番外編③ 残り香
仕事帰りの苺依は、マンションの廊下でため息をついた。
「……疲れたぁ」
ようやく帰ってきて玄関の鍵を開けようとしていた。
「……あれ」
鍵がない。
バッグの中を探していると、後ろから声がした。
「何してんだよ」
振り返ると白いパーカーのTOMAさんがコンビニ袋を持って立っていた。
「あ、TOMAさん。鍵が見つからなくて……」
「みせてみろ」
バッグを取られ、中を探される。
「あ、あの、自分で……」
「いいから」
数秒後。
「……あった」
バッグから鍵を取り出した。
「わ、ありがとうございます」
「相変わらずどんくさいな」
「そんなことないですよ。これでも先月はミスもクレームもなかったんですから」
他愛もない会話をしながら玄関に入ると。
コンッ……
TOMAの手が、苺依のすぐ横の壁についた。
「……え?」
気づけば逃げ道がない。
「あのっ……?」
突然の壁ドンに、苺依は思わずバッグの持ち手をぎゅっと握りしめる。
「すんすん……」
「TOMAさん? なにを匂って……」
「くせぇ……」
「え!? 汗くさい!? うそ!?」
「違う。香水。誰のか知らないけど……メンズの香水だろ?」
「男物の香水って……あ」
たしかに今日のお客様の中にかなり香水の匂いがきつい男性がいた。
部屋中に漂うその匂いは頭がくらっとしてしまうほどだった。
「すみません、すぐにシャワー浴びますね」
慌てて浴室に向かおうとする苺依の手をTOMAが引き止めた。
「あの……TOMAさん」
「いい」
「え?」
「だからそのままでいいって。飯食おうぜ。買ってきたから」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃあ私が準備するのでTOMAさんは座って待っててくださいね」
そう言ってTOMAから袋を受け取り苺依はリビングに消えていった。
「……ったく」
玄関に残されたTOMAは小さく息を吐いて前髪をかき上げた。
他の男の匂いにこれほど過剰に反応してしまう自分自身に驚いた。
「……俺、こんなに余裕なかったか?」
苦笑しながら深い溜息を吐く。
「なにやってんだ、俺。これじゃただの独占欲じゃん……はぁ」
自分でも呆れるほどざわついた胸。
口元がわずかに緩んだ。
『だけど、今はまだ……俺の隣にいろ』
そんな言葉は胸の奥にしまったまま。
Fin




