23.王宮魔道士団長
その日、ジェレミーは、屋敷に戻ってきたジェニーから、王都警備騎士団や庭師組合の訪問でわかったことを聞かされた。
彼は、自分の調査結果を加味しつつ、ジェニーが語ったミエスの人柄や仕事ぶりから、ひょんなことで屋敷の裏事情を知ってしまったミエスが、エリアルを気の毒に思って行動を起こし、命を狙われることになったのだろうと推理した。
では、ミエスに毒を盛ったのは誰なのか? それとも、それは事故なのか?
(どちらにしても、団長に依頼しわたしを呼び出してまで、ミエスの命を救おうとしたのはなぜだろう? 金に目が眩んでいた侯爵夫妻にも、まだ慈悲の心が残っていたということか? それとも、ミエスを生かしておかねばならない、特別な理由でもあったのだろうか?)
ジェニーの話し振りから、彼女が、ミエスの忠誠心を深読みして、彼とエリアルの関係性について想像を膨らませていることがわかった。
だが、彼女の関心は、ミエスの事件や姿を見せないエリアルの事情に向けられているようで、まだ「悲運の令嬢」騒動そのものに、興味を持っている気配はない。
「わたし、明後日にでもお見舞いを口実に、スタインズ侯爵邸を訪ねてみようと思うの。明日グレネル様が、庭師組合での聞き取りの結果を聞きに屋敷へ来てくださるから、彼にも相談してみるわ」
「ああ、それがいい。君はあくまで、王都警備騎士団の依頼でスタインズ侯爵邸に出入りしているのだから、自分勝手に動き回るべきじゃない。グレネルときちんと話し合った上で、どうするかを決めるんだよ」
「わかっているわ。王都警備騎士団に、ご迷惑をかけるようなことはしません」
はっきり言い切ったあと、ジェニーはちょっと不思議そうな顔で小首を傾げた。
「アレックスによると、最近、お兄様にしては珍しく、いろいろとお出かけになっているようね? 昨日は王宮の貴族会議、今日はエイヴリング伯爵夫人の詩のサロンへ行かれたのでしょう? ずいぶんとお暇なのね?」
ジェニーは、何かを怪しむような顔になって、ジェレミーを見つめた。
妹の勘の良さをわかっているジェレミーは、表情を変えないように気をつけた。
「暇ということもないが、いちおう社交の季節だから、昨今の貴族社会の状況を知っておこうと思ってね。明日は、王宮魔道士団へ出仕する予定だ。以前、術を施した要人のその後などを確認してくるつもりだよ」
「そう――。それは、ご苦労様です。魔道士団にも妙齢の女性はいるでしょうから、愛想よく振る舞うことをお忘れにならないようにね! お目当ての方だけでなく、多くの人々から好感を持たれる人物になることが、良縁を引き寄せる第一歩だとお母様がおっしゃっていたわ」
「良縁を引き寄せるって――、いったい誰の話だい?」
「あら、お兄様に決まっているじゃないの! てっきりお相手を見つけるために、貴族会議やサロンへお出かけになったのだと思っていたのに、そうではないのですか? お兄様も、ようやくそういうことを考えるようになったのかしらって、クレアと喜んでいたのよ――」
「……」
言葉に詰まったジェレミーを居間に残し、ジェニーは、がっかりした様子で出て行った。
廊下からは、彼女が、「残念ね、違ったみたいよ」とクレアにささやく声が聞こえてきた。
ジェレミーは、ジェニーが外出の理由を勘違いしてくれたことにほっとしたが、同時に彼女が、自分自身の良縁を探しに行ってくれたとは考えていないことが気になった。
(ジェニーは、自分の縁談には、まるで関心が無いということだろうか? それとも、もう自分には心に決めた相手がいるから、縁談なんて必要ないということか? まったく……、あっちもこっちも、その気があるのかないのか――わかりにくすぎる!)
互いに憎からず思っているのは確かなのに、グレネルもジェニーもはっきりしない。
ジェレミーは、エイヴリング伯爵夫人の計画が上手く進むことを心から願った。
*
翌日、ジェレミーは早めに自室で朝食を済ませると、クリフを連れて王宮魔道士団へ出かけていった。
彼にミエスの救命を命じた、魔道士団長モールディング侯爵に会うためである。
団長は、スタインズ侯爵家の事情を知った上で、依頼に応じた可能性があった。繋がりがあるようには思えない二人だが、何か特別な関係にあるのかもしれない。
(団長は、侯爵家の内情や『悲運の令嬢』の真実に気づいているのだろうか? 魔道士が口出しすることではないと言われるかもしれないが、ミエスの事件は、そこに起因しているとしか思えない。レディ・モーリーンが言っていたように、次の悲劇が密かに動き出しているのだとしたら、放ってはおけないぞ――)
ジェレミーは、魔道士団の建物に到着してもなお、団長にどう切り出すか悩んでいた。
自分の執務室へ行き、メイドが運んできた茶を飲んで気持ちを整理した。
ようやく団長室を訪ねることを決意したとき、扉を叩く音がした。
クリフは、扉の前に立ちジェレミーの指示を待っていた。
扉の叩き方から、ジェレミーには、外にいるのが団長の秘書官を務めるデリツィア魔道士であるとわかったので、クリフに小さくうなずいた。
クリフが扉を開けると、素早く一礼し、デリツィアは用件を伝えた。
「ジェレミー魔道士、団長がお呼びです。茶を飲み終えたら、団長室へ来るようにと仰せです」
「もう、茶は飲み終わっています――。すぐに伺いましょう」
「よろしくお願いいたします」
クリフを執務室に残し、ジェレミーは、デリツィアと共に団長室へ向かった。
団長から何か言われているのか、デリツィアはいつになく寡黙だった。
そして、ジェレミーを団長室の前まで案内すると、自分は、部屋へ入らずにどこかへ行ってしまった。どうやら、団長は、誰にも聞かせず二人きりで話をするつもりのようだ。
ジェレミーは、扉を叩き、自分で到着を告げた。
「ジェレミー魔道士、どうぞ入ってください」
「はい」
魔道士団の建物は結界が張られているが、この部屋にはさらに特種な防衛機能が施されている。部屋の扉に鍵は無く、団長の意を受けて自動的に開閉する。
ゆっくり開いた扉の向こうで、黄金色の髪の青年がジェレミーを待っていた。
ジェレミーと同じように、幼くしてその尋常ならざる魔力を認められた団長は、ジェレミーとそれほど違わぬ年齢だった。
ジェレミーは、団長に勧められるままに、ソファに腰を下ろした。
一度座ったら、洗いざらい打ち明けるまで立ち上がれない――などということはないだろうが、自然とジェレミーの体に馴染んでくる不思議なソファだった。
落ち着かなげなジェレミーを、団長は興味深そうに眺めていた。
「先日は、突然夜半に呼び出したりして申し訳ありませんでした。事情が事情なので、詳しいことは教えられず、不安にさせてしまいましたね。あなたの招魂術のおかげで、一人の少年の命が救われました。感謝しています」
いきなり丁寧に礼を言われ、ジェレミーは面食らった。
だが、礼を言われた途端追い出されてしまっては、何をしに来たのかわからない。
すぐに気持ちを引き締め、団長に自分の用件を伝えることにした。
「わたしは、細かい事情などに興味はありません。ただ、術を施した者として、彼が無事に命を取り留めて、回復へ向かっていることを確かめたいとは思っています」
「それなら、心配はいりません。彼は、食事も取れるようになり、着実に回復しているそうです。まもなく、別の場所へ移動し、そこで養生することになるでしょう」
しばらくしたら、元気になったミエスは、本当に領地屋敷に連れて行かれ、執事が彼の兄夫婦に説明したことが「真実」になるのだなとジェレミーは思った。
そして、スタインズ侯爵家では、何ごとも無かったかのように「悲運の令嬢」の物語が続いていくのだ――。
うつむいたジェレミーの耳に、温かな笑い声が響いてきた。
「フフフッ、ジェレミー、あなたにはもう何もかもわかっているのでしょう? あの晩、あなたが連れて行かれたのは、スタインズ侯爵家の別邸です。そして、あなたが招魂術で助けたのは、本邸で見習い庭師として働いていたミエスという少年で間違いありません。それでもまだ、いくつかの謎は残されたはずです――。あなたは、その謎を解こうと、わたしに会いに来たのでしょう?」
団長は、相変わらず笑みを浮かべていたが、紫色の瞳には鋭い光が宿っていた。
その光に励まされるように、ジェレミーは、一番言いたかったことを口にした。
「そうです。わたしは、スタインズ侯爵家について調べるうちに、侯爵家が巻き込まれた『悲運の令嬢』騒ぎは、偶然でも何かの呪いでもないと思えてきました。あれは、おそらく組織的で計画的な犯罪です――」
ジェレミーは、話をそこで区切って、団長の反応を見た。
彼に衝撃を受けた様子はなく、顔色も変えず、じっとジェレミーの話の続きを待っていた。
「おそらくミエスは、その事実を知りエリアル嬢にも伝えたのでしょう。もしかすると、何らかの告発をして彼女を助けようとしたのかもしれません。その結果、彼は命を狙われることになったのです。彼の命を狙ったのは、いったい誰なのでしょう? そして、秘密を知ったことで消されかけたミエスを、なぜ侯爵は救おうとしたのでしょうか?」
語り終えたジェレミーは、大きく息を吐いた。
そして、答えを求めるように、まっすぐに団長を見つめた――。




