第30話「石喰いその3」
3度目、だった。
◆
朝。市場に向かう道。
ネアが俺をポケットに入れて、家を出た。風が乾いていた。日差しが、強かった。
俺はネアのポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。
昨夜の松明は、まだ、消えていなかった。北、南、東。3つの方角に、薄く残っていた。地脈の熱が、夜のあいだ、ずっと、廃都の外で揺れていた。
でも、廃都の中の地脈は、いつもどおりだった。タロの祈りの声も、いつもどおり。フリンの乳鉢の音も、ゆっくり。井戸の水を汲む音も、いつもより少なめだったけれど、止まってはいなかった。
廃都は、いつもどおりに、動いていた。でも、廃都の外は、いつもどおりじゃ、なかった。
ただ——。
市場の手前で、別の振動が、地脈に混じった。
カタ。
乾いた音。
硬いものと硬いものが、当たる音。
ネアの足が、止まった。
(……来たか)
俺は思った。
でも、今朝は、3度目だった。慣れた騒ぎの、はずだった。今朝までは、そう思っていた。実際は、違った。
◆
カタ、カタ。
別の方向から、別の音。
また、別の方向から、もう1つ。
地脈の振動で、数えた。
5匹、いた。
『……ネア』
「うん」
『5匹だ』
「……うん」
ネアが、ゆっくり振り返った。
石喰いが5匹いた。1匹は石垣の左、1匹は石垣の右、1匹は石垣の上、1匹は仕分けの台の下、1匹は——ネアの背後。
囲み方が、前回より、緻密だった。逃げ道が、ほとんど、なかった。
しかも、地面に、餌石が、3つ置いてあった。光る石が、2つ。光らない石が、1つ。混ぜてあった。
ネアの足元、少し先と、3歩先と、雑貨屋の戸の前。3点に分散させて、置いてあった。1個取り損ねても、別の餌で誘導できる、という配置だった。
俺は思った。
前回、ネアは「光る石」と「光らない石」を並べて、石喰いを混乱させた。
今回は、その「光らない石」も、餌石の中に、混ぜてあった。
学習されていた。
誰が、こいつらに、教えたのか。
『……ネア』
「うん」
『これ、前と、違うぞ』
「……うん」
ネアの呼吸が、止まった。
ほんの少しだけ、止まった。
追い詰められた、呼吸の止まり方だった。
◆
石喰いの1匹が、跳ねた。
カチン。
ネアが、足を引いた。
でも、もう1匹が、別の方向から、跳ねた。
カチン。
ネアが、もう片足を、引いた。仕分けの台に、背中が、当たりそうになった。
石垣の上の1匹が、跳ねた。
ネアの頭の上を超えて、後ろに降りた。地脈の振動で、それが分かった。空気を切る音まで、地脈に届いた。
囲まれていた。
地脈の振動で、5匹の足音がそれぞれ別の角度から、ネアを狙っていた。
包囲だった。
『……ネア』
「うん」
『……どうする』
「……」
ネアが、しばらく、答えなかった。
仕分けの台の下から、布巾を、引っ張り出すかと思った。前回、雑巾でまとめて投げた手だった。
でも、ネアは、布巾を取らなかった。
ネアが、足元の、餌石を、踏んだ。
光る石、ではない方を。
光らない石を、踏んだ。
ぐしゃ、と、音がした。光らない石は、ただの石だった。割れた。粉々ではなく、半分に、割れただけだった。でも、その音は、地脈に、はっきり伝わった。
石喰いの1匹が、止まった。
光る石を、見ていた、らしかった。「割れたのは光らない方」「光る方は無事」を、確認しているような、止まり方だった。
ネアが、もう一歩、踏み出した。今度は、光る石、の、近くに。
でも、踏まなかった。
近くに、足を、置いただけだった。
石喰いの目(地脈の振動で分かる、向き)が、ネアの足と、光る石の間で、迷った。
「踏むのか」「踏まないのか」。「踏まれたら光る石も割れる」「踏まれない間に光る石を取れるか」。地脈の振動の向きで、それが、薄く、伝わってきた。
迷っている、間に。
ネアが、踵を、返した。
走った。
雑貨屋の裏手から、市場の中央のほうへ、走った。
石喰いが、追ってこなかった。光る石を、置いて、走るネアを、追えなかった。光る石を、捨てるか、追うか、迷ったらしかった。
◆
市場の中央に出た時、ネアの息は、いつもより、荒かった。胸が、上下していた。それでも、立ち止まらなかった。
仕分けの仕事は、午後にずらした。雑貨屋の主に、何か言って、午後にする、と短く伝えていた。雑貨屋の主は、何も聞かずに、頷いた。最近の市場では、何も聞かない、というのが、暗黙のルールに、なりつつあった。
地脈の振動で、石喰いたちはまだ、雑貨屋の裏手に留まっていた。
光る石を囲んで、何かを相談しているような気配だった。
『……ネア』
「うん」
『追ってこなかったぞ』
「……うん」
『助かった、な』
「……うん」
ネアの呼吸が、ゆっくり、戻ってきた。
でも、いつもの「うん」より、長い「うん」だった。
◆
昼過ぎ。
仕分けの仕事に戻った時、雑貨屋の裏手に石喰いはもういなかった。地脈の振動でも、近くには、いなかった。
光る石も、なくなっていた。割れた光らない石の破片だけが、地面に、残っていた。
ネアが、その破片を、片足で、軽く端の方へ寄せた。それから、いつもの仕事を始めた。指の動きは、午前より、少し落ち着いていた。
でも、地脈の振動で、いつもの、あいつが、1匹だけ、残っていた。
石垣の隙間。前と、同じ場所。
ネアの方を、見ていた。
目は、ないはずなのに。
しばらく、見ていた。
『……あいつ』
俺は思った。
『……いつか、必ず、食べる気だな』
「……」
『あいつ、執念深いぞ』
「……石、なの」
『俺も石だが』
「……」
ネアが沈黙した。
でも、仕分けの台の指の動きが、いつもよりほんの少しだけ速かった。集中することで、何かを、忘れようとしているような、速さだった。
(……危ないな)
◆
夕方。
帰り道。
石垣の隙間の、その1匹は、もう、いなかった。
地脈の振動でも、近くには、いなかった。
でも、地脈の振動の中に、何かが、残っていた。
石喰いの気配じゃ、なかった。
もっと、深い場所。動かない、重さ。じっと、何かを見ているような、種類の振動だった。
昨夜の松明と、同じ方角。
石喰いが去ったあとも、その重さは、消えていなかった。
石喰いと、その重さは、別物だった。
石喰いは、いつもの、騒ぎ。
でも、その重さは、いつものものじゃなかった。
◆
夜。家。
ネアが俺を机の上に置いた。水を飲んだ。パンを齧った。ランプを消した。
いつもどおりの、夜だった。
石喰いの3度目は、まあ、いつもどおりの、騒ぎだった。3度目になると、石喰いも、ネアも、慣れていた。慣れた、騒ぎ。
でも——。
北、南、東。
3つの方角の、灯りは、まだ、消えていなかった。
地脈の振動で、それが、分かった。一晩中、消えなかった。風が吹いても、消えなかった。
ネアの寝息が、整うまでに、いつもより、少し、時間がかかった。布越しに、ネアの体温が、ゆっくり、伝わってきた。指の力は、いつもどおりだった。でも、力が抜けるまでに、時間が、かかった。
◆
(あの重さだけが、残っている)
石喰い、その3。
——進化してた、らしい。
俺は、よく分からない。
石だが。
あいつ、覚えてる。
☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。
ネアがあまり喋らないので、代わりに何か言ってくれると助かる。
次回「街を守るとは」もよろしく。
——石より




