第5章 全部デッチ上げだった!? 夫が一晩で白状した情けなさすぎる真相
……眠れなかった。
昨日の話し合いを思い出すたびに、どうしようもなく腹が立ってくる。
私は不倫なんてしていない。
それなのに、あんな写真まで用意されて、両親たちにまで疑われてしまった。
トシアキの態度も腹立たしかったけれど、何よりショックだったのは、母にまで本当に不倫をしたのかと聞かれたことだ。
……まあ、あんな写真を見せられたら、疑われるのも仕方ないのかもしれないけど。
それでも、やっぱり悲しかった。
結局、昨夜は弁護士の相談先を調べたり、写真が偽物だと証明する方法を検索したりしているうちに、すっかり朝になってしまった。
はあ……。
これから、どれだけ時間とお金がかかるんだろう。
考えただけでも憂鬱になる。
でも、やるしかない。
こんなことで不倫を認めて、慰謝料まで払わされるなんて、絶対に嫌だもの。
そんなことを考えていたときだった。
突然、スマートフォンが鳴り出した。
……ん?
誰だろう、こんな朝から。
画面を見ると、義母さんからだった。
「はい、ノゾミです」
『ああ、ノゾミさん。おはようございます。朝早くからごめんなさいね』
「いえ、大丈夫ですけど……どうかしましたか?」
『実はね、昨日のことでお話があるの』
……昨日のこと?
もしかして、あの写真について何かわかったんだろうか。
私は慌てて姿勢を正した。
「はい。何でしょうか?」
『昨日、帰ってからトシアキとじっくり話したのよ。それでね……』
義母さんはそこで言葉を切った。
そして、大きくため息をつく。
『……本当に申し訳ありません。あの写真、全部あの子たちが仕組んだことだったの』
「…………はい?」
……え?
今、何て言った?
「……あの、義母さん。もう一度お願いします」
『だから、ノゾミさんの不倫なんて、最初からなかったのよ。あの子が友達と一緒になって、全部デッチ上げたんですって』
…………。
…………はあ?
ちょっと待って。
何、それ。
「……つまり、あの写真は全部嘘だったってことですか?」
『ええ。トシアキが認めたわ』
……嘘でしょう?
いや、嘘だったんだけど。
そうじゃなくて!
あれだけ自信満々に私を責め立てていたのに、たった一晩で白状したっていうの?
正直、拍子抜けしてしまった。
これから長い戦いになるかもしれないと覚悟していたのに。
「……あの、それで、一体どういうことだったんですか?」
『それがね……聞いていて情けなくなるような話なのよ』
義母さんは、疲れ切ったような声で事情を説明してくれた。
どうやら、トシアキは以前から大学時代の友人に、私との結婚生活の愚痴をこぼしていたらしい。
私がどれだけ細かいだの、わがままだの、何かにつけて文句を言っていたそうだ。
……まあ、そのくらいは別にいい。
夫婦仲が悪いんだから、愚痴くらい言いたくなることもあるでしょう。
私だって、友達にトシアキの悪口を言ったことくらいあるし。
問題は、その後だ。
トシアキの愚痴を聞いていた友人が、とんでもないことを言い出したらしい。
『どうせ離婚するなら、その性悪女をハメて小遣い稼ぎでもしようぜ』
……何よ、それ。
意味がわからない。
どうして離婚する話から、私をハメてお金を取ろうなんて話になるのよ?
しかも、トシアキもその提案に乗ったというのだから呆れてしまう。
それで二人が考えたのが、私の不倫をデッチ上げる計画だったらしい。
まず、トシアキの友人が私に道を尋ねるふりをして近づいた。
そう。
あの駅前で道を聞いてきた男性だ。
やっぱり、トシアキの知り合いだったのだ。
そして、私が道を教えているところを、別の場所から撮影した。
そのときに使ったのが、トシアキが得意げに説明していた、あの証明アプリだったという。
……なるほど。
だから、あんな写真があったのか。
でも、問題はホテルの写真だ。
あれについて尋ねると、義母さんはさらに呆れた声になった。
『それがね、あの写真の女の人、ノゾミさんじゃないんですって』
「……え?」
『友達の交際相手に協力してもらって、ノゾミさんに似た格好をさせたそうなの』
…………はあ?
「……つまり、別人だったってことですか?」
『そういうことね。髪型や服装を似せて、後ろ姿を撮影したんですって』
……なんじゃそりゃ。
どうやら、トシアキの友人は、自分の交際相手に私と似た服装をさせ、ホテルに出入りするところを撮影したらしい。
髪型もバッグも、できるだけ私に似せて。
しかも、顔がはっきり写らないように、後ろ姿を中心に撮影したという。
そして、例の証明アプリを使って、撮影日時や位置情報を記録した。
……ああ、そういうこと。
ようやく理解できた。
確かに、写真そのものは加工されていないのかもしれない。
実際にホテルへ出入りする男女を撮影したのだから。
でも、そこに写っている女が私だとは限らない。
そもそも、別人なんだから!
つまり、あの証明アプリは、写真が撮影後に改変されていないことを示せても、写っている人物が誰なのかまでは証明できないわけだ。
……よく考えれば、当たり前の話よね。
それなのに、昨日の私はすっかり混乱してしまっていた。
トシアキも、アプリの記録があれば誰も疑わないと思っていたらしい。
本当に、どこまで馬鹿なのよ。
「……でも、義母さん。だったら、どうしてそんなに簡単に白状したんですか?」
『それはね、やっぱりあの写真の男の人が気になったからなの』
義母さんの話によると、写真に写っていた男性は、やはりトシアキの大学時代の友人だった。
昔、何度か家に遊びに来たことがあって、義母さんはその顔を覚えていたらしい。
そこで、昨日の話し合いが終わった後、義父さんと二人でトシアキを問い詰めたという。
最初は知らないの一点張りだったそうだ。
ところが、友人本人に確認することや、写真の出所を詳しく調べることを告げると、次第に言い訳が苦しくなってきたらしい。
そして最後には、とうとう全部白状してしまったのだとか。
……何なのよ、それ。
私をあれだけ追い詰めておいて、たった一晩で全部ゲロったわけ?
本当に、情けない。
『ノゾミさん。本当にごめんなさいね。まさか、うちの息子がこんな馬鹿なことをするなんて……』
電話の向こうで、義母さんが深く頭を下げているような気がした。
私は慌てて答える。
「いえ、義母さんが謝ることじゃありませんよ。それより、昨日は本当にありがとうございました」
『……え?』
「義母さんがあの男性のことに気づいてくれなかったら、私、どうなっていたかわかりませんから」
これは本心だった。
あのまま誰にも疑問を持ってもらえなかったら、私は一人で戦わなければならなかったかもしれない。
そう考えると、義母さんには感謝しかない。
『……そう言ってもらえると、少しは気が楽になるわ。でも、トシアキのしたことは許されることじゃないからね』
「はい。私もそう思います」
『あの子にも、きちんと謝らせるから』
「……わかりました」
電話を切った後、私はベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめながら、しばらく何も考えられなかった。
……終わった。
とりあえず、不倫の濡れ衣は晴れたのだ。
そのことには、心から安心した。
だけど……。
「……本当に、最低」
思わず声が漏れた。
だって、そうでしょう?
私は何も悪いことをしていない。
それなのに、私を不倫したことにして、慰謝料をふんだくろうとしたのだ。
しかも、友人と二人で計画まで立てて。
これが単なる夫婦喧嘩の延長だというのなら、世の中の夫婦喧嘩はどれだけ恐ろしいものになるのよ。
……冗談じゃない。
不倫の濡れ衣が晴れたことと、トシアキたちがやったことを許すかどうかは、まったく別の話だ。
私は、そう考えていた。
* * *
その日の午後。
私たちの家のリビングには、私とトシアキ、そして義父母の四人が集まっていた。
義母さんたちが、改めてトシアキを謝罪させるために連れてきたのだ。
もっとも、本人には謝る気なんてなさそうだった。
「……あー、もういいだろ。全部認めたんだからさ」
トシアキは、面倒くさそうに頭をかいた。
……はあ?
「どうせ離婚するんだし、もういいだろ。お前だって早く離婚したかったんだろう?」
「……それで?」
「だから、もう終わりにしようぜ。はいはい、俺が悪かったよ。これでいいだろ?」
……何、その態度。
謝っているつもりなの?
まるで、ちょっとしたいたずらがバレて、仕方なく謝らされている子供みたいじゃない。
「トシアキ! あなた、本当に反省しているの!?」
義母さんが怒鳴った。
しかし、トシアキは不満そうな顔をするばかりだった。
「反省してるって! だから謝っただろ!」
「そんな態度で謝られて、誰が納得すると思ってるの!」
「うるさいな! もう終わったことだろ!」
……ああ、もう。
本当に、どこまで自分勝手なのよ。
私は大きく息を吸い込んだ。
「ねえ、トシアキ。あなた、自分が何をしたのかわかってる?」
「あ? だから、嘘をついたんだろ。それは認めてるじゃねえか」
「ただの嘘じゃないでしょう! 私を不倫したことにして、慰謝料を取ろうとしたのよ!」
「だから、悪かったって言ってるだろ!」
「謝れば済むと思ってるの?」
「……何だよ」
私は、トシアキをまっすぐ見つめた。
「あなたがやったことは、ただの夫婦喧嘩じゃないの。人を騙して、お金を取ろうとしたのよ。それも、友達と一緒になって」
「……っ!」
「これがどれだけ重大なことなのか、わかってる?」
すると、トシアキは突然、声を荒らげた。
「なんだよ、大げさなんだよ! そもそも、お前がいつも俺に文句ばっかり言ってくるから!」
……はあ?
「俺だって、ずっと我慢してきたんだぞ! それなのに、お前は自分のことばっかりで!」
「……それが何?」
「だから! 俺だけが悪いわけじゃないって言ってるんだよ!」
……ああ、そう。
そういうこと。
結局、この男は何もわかっていないのだ。
私たちの結婚生活がうまくいかなかったことについては、私にも悪いところがあったと思う。
それは認める。
でも、それと今回のことは別でしょう?
「ねえ、トシアキ。私たちが夫婦としてうまくいかなかったことと、あなたが嘘の不倫をデッチ上げたことに、何の関係があるの?」
「……だから!」
「私に不満があるなら、普通に離婚すればよかったじゃない。どうしてわざわざ嘘の証拠まで作ったのよ?」
「それは……友達が言い出したんだよ!」
……おい。
今度は友達のせいか。
「俺は最初、そんなことするつもりなかったんだ! あいつが、どうせ別れるなら慰謝料くらい取れって言うから!」
「でも、実際にやったんでしょう?」
「……っ!」
「嫌なら断ればよかったじゃない」
「だから! あいつがうまくいくって言ったんだよ!」
……はあ。
もう、呆れて言葉も出ない。
義父さんも、深いため息をついていた。
「トシアキ……お前、本当に情けないな」
「何だよ、父さんまで!」
「友達に言われたからやった? そんな言い訳が通ると思ってるのか?」
「……っ!」
「自分のやったことくらい、自分で責任を取りなさい!」
義父さんの厳しい声に、トシアキはようやく黙り込んだ。
でも、その顔を見ればわかる。
反省なんてしていない。
ただ、自分ばかり責められるのが気に入らないだけなのだ。
……もう、いい。
こんな男と、これ以上言い争っても無駄だ。
私は静かに口を開いた。
「トシアキ。離婚については、予定どおり進めましょう」
「……あ?」
「私だって、あなたと一刻も早く別れたい。その気持ちは変わらないわ」
「だったら、もういいだろ!」
トシアキの顔が、ぱっと明るくなった。
……何を喜んでるのよ。
まだ話は終わってないんだけど。
「でもね、今回のことは別だから」
「……は?」
「不倫をデッチ上げて、私から慰謝料を取ろうとしたことについては、きちんと責任を取ってもらうわ」
トシアキが眉をひそめる。
「……何が言いたいんだよ」
「弁護士に相談するって言ってるの」
「……はあ!?」
私は、ゆっくりと言葉を続けた。
「あなたが嘘をついたことも、友達と一緒に計画したことも、全部きちんと確認してもらう。そのうえで、あなたたちに責任を取ってもらうつもりよ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
トシアキが慌てたように身を乗り出した。
「何でそんな大げさなことになるんだよ! もう謝っただろ!」
「謝れば何をしても許されると思ってるの?」
「いや、だから……!」
「それに、今の話だと、あなたの友達も最初から計画に関わっていたんでしょう?」
「……そ、そうだけど」
「だったら、その人にも責任を取ってもらうわ」
そう言った瞬間、トシアキの顔色が変わった。
「はあ!? 何で友達まで巻き込むんだよ!」
……いやいや。
何を言ってるの、この男は。
「巻き込むも何も、最初から一緒にやってたんでしょう?」
「いや、そうだけど! そこまでする必要ないだろ!」
「必要があるかどうかは、弁護士さんに相談して決めるわ」
「お前、そこまでして俺たちから金を取ろうっていうのか!?」
……はあ?
今、それを言う?
「それ、あなたが私にやろうとしたことじゃない」
「……っ!」
「私は、あなたたちがやったことについて、きちんと責任を取ってほしいだけよ」
トシアキは口を開いたまま、何も言い返せなくなった。
その様子を見て、私は少しだけ胸がすく思いがした。
……まったく。
人から慰謝料を取ろうとしたくせに、自分が責任を追及される立場になった途端、これだもの。
本当に、勝手な男だ。
私は義父母に向き直った。
「義父さん、義母さん。すみませんが、今回の件は私の方で弁護士に相談しようと思います」
義母さんは静かに頷いた。
「ええ。それがいいと思うわ。こちらも、あの子が話したことはきちんと確認しておくから」
「ありがとうございます」
「ノゾミさん。本当に申し訳ありませんでした」
義父さんも、深々と頭を下げた。
私は慌てて首を振る。
「いえ、お二人が謝ることじゃありませんから」
それは本心だった。
むしろ、義父母が冷静に対応してくれたおかげで、こんなに早く真相がわかったのだ。
感謝こそすれ、責める気持ちなんてない。
……問題は、目の前の男の方だ。
「なあ、ノゾミ……本当に弁護士なんかに相談するのか?」
トシアキが、先ほどまでとは打って変わった弱々しい声で尋ねてきた。
「ええ、もちろん」
「……もう、いいじゃねえか」
「よくないわよ」
「だって、もう不倫してないってわかったんだろ?」
……ああ。
もう、本当に。
私は大きくため息をついた。
「だからこそ、でしょう?」
「……は?」
「あなたが嘘をついていたって、はっきりしたんだから」
トシアキは、とうとう黙り込んでしまった。
私はもう、それ以上何も言わなかった。
だって、何を説明したところで、この男には理解できないんだろうから。
それに、もう私が直接言い争う必要もない。
これからは、必要なことを専門家に相談しながら、淡々と進めていけばいい。
そう思うと、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
不倫の濡れ衣は晴れた。
それだけでも、昨日までの絶望感が嘘のようだった。
でも、だからといって、すべてが終わったわけじゃない。
むしろ、これからだ。
私を騙して慰謝料を取ろうとしたトシアキと、その計画を考えた友人。
この二人には、きちんと自分たちのやったことに向き合ってもらわなければならない。
私は、もう一度スマートフォンを手に取った。
昨日調べておいた、弁護士の相談先が画面に表示されている。
……さて。
今度は、こっちの番ね。
不倫の濡れ衣は晴れた――けれど、私を騙した二人には、まだ何ひとつ償ってもらっていない。




