15.スタインズ侯爵邸再訪
「ジェニー様、スタインズ侯爵邸へ伺う前に、侯爵様から訪問のお許しをいただかなくて本当によろしいのですか?」
玄関へ見送りに出てきたアレックスが、心配そうな顔で尋ねた。
訪問先に事前の連絡もせず突然訪ねていくのは、あまりにも不作法である。
今日もジェレミーは、朝から私用で外出している。
留守を預かる執事としては、ジェニーの怪しげな行動を見逃すわけにはいかない。
「訪問というほどのことではないわ。お見舞いの品を届けるだけだから」
「そう言いながら、玄関先でめまいを起こして、お屋敷に上がり込んだりしませんよね?」
「あら!? そういう方法もあったわね!」
「ジェニー様!?」
慌てふためくアレックスを見て、ジェニーは、「プッ」と吹き出した。
「ウフフフッ、冗談よ! 本当の本当に、エリアル嬢のご様子を伺いに行くだけよ。伏せっておられると聞いたのに、お見舞いの品を届けない方が不自然でしょう? いちおう彼女のピアノ教師として、採用していただいたのだしね」
「確かに、おっしゃるとおりですが――」
アレックスは、ジェニーの後ろに、自分は関係ないような顔で立っているグレネルをじっと見た。目線を合わせてこないのは、「悪巧み」に荷担しているからに違いない。
「グレネル様、ジェニー様をよろしくお願いいたします。誠実なる紳士として、お嬢様を必ず当屋敷まで送り届けてくださいませ」
「は、はい。ジェ、ジェニー嬢のことは、どうぞわたしにお任せください」
最後の方は、やや声が小さくなっていたが、グレネルにきっちり約束させたことで、アレックスは、執事としての落ち着きを取り戻した。
ジェニーとグレネル、そしてクレアが乗り込んだ、王都警備騎士団の馬車を玄関前で見送ると、心優しい執事は、遠方へ出かけている主のために、天候が崩れないことを祈ろうと空を見上げた。
*
ジェニーたちの馬車が最初に向かったのは、王都の商店街だ。
外れにある馬車溜まりに馬車を止めると、ジェニーはクレアを連れて花屋へ向かった。制服姿のグレネルは、商店街の巡回でもしているような様子で、少し後ろからついてきていた。
王都の花屋は、もともとは神殿や王宮、貴族の王都屋敷の装花などを主な仕事としていたが、人々の生活が豊かになるにつれ、贈り物や屋内装飾として一般市民にも花を売るようになった。
町の市場にも小さな花屋はあるが、商店街の花屋は特別で、外国から運んできた花やある種の魔術を使って加工した花なども扱っている。
ジェニーは、店の前に立つと、そこに並べられた花々をさっと見渡した。
店先には、赤や黄色、橙色、桃色などの鮮やかで豪華な花々が飾られていたが、ジェニーが探していたのはそれらではなかった。
揉み手をしながら近づいてきた店員に、ジェニーは尋ねた。
「青い花だけで花束を作って欲しいのだけど、どんな花があるかしら?」
「青い花ですか? それは、染めたものでもよろしいでしょうか?」
「いいえ、染めた花はダメよ。ちゃんと、青い蕾から花開いたものでなければ」
困った顔で店内を見回す店員の後ろから、野良着姿の少女が顔を覗かせた。
近隣の村から、花屋へ花を納めに来た園芸農家の娘のようだ。
彼女は、両腕で、多種多様な青色の花を抱えていた。
「リーリカ、勝手に店の方へ来てはいけないよ。荷下ろしがすんだのなら、後片付けをして荷馬車へお戻り!」
高級店には場違いな者の登場に、店員は声を荒げて注意をした。
だが、商機に敏感な娘は、店員に言い返した。
「でも、このお客さんが、青い花が欲しいって言っているのが聞こえたから、こういうのはどうかなと思って――」
「青くても、こんな薬草みたいな花では役に立たないんだよ。これは、市場にでも持っていって買ってもらいな。この店では、もっと豪華で立派な――」
「待って!」
ジェニーは、言い争う二人の間に割って入ると、リーリカが抱えていた花を取り上げた。
ボリジやラングワート、ローズマリーなどは、確かに薬草だが、ペンステモンやアンチューサ、ヤグルマギクなど、野趣溢れる青色の花がほかにもいろいろと混ぜてあった。
それは、あのスタインズ侯爵邸の愛らしい庭を切り取ったような花束だった。
「これよ! わたしが探していたのは、こういう花束なの。お代は、リーリカに払えばいいかしら? この花束にぴったりの青いリボンを付けてくれるなら、こちらの店にもリボン代としていくらか支払ってもいいわ」
あっという間に話はまとまり、リーリカは銀貨を手にし、店員には青いリボン一巻き分の代金が支払われ、ジェニーは思い描いていたとおりの花束を受け取った。
支払いを終えて、クレアは大きな溜息をついたが、ジェニーは大満足で店を出た。
三軒ほど先の鞄店の前で、道を尋ねてきた老人に丁寧に説明しているグレネルを見かけ、ジェニーとクレアは手前でしばらく足を止めた。
何度も礼を言って老人が立ち去るのを見届け、ジェニーはグレネルに近寄った。
「お待たせしたわね、グレネル様! さあ、スタインズ邸へ向かいましょう!」
「は、はい……」
花束を抱え、笑顔で馬車溜まりへ向かうジェニーを、グレネルはうっとりと眺めていた。今日の彼女の灰青色のドレスに、青色の花々で作った花束は似合いすぎていた。
彼女を追ってきたクレアに軽く小突かれ、ようやく我に返ったグレネルは、「お待ちください!」と叫びながら二人の後に続いた。
スタインズ侯爵邸まで、あと二区画ほどというところで、グレネルは御者に命じて馬車を止めさせた。
打ち合わせでは、ジェニーとクレアはここで馬車を降り、グレネルが侯爵邸の訪問を終えたあとで、歩いて訪ねてくることになっていた。
「執事には、その後ミエスの兄夫婦や知り合いなどが来ていないか、嫌がらせのようなことをされていないか様子を見に来た――と言ってね。そして、このまま何ごともなければ、この件は解決したということで、王都警備騎士団は、これ以上の調査はしないと、屋敷内に響くような大きな声で宣言して欲しいの。お願いできるわね、グレネル様」
「わかっています。わたしの言葉で安心した屋敷の者たちが、油断してぼろを出すかもしれない――ということですよね?」
「『ぼろを出す』というのとは、少し違うかもしれないけれど、何らかの動きがあると思うの。そこへ花束を持ってわたしが訪ねて行けば、もしかしたら――」
もしかしたら、エリアルが姿を見せるかもしれない――。
エリアルに会えれば、きっと様々なことが明らかになる――。
馬車から降りたジェニーは、期待と不安を胸に、彼方にそびえるスタインズ侯爵邸を見つめていた――。




