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黒い絨毯




森歴192年秋下月、先の戦線に対する反攻としてクサビナ王国は軍事遠征を開始。第一王子エメリック・ヘンリク・グリーソン及び将軍グリシュナク・バラドゥアがそれぞれ3万を率いる二方面作戦を展開する。


第一王子率いる赤鋼軍1万はロボク王国を攻めるべく進軍しグレンデルより北11里地点にてカヤテ・グレンデル率いる青鈴軍5千と合流、ロボク王国国境にてランドルフ・モルドバル伯率いる諸侯勢1万5千と合流し国境より北に5里のアゾク要塞へ進撃した。


ロボクへ侵入したクサビナ軍は点在する村や町を制圧したものの略奪行為は行わず、クサビナ第一王子の統率力と、そのクサビナ軍の練度、精度の高さを世に知らしめる事となった。


「世に聞くアゾク要塞。此れ程とはな。ユリウス3世のクサビナに対する憎しみを感じるようだ」


アゾクを目前にした下月末日、軍議の場でエメリック王子はぼやいた。

カヤテも同様のものを感じていた。


要塞から5里の位置に陣を張り、攻城兵器を作製させつつ日夜要塞攻略の為の論議を交わしていた。

アゾク要塞は小高い岩山を削り出し、更にその表層を金属で覆った正しく山の様な要塞で、壁は雲梯が届く高さには無い。要塞までの道も大岩が転がる荒れ地やがれ場があり衝車を近付ける事すら出来ないだろう。


50丈近い高さがあると目測できる金属の壁を突破するのは容易ではない。

只攻めるだけでは全滅は必死であるという意見は首脳3人の中で一致していた。投石機の作製に集中するという結論だけ出てこの日の軍議は終了した。

天幕に戻ると入り口前にシャーニが立っていた。


「カヤテ様。薬師が戻りました」


「何!?何処だ!」


「呼んで参ります」


急ぎ足で遠ざかるシャーニを見遣ると付き添いの兵士にカヤテ配下の幹部を呼び寄せる様指示を出す。

やがて幹部がシャーニを除いて全員集まる。

皆陣を張ってから数日間する事も無く待機しており、会戦を心待ちにしていた。


連隊長がシャーニを除いた2人、それぞれの副官が3人、カヤテの副官が2人である。


「お嬢、漸く出陣なの?待ち遠しくて実は今夜様子見に行こうかと思ってたのよねぇ」


まず怪しい発言をしたのは結婚適齢期をそこそこに超した女、ダフネ・グレンデルである。此の中でカヤテの次に身分が高い。半年前に命を落としたナツネ・グレンデルの姉である。


「斥候に出ていた薬師が戻った。今シャーニが呼びに行っている」


「あぁ……成る程ね。それにしてもシャーニちゃん、随分とあの薬師に心を許したものねぇ。先行した15日の間に何があったのかしらねぇ」


シャーニは先行する前と後では薬師への態度が正反対になっていた。

立場上仕方が無いとは言え、平民に対して差別意識がある彼女だが、途中の村で酔い潰れるまで飲み明かしたとかなんとか。

非常に腹立たしい事である。


「何も無いだろう。森で一体何をすると言うのだ」


「何って、ねえ?」


シャーニの副官であるデリク・グレンがにやにやと笑い、サルバが気まずげに頭を掻く以外に反応する者は居なかった。


雑談をしていると天幕の外よりシャーニの声が掛かった。

短く、入れと指示を出すとシャーニに続き笠を被った二人の薬師が姿を見せた。


相変わらず目以外を確認する事が出来ない怪しい出で立ちである。

しかし、焦げ茶の瞳でシンカである事はカヤテには分かった。


「戻ったか。怪我は無いか?」


シンカとは20日ぶりの顔合わせとなる。アゾクに一番近い村で合流したのはシャーニのみであった。

そのせいかその身が無事であるか確認をしてしまった。


「ご心配痛み入ります。壮健であります」


当然の応対ではあるが、敬語を使われると距離を置かれた様で寂しさが内より湧き出てしまう。

目も合うことが無い。カヤテの胸は鷲掴みにされた様に痛んだ。


「で、其の方は此れまで何処にいた」


「さしものグレンデル軍とは言えアゾク要塞の威容に攻めあぐねるだろうと手立てはないか闇に乗じ探っておりました」


「へえ、気が利くのねぇ」


「何か分かったか?」


揶揄するダフネに興味を見せるサルバ。

カヤテもシンカが手ぶらで戻るとは考えていない。


「まず、荒地が広がるアゾク近辺に魍魎は少なく、先のロボク戦の様な偶発的な魍魎襲撃は期待できますまい。今必死に作っている投石機も堅牢で投石対策を入念に施した要塞壁には効果は発揮しないかと」


「シンカ。お前は何が言いたいの?アゾクは抜けないから撤退しろとでも?そんな事をすれば中央は我らに叛意有りと判断します」


苛立たしげにシャーニが問うた。

シャーニの言う通り引くことは出来ない。


使いたくは無いが、グレンデル一族秘伝の攻城兵器を持ち出すべきだろうか。


だがあれの情報は漏洩させたく無い。


「この近辺、夜に飛び回る魍魎が居るのはご存知でしょうや?」


「そんなものが。危ないのか?」


不安に思い尋ねるが、シンカはあっさりと首を振った。


「蟲喰蝙蝠という翼を広げても1尺に届かない飛行する獣で、ごく小型の蟲を夜陰に紛れて捕食する。ただそれだけの魍魎ですが、この辺りは特に多い。糞を調べて辿ったところアゾクが作られた禿山にある割れ目に生息しておりました」


今まで無言で木彫の馬を彫っていたランバート・グレンデーラが目を剥いてシンカを凝視した。

左手の中で馬は真っ二つに折れている。

ランバートは戦と名のつくもの以外に興味を見出さない戦狂いだ。

だが統率力や判断力には優れている為連隊長を任せている。

シャーニ、ダフネ、ランバートがカヤテ麾下の連隊長である。


「割れ目を通り抜けると要塞内部のロボク軍が手を付けていない山間に出ます。剥き出しの岩肌を(くだ)れば、(やが)て兵が(ひしめ)く構造部に迄辿り着きましょう」


「それしか無いっ!行くわよぉ!」


ダフネが叫んで槍を掲げた。


「ダフネ様。一人で何処に行く気ですか。そもそも聴いた話、多くの兵が通れるとは思えねぇ。少数で行っても寄って集って挽肉にされるのがおちだ!小鳥の糞程度の希望はあるがそれだけだ」


ダフネの副官であるグラハム・グレンデーラが吐き捨てた。

相変わらず口が悪い。


「しかし希望はあるか。カヤテ様、全軍による総攻撃と同時に行動すればなんとかならないかい?」


脇に控えていた女戦士が口を開いた。

この糸目の女戦士ウルクはカヤテが幼少の頃よりずっと護衛を担っており、今は副官となっている。


半周り程歳上の彼女をカヤテは姉の様に慕っている。


「仰る通り、敵に見つからない様考慮するのであれば20が精々でしょう」


自分に出来る事は此処までとばかりにシンカは口を噤んだ。

彼は旅の薬師で、確かに森や魍魎には詳しいが軍事の専門家では無い。

後は我々で考えるべきだろう。

結論が出ないまま会議を終えるとその日は就寝した。


翌日の軍議で威力偵察を行う事が決定した。

実行は5日後だ。


部隊は先鋒を諸侯勢とし、その後ろで青鈴軍が行法での補佐及び投石機の有効性の確認。赤鋼軍は後詰めという形である。

実質的な目的は雲梯の必要な長さの実測と投石機による要塞壁強度の確認である。


度重なる軍議ではいくつもの案が出ていた。

攻城櫓(こうじょうやぐら)による接触、土嚢の累積、地下道の掘削。

しかしどの策も無駄な犠牲を払うか時間を要して雪が降り、引き返す羽目になる事が予想された。


こうした背景の下で威力偵察は決行された。


開戦と共に青鈴軍擁する投石機による巨大な岩石の投擲が始まる。対しアゾクも同じく投石を開始する。

青鈴軍は風行兵により岩石の落下地点を調整しこれを(ことごと)く回避。一方のアゾクは金属で覆った岩肌がこれを弾いた。


度重なる投石は人的被害を殆ど出す事なく継続される。

攻城にあたる諸侯勢は衝角や雲梯を運びながらの進撃であったが、車輪を用いて転がす衝角は荒地に動かす事ができず直ぐに下げることとなった。

諸侯勢が矢の射程に入ると行兵が風流陣を展開し矢を防ぐ。


時折要塞壁から散発的に火行の炎弾が打ち出されるが、それだけである。


行兵は余り配備されていないと考えられる。

しかしこちらからの行法は高い壁の前に効果をなしていない。

当然、矢も届かない。

そうこうしているうちに要塞壁に先陣が取り付き雲梯を立てかけ始める。


アゾク側は油や岩石を落として対抗する。

始めの一つは火行兵が焼き落とし、次に続いた二つは岩で破壊される。


しかしそれ以降は弾幕を張り続々と雲梯が立てかけられて行く。

戦場から土行兵を求める指示が飛ぶ。

立てかけられた雲梯は10丈も壁上に足りていなかった。


盾兵に護衛され、風行兵に護られた土行兵が壁下に辿り着く。

行兵が地に手をつくと周辺の大地が盛り上がり、徐々に雲梯が迫り出されて行く。

数人の行兵が交互にそれを行うととうとう要塞壁上に雲梯が届く。


土行兵が壁際の土を盛り上げている頃、岩山に掘られた坑道に諸侯勢が集っていた。


坑道には分厚い金属の扉が取り付けられており、破城槌を運ぶべく奮戦していたが、特火点からの行法や矢の掃射で思う様に進めていなかった。低い位置にある特火点は土行兵が地を隆起させて塞いでいたが、高い位置までは手が回っていなかった。


戦闘開始から3刻、破城槌は4台破壊され、雲梯は10台以上を失っていた。

しかし土行兵は要塞壁近辺を地均しし、衝角や攻城櫓用の搬送路を確保していた。


要塞壁際には諸侯兵の死体が積み重なっていた。

岩に頭を割られるか、矢が突き立つか。或いは雲梯を登りきりその先で斬り殺されたかであったが、死んでいる点に変わりはない。


時折青鈴軍の炎弾一斉射撃もさして効果は見せず、依然としてアゾク要塞はその強固さを示し続けていた。


ランドルフ・モルドバルは門前に散らばる死体を積み上げて塹壕戦を行うべく指示を出してはいたが、上手く運んでいなかった。


(やが)て夕刻となり、攻撃を取り止めたクサビナ軍は自陣に撤退を開始した。


シンカはすべての様を岩山の頂で眺めていた。ナウラはカヤテに預けており、ただ一人強い風に吹かれながら戦場を、そして砦の内部の様子を高所から見下ろしていた。


夕刻になりクサビナが撤退すると夕闇に溶け込む様に身を潜め、砦の外に続く岩の割れ目に身を滑り込ませた。


蝙蝠の住処は糞や体臭で異様な匂いを発している。

呼吸を抑えて糞が付着しない様気を付けながら抜け、要塞の外に出る。

ここの所シンカは正体の分からぬ焦燥感に突き動かされていた。


しかし要塞の近辺に伏兵が潜んでいる形跡も、罠が仕掛けられている形跡もなければ援軍が向かっている気配も無かった。


夜襲に関しても、カヤテは当然ながらエメリック王子やランドルフ伯も斥候を立てて警戒しており、シンカが出る幕の無い状態であった。


見た所本日の被害は千程度で、戦略的には想定の範囲内だろう。

ランドルフ伯以下の諸侯としては次期国王と目されるエメリック王子の前で手柄を立てるべく奮戦していたにも関わらずこの程度の被害で済んでいるのは、一重に青鈴軍行兵の練度の高さ故だろう。


諸侯勢とは異なりカヤテは一兵も失う事なくグレンデルの力を見せ付けたという事だ。

今日のアゾクの動きを見る限り、ロボクは要塞に立て籠もって守り切り、冬を待ってクサビナが撤退するまで粘る積りなのだろう。

其れを察知したクサビナ軍は陣を寄せて更にアゾクに迫るだろう。


実際遠目から見る限りクサビナ軍はアゾクから2里の位置に留まっていた。

その近辺に陣を張り直すのだろう。

シンカは岩山を降り荒地に出ると、森を目指した。

森は人間同士の諍いの気配を感じ、浅層から魍魎の気配が消えていた。ただ、それよりも奥からのじっとりとした覗う様な気配も感じられる。


夜になれば鬼が。それも大型の鬼が屍を求めて出て来るやもしれない。陽が落ちかけた、ほぼ闇と変わりない視界の中シンカは森を移動して行く。

移動された本陣に近付いてくると歩哨の目を掻い潜るため木陰に潜んで様子を窺った。


そこで初めて違和感の正体に気付いた。


森に慣れたシンカであればその痕跡を元にどの様な魍魎がどの程度生息しているかが分かる。

具体的に述べれば、アゾク周辺の土地は貂が多く生息している。


劔貂という黒い獣である。体は2尺程で小型。警戒心は強いが獰猛で人が襲われる事も稀にある。雑食であり主に小型の蟲を捕食する。


この辺りにはこの劔貂の体毛や糞の痕跡が多く存在しているが、シンカが今潜んでいる近辺はひと月以上前の痕跡が残るのだけで新しい物は残っていないのだ。


アゾク要塞から程近い森であれば今朝残された糞が存在した。

昨日迄クサビナ軍が陣を張っていた近辺であれば10日程前であった。

後者は近隣にクサビナ軍がやって来て陣を敷いた為、警戒心が強い貂が巣を移動させた為だと考えられた。


しかし、今陣を張っている位置であれば如何だろうか?

杓子定規に考えれば、今朝の行軍時に逃げ出している筈で、当然今朝までの痕跡が残る筈である。


「………」


じっとりと汗ばむのがわかった。

この辺りで貂が巣を変える何かが一月前に起こったのだ。


では何が起こった?


分からない。シンカには分からなかった。

四半刻考えたものの答えは出なかった。


念の為クサビナ軍が陣を張っている周辺の森全てを探索したが状況は同じであった。

何かがあるのだ。だがその原因が分からない。

探索を行った為既に日は完全に落ち、陣営には松明が焚かれて煌々と輝いていた。

原因が分からない。

どいうことか考えた。


森で原因を探しているが、分からない。

森に原因がない?

地面を調べていたシンカは徐ろに立ち上がると本陣に向け駆け出した。

森に原因が無いのであれば森以外に原因がある。

つまりこの土地だ。


一月も前に今クサビナ軍が陣を張った大地に何か、貂を避けさせる出来事が行われたのだ。

貂は犬や狼と系列を同じくする。

匂いに敏感な魍魎でもある。

森から躍り出たシンカは駆けて陣に近付き、口当てを取って顔が土に汚れる事を厭わず匂いを嗅いだ。

何か、匂いがする。だが何かわからない。


短剣を抜き地面を掘り返す。少し掘ると匂いが強くなった。硫黄の匂いだ。

シンカの勘がこれであると訴えた。

少し掘ると周辺の赤茶けた土とは明らかに異なる黒い砂状の物体が目に付く。


「こ、これは!」


思わず声が出た。

シンカはこれと同じものを以前一度目にしたことがある。


東方の長大な白山脈を越えて、それよりも更に東。

雲を貫く険しい峰々がある。青金山脈と呼ばれるそこは、名前の通り鉛を多く含む山々である。

青金山脈には鉛の毒を物ともしない灰色の肌を持つ精霊の民が山脈地下に坑道を掘り、巨大な国を作って暮らしている。


彼等は自らをジャバールの民と呼ぶ。


シンカは以前一度だけ青金山脈を訪れた際、ジャバールの民と面識を持ち、そこで暫くの間過ごした。

そこで彼等が山を掘る為に用いる黒い砂を目にした。


黒色火薬と、彼等は其れをそう呼んだ。

今シンカが目にする黒い砂は、見た目も匂いも正しく黒色火薬であった。


シンカは再び立ち上がると猛然と走り出した。

伝令と名乗り青鈴軍陣地に転がり込むとカヤテの天幕に近寄った。

歩哨にカヤテを呼ぶ様伝える。幸い面識のある歩哨であり、また緊迫感が伝播し慌てた様子で取次がなされた。


調度、彼女達は軍議を行なっていた。

カヤテの背後には笠を被ったナウラの姿もある。


「如何した。随分と慌てた様子だが。其の方にしては珍しい」


「悠長な事を言っている場合ではありませぬ!この場所には罠が張られております。急ぎこの地から退くか、今すぐこの地全てに水を撒きなされ。でなければ多くの兵を失う事になりますが如何!」


「どういう事だ。話が見えぬ」


「誰か、今すぐ自らの足元を3寸でもいいから掘り返して頂きたい」


言うと今迄口を開いた所を見たことが無い暗い雰囲気で長身の男が剣を抜き、地に突き立てて地面を掘った。

やはり赤茶の大地に黒い砂が混じっている。


「其の黒い砂を摘み、机の上に置いて火をつけて頂きたい」


長身の男、ランバート・グレンデーラは無言のままシンカの指示を実行した。

たった一摘みの黒い砂は一瞬だが激しく燃え上がった。


「これは?」


何時もにこやかな表情のシャーニ・グレンの副官が尋ねる。


「これは黒色火薬と言います」


「何っ!?」


カヤテが声をあげた。

どうやら黒色火薬の存在を知っている様だった。

他にもダフネ・グレンデル、ランバート・グレンデーラ、シャーニ・グレンの幹部筆頭も同じく驚きの様相を見せていた。


「これは青鈴軍の上層部だけが知る機密情報となるが、我等は黒色火薬の製法を入手し、密かに火龍箭(かりゅうせん)と言う兵器を開発し、これを今回秘密裏に携えていた。

私は黒色火薬なる物を直接目にした事は無かったが、話に聞く特徴と一致している。これは非常に危険なものだ。だがこれが………いや、まて。シンカ!何故これが我等の足元にあると分かった!何故だ!これだけ広い陣地に我等を狙って………待て。待て待て待て待て待て!そう言う事なのかっ!」


カヤテは目を剥き、天幕の中を見回した。


「お嬢、一体どう言う事なのよ!分かる様に説明してくれる?」


大柄な女、ダフネ・グレンデルが問い詰める。


「我々青鈴軍、諸侯勢、そして王子率いる赤鋼軍の足元全てにこの黒色火薬が敷きつめられていると言うのだ!火を放たれれば壊滅するぞ!早く撤退の準備を始めよ!」


その時シンカの脳裏に一つの妙案が浮かんだ。


「カヤテ様、出立の準備の他に一つ、妙案が御座います」


「………なんだ」


カヤテは余程シンカの事を信頼しているのだろう。直ぐにシンカの瞳に自らの翡翠色の瞳を向けた。


「私は薬師であり、戦や軍には詳しくありませぬ。なのでお聞きしたいのですが、今日のアゾクとの戦い後、何故クサビナ軍は陣をアゾクに寄せたのでしょうか?」


「本日の戦、アゾク側は積極的な交戦意思を持っていないと感じたからだ。ランバート伯が進言し、王子と私が同意して陣を寄せた。次回以降はより素早くアゾクを攻めるためだ」


「何故この位置に陣を?」


「近過ぎず、遠くもない位置だからだ。夜、敵が門を開けて攻め寄せてもこの位置なら態勢を整えることができる」


「敵がこの黒色火薬に火を付けるなら、私は今夜だと考えています。戦が一旦終わり、疲労が溜まった兵士は気を抜く。斥候さえ立てておけばと皆思う」


「その通りだろう。私でもそうする。………反撃か!」


「火薬に火を点けるだけで罠が終わりな訳は無いですね。繰り出されたアゾク兵を返り討ちにする訳ですね」


シャーニが同調する。


「然り。同時に暢気に成果を待っている頭が良い軍師様の顔を直接見に行くと言うのも、夜襲で人が掃けた時分であれば可能なのではと愚考いたしますが如何」


「私が行くゾッ」


ダフネが背負っていた短槍を振り回した。

隣に居た副官のグラハム・グレンデーラが身を屈めて躱し、舌打ちをした。


「恐らく夜襲撃退後は会戦となろう。敵の首脳を抑えれば被害も減る。私は無理だが……ランバート、ウルク。精鋭20人を率いてシンカに道案内をさせろ」


「いやだぁぁぁぁっ、私が行くぅっ!お嬢、何でっ」


「そんなだからだ」


「ダフネ様、いい歳して騒ぐしか出来ないなら地面の上で槍を振り回してる方が周りの為なのでは?」


「大人しくするからぁ」


「………後で根に持たれそうだ。薬師の忠言に耳を傾けると約束するならば」


「勿論よぉ」


「………。他には?」


カヤテが見回すとシャーニが手を挙げた。


「私も同行致します」


「ならん。連隊長が二人も抜けるなど。何かあったら何とする!」


「これは危険な賭けです。まかり間違えば潜入組は全滅でしょう。だからこそ私が行きます。私はこの中で一番器用です」


「確かに鈴剣流、王剣流何方も礼位を持つお前は器用だと言うことは認めるが」


「夜襲の件、これは箔が欲しい王子が対応するでしょう。攻城は引き続きランドルフ伯が。であれば青鈴軍も引き続き攻城戦の補佐的な位置付けとなる筈。カヤテ様とランバート殿が居られれば問題は無いかと思われます」


「分かった。では直ちに支度をしシンカと供にアゾクに潜入せよ」


「は」


ダフネがにたりと笑った。





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