3
「今度はこっちを着てみようか」
「えっ、所長。もう買いましたよ」
「大丈夫よ。息子たちの買い物なんてもっと時間がかかるんだから」
「そうそう。今日だって待ち合わせの時間までまだ時間がある」
皆でデパートに来て、高山先生夫妻は自分たちの買い物がしたいといって入口で別れて、私は所長と奥さんと一緒に私が事務所で着る洋服探しをしている。今日はあまりお金を持っていないので、今日買った洋服の分は所長に建て替えて貰って後日銀行で引き出そうと思っていた。
「もしかして倫子ちゃん、自分で払おうとしていないかしら」
奥さんに聞かれて、私は頷く。
「いいんだよ。制服として支給すると思えば。日曜日はお使いを頼むことは少ないけど、土曜日はこれからお使いを頼むこともあるから高校の制服というのもそろそろ限界だ」
「今日は私達に付き合ってもらっていいかしら?無印良品は今度行きましょうね」
所長に連れられてきたのはデパートの外商部。事務所でお仕事しているときに何度かあった事のある担当者さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。今日はどうかなさいましたか?」
「うん。倫子ちゃんが事務所で仕事するときに着る服を見たくてね。いくつか見せてもらえないかな」
「成程。学校の制服だと困るときもありますね。皆さんのご意見は?」
「年相応のものがいいです」
外商さんに聞かれて私は答える。いくつかお持ちしますので外商サロンに先に行ってもらってもよろしいですかと言われたので私達は外商サロンで彼を待つことにした。
暫くすると何着かの洋服を手に外商さんと売り場の担当の女性が来てくれた。
「一度採寸をさせて貰ってもよろしいですか?」
「はい……。所長?」
「いいよ。ちゃんと採寸して貰いなさい。そうそう一つお願いがあるんだよ」
私は女性に手を引かれて奥に向かった。今日の私は制服姿だ。
「制服は大きめだけど、今回はあまり大きいサイズは止めましょう」
「ありがとうございます」
「それと奥様からバストサイズも測るようにと言われたからブラジャーも外してね」
「えっ?」
「サイズを測るのは私だから……だめかな?」
「そうじゃなくて……お腹の辺りに手術の傷痕があって……」
「それなら、先に上半身のサイズを測りましょう。ウエストとヒップは下着の上からで大丈夫だから……それなら気にならない?」
やっぱり、あまり傷痕を人に見られたくないから申し訳ないなあと思いながら、メジャーを片手に持ったお姉さんに告げた。
「でも、生きるための勲章と思ってくれたらいいな。自分で傷をつけたわけじゃないでしょう?」
確かに、自分で刃物でお腹を切ったりなんてしていない。私は頷く。
「初めて会った私を心配して教えてくれたんだね。ありがとう。高山様が遅いと心配されてしまうからサイズを測っちゃいましょう」
そう言うとテキパキと私のサイズを測ってしまった。
「あら?ブラジャーのサイズが合っていないわ。サイズにあったものを用意しましょう。どういうのが好み?」
「高校生なので……年相応のものでお願いします」
「色は?冠婚葬祭があった時には黒があったほうがいいけど高校生は制服があるからまだいいわ。そうね、淡い色合いの方が好きかしら?」
「はい。できたらクリーム色っぽい方がいいです」
「分かったわ。そうなると、高山先生が見ていた洋服はちょっとお姉さん過ぎるわね」
「そうですね。ちょっとお姉さんだと思います」
「分かったわ。もう少し若い子が着るブランドをいくつか用意して持ってきますね。高山様の所に戻りましょう」
そして私は所長の所に戻った。
「高山様。今回こちらにお持ちの洋服だと、こちらのお客様よりもう少し年が上の方の方が似合うと思いますので、サイズに合わせてこちらで用意させてもらってもよろしいでしょうか?」
「そうなのか?」
「倫子ちゃんもそう思う?」
「私……タイトスカートって履いた事ありません。それに銀行の窓口にいるお姉さんのような服はまだ私には早いかなあって思うんですけど」
「そう?高校を卒業して働く子もいるからいいかなって思ったけど、まだちょっと早いか。君たちはどう思う?」
「そうですね。こちらのお嬢様にはまだ少々早いかと思われます。同じタイトスカートでもウエストラインにちょっと個性があったらお似合いだと思います」
「成程。じゃあ君のセンスに任せるから倫子ちゃんらしいものを用意して貰えるかい?」
「かしこまりました」
お姉さんは暫くお待ちくださいと言ってから私達が持ってきた洋服を戻してきますねと売り場に戻ってしまった。
「ちゃんと採寸して貰えた?」
「はい、思った割に……でした」
「何?太っちゃったの?」
「いいえ。ウエストが少し細くなっていました。最近スカートが少しだけ緩くなっていたから」
「あらっ、ダイエットしているの?無理なダイエットはいけないのよ」
「そんなことはしていません。体力がないので、体力維持に少しだけ体を動かしてはいますけど。食事の量を減らしたりはしていませんよ」
「そうだぞ。まだ成長期だから無茶はいけないよ。こないだ倒れたばかりなんだから」
私達はソファーに座って届けてくれる洋服を待っている。やがてお茶のお替りですと暖かいお茶を貰った。私は、ありがとうございますと返した。
「やっぱり倫子ちゃんはしっかりしているわよね」
私がお茶を一口飲んでいる姿を見ながら奥さんが言う。
「そうですか?親に躾はしてもらいましたけど、そんなに長期間ではなかったですよ」
「そうよね。おばあちゃんかしら?」
「そうだと思います。いつもは畑や田んぼにいることが多いですけど、祖母がいたから今の私がいるのかもしれません」
「そうだね。一緒に暮らしている人がちょっと期待できないから。相変わらずかい?彼らは」
「そういう意味ではそうですね。高校を卒業したら家を出ようとは思っています。彼らに賃貸として正式に契約書を交わしてやり取りするか、あの土地を売却するかはまだ決めてはいないけど」
「売却すると、売却益が所得税としてかかってくるから……できたら賃貸として貸した方がいいかな。その時には知り合いの不動産屋に頼んで適正な家賃を決めたらいい。今彼らに支払うようにと言ってある家賃は平均値にしか過ぎないから」
「そうなんですね。それでも支払ってもらえるのならこちらは助かりますよ。一人でも生きていくにはお金って重要なものですもの」
「そうだね。彼らで困ったことがあったらいつでも言いなさい」
「はい。ありがとうございます」
「それにしても、倫子ちゃんの財産を私物化するだなんて。他の親族が気が付かないっていうのもおかしいわよ」
「奥さん。それはですね、親族の前では猫かわいがりに私を構っていたせいでみんなそうなんだと思い込ませたからです」
「その方がもっと悪質じゃない。倫子ちゃんを道具扱いするだなんて」
「もういいんです。今後はそういうこともありませんし、今は事務所で通帳を預かってもらっていますから」
「そうね。あの額を見たら確かのおかしくなってしまうのかもしれないわね。でも将来はどう考えているの?」
「結婚相手にも私の預金総額は教えない方がいいかなって思っています。まあ、相手がよっちゃんだったり、小学校からの同級生とか私の事をよく知っている人には通じませんけど」
「そうね。その可能性は?」
「分かりません。でも結婚するとしたら結婚式をするだろうからお金かかるし、いずれ家を建てるとしたら、頭金に活用できるし、老後の資金の元手にもなりますよね?」
「高校生の倫子ちゃんに老後って言われるとちょっとこっちも困っちゃうけど、それも現実だね。こないだご両親の保険金の一部を運用に回したけど、運用レポートはこちらで預かってアルバイトの時に説明するでいいのかな?」
「はい、構いません」
「新しい投資商品の説明とかは学校が休みの時に来てもらうでいいかな」
「はい。それでいいです」
所長に紹介されて、両親の保険金の一部を投資に回している。今は景気がいいので運用率もいいということだった。
「株式はどうしたい?」
「そうですね。持っていたら何かいいことがありますか?」
「そうだね。纏まって持っていると株主優待制度で割引券がきたり、品物がもらえたりするよ」
「それなら……遊園地とか映画館もですか?」
「そうだね。でも損をすることもあるから見極めは必要だよ」
「学校に行きながらじゃ難しいですね。今はいいです」
「そうね。大学生になってからの方がいいかもしれないわ」
お待たせいたしましたといって再びお姉さんがもう一人の人と一緒に抱えきれないほどの洋服を持って来てくれた。
「さあ、お嬢さん試着をしましょう。お嬢さんの下着のサイズも用意しましたが……どうしましょうか?」
「ちゃんとしたものを見につけたほうがいいから今身に着けているのは止めましょうね」
「はい、奥さん」
「じゃあ、奥にいきましょう」
最初にスーツ一式を渡される。所長たちはタイトスカートのスーツを探してくれたけれども、今渡されたものはフレアスカートのスーツだった。
私は制服を脱いで、新しいブラジャーを付けてからシャツを着替えてスーツを着る。今までなかったバストのラインがうっすらとだけど分かるような気がする。フレアスカートの方はハイウエストでジャケットはショート丈だった。
「あっ、あの……」
私はカーテンから顔をだして誰かを呼ぼうとしたら
「着替え終わりましたか?そうしたら、こっちの革靴を履いてもらっていいかしら?」
少し大きいけど我慢してねと少しだけかかとの高い靴を差し出してくれた。
「本当はストッキングで履いた方がいいけど、今日はソックスだからイメージだけね」
いつもより少しだけ目線が上がってかなり恥ずかしい。
「大変お似合いですよ。通勤用としてもいいですし、ちょっとしたお出かけにも使えます。それに少しだけお姉さんになった感じでしょう?」
「はい」
「それとブラジャーはちゃんとしたサイズだから、いままでよりも女性らしいラインになったの分かる?」
私はさっき自分でも自覚をしたから頷く。
「まだ成長期だから、自分の体に合ったものを使わないと成長しないの。これからは定期的にお店でサイズを確認したほうがいいわよ」
「知りませんでした。ありがとうございます。私ってAカップじゃないんですね」
今まではずっとAカップだと思っていたけど、今日はBカップのブラジャーをしている。
それにアンダーのサイズも違ったようで、今までつけていたよりも体にフィットしているのに不快には思わなかった。
「倫子ちゃん?大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「よろしければ、こちらでご覧になりますか?高山様」
私はちょっと靴が大きいせいかちょっと足元が覚束ないけど、所長の所に向かおうとしたら、所長たちがこっちに来てくれた。
「流石に若い人のことは若い人ね」
「そうだな。こっちの方が倫子ちゃんには似合っているな。可愛いぞ」
「そうですね。今回はこっちでローヒールの靴を用意しましたが、ヒールのないパンプスでも大丈夫です。靴を用意したほうがよろしいですか?」
「そうだね。合った方がいいだろう。黒でいいけど……来週の土曜日の午後に用意して貰ってもいいかい?事務所に持って来てくれ」
「かしこまりました。こちらのお嬢さんはご親戚ですか?」
「ちょっと違うけど、週末に家の事務所で社会勉強をしてもらうんだ」
「そうでしたか。確かにそれでは高校の制服では無理な時もありますね」
「今の服なら、ちょっとお出かけという時でも大丈夫よ。これからはデートするときもあるでしょう?」
「デートなんてそんな。まだ勉強が先です」
「そうだね。せっかく特待生になったんだからそれもいいだろうけど、やっぱりこういうフェミニンな服はあったほうがいい。一般論だけど、男性はこういう服好きだからね」
私は再び試着室に戻って、今度は違う服を着ることになった。着替えるたびに所長たちは私の事を可愛いわねって言いながら、試着したものをすべてお買い上げしてしまった。最後に試着した服をそのまま今日は着て帰ることになって、脱いだ制服を持って帰ることになった。
「今回のメーカーは近々夏物が入荷します。カタログが店舗にあったので、お買い上げの品物の中に入れておきますね」
所長がお支払いをしている間、奥さんは私が今日来ていた服が売り場のどこにあるのか確認しながら、新しいカタログを早速見ながら、本当に可愛いわねなんて言っていた。
あれ?普段着に近い洋服を買いに行くって話じゃなかったっけって私は思ったのだけど、今更そんなことは言えないよなあと諦めるしかなかった。
最初に見ていたのは婦人服の売り場→外商サロンに異動→ヤングフロアーで探し直して試着とイメージして貰えたらいいと思います。




