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9.新しいパパ


    ■□■□■



何が起こった? 衝撃で頭がくらくらするも、立花はなんとか立ちあがった。


火災報知器がけたたましい音を鳴り響かせ、辺りは瓦礫の山だ。粉塵が視界を濁し、さらに黒い煙が混ざっている。


上を見ると、ぽっかりと大きな穴が開いている。そこでやっと、床が崩れて下の階に落ちたことを理解した。


煙の臭いがきつくなってきて、立花はハンカチで口を押さえながらしゃがんだ。足元にユキと、少女専門キャバクラ銃殺事件の実行犯と思われるブロンドの女もいる。


あの事件自体はマフィアの内部抗争、ということでカタがついていた。殺されたのは幹部候補の幸坂とその部下たちで、少し前に別の幹部候補が、幸坂によって殺されていた。


その男は木崎といい、幹部候補といってもその貫目はないが、優秀なヒットマンを飼っているとの噂があった。ヒットマンを使ってライバルたちを消し去り、たいした実力でもないのに、のしあがってきたというのだ。


そのヒットマンと考えられるのが、立花も目撃したブロンド。そして共犯の疑いがあるのが、当日入店して犯行後に消え去ったユキだ。


彼女たちの行方は未だにわかっていないし、警察としてもあまり本気では捜していない。被害者が一般人ならともかく、マフィアの内部抗争だ。さらに容疑者がすでに被害者に殺されている。起訴には値しないという判断だ。


ここには別件で来ていた立花としても、ユキを見かけたところで無視してもよかったのだが、一つだけ確認しておきたいことがあった。ジュリの代役として立花の前に現れたのは、偶然かどうかだ。


そもそも、立花が少女キャバクラ店に入ったのは捜査のためでも楽しむためでもない。別れた妻から、娘の珠理奈がいかがわしい店でバイトしているから辞めさせてくれ、と頼まれたからだ。


さっそく店をつきとめ、客として入った。この手の店は、レストランで食事していたらたまたま少女と相席になった、というテイで合法を主張している。法律でグレーな以上、警察だからといって無茶なことはできない。


そうなると珠理奈を説得するしかないのだが、その自信はない。娘には毛嫌いされているのだ。


何度も店に通う覚悟をしていたが、会うことはかなわず、あの銃殺事件が起きた。怪我の巧妙というべきか、そのショックで娘は店を辞めた。


「いったい……なにが」頭上の大穴を見ながらつぶやいた立花は、異変に気づいた。


崩れた上階の大穴からは、さらに上の階の天井が見える。そこに亀裂が奔り、さらに枝分かれしながら拡張しているのだ。


一刻も早くここから離れねばっ! 立花はユキとブロンドを引きずりながら瓦礫の山を降りようとしたが、簡単には進まない。


もう時間がない! と、青くなった瞬間、ブロンドの意識が戻った。


「走れ! 早く!」立花は怒鳴りながらユキを抱えて駆け降り、運良く近くにあったテーブルの下に滑り込んだ。


ブロンドも隣のテーブルの下に駆け込んだ直後、コンクリートの豪雨が降り注ぐ。


崩れた箇所は小規模だったが、同じ所にとどまっていたらさすがに命はなかっただろう。


安堵のため息を落としたのもつかのま、今度は炎が迫ってくるのに気づいた。


「くそっ!」立花はテーブルから出て、ユキを背負って走る。ブロンドも後ろをついてきた。


ビルの構造は事前に調べていた。三メートル前すら見えないほどに視界が悪くて絶対の自信はないが、この先には非常階段があるはずなのだ。


立花は全力で走る。一人の少女を背負いながらの疾走は大きな負担だったが、立ち止まって一息する猶予はない。炎がすぐそこまで迫っているのだ。


「緑の光!」ブロンドがいった。


「非常階段だ、あの中に!」


非常階段の扉を蹴り開けて中に滑りこむ。続けて壁に埋め込むように設置されていた重厚な防火扉をブロンドと力を合わせて閉めた。


数瞬後に何かが破裂する音とその衝撃が扉越しに伝わった。扉の向こうは見えないが、間一髪だったのだろう。


荒い呼吸のまま、その場にへたり込む。四十の身体にはこたえた。


背中からユキがずり落ちて、廊下に横たわる。特に外傷はないようだが、意識は戻っていない。脈と呼吸を確認する限りでは問題なさそうだが、医者ではないので詳しいことはわからない。


息を整えながら、それにしてもと、立花は思う。なんの因果か立花が救ったのは犯罪者だ。もちろん、さきのフロアーにいたであろう一般人を救出する余裕など微塵もなかったが、警察官としてはやるせない気持ちになる。


「オッサン、なにもんだ?」ブロンドがいった。見た目にそぐわない、よどみのないニホン語だ。


「警官だ」


「へー、お巡りもけっこうやるじゃん」


おや? と、立花は思った。警察だと明かしたのに、ブロンドは身構える様子はない。つまり捕まるとは思っていないのだろう。


「アタシのことはマリアって呼んでくれ。オッサンは?」


「立花だ。だが俺のことは、そのままオッサンと呼んでくれてかまわない」


「リョーカイ、オッサン」マリアは満足そうな笑みで敬礼してみせた。


立花はため息で応じながら立ち上がり、折り返し構造となっている非常階段の下側を覗いた。三階ほど下で崩れ落ち、階段は途切れている。次に上層を見あげる。見える範囲では無事のようだ。


「屋上に登って救援ヘリを待つしかないようだ」立花はユキを背負い直し、階段を登る。マリアもついてきた。


今いるのが六十階なので、あと二十階上がれば屋上だ。なんとかなるだろうと、立花は考えていたが、一階登っただけで膝が震えだした。


「おい、ユキ。薄目開いてるぞ。起きてるんじゃないのか?」マリアがいった。


「えへへー、ばれちった」背後で明るい声がした。


「だったら、とっとと降りろ」立花は、抱えていたユキの脚を離したが、ユキは首にしがみついて離れない。「ぐ……首が絞まるっ! 離せ」


「パパって呼んでもいいなら、離してあげる」


「好きに呼んでいいから、離せ!」


「はーい!」ユキはすとんと背中から降り、「助けてくれてありがとー。これからもよろしくね、パパ」と、満面の笑みでいった。


ユキの妙な態度を不審に思った立花だが、あれこれ考えている暇はない。「急ぐぞ!」とだけいって、階段を早足で登る。



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