7.ブロンド美女はホームレス(1)
パパが喜ぶので、由紀はいっそう修行にはげんだ。
幸か不幸か由紀には才能があった。一族の誰よりも、そういっていいほどの才覚だった。
それに気づいたパパの態度が、変わりはじめた。さらに修行が過酷になり、「復讐」という言葉をよく口にするようになった。どうやらパパは一族で才能がありながらも、血筋の問題で宗家から遠ざけられているらしかった。
由紀が十五歳となった日、「宗家に行ってくる。宗家の『姫』には由紀がなるんだ」と残してパパは出かけた。
そして、戻ることはなかった。
このころの由紀は、鳥や猪を狩ることもできたし、果物や木の実も豊富な山なので、飢えることはなかった。それでも由紀は新しいパパを探すために、一ヶ月ほどで山を降りた。
街について繁華街をふらふらしていると、ギャングに絡まれた。十人ほどのギャングを返り討ちにしてやると、彼らがケツモチのマフィアを呼んだ。
三十半ばのマフィアの幹部候補、それが先日までのパパだ。パパは由紀のために高級マンションを用意し、自身もそこに入り浸った。そして、ほとんど野人だった由紀に社会常識を教えた。
電話越しに誰かを怒鳴りつけていることが多かったパパだが、由紀には優しかった。たまに意地悪なときもあったので、親子というよりは、歳の離れた兄妹のような関係に近かった。
半年ほど経ったある日、「あるヤツを今日中に消さないと、俺が殺されることになる」とパパがいいだした。それは一大事だと由紀は思い、「あるヤツ」の元に向かった。
市内の大きなホテルで開催されているパーティー会場だった。刃物も銃も持っていない由紀は、簡単に会場へ潜り込むことができた。そして、ターゲットが一人になるタイミングが数秒見つかれば、ことは済んだ。
家に帰って報告すると、パパは大いに喜んだ。その後の半年で、三人の男を同じようにすると、元々高級だったマンションのグレードがもう二段階あがった。
しかし、パパがくる回数は減っていった。それと反比例してパパのために働くことは増えた。
月に一度のペースで頑張っていたのに、一年ほど経つとなぜかマンションの質がガタッと落ちだした。何度かの引っ越しで、ついには1Kのマンションとなってしまった。
そして、パパはたまに連絡をくれるだけとなっていた。
「私、猫が欲しいな」由紀が珍しくおねだりすると、パパは快諾した。
「わかった。パパが可愛い子猫を連れて、由紀のところに行くよ。そういえば、そのマンションに行くのははじめてだな。だか、その前にお願いがあるんだ。パパの邪魔ばかりする凄く悪いヤツがいるんだが、なんとかしてくれないか」
由紀は了承し、指示どおり少女専門キャバクラへ向かった。だが、由紀の出る幕はなく、白人の女がターゲットを始末してしまった。それでも結果的には同じなので、パパが猫を連れてくるものだと思っていたが、そうはならなかった。
公園を出てさらに歩くと、広い河川敷があった。なにやらいい匂いがしたので、河川敷に降りると、ブルーシートで作ったテントが見えた。匂いはそこからただよってくる。
「あのー、お腹すいてるんだけど、私にもちょっとちょうだい」
テントの前で由紀はいったが、返事はない。ブルーシートの隙間から覗くと誰もいないようだ。
由紀はテントの中に入った。携帯コンロで鍋を火にかけている。中身はインスタントラーメンだ。
「いただきまーす」といって、由紀は勝手に食べはじめた。
食べ終わると、眠くなってきた。ちょうど布団も敷いてあったので、そこに転がる。すぐに意識が薄れていったが、「誰だ! お前っ!」と怒鳴られて、眠い目を擦りながら身体を起こした。
少女専門キャバクラでターゲットを銃殺した白人女が仁王立ちしている。
「ラーメンごちそうさま」由紀はそう残して、再び身体を倒した。白人女がなにやらわめいていたが、眠気のほうが勝っていた。
腹部に重みを感じて、由紀は目を覚ました。傷んだブルーシートを突き抜ける太陽の光が眩しい。既に日は昇ったようだ。
半身を起こして伸びをすると、隣で白人女が寝ているのに気づく。腹の重みは白人女の踵だった。
足を払いのけて立ちあがり、外に出る。どこまでも青い空の下、やや涼しげな風が吹いた。真夏のような薄着だった由紀は身震いした。そういえば、もう十月なのだ。
背後でがさごそと音がして、ブルーシートのテントから白人女が出てきた。
「おはよー」
由紀は気さくに声をかけたが、白人女は眉をよせる。
「お前……あのいかがわしい店にいたホステスだよな。小学……いや、中坊か。なんでこんなとこうろついてるんだ、家出か?」
「あっ、私、英語はわからないの」
「日本語でしか、しゃべってないだろ! バカかお前は!」
「そのうち英語しゃべりだすかもしれないし」
「心配すんな。英語はしゃべれん。あと、アタシはロシアとドイツのハーフだから、母国語も英語じゃない」
「ふーん。じゃあ私も間違い訂正しとくね。私は中学生じゃないよ。だって十七歳だから」
「まじでか!」白人女は目を見開いた。「アタシは十六なんだけど……」
「えっ、年下だったの?」今度は由紀が白人女を驚きの目で見た。
ニホン人より白人のほうが発育はいいのだろうが、少女と呼ぶべき体型には見えなかった。
「アタシはマリアっていうんだ。お前は?」
「山野由紀だよ。よろしくね」
「よろしくじゃねーんだよ。勝手に人のネグラ荒らしやがって」
「ごめんね。すっごくお腹すいてたの。えーと、今もだけど……」
「パンぐらいなら焼いてやるよ」ため息のあとにマリアはいった。




