22.取り持ち役の謎
ジェレミーは、金銭に関わる話が出てきたことで、もやもやとしていた事故や事件の背景が、急に明確になった気がした。
名家の威厳にこだわるスタインズ侯爵が、そんな金儲けを思いつくわけがない。
どう考えても、貴族たちの内情を知る何者かが、スタインズ侯爵家と後継者問題を抱える家を取り持ち、皆が得をする仕組みを動かしているとしか思えなかった。
「金に困ったスタインズ侯爵家としては、自分たちは何もしなくても、多額の金銭が手に入る上手い商売をみつけたぐらいに考えているのでしょうか?」
「そうね。名門侯爵家の跡継ぎであるオズワルド様ために、妹であるエリアル嬢はとことん尽くすべきだという考えなのでしょうね。我が子をそんな風に差別するなんて、ろくな親じゃないわ!」
よく考えれば、同じ女性が何度も婚約者を失うというのは、奇妙な話である。
だが、エリアルに「悲運の令嬢」という呼び名を与えることで、次々と婚約者が亡くなるという異常な事態も、世間には、彼女の背負った運命として受け入れられるようになった。
もしかすると、『悲運の令嬢』という呼び名を社交界に広めたのは、この一件の取り持ち役として暗躍している人物かもしれない。
「早く取り持ち役をつかまえないと、さらに悲劇が繰り返されるだけでなく、新たな『悲運の令嬢』が生まれないとも限りませんね」
「そうね。ひょっとすると、もう次の計画は動き出しているのかも――。もしかして、あなたが、わたしにスタインズ侯爵家のことを聞きに来たのは、あの家の何か怪しい動きを察知したからなのかしら?」
モーリーンの勘の良さに苦笑しながらも、ジェレミーは首を横に振った。
さりげなく水を向けてきたようだが、これ以上魔道士としての職務に関することを明かすつもりはなかった。それを見たモーリーンは、眉間にしわを寄せ険しい顔をした。
「ねえ、あなたまさか、ジェニーを餌にして、黒幕をあぶり出そうとか考えているのではないでしょうね? そんなこと、わたくしは絶対に許しませんよ!」
「そんなことは考えておりません! いや、考えたこともありませんでしたが、なるほど――。ほどほどの財産しかない我が家なら、金に困っているという噂を流せば、取り持ち役から声がかかるかもしれませんね――」
「ジェレミー、冗談だとしても、そんなこと言わないでちょうだい! 考えただけで、眠れなくなってしまうわ!」
モーリーンは、額に手を当て、椅子の背に寄りかかってしまった。
ジェレミーは、ジェニーが、王都警備騎士団の手先となってスタインズ侯爵邸に出入りしていることは、口が裂けても言えないなと思った。
グレネルは、もちろん、母親に職務に関わることなど話さないだろうが――。
「レディのお心を悩ませ、申し訳ありません。何があろうと、ジェニーにそんなおかしな婚約はさせませんのでご安心ください」
神妙な顔で頭を下げたジェレミーに、モーリーンは、疑いの眼差しを向けながらも、すこしだけ表情を緩めきっぱりと言った。
「当たり前よ。わたくしは、ずうっと前からグレネルの相手は、ジェニーと決めているの。いずれは、わたくしの役割も彼女に引き継いでもらうつもりよ」
「はぁ? では、なぜグレネルのお相手選びと思われる茶会やサロンを頻繁に催し、積極的に彼を社交の場へ連れ出しているのですか――」
ジェレミーの問いかけを、モーリーンは、貴婦人らしからぬ大きな声で笑い飛ばした。
開いた扉の向こうに控えていたクリフは、思わず扉の中を覗き込んだ。
「だって、いつまでたっても何にも進まないのですもの! 『ジェニー以外のご令嬢と結婚しなければならない』という状況へあの子を追い込んで、慌てさせようと思っているのよ。悪いけど、あなたも協力してちょうだいね!」
「は、はい――」
すっかり女丈夫の勢いに飲まれたジェレミーは、力なくうなずくしかなかった。
機嫌が直ったモーリーンは、ジェレミーにちょっとした手がかりを提示した。
「それはさておいて――。多くの貴族は、体面を保つことにとても気を配っているでしょう。投資のしくじりや借金などは、人に知られたくないわよね。だけど、貴族会議は、いろいろな方法を使って、後ろ暗いこともけっこう綿密に調べ上げているの。もしかするとこの一件の黒幕は、貴族会議のそういう情報を知ることができる立場の人物かもしれないわ」
ジェレミーは、貴族会議の秘密めいた文献室を思い浮かべてうなずいた。
あそこには、魔法の力が及んでいる。
扉が開かれる人間は、限られているはずだった――。
改めて詩のサロンの素晴らしさを讃え、夫人へ丁寧に挨拶をすると、ジェレミーはエイヴリング伯爵邸の玄関を出た。
*
戻ってきたジェレミーを、アレックスが期待を込めて出迎えた。
「ジェレミー様、エイヴリング伯爵家での詩のサロンはいかがでしたか?」
「ああ。若い女性がたくさん参加している華やかなサロンだったが、内容は思ったより真面目なものだったよ。サロンのあと、久しぶりにゆっくり夫人とお話することができた。お届けした果実酒を大変喜んでくださったよ」
「それは、ようございました――。それで、ジェレミー様のおめがねに適うような殿方は、サロンに参加しておられましたか?」
「えっ? いや、男性は夫人の親戚ぐらいで、ほかには――」
そこまで言ってしまってから、ジェレミーは、アレックスの言葉の意味に気づいた。
(そうか――。昨日、アレックスには、貴族会議を訪ねる理由をジェニーの嫁ぎ先を探すためだと言ったのだった。だから彼は、今日のサロンへの参加も、目的は同じだろうと考えたわけだ。わたしとしたことが、うっかりしていたな。さて、どう答えておこうか――)
素早く考えを巡らすと、ジェレミーは、わざとらしく残念そうな顔をした。
「ほかには――、男性はわたしだけだったんだ。だから、夫人に近況をお伝えするついでに、ジェニーの嫁ぎ先についても相談してみた。真剣に考えてくださるとのことだったよ」
「さようですか。それならば、もう安心でございますね」
アレックスは、クリフに主の世話を命じると、自分は茶の支度するために姿を消した。
自室に戻ったジェレミーは、大きな溜息をついて頭を掻いた。
(妙な嘘などつくものではないな。なんだか、ややこしいことになってしまった――。まあ、今日の夫人の様子では、近いうちにグレネルは心を決めることになりそうだ。あとは、ジェニーの気持ち次第だが、心配することはないだろう――)
ジェレミーの着替えが終わると、彼が脱いだ外出着を抱えて、クリフは部屋から出て行った。一人になったジェレミーは、寝台に倒れ込むと、夫人の言葉を思い出してみた。
< 貴族会議は、いろいろな方法を使って、貴族たちの後ろ暗いこともけっこう綿密に調べ上げているの。もしかするとこの一件の黒幕は、貴族会議のそういう情報を知ることができる立場の人物かもしれないわ >
その人物へたどり着く方法はあるのだろうか――。
もちろん、目的を悟られることなく――。
あれこれと考えているうちに、ジェレミーはとんでもないことに気づいた。
(ジェニーが暴走しないように、いろいろと調べ始めただけなのに、いつの間にか、自分で『悲運の令嬢』騒動の真相を探り、解決する気になっているじゃないか! まずいぞ、すっかりジェニーのお株を奪ってしまった。とはいえ、今さら放りだすわけにもいかないし、わたしなりに力を尽くしてみるしかなさそうだな――)
ジェレミーは、寝台から起き上がると、問題解決の決意を新たにした。
そして、いつになくワクワクしている自分に少しだけ驚いていた――。




