4.財閥令嬢、エントリー(2)
すぐにコンソールを取りだし、救急ヘリの出動を要請した。
「ワタクシには必要ありませんわ。痛いのには、慣れていますの」血にまみれても表情を変えずに、翠はいった。
「慣れてるって……」
「それに、かかりつけ医にしか、ワタクシの身体には触らせないようにしていますの。とはいえ、このまま面接というのも無理でしょうから、日をあらためさせてくださいませ」翠は足元に転がるボディーガードを見やる。「さあ、ノザキ、行きますよ」
ノザキと呼ばれた男は顔を歪めながら呻いた。額から少量の出血がある。何かの破片が当たったのだろう。
「彼のほうは……動けないようだ」
「みたいですわね。申し訳ありませんが、先ほどの救命要請はノザキにお願いしますわ」翠はなんともない足取りで出口に向かう。「破損した窓は弁償いたしますわ。総帥を巻き込んで申しわけありませんでした」
「キミが巻き込んだというのか?」
「百歳を越えた父には、腹違いの息子娘が四十人いますの。それだけいれば、身内の恥とでもいうべきことが、たくさんございますの。いくつかは噂ぐらいご存知じゃありませんこと?」そう残して、翠はいなくなった。
京子は一度咳きこんでから手のひらを広げた。じわりと冷たい汗が滲んでいる。
爆発の瞬間、立ち位置が悪ければ、ガラスが急所に刺さって死んでいたのは自分かもしれない……。そう考えると身体が震えだした。同時に身体の奥から、活力が沸きだしてくるのも自覚した。
翠から連絡があったのは一週間後だ。翌日にショッピングビルのカフェで会うこととなった。翠いわく、人が多い街中のほうが無茶できないので安全だというのだ。一理あると京子も思う。
爆発に巻き込まれたあの日から、京子はアルコールを断っていた。正確にいうと、身体のほうがアルコールを受けつけなくなっていた。
日中は酒を呑む代わりに、ジョギングや筋トレに精をだした。一秒でも早く元のパワーや俊敏さを取り戻したくて、なまった身体に鞭を打った。
さらに銃も調達した。ダメ元というよりは、からかい半分で一条に依頼したところ、陸軍採用ハンドガンの最新モデルが支給されるように手配したのだ。
「よく、許可がおりたのね。どうやったの?」送られてきた荷物から銃を取りだしながら、電話越しに訊いた。
「武器科に大学の先輩がいまして……土下座して頼んだらなんとか」
「どうしてそこまでして……」
「悪のはびこるこの世界には、ヒノマル戦隊リクレンジャーの正義の鉄槌が必要なのです。正しい世界の夜明けのためにも、総帥には……」予想に反して一条は熱く語りだす。
京子は曖昧な返事で誤魔化して、そうそうに電話を切った。
そして翌日、一度は軍服に袖をとおしたものの、ワンピースに着替えた。翠が指定したカフェは十代の少女に人気の店だ。京子としてはなるべく目立ちたくはない。
だから二着しかないワンピース姿になるのは半年ぶりのことだし、一つしかないレディースバックを肩に掛けるのも、やはり半年ぶりのことだった。
目的のカフェがあるビルはコウベ港に浮かんでいる水上ビルだった。土地代を節約できるので、今流行りの建築方式だ。今回のビルは八十階もあるので無理だが、低いビルだと移動できるものもある。
連絡通路を進んでビルに入り、その二十階にカフェはあった。午後四時ということもあって、客の大半は学校帰りの中高生だ。
奥のほうで翠が手をふった。京子はカウンターでアイスコーヒーを受けとってから、翠の対面に座る。
「ここだとゆっくり話せますわね」
「私は少し居心地が悪いかな」京子は辺りを見た。もっと居心地が悪いだろう黒スーツの男はいないようだ。「さすがにボディーガードはお留守番か?」
「ノザキなら辞めましたわ。最近の若いのは、根性が足りませんわ」
「最近の若いの……」ボソリとつぶやくにとどめて、本題に入った。「エントリーシートを確認した。最終学歴は小卒で今は無職となっているが……」
「時間の無駄なので中学にはいってませんわ。このセーラー服もただのファッションです」
「なるほど……」
京子はため息を呑み込み、あらためて翠を見た。黒く輝く長い髪に、不自然なほど整い過ぎた顔立ち、おそらくは……。
「整形ですわよ」翠が先んじた。
京子が苦い笑みをこぼすのと同時に、爆発音がして足場が大きく揺れた。
店の少女たちが悲鳴をあげて騒ぐ中、京子は機敏に反応してテラス席に走る。見あげると上層階から煙があがっていた。
翠も少し遅れて京子の隣に。
「これも星川一族のしわざか?」
「おおいにありえますわ」翠が肩をすくめると、それに返事でもするかのように、再び爆発が起こった。




