砂漠の一夜
水場町を出て1日、シンカ一行は長大な河に辿り着いた。
砂漠地帯を北東から南東に横切るこのレヒレ川を中心にこの砂漠地帯は成り立っている。
農作物は全てこの川の流域で栽培され、水も全て此処から用立てる。
ムスクアナ王国の王都に到着すると、その日の宿を取る。
ルダは周囲の白い砂と同じ色の石材で作られた街で、地下水を組み上げる井戸に、その地下水を吸い上げる椰子などの高木が所々生えている。道は舗装されずやや歩きづらい。
その日もいつも通り酒を飲みに繰り出した3人だったが、そこで面白い情報を入手した。
何でも目的地のグリューネ王国は近年まで壮絶な内乱が繰り広げられており、半年前に漸く統一がなされたとのことだった。
王族を含めて7つに国を分けた戦いだったと言う。
当時権威を失っていた国王が崩御し、まだ10代の王子が王位を継承すると、その若さに見合わぬ能力を発揮し始める。
王子アルベルト・アドゥーが国王となってから、次第に派閥争いを行なっていた官僚が従い始め、軍人がこうべを垂れたのだと言う。
僅か数年で足場を固めたアルベルト王は独立の意思の硬い6つの領地と戦い、1つずつ軍勢を破り祖国の再統一を成し遂げたのだと言う。
薬の需要がありそうな国である。
ルダからレヒレ川に沿ってムスクアナを西南に進んだ。川は蛇行していたが足元には下草が生え、まだ森と呼ぶには早い疎らに生えた木々があり体感温度も低く砂漠を横断するよりも遥かに楽な道中となった。ルダから南下して6日、レヒレ川が大きく西に折れた地点で川沿いの道を逸れて真南へ進路を取った。グレンデーラを出て実に28日にして漸くシンカはグリューネ王国に入国することとなった。
入国して1日で白く日を反射していた砂漠はひび割れた大地へと姿を変え、所々立ち枯れて黒ずんだ木々が時に忘れ去られたように残っている。遠方には丘のように聳え立つ赤茶けた砂丘が見える。
まるで影絵のような風景で、自分が絵本の中に入り込んだような奇妙な感覚に囚われる。
ナウラは口を僅かに開け、その景色に見入っていた。
僅かに見える前歯が少し間抜けに見えた。
何に興味を持つのか判然としないヴィダードも無言のまま景色を見つめていた。
それ程現実感のない幻想的な風景であった。
シンカ自身グリューネ王国に踏み入ったのは初めての経験で、過酷な旅ではあったが訪れて良かったと考えていた。更に2日南下する内に立ち枯れていた木々が合歓木に変わり始める。進む内にその頻度は次第に多くなり到頭森と呼べる程の繁茂具合へと変化を遂げた。
徐々に、魍魎の気配を感じ始める。慣れ親しんだ気配だった。
生息する魍魎の痕跡を調べ、知識がある事を確認すると森の狭間の道を探した。
グリューネに入り3日目、とうとう一向はグリューネの大都市ボニに到着した。
宿を取り旅の垢を落すべく風呂を借りる。この近辺は水に余裕が無い為に泥を身体に塗り込み、乾燥した後に払い落とす形態の風呂である。
貸し切って3人で赴く。
泥が溜められた浴槽から桶で泥を掬い肩から掛けて塗りこめる。
泥を身体に塗り込んでいると、垢が落ちて行くのが分かり気分が良くなる。
背中に貼り付こうとするヴィダードを退かして浴槽脇の板張りされた場所に横になった。
「先生。泥を塗って汚くはならないのでしょうか?余り良い印象はありませんが」
「この泥が汚れや脂を取り除く。ここの泥は擦ると垢すりも出来るな」
「成る程、有難うございます」
3人で横になる。
強めの日差しが徐々に泥を乾かしていく。
「長い旅でした」
「高々一月だろうが。森の深層、齢の森に一月も潜ることと比べればこの程度蒸留酒前の麦芽酒に過ぎん」
「此方のお酒も悪くはありませんが、私はグレンデーラの白麦芽酒が一番好みです」
「私はお酒は余り好まないわぁ。すぐ頭が痛くなってしまうの。でも果実水は里には無かったけれど、爽やかで、甘くて好きねぇ」
「飯は口に合わんな。香辛料が強過ぎる」
「私も同じく。此方もグレンデーラの方が好みでした」
「あなた様に出会うまでお金が無くて碌な食事をしてませんでしたけど、この辺りの豆料理は好きねぇ」
「飯ならグレンデーラよりも西方の国、コブシの料理の方が好みだ。肉は美味いが、最近胃がもたれる」
「成る程。酒の方は如何でしょうか?」
「白丸米から作られた米酒が主流だ。他の酒は無いが、麦芽酒同様に微妙な製法や白丸米の種類によって多種多様な種類がある。酒精は葡萄酒程度で、飲みやすい酒だな」
「行ってみたいです」
「前に温泉の話をしたと思うが、あれはこの国に多い。山岳が多く、火山地帯で湯が沸いている。俺は将来あの国に定住しようと思っている」
「ヴィーもあなた様と一緒です!」
「うん。あそこの食事はヴィーに向いているかもしれん。肉は稀に鶏肉を食す程度で、魚や野菜が殆どだ。味が薄いからナウラには向かんかもな」
「!?」
冬のグリューネは過ごしやすい。
やや傾き掛けた陽が仰向けになっていると確認できる。
「ではヴィーはコブシの料理を学び毎日あなた様にお出しします」
「うん。いいなそれは。いいな。お前は俺の事を見ながら息を荒げたり発情しなければもっと気を許せるんだがなぁ」
「そんなっ。あなた様の声を聞くだけでヴィーは……」
「それを止めろと言うのだ。その発言を。黙っていればいいだろうが」
「私は如何ですか」
「うん。なんと言うか、与えたものを全て食べているのを見ると愛玩動物然としていて恋人とはぐっ!?」
脛に痛みが走る。
痣もつかないような威力であるが、口を閉ざすには十分な絶妙な攻撃である。
「シンカが食と酒の楽しみを私に刷り込んだのです。責任を取って頂きたいです」
「責任ならもう取っているだろう。恋人や嫁にならんでも俺が死ぬまでは世話はすると言うのに。お前らの種族はよく分からんなぁ」
全身に泥を塗り込み3人並んで仰向けになる様は、側から見ればどの様に映るのか。
「そういえばグレンデーラに初めて着いた時は乳を触らせてくれと言ったら断られたが、今なら断られないのか?」
「お望みとありましたら」
「うわあっ」
「何ですか。幾分か失礼な響きを感じましたが」
えも知れぬ違和感に思わず声を上げるとすかさずナウラからの追求が来る。
「ヴィーも是非っ」
「お前、無いだろ」
「ありますっ!?」
「いやいや、こう見ても平原に粒がある様にしか見えんが」
「まさかあなた様に見られてこんなに嫌な気持ちになるなんて思いも寄りませんでしたぁ」
泥が塗られた胸部を確認し戦力の違いをまざまざと見せ付けられたヴィダードの瞳からはらりと一筋の涙が零れ落ちた。
「シンカ。貴方の夢は何ですか?」
「突然だな。弟子を育てるのは義務だ。その後はコブシに定住し、温泉付の家を建てて住む。嫁は5人、子供は15は欲しい」
「思ったよりも具体的で驚きました。ですが宜しいのでは無いでしょうか。強い男が多くの妻を娶り、子を多く成すのはワキルフの民に始まる毛族やダゴタの民に始まる角族、それにバンタヤの民ら鱗族では当然の事。私達も1人に絞られ、自分が貴方と結ばれないことよりはそちらの方が良いです」
「私はシンカ様と2人っきりがいいわよぉ」
「それはあり得ませんね。現時点で好感度は私の方が明らかに高く、ヴィーは色物扱いです。貴女は私を尊重しお零れに預かれるよう敬いヴィーとは異なりよく凝る肩を揉むべきです」
「おのれッ?!オノレ肉娘ッ!」
「ヴィー。五月蝿い」
何処か勝ち誇って見える右側の無表情の頰を引っ張り叱る。
泥が次第に乾いていく。
「そう言えば、この泥は肌に潤いをもたらすと聞く。グリューネの女性は毎晩顔にも塗る為、大層肌艶がいいそうだ」
言うと僅か瞬きの間に両脇の2人が顔に泥を塗りたくり始めた。
その剣幕にやや恐怖すら覚える。
「そんなにしなくても2人とも十分美しいと思うが」
「っ?!ぁっ………」
ヴィダードがびくりと震えた。
本当にやめて欲しい。
「確かにイーヴァルンとエンディラの民は他民族に比べ長寿でありますが、衰えはあります」
「ヴィーは歳いくつだ?」
「ヴィーは未だ42年しか生きておりません。ぴちぴちの乙女ですよぉ」
「えっ」
シンカはそれ以上言葉にできなかった。
「あなた様はお幾つなのですかぁ?それ程の知識と強さ。70程かとお見受けしますが」
「26」
「………」
「ナウラは最近18になったのだったか?」
「ええ。一月ほど前に」
「………」
泥塗りの顔でヴィダードは口を開かなくなった。
「おいヴィー。お前これからどうするつもりなんだ」
「………」
「俺たちはナウラの修行の一貫で森の深くに入る。イーヴァルンの民は他の種族に比べて森には慣れていると思うが、それでも中層程度が関の山だろう」
「………いきます」
小さな声で返事が返される。
「だが知識が無いとついては来れない。俺の弟子になって貰わなければならない」
「………なります」
こうしてシンカは2人目の、歳上の弟子を得ることとなった。
「歳上の弟子か。妙な気分だ」
「言わないでくださいっ!」
装備を整えてやらねばと考え、必要な素材を思い浮かべていると漸く泥が乾いた。
起き上がり泥を払い、最後に濡れた布切れで全身を拭っていく。
女性2人を見ると無言で顔を見合わせている。
いつもの喧嘩では無い様だが、不穏なものを感じた。
「どうした」
「いえ。何もありませんが」
「無いですよ?」
明らかに怪しい。程度は極々軽いものだが、経験に基づく身に降りかかる危険を察知する勘が働いていた。
然し追求も出来ず、放置する事になる。
それが後悔に繋がるとは予想すらせず。
風呂を出て部屋に戻る。
取った部屋は相変わらずのシンカ一部屋、女2人で一部屋である。
この街には少し長めに滞在する予定である。
アガスタ以南の民族は肌色がナウラよりも濃い艶やかな焦げ茶色をしている。
日に当たらない為か掌は宍色で、金銭のやり取りなどで目を引いた。
衣装は頭まで覆う長衣の貫頭衣で、男性は青、女性は白を身に纏っている。
衣服を買い求めて身に纏う。
薄手の生地の為、陽射しが強く気温は高いものの風通しが良く涼やかに感じられる。
ナウラは白い貫頭衣を着込んでいたが、褐色の肌と白髪が相まって人目をひく出で立ちとなっている。
以前与えた紅い髪留めをしており、映えている。
ヴィダードは衣服と肌色が余り変わらず、煌めく薄い麦色の髪と空色の瞳が際立っている。髪が柔らかくふわふわと風に浮き思わず触れたくなる。
ヴィダードがナウラの髪留めを指差しシンカの青い衣装の袖を引いた。
「なんだ」
「ヴィーもあれが欲しいです」
「あれは売っていないと思うが」
「あなた様に選んで頂ければヴィーは幸せです」
女性は面倒だ。
日が暮れ始める中町を練り歩く。
この街の商人は床に直に座り、白い敷き布の上に商品を並べている。
ぷらぷらと見て回ると装飾品を取り扱う露店を発見する。何軒か見て回るが余り良いものを扱っている店はない。
グリューネ近辺は鉱石が良く取れるが、ヴィダードに合いそうな鉱石は思い当たらなかった。
有っても皮膚に触れると肌を溶かす有害な水晶くらいか。
その日の買い物は諦め、酒場で飯を食べ始めた。
飯を食べ始めるとほろ酔い加減の中年の男が絡んできた。
ちりちりの縮れた茶色の髪に浅黒い肌。恐らくこの辺りの種族であるネラノ人とクサビナ等の大陸中央に分布するアガド人の混血だろう。
ナウラよりやや濃い肌色である。
目付きは鋭いが、酔いで眦が垂れている。
「おおおっ、にいちゃんアガド人か!珍しいなぁ!」
中年男が自分のお勧めだと言い、酒を3つ注文した。
出されたものは口に入れると気泡が泡立つ発泡水に混成酒を混ぜたものだった。
「いやぁにいちゃん、おじちゃんと飲んでくれてありがとね。おじちゃん友達少ないんだよね。ていうかいない」
中年男酔いどれはオスカルと名乗った。
シンカとオスカルはものの考え方が似通っており、すぐに意気投合した。
「シンちゃんこんどおじちゃんの家に遊びに来てよ。美味しいご飯たくさん出すよ!」
「オスちゃんのいえは何処にある?」
何故か今日は余り酒を飲まずにシンカに酌を行うナウラと、ぴったり横に張り付き酒の注文を繰り返すヴィダードに挟まれていつもより早い配分で酒を飲み、一刻も経つとオスカルと同程度以上に酔いが回っていた。
「オスちゃん王都のイラにすんでるよ。遊びにきてね。絶対だよ!」
「ああ……いく。いくよ。うん」
「それにしても美人な恋人2人もいて凄いねえ。でもおじちゃんの奥さんも美人でね。優しいんだよ」
「おすちゃんけっこんしてるのか。よめはなんにん?」
「おすちゃん2人の嫁がいるよ。子供ももう4人いてね」
次々と頼まれる酒を延々と空けていく。
既に10杯は空けていた。
「よめふたりはなかいいのか?」
「仲良いよ。2人で買い物行くし。たまにおじちゃんの事2人で苛めるんだ」
「なにっ、ひわいなひびきだっ」
「へへへ。そりゃ夫婦だし」
視界がぼやけている。完全に酩酊一歩手前だ。呂律も回らないし恐らく真っ直ぐ歩けないだろう。
気分は高揚し、先程からずっと笑っている気がする。
二刻経たないうちにシンカの記憶は無くなった。
寝台に横になった。
自ら横になったのではない。
誰かがシンカの身体を支え、寝台に寝かしつけたのだ。
干し草に似た柔らかい匂いが香る。
この匂いは覚えがある。名前が出てこない。褐色肌の女だ。
服が脱がされた。肌に直接外気が触れ、心地よさを感じた。
別の匂いが香る。豊かな土の匂いだ。この匂いも覚えがある。雪のように白い肌の女の匂いだ。
どちらの匂いもシンカは好きだった。
頰が撫でられる。ゆっくりと。
慈愛を感じた。
唇に柔らかい物が触れる。
女の唇か。
最近は女を抱いていない。商売女を最後に抱いたのは2月以上前だ。
落とされた唇に吸い付いた。
接吻を交わしたのはいつぶりか。
下唇を甘噛みし軽く吸う。女は小さく鼻にかかった声をあげた。
その初心な反応に興奮を覚えて貪るように接吻を繰り返していると身体に触れられる。
接吻をしている女の手は両頬に当てられている。
別の女が触れているのだ。
目を開くが視界が滲み、また意識も朦朧としており目前の物事を認識できず、再度目を閉じた。
全身を丹念に撫でられ次第に興奮し始める。
上手く頭が働かない。そう言えば酒を飲んだのだった。此処まで配分を乱したのは初めてだ。
朦朧とした意識のまま訳も分からずされるがままになっているうちにシンカは再び意識を失った。
シンカの寝起きは悪くない。
森で寝起きが悪ければ問題しかないので当然と言えば当然である。
僅かな物音、気配。そう言ったものに寝ていようとも気付けなければ到底命は無い。
昨日はオスカルという男とともに酒を飲み、如何やら飲み過ぎて泥酔してしまったようである。
オスカルは理知的で価値観がシンカと似通っていた。もしかしたら名のある男かもしれない。
随分と酔ってしまったようで如何やって此処に来たのか全く記憶がない。恐らく此処は宿の一室だろう。
自分がいる場所を確認しようとした。
「ん?!」
左にナウラの顔が見える。
部屋は2つ取ったはずだ。お互いに酔っていて同じ部屋で寝てしまったか。
いや、それにしては違和感がある。
慌てて起き上がると何も身に纒わぬ自らの身体が目に止まった。
身体が汗ばんできた。
ナウラの身体に掛けられた薄布をちらりと捲る
「………」
布の下は滑らかな褐色で埋め尽くされていた。
「っっっ!?」
目を見開き嘗てない勢いで息を飲んだ。
頭部、顔面より血の気が引く感覚を味わう。同時に後頭部を殴られた様な衝撃を感じた。
「ん?」
左側に気を取られて右側の気配を失念していた。
中々思う様に動かぬ首を、時間を掛けて回すと右側にはヴィダードの顔が確認できた。
必要性は感じなかったが、念の為ヴィダードが掛けている布を捲ると案の定裸体を確認することができた。
「………」
溜息をつくと身体を寝台に横たえた。
口の中に苦味が僅かに残っている。薬だ。この味は男を興奮させる作用がある薬のものだ。
面白半分でナウラに教えた事がある。
酒の配分も意図的に調整され、酔い潰れるように酌をされたのだ。
完全に嵌められた。
このような手に出るとは。
立ち上がり自身の最高速度で薬の調合を行う。
その薬を蜂蜜と混ぜて2人の口に流し込んだ後寝台に横になり、ついでにナウラの乳房を揉んだ。
ナウラの豊かな乳房を掴みつつ惰眠を貪っているとナウラが身じろぎをした。
「……ふふ」
シンカが聴いたことのない、慈愛に溢れた、ごく控え目な笑い声だった。
普段は笑わぬこの女が、目を閉じたシンカの顔を見詰めて微笑んでいるのだろう。
これがお導きか。
この女は己の事を愛しているのだと実感した。
世の女性は好意を示して来る相手に居丈高な態度を取る卑劣漢と、シンカをそう評価するのかもしれない。
だが御導きという文化、肉体や心身に影響を及ぼす現象を体感出来ないシンカには難しいことでもある。
彼女達を粗略に扱って来たつもりもない。きちんと正しく、守っていた自負もある。
其れに、あの鉄面皮のどこをどう見て自分への感情を慮れと言うのだ。
シンカの頰が撫でられる。
そう言えば昨晩誰かに頰を撫でられた記憶がある。これはナウラだったか。
その挙動でナウラが自分を正しい形で愛していたのだと、シンカは漸く知る事ができた。
四半刻もそうしてされるがままになっていると、新たに湧く感情もある。
確かにシンカはナウラを愛している。ついでにヴィダードも可愛がっている。
だがそれは異性に対する愛ではなかった。関係性を見つめ直す時間が欲しかったのだ。
ヴィダードはともかくナウラにはシンカの意図は伝わっていたはずだ。彼女は聡明であるし、第一にお互いの事を誰よりも理解していた。
だが彼女は待てなかったのだ。力づくでもシンカを振り向かせたかったのだ。
聰明な彼女がシンカの意思を理解した上で捻じ曲げる程には気が急き、 そして狂っていたのだ。
「………シンカ。シンカ。愛しています。貴方を愛しています」
寝台に雫が滴る音がする。泣いているのか。其処までなのか。
出会って半年と少し。それ程までに好意を他人に抱けるものなのか。
民族由縁のものなのか。
分からない。
シンカには分からない。
だが。
出会った時に身体を背負い、戦の前に人生を背負った。
ナウラの師としてその生涯は既にシンカにかかっているのだ。
ならば。
彼女の愛情も、女としての生涯も背負えばいいのか。
唇が落とされる。
穏やかだった接吻が、次第に情熱の込められたものへと変わっていく。
顔に涙が垂れる。
「おい」
唇が離れた所で口を挟んだ。
「俺を嵌めたな」
「………はい」
彼女らしからぬ、切の悪い返答だった。
「待てなかったのか」
「………胸が痛くて、息も苦しいほどでした。どうしても貴方が欲しかった……」
「御導きのせいか」
「……いえ。御導きは寧ろ、唯の足枷だったのでしょう。あんな物が無ければ、私はもっと早く貴方のことを求めていたのだと思います。これ程、良くして頂いて、守られて、どうして男として求めないでいられましょうか」
ナウラの背を撫でた。触れた彼女の肌は滑らかでうっすらと乗った脂肪も併せて何時迄も撫でて居たいと感じられる撫で心地であった。
「お前の苦しみを分かってやれていなかったな。済まない」
「私が悪いのです。私の言葉が真実を貴方の目から隠したのです。………ですが………辛くて、気が、狂いそうでした………」
泣きながら口付けてくるナウラに応え、右手を襟足から頭髪の中に忍ばせ、小振りな頭蓋へと辿り着くと手のひらで優しく、しかししっかりと頭を押さえた。
「又しても、俺には覚悟が足りなかった。お前を背負うよ。弟子としてだけではない。女としても」
深く口付けて強く身体を抱いた。
ご評価・ご登録・ご感想の程宜しくお願い致します。




