14.青いリボン
その翌日――。
オーガスタスの言葉通り、グレネルがダフィールド侯爵邸を訪ねてきた。
ジェレミーは、朝から王宮へ出かけている。
ジェニーは、珍しく外に出て、昨日買ってきた勿忘草を花壇に植えていた。
出迎えに出たアレックスと共に、グレネルは中庭までやって来てジェニーと対面した。
「こんにちは、グレネル様。いいお天気ね」
「あ、はい、こんにちは、ジェニー嬢。ええっと、ほ、本当に、園芸日和の好天ですね!」
つば広の白い帽子、土で汚れた布手袋、簡素なドレスに前掛けという、近頃上流階級の婦人たちの間で流行っている「園芸」にぴったりな服装が、あまりにもジェニーに似合っていたので、グレネルはどぎまぎしながら挨拶をした。
流行っていると言っても、ほとんどの婦人は、植え付ける草花を選んだり、花壇のどこに植えるかを決めたりすれば終わりで、実際の庭仕事は下僕任せだ。
だが、手袋を土まみれにして、鼻の頭に土を付けているところを見ると、ジェニーが自分で土いじりをしていたことは明らかだった。
形だけでは満足せず実際にやってしまうところが、いかにも好奇心が旺盛な彼女らしいと感じ、グレネルは思わず微笑んだ。
「あら、グレネル様、いらしていたんですか? それなら、水運びはお願いすれば良かったですわね、お嬢様!」
井戸の方から現れたクレアは、「よっこらしょっ」と言いながら、水でいっぱいの桶を地面に置いた。
そして、この後の仕事は任せたと言わんばかりの目つきで、グレネルを見た。
結局、ジェニーが植え付けた勿忘草に、柄杓のような大きな手でグレネルが水をかけ、貴婦人の庭仕事はそれらしい形で終わったのだった。
(これでよし! 大切なお嬢様には、力仕事も汚れ仕事も相応しくないわ! そういうことは、お嬢様の将来の公私にわたる下僕候補が引き受けるべきことよね!)
クレアは、グレネルに素早く会釈し、桶をぶら下げて井戸端へ返しにいった。
ジェニーは、手袋を外し前掛けのポケットに収めると、グレネルに微笑みかけた。
「ありがとうございます、グレネル様。ちょっと着替えてきますから、居間でお待ちになっていてね。アレックス、お茶の準備はできているわよね?」
「もちろんでございます、ジェニー様」
「では、のちほど」
ジェニーは、鼻の頭に土を付けたまま、優雅にお辞儀をしてグレネルを見送った。
グレネルも丁寧にお辞儀を返し、アレックスと一緒に玄関へ向かった。
*
アレックスが隙のない所作で淹れた、ほどよい温度の茶を飲みながら、グレネルはオーガスタスから言われたことを思い出していた。
「なぜかはわからないが、ジェニー嬢は、スタインズ侯爵家で起きたことをある程度把握しているようだ。もしかすると、ジェレミー殿が関わっているのかもしれないな。そうであれば、滅多なことでは口外できない内容なのだろう。グレネル、君はあの兄妹とは長い付き合いだと聞いている。どうかジェニー嬢に手を貸し、ミエスに何が起きたのかを明らかにして、この案件を解決へ導いてくれ」
グレネルは、本来なら王都警備騎士団が解決すべき奇妙な案件に、何の関係もないジェニーを巻き込んだことをたいそう申し訳なく思っていた。
だが、どうやらオーガスタスは、ジェニーの才能を見抜き、このまま最後まで彼女に関わってもらうことに決めたらしい。そして、彼女の助手役に彼を指名してくれたのだ。
(母上は、茶会や観劇、夜会への参加の予定を立てていたが、こうなってはとても付き合いきれないな。王都警備騎士団副団長としての務めが、何よりも大切であることを話して、お一人で出かけていただこう)
グレネルは、母に請われ、サロンや音楽会などに何度か付き添っていたが、その意味をよく理解していなかった。
美術館を訪ねた後、母の友人らしき女性や彼女の娘と一緒にティールームへ行ったときは、珍しい焼き菓子を次々とほおばり、女性たちの会話に加わることはなかった。
何が気に入らなかったのか、帰りの馬車の中で母はずっと黙っていた。
社交が不得手というわけではないが、それよりも仕事の方に面白さややりがいを感じているグレネルは、任務の忙しさを理由に母の誘いを断ることができるのをちょっと喜んだ。ジェニーと組んで任務に当たれるのも、何だか楽しみだった。
思わず顔がほころびそうになって、彼とアレックス以外誰もいない居間で、わざとらしく大きな咳払いをしてしまった。
「お待たせいたしました。お嬢様の準備が整いました!」
グレネルが、三杯目の茶を飲み終え、四つ目の焼き菓子を手に取った時、クレアの元気な声がして、開いていた扉からジェニーが入ってきた。
先ほどまでとはまったく違う、灰青色の大理石模様のドレスを身にまとっていた。
後ろで一つにまとめた髪には、青いリボンで作った花が飾られていた。
ジェニーは、グレネルの向かいに座るとにっこりした。
「お待たせしてごめんなさい。でも、お約束通り美味しいお茶やお菓子を十分に味わえたようだから、それで許してちょうだいね。まずは、昨日庭師組合を訪ねて、新たにわかったことをお話しするわ」
ジェニーは、組合長のグリフォードを探し、初めて王都へやって来たジェシー・オルグレンを名乗り、王都の庭師たちの確かな技術を誉め称えてから、偶然見かけたスタインズ侯爵邸の素晴らしい庭を世話する有能な庭師として、彼からミエスの名をきき出したことを話した。
「失礼ですが、ジェニー嬢、兄夫婦からの聞き取りで、すでに見習い庭師がミエスという名であることはわかっていたはずです。わざわざ組合へ赴くまでもなく――」
グレネルの言葉を聞いたジェニーは、少しだけ唇を尖らせ、首を横に振った。
「そういうことじゃないわ。あなた、わかってないわね!」と言われたような気がして、グレネルは途中で黙ってしまった。
ジェニーは、一呼吸置いてから、声を落として語り始めた。
「警備騎士団のカイルから、ミエスが真面目で人から好かれる少年であったことは聞いていたわ。実はね、スタインズ侯爵邸の庭には、とても愛らしく美しい一画があるの。組合長と話すうちに、そこが、ミエスがエリアル嬢のために、彼女が好きな青い花ばかりを集めて植えた場所であることがわかったのよ」
「そ、それは、もしかして、エリアル嬢とミエスが、特別な間柄で――」
急におろおろし始めたグレネルを見ながら、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、ジェニーは髪に飾ったリボンの花に触れた――。
「そうね――。二人は、主と従僕という間柄を越えた、何か特別な関係ではあったのだと思う。だから、ミエスのことをきちんと知るためには、エリアル嬢に会う必要があるの」
「しかし、伏せっておられるのでは、すぐには会えないと思いますが?」
「伏せっているというのは、たぶん嘘だわ――。屋敷のどこかで、わたしのことを見つめているような気配があったの。あれは、もしかしたらエリアル嬢だったのではないかしら? ねえ、グレネル様、明日わたしに、あなたのお時間とお力を貸してもらいたいのだけど」
「えっ!?」
ジェニーは、クレアに命じて、美味しいお菓子とお茶をたっぷり追加したあと、明日の計画についてグレネルに打ち明けた――。




