醜の御楯と出で立つ吾は
半刻後、シンカは3人の長と18人の兵それにナウラと供に岩の割れ目を目指していた。
荒地を抜け、岩山の斜面を登ると割れ目に到着する。
精強というだけあり全身を使った岩登りとなっても息一つ荒げ無い。
振り返り星明かりの下で彼らの顔を見るが、鎧と兜を身に纏い脇目もそらさず黙々と岩場を登っていた。
グレンデルは戦狂い。
有史以来彼等はそう恐れとともに語られて来た。
先のロボク戦線でも誰一人として背を見せず、正面から倍の兵力とあたり何刻も耐え忍ぶのだからその評価に偽りは無かった。
星空の下で烱々と輝く青や緑の瞳には恐れの一文字は存在していない。
難攻不落の大要塞アゾクに忍び込み暴れる事しか考えていないのだ。
それが余所者のシンカにでさえ分かった。
戦争の悪い部分であるが、集団の中にあると意識が高揚してしまう。
自分が感化されない様努めて冷静に保ち進んでいた。
異臭の漂う岩の割れ目を抜けて砦内部の岩山の中腹やや上に抜け出た。やはり要塞の中では煌々と火が焚かれ、隊列を整えるべく兵達が動き回っていた。
「助かったわよ。薬師。薬師の身で単身悪名高きアゾクに乗り込み敵の策を暴いた。私達の一族はこれより我等の歴史が続く限り、貴方を讃えるわぁ。貴方は間違いなく、英雄です」
天幕でははしゃいでいたダフネが限界まで研ぎ澄まされた劔のように鋭い面差しでシンカに告げた。
「カヤテ様の目は確かさ。これが終わったらうちに来ないのかい?」
ウルクが鋭い目つきで眼下を見渡しながら揶揄してくる。
「それは何度も断っている。俺は一所に留まる事が出来ない」
「私も何度も誘いましたが頑なです。難しいでしょう」
「シャーニちゃん最初はあんなに噛み付いてたのに何があったのぉ?やらしい事したんじゃないのぉ?」
「ばっ、馬鹿なことをっ。私と彼はそんな関係では有りません!」
「1日目は延々と文句。2日目は必死で無言。3日目は鬼に襲われ赤子泣き。4日目は蟻に囲まれ小べ」
「止めなさい!口外しない代わりに酒を奢ったじゃないですか!」
「それは6日目に」
「あっあっあっ、駄目!止めてっ!」
「随分と仲良くなったみたいだねぇ。良いことだよ」
皆が緩みのかけらも無い視線で様子を探りながら冗談を飛ばしているうちに全員が割れ目から抜け出して来た。
「付いて来て頂きたい」
言うとシンカは比較的降りやすい場所を伝って降り始めた。
遠くには松明に照らされたグレンデルの本陣が見て取れる。
しかし今、あの場からは続々と兵が抜け出ている最中だろう。
カヤテは全軍を退かせる上申に無事成功し、ロボク兵が夜襲に出てくるのを待っている状況である。一部兵士を残し地に水を撒くことで退路を確保し、火の手が上がった際に慌てる様を演出する予定となっている。歩哨も減らすことはできない。此方も水を撒き退路を確保している。
この策を考えた者は今どのような気分なのだろうか。
戦い方で油断を誘い思う場所に陣を敷かせる。
人の国では殆ど知れ渡っていない火薬を用いて罠を仕掛け、その罠も天候を熟知した上で一月も前に施し、違和感を与えないよう均していたのだ。
その智謀は計り知れない。
少ない消耗でクサビナの精鋭を壊滅させる事が出来ただろう。
シンカさえ居なければ。
アゾクは岩山をそのまま加工した要塞。峰の一つが物見台に加工されており、そこに兵が一人立っている。
物音を立てずに滑り寄り顔が見える位置まで近付いた。
シンカは懐から竹筒を取り出し、息を吹き込んだ。
空を裂き針が飛ぶ。兵士の眼球に突き立つ。
そのまま無言で崩れ落ちる所を近寄って支え、ゆっくりと降ろした。
クサビナの東方、ラクサスを越えた先にあるヴィティアに生息する虹百舌鳥という鳥が分泌する毒液を針に塗っている。
煮詰めて更に毒素を濃くしている為ほぼ即死する。
針を抜き入れ物にしまい背後を振り返る。
此処からは会話は危うい。手信号で合図を出した。
岩肌に刻まれた肩幅程度の通路を歩み、時に刳り抜かれた穴を抜け、昼に見た壁を目指す。
クサビナ方面の壁を目指し、時折歩哨を殺害して素早く歩んでいく。すぐ背後のナウラも、その後ろの長や兵士達もごく僅かな物音を立てるだけで問題なく付いて来ている。峰に刻まれた通路を通り階段を下ると、とうとう昼間にクサビナ軍が攻めても攻めても破れなかった壁にたどり着いた。
壁はシンカの肩ほどの高さまでせり出し、通路は幅が二間程、長さに至っては50間近く、岩山に沿って弧を描くように延びていた。
そこに30名程のロボク兵が詰めている。
夜襲の追撃を退ける為もっと多くの兵が詰めているかと予想していたが、指揮官は余程自分の策に自信があるのか、追撃を想定していないと判断した。
確かに、クサビナ軍野営地一面に敷き詰められた火薬が爆発し、要塞の全軍を以って夜襲を仕掛ければ逃げ惑うのに手一杯となるだろう。
絶対に罠が露見しないと信じていたのだろう。確かに罠を見破っていればこの位置に陣は敷かないはずで、また日が落ちるまでクサビナ軍は悠長に陣の設営を行なっていた。
後は何処か着火点から火を点けるだけだ。
背後を確認し、意思を問うた。
案の定ダフネ・グレンデルがにたりと嗤った。
各々が端から順に敵の背後から忍び寄り、次々と物音一つ立てずに殺していった。50間先の一番端にぼんやりと立つ最後の一人を、名も知らぬ青鈴兵が殺すまで大した時間は掛からなかった。
後は山肌に所々穿たれている坑道脇に待機し、事が起こるまでの間に壁に訪れる敵を葬るだけだ。
一刻が経った。シンカの立つ位置からでは確認できないが、一人の要塞内の広間を確認していた兵士が合図を送って来た。
どうやら隊列が整った様だ。
彼らは馬に乗り門前に勢揃いしているのだと手信号で伝えてくる。
火矢が上がった。岩山中心部からだ。そこに司令官がいる。
クサビナ側を見ると、闇夜に小さな灯火が5つ点き、一直線にクサビナ陣目掛けて火が走り始めた。
それらがクサビナ陣にたどり着いた時、眩い閃光と供に2里も離れたこの城壁まで爆音と振動がやって来た。
カラカラと岩肌を小石が幾つも転がり落ちてくる。
そして重たい金属が擦れる音が聞こえた。
馬蹄の音が幾重にも重なり地鳴りとなって響き渡る。手信号を送りシンカは坑道に突入した。
が、一旦戻り燃え上がるクサビナ陣を見詰めるナウラの首根っこを捕まえて引きずりながら再突入した。
坑道や通路に掲げられた松明を光源に走り抜け、時折遭遇する敵兵を拾った槍で葬りながら中心を目指していった。
一度先程兵が集っていた広間に出、そこからは一直線に中心の岩山を目指した。
真っ直ぐに伸びる階段を登り始めると、異変を感じ取った居残りの兵が剣を抜いて寄ってくる。
青鈴兵は扇状に広がり幾分か速度を落としたものの階段を駆け上がっていく。
隣のナウラも斧を抜き、柄頭でロボク兵を突いて吹き飛ばしていた。
吹き飛ばされた兵士の鎧は大きく陥没し口から血を流している。
ダフネは短槍を巧みに操り素早く敵の弱点を突いて屠っている。
ウルクは千剣流の速く力強い太刀筋で大の男を真っ向から迎え撃ち、堂々と打ち破っている。
シャーニは多彩な剣技で相手を翻弄し、隙を突く一撃で体格差のある相手を葬っていた。
選び抜かれた精鋭達も皆欠けることなく追随している。
シンカもロボクの槍でダフネ同様の春槍流の槍術を披露して行った。
「薬師!拾った槍でその冴えた技!後で試合いましょうねぇ!」
前に出会った鈴剣流剣士のユタといい、この手の人種には付き合いきれない。
試合うつもりはないが、死ぬ事も怪我を負う事もなくこの場を切り抜けたいものだと考える。
全ては命あっての物種である。
やがて一人当たり5人を超える敵を打ち倒し、階段を登りきった。
扉の脇を固める4人の兵をシャーニとウルクが葬って扉の取っ手に手を掛けた。
二人掛かりで重たい鉄の扉を開くと23人の勇者は司令官が居るであろう建物に踏み入った。
暗闇で兵を率いて佇んでいたカヤテは火の手が上がった時興奮と安堵を同時に感じていた。
思惑通りに策がなって行く興奮と上申通りに事が起こった安堵である。
夜襲はありませんでした。等という事態に陥ればグレンデルの名は地に堕ちる。
眩い閃光に目を焼かれぬ様目を閉じ、爆音と振動に耐えていると陣に残した囮の兵が燃え盛る陣地の中阿鼻叫喚する演技を行い、罵声や悲鳴が聞こえて来た。
いや、あれ程の爆発だ。彼等は演技を忘れ本気で騒いでいるやもしれない。
そして直ぐに地鳴りが起こり始める。
騎兵が掛けてくるのだろう。
本当に思惑通りに進んでいる。
もし、この罠に気付かなければ。
それを考えると背筋が泡立ち、嫌な汗が背を伝う。
これで3度目だ。彼に助けてもらうのは。
その恩人を今カヤテは死地に立たせている。
カヤテに出来ることは1つだ。
出来るだけ多くの敵兵を殺し、なるべく速く要塞を落とす事だ。
要塞を落とす事が出来なければ送り込んだ精鋭達も、血族の部下も、大恩ある彼も殺されてしまうだろう。拷問すらされ兼ねない。
囮の兵が逃げて来る。雲霞の如く迫り来る騎兵だが、目指すのは自分達ではない。分かっていても緊張は付きまとう。
そうしてただじっと逸やらずに耐え忍んでいると、とうとう燃え盛る陣地に突入して行った。
今頃無人である事に混乱しているだろう。
そこへ、陣地の南東に控えていた赤鋼軍が横合いからぶつかった。
炎に照らし出される戦場で、赤い布で鎧を飾った精強な兵が襲い掛かる。
横っ腹を見せていた敵騎兵は態勢を整える間も無く戦闘に突入し、泡を喰っているがこうなればどうしようもない。
戦とはこうならぬ様に斥候を放ち、可能な限り優位に立ち回る様心掛ける。
アゾクは自らが仕掛けた策が露見せぬよう斥候を増やす事が出来なかった。火薬に火を点けるまで、要塞の門すら開かなかったのだ。
開けば企みがばれる恐れがあるから。
カヤテは陣の真西に陣取っていたが戦闘が開始されると北西に移動し、そこから反転して押されて後退する騎兵にぶつかった。
途端露骨に陣形は崩れてしまう。
カヤテ自身も剣を振るい、敵を切り払って行く。
一方で王子率いる赤鋼軍の背後を抜けて北上する一隊があった。
ランドルフ伯率いる諸侯の兵達である。
攻城を開始する一万数千に対し、アゾク側は反撃すら無く、雲梯が複数取り付き1人の兵士が一番乗りを名乗った時に初めて坑道から姿を見せた。
図らずしもシンカ達潜入組が物見の兵を始末していた為に要塞に兵が集っている事に気付くのが遅れていた。
そもそも要塞の殆どの兵が未だ戦場におり、壁を登りきったクサビナと要塞内部への完全な侵入を防ぐ水際の坑道戦の様相を呈していた。
ロボク兵はアゾクが落ちれば国土が侵される為、窮鼠の様に激しい抵抗を行い、諸侯の兵達も日中に失った同僚の恨みを晴らすべく過激な程の攻撃性を見せており、一進一退の状況が続いていた。
事が起こり一刻から一刻半程で会戦の行方は見え始めていた。
周囲を同時に攻められて耐えられる軍勢など早々ない。
ましてや大陸最強と名高い青鈴軍に、赤鋼軍が相手である。
ロボク勢は最早虫の息であったが、カヤテの目に頑なに抵抗を続ける一角が目に映る。
「彼処を切り崩すぞ!続け!」
張り叫び馬を駆る。
背後にはサルバや麾下の兵が続く。
先頭を駆け道を切り開くと猛然と暴れる兵の1人を斬り捨てた。
「ほお。こんな所で会えるとはな!」
片腕の剣士が赤鋼兵を1人斬り捨て、狂貌をカヤテに向けた。
左腕にだらりと剣を持ち、全身に返り血を浴びた様は血肉を食う鬼の様であった。
「ルシンドラとやらか。何時ぞやは世話になったな」
彼の兵がダフネの弟、ナツネを殺している。
ここでカヤテが打ち取ればなんと言うだろう。
いや、右手を失ってはいるがこの男はダフネでは倒せない。
「お前のせいでなぁ、右腕が痛むぜ。どうしてくれる?」
「お前の腕を切り取った覚えはない」
「お前のせいなんだよ。全部な。へへへへへ。責任取れよ。なあ?」
口の端から泡を吹いている。この男は剣士の命の腕を失ったと同時に人の心も失ったと見える。
彼の様な、人の道理を失った物こそを鬼と呼ぶのでは無いかとカヤテは考えた。
「お前のお綺麗な顔をぎたぎたに斬り刻んで厠女にしてやるよぉ」
彼は鬼だ。左腕のみとは言え油断すれば破れる。
カヤテは頭を半分切り取られて尚戦い続ける兵士を見た事がある。
生き物は、人を含めて時に常軌を逸した力を発揮する事がある。
カヤテを厠女にすると発言した際、サルバや周囲の青鈴兵が怒気を発したが馬から降りて左手を上げる事で制する。
この程度の戯言に動揺するカヤテでは無い。何故なら
「それは難しいであろうな。仮にお前の薄汚い子種を注がれようとも、私の子袋は受け入れぬ!私が受け入れる男はただ1人だ!それはお前では無い!既に決まっている!」
背後でサルバが頭を抱えた。
対して見据える先のルシンドラは顔を怒りでどす黒く染め、歯をむき出しにした。
「薬でもなんでも使ってお前を狂わせてやる!お前に娘を産ませ、その娘も壊してやろう!」
「もう良い。………誰も手を出すな。借りを返す。邪魔だて無用」
剣を構えた。息を吐く。
「千剣仁位、カヤテ・グレンデル」
「同じく。ルシンドラ」
千剣の構えは3つある。1つは正眼、右足前。カヤテの好む構えだ。
対してルシンドラは左持ち上段、右足前。
呼吸を見せず相手の一挙手一投足を捉えるべく見据える。其処彼処で剣戟や男達の絶叫が聞こえる中、神経を研ぎ澄ませ機会をうかがう。
「雷光石火!」
カヤテが動く。
千剣の奥義が一。迅速で身体の全てを効率的に早く力強く動かして放つ技である。
千剣流剣士はこれを身につけるために何十万と素振りを行う。
対し遅れてルシンドラも動く。
雷光石火は躱せない。防いでもそのまま断ち割られる。
であれば。
ルシンドラは雷光石火を遅れて放ってきた。2人の中間で線が交わる。
すかさずルシンドラが動く。
離れながらの左斬り。
予想より振りが早い。いや、これは奥義だ。普通ならば行わない腕を痛める攻撃だ。千剣の奥義左の太刀だ。
回避は間に合わない。
刃がカヤテの右側から首筋に向けて迫る。
しかしこの程度で敗れていては仁位の名が泣く。
剣を挟み一撃を流して今度は下がる男に追い縋る。
続け様に斬りかかる。
力強い4撃を放ったがルシンドラは左手一本で防いでしまう。
体勢を立て直したルシンドラであるがカヤテは間髪入れず奥義を放つ。
「雷光石火!」
瞬速峻烈の一撃をルシンドラは同じ奥義で防ぐ。
「雷光石火!」
更に奥義を一撃。そこから3度斬りかかり、
「雷光石火!」
これもルシンドラは防ぐ。
しかし身体は倒れかけており、地に伏すのも時間の問題であった。
だが。
更なる追撃を仕掛けた途端、ルシンドラは剣をカヤテに投げ付けて来た。
回転し、顔に向かう刃。不意を突いた一撃であった。
「割波!」
凶刃は断ち割られた。
刃は投げた本人の体と同じ末路を辿った。
ルシンドラの身体は頭から股まで真っ二つに斬られてその断面をさらしていた。
抜けたカヤテは残心の後、剣の血を拭った。
「好いた男の手前、他の男の誘いははっきりと断る必要がある!私は一途だ!」
そんな理由で殺されたくないと思ったのは死んだ剣士だけでは無いだろう。
要塞中央の建物に侵入したシンカ達は50の兵に取り囲まれていた。
扉を開けた途端に放たれた矢に兵士の1人が倒れ、2人が足や肩に負傷を負った。
第2射が放たれる前にシンカとナウラが土行の礫時雨を、シャーニが風行の鼠車、矢に倒れた兵士が力を振り絞って火行の火山弾を行なった。
シンカ、ナウラと兵士の行法は敵の動揺を誘い、シャーニの行法はいくつかの弦を切断することに成功する。
この僅かな時間でダフネ、ウルク他数名が突入し斬り結ぶ。
遅れてシンカ達が突入し先陣を支えた。
「此処は我々が!ダフネ様、先へ!」
1人の兵士が腹に剣を突き立てられながら叫んだ。
腹に突き立てられた刃を腹筋で固定している。
彼の雰囲気が変わる。
理解した兵達は彼を避けて戦いを始める。
「グレンデルに栄光あれ!」
兵士は自らに剣を突き立てた敵と、横合いの敵を捕まえて急激に経を生成し、切りかかってきた3人目を巻き込んで業火と共に爆散した。
「立派よ、ベイル………。あんた達任せるわよぉ!」
ダフネが叫んだ。
ナウラが斧を背後に構えて体勢を低くした。
二歩をゆっくりと、三歩目で体を回転させ、四歩目からは急激な回転と共に兵士達が守る中央の扉に向けて突き進んだ。
独楽の様に回り続け、数人の敵兵を上下に分断する。
怖気付いた敵が道を開けるとその隙間にダフネ、ウルクが滑り込みすかさず二、三人を切り捨てた。
彼女らが開いた穴に兵士達が集まり扉の前を半円状に固めた。
離れた位置で二人の弓兵が矢を番えていた。
鏃は回転を止めて背を晒すナウラに向いている。
「っ!」
シンカの脳内で何かが切れた音がした。
矢を番えた弓兵の全身から赤い氷の棘が生えた。
だが時既に遅く、一本の矢はナウラに向けて放たれた後だった。
シンカの脳裏に出立前のナウラとのやり取りが浮かび上がった。
ナウラを失うかもしれないと怯えるシンカに、ナウラは全幅の信頼を寄せた。
シンカは全てを守ると自身に誓った。
誓いを、決意を破るのか。
自身が持つ最大の力で。身体を動かし射線に入った。打ち払う余力はなかった。
肩と肩甲骨の合間に焼け付く痛みが走った。
守れた。俺は守る事が出来たのだ。そう実感した。
反対より3人の弓兵が此方を狙っていた。
ナウラを抱き、そのまま行法を行う。
同時に吹き矢を放った。
2人を殺し、残る1人の矢を握って止めた。
それを投げ返して3人目を仕留める。
シャーニが扉を開けている。
「油断をするな!」
「せ、先生、矢が……」
「抜いてくれ」
矢が抜かれる。同時に僅かに肉も抉り取られた。
ナウラの様子が気になる。
何か、何時もとは異なる。
しかし怪我はしていない筈。これ以上意識を割くことは出来ない。
弓兵は全て倒した。残る兵は30程。14人の兵士で相手取って貰わなければならない。
開かれた扉の先は無骨な広間であった。武器のみが飾られ、夜半の闇を松明が押し開いていた。
広間には12人の男が此方を向いて立っていた。
「山茶火ぁ!」
口火を切ったのはダフネ・グレンデルであった。
手を振り、拳大の鮮やかな赤い火炎弾が無数に発生し、12人の元に疾った。
対して敵の行兵2人が掌を眼前で合わせた。
水行方 水幕が12人の男達を覆う。
行われた水の壁にダフネの散弾が防がれる。
「炎弾!炎弾!炎弾!」
ダフネが手を振り、三連続で火行法を放つ。
人の頭大の火の玉が3つ、敵へ向かう。
再度、2人の行兵が手を合わせる。合わせようとする。
先にダフネの火行を防いだ水をシンカは氷に変えた。
水行方 氷雨
鋭く尖った鋒は一番手前で全身を鎧で覆っていた2人の男と水行兵2人と残りの行兵1人に突き刺さった。
最前列の2人の内、1人は視界を塞ぎ防いだが、残る1人は顔に三本の氷柱が突き刺さり、絶叫を上げてのたうち回った。
3人の行兵の内1人は声も出せず喉元に突き刺さった氷柱を押さえて蹲り、やがて動かなくなる。
直ぐに2人は死亡して地に伏した。
発射された三発の炎弾は先頭の全身鎧の男が全て切り払い、消失する。
残る行兵2人が掌を突き出す。
「鎌鼬!」
「………」
襲い来る風の刃2本に対し、地に手を着いたナウラが無言で岩を隆起させて防ぐ。
そしてシャーニが手を突き出す。
「滑降風」
凝縮された強烈な風の一撃が2人の行兵を薙ぎ払い、壁面まで吹き飛ばした。
力無く横たわったまま動かない。
残ったのは6人。
先頭の全身鎧の剣士、背後に鉄鬼の団の鎧を纏った中年の男。その脇に同じく鉄鬼の団の若い男。
鉄鬼の団員背後には30代程の長髪の男と、如何にも武人風の50代近い短い白髪の鎧姿の男の2人。
そして最後尾に如何にも女に騒がれていそうな、
優男が立っている。
最後尾の男が口を開く。
「いやあ、行兵同士の戦いは素晴らしいですね」
笠の下でナウラに視線を送る。
力量的にナウラは鉄鬼の団の若い男にだけ唯一優っていると思われた。
「皆さんが此処に来たという事は私の張った罠が見破られていたという事ですよね?」
奥の武人風の男はこの中で誰よりも腕が立つ。あれはカヤテやユタ程度の腕が無いと相手は出来ないだろう。
ダフネが手信号を出して来る。
薬師は後方支援をしろと。
それもいい。だがシンカはこの強者達と供に肩を並べる事に意義を見出している。
「我々グレンデル一族を舐めないで貰いたいわぁ。小賢しいだけの血の匂いも知らない男に戦場を支配するなんて無理な話よぉ」
ダフネの足が小刻みに震えている。
飛び出すのを我慢しているのだろう。
「王剣礼位、ハルア」
「千剣王剣礼位、カルカンダ」
「千剣礼位、ザラ」
先頭の全身鎧、鉄鬼の団の中年、鉄鬼の団の青年の順で名乗りを上げる。
「千剣礼位、サルバトーレ・カルヴァン」
「……王剣仁位、サムフィン・ギネス」
ロボク陣営、奥の2人が名乗る。
「春槍礼位、ダフネ・グレンデル」
「千剣礼位ウルク」
「鈴剣、王剣礼位、シャーニ・グレン」
「柳斧礼位、ナウラ」
「春槍徳位、シンカ」
「「!?」」
シャーニの手信号で初動が決まる。
「「「火山弾」」」
3人の火行が放たれる。
その間にナウラが回転を始め、シンカが壁を利用して高く飛び上がった。
対し敵はハルアと名乗った王剣流剣士が盾を構えて迫りばら撒かれた火山弾の多くを防いでしまう。
その盾に遠心力を乗せたナウラの一撃が入る。
盾は真っ二つに割れ、盾自体もハルアの手を弾いて彼方へと飛んで行く。
勢いをそのままに独楽の様に回転斬りを放とうとするナウラを避けたハルアの頭上を槍が通過して行く。
シンカは飛び上がり、春槍流の奥義を放っていた。
技の名は落雷。雷に迫る速さで撃ち落とされる投槍の一撃である。
動き出したばかりのサルバトーレには避ける術も防ぐ術もない。
だがサルバトーレを狙った槍は王剣仁位の老将サムフィンの技により防がれる。
いや、防がれそうになる。
奥義、応剣で往なそうとしたサムフィンであったが、刃が槍に触れた瞬間その動きを止めた。
止められた。
槍にはシンカの風行法 紫電が纏わりついていた。
紫電はサムフィンの剣を通して伝導し、掌を焼き、腕を痙攣させ、臓器を焼いた。
サムフィンは呻きを上げ、しかし再度剣を握り直した。
サルバトーレは外套をなびかせ、笠の鍔を押さえながら落下する薬師の風体を認め、そのまま命を落とした。
ナウラを避けたハルアはダフネの槍を受ける事となる。
素早い連撃を王剣流の確実な防御術で捌いていく。
一方、回転を続けるナウラに鉄鬼の団2人が向かうが、迂回したシャーニがカルカンダに風行 飛燕を飛ばし足止めすると、ザラと分断した上で斬りかかった。
カルカンダはそれを受け、反撃に移る。
ウルクは手負いのサムフィンへと走った。
サムフィンは口の端から血を垂らしながらも応戦し、確実に攻撃を逸らした。
残るザラは回転を続けるナウラの動きを見極め首を跳ねに掛かったが、ナウラは突如動きを止める。腕だけで振られた斧でその斬撃は弾かれた。
ナウラは遠心力にて加速された斧を右手左手と持ち替える事により活かし、隙のない立ち回りを行った。
三撃、四撃と打ち込まれる千剣流の強烈な斬撃は勢いの乗った斧に確実に阻まれ、また異様な音を立てて踊る斧の一撃も躱されて相手には当たっていなかった。
シンカは着地すると腰の翅を抜いた。
さっと周囲を見渡しまず危ういのがシャーニであると判断。
シャーニはカルカンダと切り結んでいたが、鈴剣流の奥義で足を狩る穂刈を放った際に躱されて背後に回られ、賺さず背斬りを放つものの王剣奥義戦陣突破で攻撃ごと身体を弾き飛ばされて壁にぶつかり戦闘不能に陥ってしまう。
追い討ちを掛けようとするカルカンダに向かっていたシンカは吹き矢を吹き、弾かれると翅で斬り掛かった。
「き、貴様!その技!?」
応剣で受ければ確実に武器ごと身体を切り裂く翅を、恐らくそうと知らずになやすカルカンダであるが、シンカ相手には分が悪いのか徐々に押されている。
ダフネとハルアは一進一退の攻防を続けている。
春槍流の攻撃は王剣流とは相性が悪い。
素早い連撃が売りの春槍流は王剣流の厚い防御を破れないのだ。
王剣流の防御を破れるのは千剣流の雷光石火だけだ。後は隙を突くしかない。
ウルクとサムフィンの攻防も優劣が付かぬまま続いていた。
雷光石火を放とうとするウルクに対し、巧みに立ち位置を変え技を放ち奥義を出させぬ熟練の攻防を行っていた。
時折反撃の奥義を放つサムフィンであったが、ウルクも上手く躱し決定打を受ける事は無かった。
「ぬぅぅ、歯痒い!私は!カヤテ様の!剣の師だぞ!主人に誓って敗れるわけには行かぬ!うおおおおおおっ!」
ウルクの刃に炎が纏わりついた。
炎剣だ。使える者の少ない行法である。
此処で趨勢に変化が起こる。
先の戦闘で戦闘不能となっていた行兵が1人意識を取り戻した。
彼は朦朧とした意識のまま一番近い位置で戦うカルカンダへの助勢を始めた。押していたシンカは防戦の体勢となる。
「いいですよ!まずはその男を!」
観戦するしかない優男が叫ぶ。
行兵は手を突き出す。
皆薬師が風行法を受け死傷すると考えた。
だが。
シンカは片手を突き出し風陣を行い、鎌鼬を散らした。
目を剥いた行兵は今度は地に手をつき土行を行う。
シンカはカルカンダに三度の斬撃を放ちながら足を踏み鳴らし、盛り上がる岩の槍を同じ土槍で向きを逸らし難を逃れる。
ロボク行兵は鎌鼬、竜巻、岩弾、礫時雨、滑降風を放ったが全て相殺される。
そして。
「青兎」
シンカが口に出した途端青い雷がまるで駆け回る数匹の兎のようにジグザグに散らばりうち一つがカルカンダへ接触した。
「ぐ、おっ……」
びくりと痙攣した次の瞬間には彼の首は宙に舞っていた。
「団長!?」
鉄鬼の団の青年が悲痛な声音で叫んだ。
シンカは行兵が放った大技、封圧を避けて行兵の首も跳ね飛ばした。
ナウラは叫んだザラに奥義を放つ。
振った斧の力を利用し、突如として数回転し斧を乱打する技である。
柳斧流の奥義が一、松毬である。
近い間合いで突如として予測不能な三撃を受けたザラは体勢を崩す。
「己れ!波割!」
同時にナウラも技を放つ。素早く、慈悲なく竹を割るように斧を振り落とす燕潰。
ザラの割波はナウラの頭部にあたり、笠を弾き飛ばした。
ナウラの被害はそれだけであったが、彼女の一撃はザラの兜を割り、鎧ごと身体を縦に分断した。
頭巾が解けて胸元までの白髪が晒された。
次に決着がついたのはウルクであった。
ウルクの灼熱した劔は、サムフィンの劔と打ち合い、組み合う毎に熱し、サムフィンの膂力は徐々に鈍り始めていた。
じり貧と見たサムフィンが奥義を放とうとした瞬間だった。
「雷光石火!」
機を窺っていたウルクが千剣流最強の奥義を発した。
サムフィンは即座に応剣で逸らそうとしたが、剣は弾き飛ばされ、鎧の左から右へとウルクの剣が抜けていった。
サムフィンは腹を抑えて膝を突き、一度激しく吐血した後に地に伏した。
「くそっ、手を出さないでよぉ!」
ダフネが声を上げる。
五駿と言う俊速の連撃を剣と鎧で防がれた彼女は再突きを放ち、
「山茶火ぁ!」
火行を放つ。顔に向けて。
籠手で顔を覆ったハルアだったが、一時視界が塞がれる。
「串打ち!」
突き出した槍が鎧を貫通し、背後まで刃が抜ける。
「………同じ手を、2度も………」
槍を持つダフネを斬り捨てようと剣を振り上げたハルアだったが、甲冑内に炎弾を打ち込まれ、絶叫を上げながら息絶えた。
「な、なんという事だ……ロボクきっての剣豪達が……」
呻く優男を尻目にシンカはシャーニに駆け寄り容態を見る。
頭を切って血を流している。
切傷用の軟膏を取り出し傷口に塗る。
頸椎や脊椎を損傷した気配はない。手足の骨も正常である。
闘えない者に用は無いのか、ダフネはすぐ様身を翻し、未だ部下達が戦う背後へと向かって飛び出していった。ウルクもそれに続く。
「そこの白髪の美しい貴女。私は闘えはしませんが、頭脳には自信があります。私はルドガー・レジェノといいます。今後、クサビナ王国で役に立つ事が出来るでしょう。口添えをお願い出来ませんか?」
男は取り繕ってナウラに声を掛けた。
相貌を見せ付けるように髪をかきあげるが、ナウラは頭巾と笠を被り直すとシンカを見つめた。
「ナウラさんと言いましたね。貴女は何処の国の人なのでしょうか?貴女の様な美しい民族は見た事がない。教えて貰えますか?」
「………」
ナウラの返答はない。
そうこうしているうちに戦闘を終えたダフネ、ウルクが戻ってくる。
「シンカ!シャーニは!?」
「無事だ」
「お願いよぉ。瀕死の兵達がまだ居るのよ」
「分かっている」
ウルクの背後からは9人の兵士しか付いて来ていない。
急ぎ駆け付け、息のあるものの手当てをして行く。始めに矢で射られた者は一命を取り留めた。足を射られた者も出血が多かったが処置を施した。
腹を貫かれた者も助けられる。
首が分かたれた者が1人、失血死した者が1人、そして爆散した者が1人。
ナウラが隣で精霊への祈りを捧げている。
18人の勇者の内3人が死に、6人が重症。残る9人も何処かしら手傷を負っていた。
シンカは思わず熱い気持ちが込み上げ、涙を流さぬよう堪えながら、火行を暴走させて自爆した兵士の身体の一部や散り散りになった装備を集めた。
望まぬ戦争に参加し、死ぬ可能性が高い作戦に従事させられた兵士達。
そして最後まで同胞の為に戦い命を散らした。
彼等の親族は何と言うのだろう?
遠くで騒ぎ声が聴こえる。
とうとう門が破られたのだろう。
此処にも兵が雪崩れてくる。
6人の治療を終えると9人の軽傷者の手当てに移る。
これはナウラと共に行う。
ルドガーと言う男は拘束され床に転がされ、ダフネに顔を蹴られていた。
「卑劣な男!味方が殺されようとも剣一つ抜かないなんて!姑息な罠を張って!」
「や、やめっ、これは、せ、戦争でっ」
見苦しい。
「止めろ。もうすぐ諸侯軍が此処まで来る。向こうの重傷者や遺体を運びたい」
自分が居ない間に何があったのかは分からない。まともな神経なら武術を修めていなくとも同僚が戦っており、況してや危機的状況であれば一助にでもなればと剣を抜くだろう。
この男はこれまで死した誰1人の事も同僚や仲間、味方の類と考えてはいないのだろう。
駒なのだ。そんな者と関わり合いになどなりたくない。
「ナ、ナウラさん………私、は………」
ナウラも同じ様な感想を抱いているのだろう。無表情の上に僅かに眉が寄り嫌悪の感情を見せていた。
「貴方は何故私に執着するのでしょう?申し訳有りませんが、お導きは既に示されました。私は1人の男性にのみ心と身体を許します。ね、先生。シンカ」
「ん?」
そうこうしている内に諸侯の兵達がこの場に攻め寄せて来た。
本来であれば問答無用で斬りかかるのだろうが、道すがら血溜まりに沈むロボク兵を見て来たのだろう。部屋に佇むのが青鈴兵だと鎧で判断すると、貴族が1人人垣を掻き分けて姿を現した。
「私はクサビナ王国第二軍を預かるアーチボルト・キャンベル辺境伯である。そちらの所属を伺いたい」
「私は青鈴軍第一師団長、ダフネ・グレンデルよぉ。この建物は既に我々が制圧してる。そこのルドガー・レジェノと言う男以外は戦闘のうえ止む無く殺害したわよ」
「おお!カヤテ卿の従姪の!見掛けも装備も確かにグレンデル一族。それにそこの男は確かにロボク将軍のサムフィン・ギネス!しかし、我々は壁を乗り越え最初に此処に到達した筈だが?」
「そこの薬師に抜け道を見つけさせ乗り込んだの。この男は其方に引き渡すわぁ」
「良いのか?敵の抵抗が思ったより緩かったのは貴殿らが此処で軍の幹部を相手取って居たからであろう?」
「構わないわよ。そのかわりと言ってはなんだけど、負傷兵の搬送を手伝ってもらえる?」
「その程度であれば」
こうしてシンカ達一向は犠牲があったものの、カヤテの元に戻る事となった。
クサビナ軍の死傷者は凡そ1500、ロボク軍死傷者は4500にも登り、残りが捕虜となった。
捕虜は人道的な扱いを受け、数日後には武具没収のうえ釈放される事となる。
一方でアゾクに立てこもって居た首脳陣は、記録上その全員が戦闘のうえ討ち取られたとされている。
ロボクにおいて名高い将軍サムフィン・ギネスと、剣技指南役サルバトーレ・カルヴァン、そして平民上がりで兵士長まで成り上がったハルア、行兵長フレデリック・スタンリーの死は残されたロボク諸侯の戦意を根刮ぎ奪い、その後王都モルンパーチまで抵抗という抵抗も無く、そして王都も制圧される事となった。
敵将らを討ち取った者の名は無く、第一王太子の戦功が華々しく語られる事となる。
そしてマニトゥー大使を殺害し、クサビナに罪を着せようとした罪状でマリク・ケンネルを処刑、同時に高齢と、アゾク陥落の報を聞き他界した国王ユリウス3世に代わり10歳のラミウス5世を擁立。ラムダール伯爵を執政としてモルンパーチに残しクサビナ軍は王都から引き上げる。
アゾク要塞には3000の兵とアーチボルト辺境伯を残し、残る全軍は国境を引き返した。
森歴192年冬下月の事であった。
ご評価・ご感想・ご登録の程宜しくお願い致します。




