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26.ダフィールド兄妹の考察

 造園技師テオフィル――。

 彼を探し出してきたのは、ジェレミーだった。


 夕べ、屋敷へ戻ってきたジェレミーは、夕餉のあとアレックスに濃い茶を入れるように頼み、ジェニーを居間へ呼んだ。


「団長は、ミエスの件を気にかけてくれて、スタインズ侯爵家の別邸を密かに訪ね、彼の様子を見てきたそうだ。彼は、順調に回復しているようだよ」


「それは、良かったわ。わたしは、明日スタインズ侯爵邸を訪ねて、何とかしてエリアル嬢との対面を果たして来るつもりよ。そして、ミエスの件についても彼女に真実を伝えて、あの屋敷で起こったことを明らかにしようと思っています」


 ジェニーは、訪ねてきたグレネルに、自分の計画を伝え協力を頼んだ。

 グレネルは、ジェニーの計画は王都警備騎士団の方針に反することではないと言い、彼女の頼みを聞き入れてくれた。


「ミエスに何が起きたのかは、それで明確になるかもしれないが、どうやら今回の事件は、もっと根が深い話のようだよ」


「それは、『悲運の令嬢』騒動が絡んだ事件だということでしょう?」


「ああ。ただし、事件の原点は、さらにそれよりも前の出来事にあるみたいだ――」


 ジェレミーはそう言うと、不思議そうな顔をしたジェニーに、王宮魔道士団の団長から聞いたエルヴィーラにまつわる話を伝えた。

 ジェニーは、途中で兄の話を止めると、アレックスに紙と描画用の木炭を持ってこさせ、今回の件に関わる人物の名前を書き出し、人間関係をいろいろと書き込んだ。

 ジェレミーの話が終わる頃には、スタインズ侯爵家を中心とした詳細な関係図が、見事に出来上がっていた。


「エルヴィーラ嬢の出奔のあと、先代侯爵が亡くなって代替わりし、新たにエリアル嬢を主役にした『悲運の令嬢』の物語が始まったということね。エルヴィーラ嬢に力を貸したのは、誰だったのかしら? 侯爵家のお嬢様が家を出て、自分の力だけで生きていくというのは、相当難しいことだと思うけど――」


 ジェニーは、貴族の令嬢としては行動力がある方かもしれないが、たった一人で家を抜けだし、別の場所へ行って暮らすなど自分にはとても無理だと思った。

 友人や親戚の元へ身を寄せれば、すぐに見つかってしまうだろうし、自邸の馬車以外の手段で、王都を離れ遠方へ旅するなど想像すらできなかった。

 ジェレミーは、彼女の言葉にうなずきながら、さらに話を続けた。


「団長とわたしも、君と同じ考えだ。しかし、エルヴィーラ嬢が出奔したとき、屋敷の使用人たちは全員屋敷に残っていた。ミエスに付き添っている老メイドが、そう言っていたそうだから間違いない。ことがことだけに、表立って調べたりはしなかったようだが、友人や親戚の中にも、彼女に力を貸した者はいなかったらしい」


「あとは、お屋敷出入りの商人とか、家庭教師が手伝った可能性もあるわね」


「または、一時的に屋敷を訪れた、ピアノの調律師や肖像画家、煉瓦職人なども考えられないことはない。彼らに、エルヴィーラ嬢と親しく接する機会があったのならね――」


 ジェニーは、密かに一つの場面を想像する――。

 エルヴィーラとその人物は、ほかの誰にも気取られることなく心を通じていた――。


 たぶんその舞台は、あの屋敷の音楽室だ。

 ピアノの近くに窓があり、その下に素朴な花壇が広がっていた。

 表の庭からは、ちょうど死角になる場所だ。


 不本意な婚約が決まったエルヴィーラは、一人音楽室でピアノを奏でる。

 その音色には、悲しみやあきらめや不安が滲み出る。その演奏を聞きながら、窓下の花壇近くで働くその人物は、彼女の運命を知り、その心を思いやる。

 心優しいその人物は、彼女を慰めるために、開いた窓の窓枠に庭の花のブーケを置く。彼女によく似合う、青い花のブーケだ――。


 その気持ちに、エルヴィーラがどうやって答えたのかはわからない――。

 だが、誰にも気づかれることなく、やりとりを続けた二人は、やがて、手を取り合いどこかへ姿を消そうと心を決める。

 夜明け前、音楽室の窓からエルヴィーラを連れ出したその人物は、早朝に発つ乗合馬車に乗って、彼女と王都を旅立っていく――。

 

「周囲の人々から見れば、二人の関係はささやかなもので、とても失踪事件に繋がるとは思えなかったのではないかしら? 二人で屋敷を出る日を決めると、侯爵邸での仕事を終えて、その人物は一人で密かに準備を進めたのでしょうね。王都の住まいを片付け、騒ぎが収まるまで身を寄せる場所を決めて、そのときを待っていた――」


「つまり、何かの仕事で屋敷に呼ばれ、しばらく働いた後、仕事が片付くと屋敷に来なくなった人物ということだね?」


「そうね。その人は、依頼された仕事が終わると、何ごともなかったように平然と屋敷を去ったのだと思うわ。だから、エルヴィーラ嬢が出奔したときも、誰もその人のことは思い付かなかったのでしょうね」


 ジェニーは、カップを手に取り、少し冷めた紅茶を満足そうな顔で口にした。

 どうやら、妹も自分と同じようなことを思いついたのだとわかったジェレミーは、上着の隠しから、四つ折りにした古い紙片を取りだした。


「団長と別れたあと、わたしは、もう一度貴族会議へ顔を出してきたよ。今日は文献室ではなくて、許可申請室の方へね」


「許可申請室って、留学とか婚姻とか、爵位の継承とか、貴族からの様々な申請を受け付け、貴族会議として審査する所でしょう?」


「そうだよ。あそこには、結婚相手を探している貴族の子女の『身上書』も集められている。無事婚約がまとまれば『身上書』は処分されるが、当人が亡くなった場合、そのまま残されていることも多い。これは、そんな一枚だよ」


 ジェレミーは、紙片を丁寧に開くと、ジェニーの前に置いた。

 美しい令嬢の肖像に名前や生まれ年、家族、来歴などが書き添えられていた。

 ただし、紙は黄ばんでいて、かなり昔に書かれたものであることは明らかだった。


 ジェニーは、肖像の人物に、どこかで会ったことがあるような気がした。

 名前の欄に目を移すと――、そこには、「エルヴィーラ・スタインズ」と書かれている。


「お兄様! この人が、エルヴィーラ嬢なの? この人、わたしの記憶にあるエリアル嬢にそっくりだわ! 叔母と姪だから、当然かもしれないけれど――」


「そうか、エルヴィーラ嬢は、エリアル嬢ともよく似ているんだね。実は、わたしもエルヴィーラ嬢とよく似た人物に会ったことがある――」


「それは、誰?」


「わたしが招魂術を施した、ミエスだよ――」


 音を立てて息を吸い込むと、ジェニーは改めて、エルヴィーラの肖像を見直した。

 エルヴィーラが、出奔の一、二年後に子どもを産んでいたとしたら、ミエスぐらいの年齢になっていてもおかしくはない。だが、ミエスは、王家の離宮建設のために隣国からやってきた石屋の孫で、身元ははっきりしている。

 兄の年齢を考えれば、彼らの両親は、二十年以上前に結婚していたはずだ――。


 ジェニーが、身上書から顔を上げると、ジェレミーが微笑んでいた。

 「もっとよく考えてごらん」と言われているような気がして、ジェニーは少し顔をしかめた。

 すると彼は、隠しの中から、また別の紙片を取りだして広げた。

 そこには、いくつかの名前が書かれていた。


「ミエスの出自が気になって、王宮の営繕部で離宮建設に関わった職人のことをきいてきた。ミエスの祖父であるフォルカーは、隣国から呼ばれた腕のいい石工だ。離宮建設の現場では、年嵩だったこともあって、隣国から来た職人たちのリーダー的な存在だったらしい。これは、彼と一緒に離宮の噴水作りを請け負った職人や技師たちのリストだよ。彼は店を子や孫に任せ、今は南部のセムラッドという町で、石工をしながら暮らしているようだ」


 兄から、紙片を受け取ると、ジェニーは、そこに記された職人たちの名前や職業、生まれ年などへ、丹念に目を通していった。


「すでに懐具合が怪しかったスタインズ侯爵家には、大がかりな屋敷の修復や別邸の建設は無理だったでしょうね。エルヴィーラ嬢の婚約で手に入れた支度金でできるのは、せいぜい庭の整備ぐらいかしら? だとしたら、屋敷に招いたのは、このテオフィルという若い造園技師かもしれないわ――」


 ジェニーは、紙片に書かれた名前を指さし、それをジェレミーに見せた。

 スタインズ侯爵邸の廊下から見えた花壇には、小さな水盤や素焼きタイルを使った装飾が見られた。植物と良く馴染む素朴で自然な装飾は、隣国の庭造りの特徴だった。

 あの庭は、隣国からやって来た造園技師が設計したものに違いない。

 だとすれば――。


「エルヴィーラ嬢を連れ出したのは、テオフィルということね――。テオフィルは、親しかったフォルカーに力を借り、王都を出たあとは、彼とともにセムラッドへ向かった。そこで、ミエスが生まれたけれど、何か事情があって王都にいるフォルカーの息子夫妻にミエスを託すことになった――というところかしら?」


「おそらく――ね。わたしは、明日セムラッドへ行って、フォルカーに会ってくる。テオフィルとエルヴィーラ嬢のことを彼からきき出してこようと思う。ミエスの身に起きたことを伝えれば、彼はきっとわたしに真実を話してくれるだろう」

 

 ジェレミーはアレックスを呼んで、すっかり冷めてしまった茶を淹れ直すように言った。

 アレックスは、新しいポットと共に、乾酪(チーズ)を使った焼き菓子を載せた皿も運んできた。

 二人は、たどり着いた結論に満足しながら、茶と菓子を黙って味わった。

 カップの茶を飲み干すと、ジェレミーは、穏やかだが決意を秘めた目でジェニーを見た。


「君は、予定通りスタインズ侯爵邸でエリアル嬢に会い、ミエスのことを伝えて、彼女をあの家の呪縛から解き放っておいで。邪魔が入るかもしれないが、彼女の悲運はもう終わらせなければならない。スタインズ侯爵家から、貴族会議へ新たな婚約の申請が出されているようだからね」


「新たな婚約って――、いったい今度は誰と?」


「スタンリーだよ! モファット侯爵家の次男の! 例の事件のあと、領地で『運命の相手』と出会ったという噂だったが、何か不始末をしでかしたんだろうね」


 スタンリーの名を聞き、さすがのジェニーも、あんぐりと口を開けてしまった――。


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― 新着の感想 ―
 前作に登場したスタンリーが登場しましたね。……しかも命が危なそうなのですが、とうとう、そうなるほどのことを仕出かしたということでしょうか。  次回も楽しみにしております。
Σ なんか知ってる名前が、いきなり…!!(ジェニーとお口あんぐり) まーた、なんかやらかしたんでしょうか。 これから「悲劇」を量産してきた犯人側を追い込み…という流れになるとしても、彼ならまぁ、オト…
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