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24.悲運の始まり

 しばらくの間、団長室は時が止まったかのように、不思議な静寂で満たされた。

 団長は、ジェレミーの視線を無言で受け止めていたが、やがて静かに立ち上がると、執務机の前へ行き、その引き出しから紙挟みを取りだしソファへ戻ってきた。


「あなたの問いに答えるためには、少しばかり昔の話をしなければなりません。お付き合いいただけますか、ジェレミー?」


「はい――」


 ジェレミーの返事に、満足そうにうなずくと、団長はテーブルの上で紙挟みを広げた。紙挟みには、家系図の写しと思われるものや、聞き取ったことを整理して貼り合わせた文書などが何枚も挟まれていた。


「あなたが、ミエスの救命に成功したあと、わたしは、彼の様子を確かめるため、スタインズ侯爵家の別邸を訪ねました。そのとき、ミエスの世話をしていた老メイドが、『お屋敷でこんなことが起こるなんて――。もしかするとエルヴィーラ様の呪いかもしれない』とつぶやくのを聞いてしまったのです」


「エルヴィーラ様の呪い?」


「ええ。わたしは、すぐに老メイドを問い詰めました。エルヴィーラというのは、現侯爵の妹でした。今回の件は、あなたが想像した通り、『悲運の令嬢』騒動と切り離すことはできません。ですが、どうやら、さらにその前――今から十七年前に起きた、エルヴィーラ嬢に関わる出来事が、すべての始まりであるようなのです」


 そう言って団長は、紙挟みの文書をきちんと並べ直しながら、老メイドからきき出した、十七年前の出来事についてジェレミーに語り始めた――。


 *


 十七年前、いや、それ以前から、スタインズ侯爵家は財政的な危機を迎えていた。

 先代の侯爵は、体面を気にしながらも、資金の運用や領地経営に力を注がなかった。領地には有能な家令がいて、何とかやり繰りをしていたが、急な出費があった場合は、領地屋敷に残る骨董品を(あるじ)に内緒でこっそり処分して金に換えたこともあった。


 先代侯爵には、現侯爵である息子のほかにエルヴィーラという娘がいたが、侯爵が家格や評判を気にし過ぎたせいで、すっかり婚期を逃してしまっていた。

 先代侯爵は、孫であるオズワルドやエリアルが生まれると、彼らの将来を考え、ますますエルヴィーラの嫁ぎ先へ厳しい条件をつけるようになった。


 結局、骨董品の取り引きで繋がりができた古物商が、隣国の侯爵家との縁談を持ってきた。相手は、かなりの資産を持つ由緒ある侯爵家の当主だが、エルヴィーラより二十も年長で、四人目の後妻として迎えるという話だった――。


 *


 そこまで聞いたジェレミーは、エルヴィーラには気の毒だが、珍しい話とは言えないなと思った。家格の釣り合いなどを重んじる貴族社会では、よくある形の縁談だった。

 少し同情の気持ちを込めて、彼は団長に問いかけた。


「それにしても、ようやく決めた嫁ぎ先にしては、ずいぶんとひどい条件ではないですか? 政略結婚とはいえ、エルヴィーラ嬢はかなり悩まれたことでしょうね?」


 同じく妹を持つ身として、ジェレミーは、兄である現侯爵が、その縁談に意義を申し立てなかったことが不思議だった。

 実の兄妹でありながら、二人の間柄は、親密ではなかったということだろうか?

 それとも、そんなことも言えないほど、侯爵家が逼迫していたということか?


(わたしなら、先祖代々の家宝だろうが、王家からの賜り物だろうが、売れる物は全部売り払って、ジェニーにけっしてそんな苦労をかけはしない。まあ、我が家には、そこまでのお宝はないのだが――)

 

 ジェレミーの心中を察したのか、団長は苦笑いを浮かべながら話を続けた。


「エルヴィーラ嬢は、おとなしく縁談を受け入れたようですが、大きな不安を抱えていたのは間違いありません。隣国へ向かう日が近づくにつれ、塞ぎ込むようになったようです」


「確かに、気の進まぬ縁談ではあったでしょうが、それが、どうして呪いに繋がるのでしょうか? エルヴィーラ嬢は、嫁ぎ先でも苦労を重ね、婚家を呪いながら生涯を終えたということですか?」


「そういうことではありません。これを見てください――」


 団長は、紙束の中から取りだした家系図の写しを、ジェレミーの前に置いた。

 スタインズ侯爵家の家系図だった。

 エルヴィーラの名前の横には、夫となった人物の名前は書かれていなかった。

 彼女の名前は×印で消され、「病死」と添え書きされていた。


「これは――、エルヴィーラ嬢は、つまり、結婚する前に亡くなった――ということですか?」


「そうです。彼女は、隣国へ渡ることはありませんでした。その前に、病で亡くなったことになっています。表向きは――」


「表向き? ということは、本当は違うのですか?」


「はい。彼女は――、ある日突然、屋敷から姿を消してしまったのです。もちろん、自分の力だけでは難しいでしょう。おそらくは、誰か手引きする者がいて屋敷を抜け出したのだと思われます。その後、彼女が人前に姿を現したという記録はありません」


 ジェレミーは、社交界で囁かれる様々な噂を思い出した。

 望まぬ結婚から逃れるために、貴族の娘が出奔するということがないわけではない。娘に同情した侍女や近侍などが、あれこれ手を尽くし自分の故郷などへ逃がしてやる。

 しかし、そんな逃避行が上手くいったという話は聞いたためしがない。

 それなのに、エルヴィーラは、見事に逃げおおせたということらしい。


「スタインズ侯爵は、行方が知れないエルヴィーラ嬢は病で死んだことにして、縁談を破談にしたのですね。ある意味、彼女にとって望みどおりの結果になったわけだ。お相手は、隣国の方ですから、葬儀や墓参りに来ることもないだろうし――。ただ、支度金は返さなければなりませんよね? 侯爵家は、金の工面に相当苦労したのではありませんか?」


 破談になったからには、支度金の返金はもちろん、慰労金まで支払わなければならないこともある。

 しかし、団長の答えは意外な内容だった。


「それが、お相手はたいそう太っ腹で、支度金は弔慰金として受け取ってくれていいと言ってきたそうです。ただし、縁談の仲介役であった古物商は、縁談成立の礼金をもらえなかったこともあって、不遜にもスタインズ侯爵を脅かしたようです」


「ああ、エルヴィーラ嬢の出奔を使用人あたりからきき出して、縁談の相手や社交界にぶちまけられたくなかったら、金を寄越せとでも言って強請ってきたのですね?」

 

 貴族たちは、宝飾品や調度類を手放すときは、目利きの古物商を家に呼ぶ。

 出入りを繰り返していれば、古物商は、貴族の家の内情にも詳しくなる。

 中には、本業よりも稼ぎになるからと、それを悪事に利用しようと考える者がいる。

 スタインズ侯爵家は、そんな不届きな古物商に、目を付けられてしまったということだ。

 

 団長は、腹立たしげに問いかけたジェレミーに悲しげな顔を向けた。


「スタインズ侯爵家が逼迫していたことは、古物商も知っていました。支度金もすでに使い切っていたでしょうから、金銭を求めはしませんでした」


「では、何を要求したのですか? 領地や屋敷、あるいは王家から拝領した宝飾品などを手放すことですか? 」


 ますます悲しげな顔になって、団長は、小さく首を横に振った。


「古物商が要求したのは――、当時五歳かそこらだったエリアル嬢の縁談の仲介役です。そして、エルヴィーラ嬢の失踪からまもなく、エリアル嬢はレイモンド・リオーダンと婚約しました――」


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