の周りに、集まっていた。ふだんの市場の昼の気配とは、少し違う集まり方だった。


「最近、城下町は、どうだ」


 ダンの声だった。


「相変わらずだ。ベルナルドの茶葉は、また値が上がった。あいつは商売がうまくなりすぎた」


 住民の何人かが、低く笑った。


「ロザン伯のとこの石垣が、また崩れたらしくてな。修繕の職人がいくつか流れていった」


「あの伯爵、いつになったら学ぶんかね」


 ヴェラの声だった。乾いた笑いが、混じっていた。


「あとは、そうだな。城下町に、元気のいい商人の娘がいてな。セリアっていう。最近、市場で値切る声がいちばん通る」


 住民の何人かが、笑った。


「なんだそりゃ」


「親父さんの商会を回してるって話だ。まだ若いのにな」


 ぼそぼそとした、世間話の声だった。次の話題に、すぐ流れていった。地脈の振動で、その名前が、市場の音に、薄く埋もれていった。


(セリア)


 念話には、出さなかった。


   ◆


 夕方が近づいていた。


 市場の棚に、ふだんはない物が、並んでいた。地脈の振動で、それが分かった。粒の細かい白い塩、城下町の木綿、薄手の陶器、ひと束の薬草、鉄の小さな道具がいくつか。廃都の市場の重さが、ふだんよりも、増えていた。


 住民の足音が、ふだんより少しだけ忙しかった。地脈の振動で、ヴェラはパン屋に塩を運んでいた。ダンは陶器を持って、自分の家の方に戻っていた。リコは小さな鉢の代わりに、薬草をひと束、抱えて走っていた。ばあちゃんに飲ませるための薬草だった。


 市場の音に、ふだんない音が混じっていた。革袋の擦れる音、新しい木箱の角の音、薄い陶器の触れ合う音。それらが、ふだんの市場の音と、ずれた高さで重なっていた。


 ネアの仕事が、終わった。布の山が台に並んだ。地脈の振動で、ネアの足音が、台の上の布を整えていた。ひとつ、ふたつ、と並べ直していた。台のいちばん下に、城下町の木綿が、ひと巻き、混じっていた。ヴェラがネアにくれたものだった。


 ネアの指が、その木綿の端に、もう一度、触れた。それから、台の下に、置いた。


   ◆


 行商人の荷車が、街道の方に、動き始めた。


「また来るよ」行商人がヴェラに短く言った。


「もう、街道は荒れんのか」


「分からん。でも、当面は来れる」


 住民の何人かが、行商人の荷車に、手を振った。地脈の振動で、街道の方の音が、しばらく、続いていた。3つの輪の音が、ふだんの廃都の音から、薄くなっていった。


 地脈の振動で、廃都の重さが、ふだんに、戻りはじめていた。けれど、ふだんと、まったく同じではなかった。市場の棚に、ふだんとは違う物が、まだ、残っていた。それが、廃都の重さに、混じっていた。


 ネアの足音が、家の方に向かった。ぐりも、雑貨屋の石垣から、出てきた。少し遅れて、跳ねていた。


   ◆


 夜。


 ネアが眠った後、俺はポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


 市場の方の重さが、ふだんより、深かった。粒の細かい塩の入った袋は、ヴェラのパン屋の棚にあった。陶器の小さな鉢は、ダンの家の棚にあった。木綿の布は、ネアの台の下にあった。薬草はリコの家の窓辺、鉄の道具はダンの家の壁。


 廃都の中に、新しい重さが、薄く散っていた。


 廃都の音は、ふだんと同じだった。子どもの寝息、犬の小さな足音、風の通る音。けれど、その音の下にある重さが、ふだんと同じではなかった。


 扉の外には、ぐりの呼吸らしき音が、薄く続いていた。


   ◆


(外の重さが、混じっていた)


布が、来た。

塩も、来た。


知らない重さが、少し増えた。

石だが。


☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。

ネアがあまり喋らないので、代わりに何か言ってくれると助かる。


次回もよろしく。

ネアが、独り言を言うらしい。


——石より

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