第三話:優しさ
青年剣士は拳を握る。
「僕は優しかったレイラ様を、取り戻したいんです」
「君はこの女性が、他者を攻撃できないことを、とても恥じていたのを知っているのかい?」
ウツシミはあえて、レイラの言葉ではなく自らの言葉で話した。
周りに人がたくさんいる。だから目立たない方が得策である。
ウツシミはレイラの姿を止め、真っ黒な状態に戻った。
「なっ……!!」
青年剣士だけでなく、周りの者からも驚きの声が漏れる。
ウツシミは真っ黒な人間状の姿で、青年剣士に対峙する。
ウツシミには口しかなかった。だが今、身体のいたるところに真っ赤な目が現れている。
「魔物め」
青年剣士は歯をきしませ、ウツシミを見る。
「君が憧れるレイラさんを、僕はコピーしたんだ」
ウツシミの無数の真っ赤な目が全て、青年剣士を睨んでいる。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!!! レイラさんを返せぇぇぇぇぇぇ!!!!」
青年剣士が突進しながら、拳を振りかざす。そしてその拳はウツシミの頬に当たり、ウツシミはのけぞる。
体勢こそ変わるが、全ての目は青年剣士を見続けている。
「ああ、久しぶりに感じたよ。痛みってやつを」
ウツシミは、青年剣士を見続ける。
「おい、その目で僕を見るな!!!! まるで全てを見透かすかのようなその目で!!!!」
青年剣士は何度も何度もウツシミを殴る。ウツシミは反撃することもなく、ただただその攻撃を身体で受け続ける。
「ああ、駄目だ」
数発殴られたウツシミはおもむろに、そう告げた。
「君もコピーしてやろうと思った。だけど、できないみたいだ。僕のスキル"コピー"は、憧れを抱ける相手にしか使えないんだ。僕のこの目で君のことを、しっかり確認させてもらった。だけど、ないんだ。君には憧れるところが、まったくとして」
「なんだと!!!! 僕を侮辱するのか!!!?」
ウツシミは、首を傾げる。
「どうして、その剣を使わないの? 剣士なのに、殴るだけでさ」
ウツシミはただただ青年剣士のほうに歩みを進める。逆に青年剣士は、後退する。
「君は、レイラさんに憧れてたんじゃない。他人を傷つけることができないという自らの臆病さを、レイラさんに重ねていたんだろう? 剣聖なのに他人を攻撃できないレイラさんの存在に、君はひどく安堵したことだろう」
ウツシミは首をぽきぽきと鳴らした。
「レイラさんは、他人を傷つけることができない自らの特性を、恥じていた。それを治せなかったことを悔いていた。なんとかしたいともがいていた。でも君は、どうだい? 自らと同じような特性を持つ人を見て、安心するだけ」
ウツシミはレイラの姿になった。そしてその手に真っ黒な剣を握る。
「教えてあげよう。敵は、こうして殺すんだよ」
ウツシミは自らの剣を青年剣士に向かわせた。剣の国の王の時はレイラとの約束があり、殺さなかった。だが今、この青年剣士は剣の国の外の出会いであり、その約束は効力をなさない。
だからこそウツシミの剣は、とても正確に青年剣士の首元に向かった。
「ふむ?」
ウツシミは首を傾げる。青年剣士はしりもちをつき、尿を漏らしている。その顔には涙が溢れている。
「どうして手が止まったのだろう?」
ウツシミは、疑問を持つ。その剣は、青年剣士の首を斬るために向かった。だが、首元すれすれで、ウツシミの手は動きを止めた。
まるで、理由が分からない。
「君が止めたのかい? レイラ」
ウツシミは、静かにそう口にした。
「そうか、なら、殺さないよ」
ウツシミは、青年剣士に背を向けた。
「一応言っといてあげよう。覚悟なき優しさは、残酷だよ」
ウツシミはそれだけ言って、再び歩き始めた。広場はまるで蜂の子を散らすかのように、人々が逃げ惑っている。
「雨が降り始めた」
ポツポツとウツシミの身体を濡らすその雨に、ウツシミは少なからずうっとおしさを感じた。
「ほんと、お優しいことで」
ウツシミは静かに、そう口にした。




