21.エイヴリング伯爵夫人
「まあ、ジェレミー・ダフィールド侯爵様、よく、お越しくださいましたわね! もっと早くお知らせくだされば、特別なお茶やお菓子を用意いたしましたのに――」
「ご無沙汰しております、レディ・モーリーン。突然の訪問をお許しくださり、大変ありがたく思います。いつも何かと気に掛けてくださっているのに、なかなか伺えなくて申し訳ありません」
「気になさらなくて、よろしいのよ。あなたのご活躍は良く耳にしておりますわ。お忙しいでしょうに、こうして思い出して訪ねて来てくださっただけで嬉しいわ」
ジェニーが、クレアを連れて王都警備騎士団の詰所を訪れた日のこと――。
ジェレミーは、アレックスからエイヴリング伯爵家で詩のサロンが開かれるという情報を得て、当日の朝早くに手紙を出し、サロン出席の許しを請うた。
もともと親交のある相手だが、当日の朝、突然サロンへの参加を望むというのは少々礼儀に反する。しかし、気のいい夫人は、快く承諾してくれた。
もちろん、詩のサロンに興味があるわけではなく、ある情報を夫人から引き出すことが目的だったので、夫人を喜ばせる心遣いは忘れなかった。
ジェレミーは、クリフに合図し、領地の名産品である果実酒を夫人に差し出させた。
「まあ、ありがとうございます! お母様……、レディ・イレーネは、お元気ですか?」
「はい。最近は、屋敷の庭の草花で糸を染め、編み物を楽しんでいるようです」
ジェレミーの母イレーネは、隣り合う伯爵家の生まれということもあって、幼い頃からモーリーンと親しくしていた。
それぞれが嫁ぎ、母となっても、その交流はずっと続いている。
だから、領地の屋敷へ引っ込むことになった際は、王都に残る息子たちの「お目付役」を彼女に頼んでいった。
おおらかで肝の据わったモーリーンは、兄妹に口うるさくかまってくることはない。
その代わり、実の子にするように、社交の季節には衣服を新調してくれたり、誕生日には贈り物を届けてくれたりする。
ダフィールド兄妹にとっては、第二の母のような存在だ。
「わたくしも、息子たちにさっさと身を固めさせて、庭仕事でもしながら領地でのんびり余生を送りたいわ」
モーリーンの言葉を聞いたジェレミーは、ぐるりと広間を見回して彼女の本気度を実感した。年齢にばらつきはあるものの、何人もの未婚女性が、母親や叔母に連れられてサロンに参加していた。
(まずは、夫人自らが検分し、お眼鏡に叶ったご令嬢をグレネルに引き合わせるというわけだな? これでは、さすがのグレネルも、簡単には断れないだろうな――)
グレネルは、王都警備騎士団の務めがあるということで不在だった。
ほかの男性客は、エイヴリング伯爵の従兄の息子たちぐらいだった。
ジェレミーの姿に気づいて、何人かの令嬢がざわめいていたが、詩の朗読が始まると皆そちらに集中し、彼に目を向ける者はいなくなった。
「嫁探し」のためのサロンにしては、真面目に運営されていて、朗読のあとにはきちんと出来映えを評価し合うし、テーマを決めて詩作に取り組む時間もある。
サロンの最後は、定番のお茶会となったが、くだらない噂話ではしゃぐ者もなく、詩の話をしながらお茶を楽しんだ後、すぐに解散となった。
ジェレミーは、モーリーンと一緒に客たちを見送った。
「さてと、みんな帰ったことだし、そろそろ本当の目的を聞かせてもらえるかしら、ジェレミー? まさか、本気で詩を聞きに来たわけではないでしょう? あなたは、それほど暇ではないし、詩が好きでもないわよね?」
客がいなくなったので、モーリーンは、うちとけた口調になってジェレミーに尋ねた。
果実酒で満たされたグラスや乾果を盛った器を載せたテーブルを挟み、二人は居間の椅子に腰掛けて寛いでいた。
「さすが、レディ・モーリーンが主催されるサロンです。内容が充実していましたし、洗練された集まりでした。冷やかしの客は、わたしぐらいでしたね」
「お世辞は、必要ないわ。さあ、これ以上わたくしを焦らさないで! あなたは、何のためにこの屋敷へ来たのかしら?」
ジェレミーは、思ったことを正直に伝えたつもりだったが、モーリーンは、明らかに機嫌を損ねていた。女丈夫は、回りくどいことは嫌いなのだ。
「昔から、あなたに嘘や誤魔化しは通じないとわかっています。だから、お世辞などではありません。ただ、別の目的があって伺ったのは、確かです」
「やっぱり! ジェレミー、その目的を早く聞かせてちょうだい」
モーリーンは、新しいおもちゃを見つけた子どものように、きらきらと瞳を輝かせている。
詩のサロンの目的は、「嫁探し」だけでなく、彼女の暇つぶしでもあったらしい。
ジェレミーは、彼女の衰えを知らぬ好奇心に苦笑しながら、訪問の目的を打ち明けた。
「あなたは、社交界の内情や各貴族のお家事情にお詳しいと評判です。もしかすると、『貴族会議』の内偵員なのではないかと噂している者もいます」
「まあ! それは、あまりいい評判でも、いい噂でもないわね!」
モーリーンは、おかしそうに笑うと、グラスを手に取り果実酒を口にした。
「どうせ社交の場でのたわいない話のようですから、お気になさることはありません。ただ今日は、そんな噂話でも、ちょっと頼ってみたくなりまして伺いました。レディ――、もしスタインズ侯爵家の内情についてご存じのことがありましたら、教えていただけませんか?」
「スタインズ侯爵家ねぇ……。ジェレミー、まさかあなた、『悲運の令嬢』の次の婚約者の座を狙っているんじゃないでしょうね?」
「えっ!?」
珍しく慌てた顔をしたジェレミーを、モーリーンは、さらに笑みを深め見つめている。
小さく咳払いをした後、ジェレミーは、真顔に戻ってモーリーンを睨んだ。
「ごめんなさい、冗談よ! グレネルと違って、あなたときたら、いっつも泰然自若としているのだもの。ちょっと狼狽えるところを見てみたくなったの。悪かったわ」
「いえ、婚約者の座を狙ってはいませんが、『悲運の令嬢』に関することを調べているのは本当です。職務に関わることですので理由は言えませんが、彼女について調べれば調べるほど、本当に『悲運』だったのか疑問に思えてきまして――」
グラスに残っていた果実酒を飲み干すと、モーリーンは、それを両手で優しく包んでテーブルへ戻した。彼女の顔から笑みは消え、愁いを帯びた表情になっていた。
「確かにね。スタインズ侯爵家は、由緒ある名家ではあるけれど、先代が時流に乗れなかったこともあって、現在の懐事情はかなり厳しい状態にあるらしいわ」
「王都屋敷や別邸の維持費だけでも、かなりかかりますよね。どちらも手放すのは、なかなか難しそうです」
王族の訪問や滞在に備えて建てられた豪勢な王都屋敷や武勲により王家から拝領した土地は、王家の手前、簡単には処分できない。
当世、鉱山開発・海運業への投資などで財を築く貴族は少なくないが、「由緒ある家柄」を誇る者は、そうした行いを「貴族にあるまじき振る舞い」と断じて、侮蔑の目を向けたりする。
スタインズ侯爵家も、そうした「名家」の一つと言えた。
「十五年ぐらい前だったかしら、ご長男のオズワルド様の全寮制の貴族学校入学が決まったのだけど、王族並みに複数の侍女や近侍を付けて、特別寮に入ることにしたのよ。あのお宅にそんなお金があるのかしらと思っていたら、エリアル様のご婚約が決まったから、『ああ、その支度金を回すつもりね』って納得したわ」
「そのときの婚約者であるレイモンド・リオーダン殿の家は、領地の実入りもいいし、王都で様々な優良事業に投資をしていましたからね。支度金だって、相当な額だったのでしょう」
だが、船遊びでの事故があって、レイモンドは亡くなり婚約は解消された――。
普通なら、見舞金を上乗せして、支度金を返すことになる。
「レイモンド様は事故で亡くなったけれど、支度金の返還は求められなかったようね。エリアル様を案じて、リオーダン侯爵家側から多額の見舞金が届いたという噂もあったわ。そのおかげで、オズワルド様は特別寮での暮らしを続けられたんだと言われていたわ」
「スタインズ侯爵家にとっては、まさに『幸運の令嬢』ではないですか?」
レイモンドの死は、リオーダン侯爵家とエリアルだけでなく、スタインズ侯爵家にも幸運をもたらした。そして、おそらく、その後の二人の婚約者の死も、同じようにスタインズ侯爵家を潤わせることになったのだ。
「そうね。オズワルド様は、妹の婚約者の死によって得た見舞金で、貴族学校を無事に卒業し、『王太子殿下のご学友』という立場も手にしたわ。今は、殿下の侍従として出仕しているけど、出世は保障されたようなものよね。彼には、王弟殿下のご息女との婚約の噂もある。そうなったら、またまたお金が必要になるわ。だから、まあ、能力は高くてもほどほどの財産しかないあなたでは、エリアル様の四人目の婚約者にはなれないでしょうね」
話をまとめると、モーリーン・エイヴリング伯爵夫人は、「良かったわね」と言いながら、再びジェレミーに笑いかけた。




