第一話:僕は誰?
「君は誰?」
真っ黒な人型の何かがそう告げたのはとある洞窟の中で、魔法の国が剣の国に侵略する少し前。
「私はレイラっていうの」
そう告げたレイラの腹からは、血が滴っている。
「かなりの致命傷だね、助からない」
真っ黒な人型の何かは不思議そうに首をかしげた。
「どうしちゃったの?」
「魔物に不覚をとったのです」
レイラは森の中、子供がオークのような魔物に襲われているのを見た。当然守ろうと、オーク達に対峙したレイラだった。
「私が守ってあげるからね」
そう告げたレイラだったが、直後、背後から痛みが走った。あろうことか守ろうとした少女はピクシーという魔物であり、その剣でレイラを刺したのだ。その刃は背中から腹まで貫通していた。
痛みを感じるレイラは、憎しみよりも悔しさを抱く。
(私が魔物を攻撃できたら、背後から攻撃される隙もなく、一瞬で終わらせられたのに)
だがやはりレイラは他者を攻撃できない。本来圧倒的に格下である魔物から逃げるように、その場を離れた。
そして血を流しながらなんとか距離を取り、とある洞窟の中に入り込んだのだ。そして今レイラは、真っ黒な人型の何かと対峙しているという状況。
真っ黒な人型の何かはレイラに対して言葉を発する。
「ふふふふふ、まとうオーラだけで分かるほどに君は強い。そんなにも圧倒的な実力を持っているのに、死ぬのだね」
「貴方は、誰?」
「僕は、誰なんだろう? 分からないんだ。ずっと生きてる気もする。だけど最近生まれた気もする。つまり、分からないんだ。一応自らを"ウツシミ"と名乗っているけど、それは本名ではない」
ウツシミは真っ黒な顔で、レイラを見る。レイラはもはや息があがっている。その命が長くないことをレイラも理解している。その目からは涙があふれた。
「私は、冷酷になれなかった。いや、無責任だった。剣の国最強の剣士として魔法の国の者達を倒さねばならなかったのに、敵を傷つけることができなかった。その結果、自らの国の民を傷つけることになってしまっている」
レイラは、倒れた状態で自らの拳を地面に打ちつけた。拳が割れ、血が流れている。
「悔いがあるのだね」
ウツシミは岩の上に腰かけていた状態から立ち上がり、レイラの前に立った。
「僕がその悔いを晴らしてあげようか?」
レイラは真っ赤になった目でウツシミを見る。
「貴方にできるの?」
「うん、できるよ。君を救うことはできないけど、君の国を救うことはできると思う。だけど、その代わり……」
ウツシミは唯一ついている顔のパーツである口をゆがませて、笑みを作った。
「君を、ちょうだい」
「どういうこと?」
「言葉の通りだよ。僕のスキルは、他者をコピーするっていうものなんだ。僕が君という存在になり、君の力を用いて君の国を救ってあげる」
レイラはすぐにイエスとは言えない。自らの圧倒的な力が他者に渡るのは、危険である。だが、レイラの脳裏に、とある者達の姿が浮かぶ。剣の国の民達だ。本来自らが救うべき存在なのに、全く救えなかった者達の顔が浮かぶと共に、一つの事実をレイラは理解している。
「このままだと、剣の国は魔法の国に滅ぼされてしまいます」
レイラは、そう告げた。
「それだけは、嫌です。お願いです。私の国を助けてください。私の力をあげますので」
ウツシミは満足そうに頷き、手の平をレイラの方に向けた。その手の平に突如一つの目が現れ、レイラを見る。
(心の中まで見透かされてるみたい)
レイラは、そんな感覚に陥った。
「スキル"コピー"」
ウツシミが能力を使った後、その姿がレイラとまったく同じになった。
「鏡でも見てるの?」
「いんや、お腹に傷がついてないから鏡じゃないよ。だけど、君のスキルや身体能力は僕のものになった」
ウツシミは美しい顔についた真っ青な目でレイラを見る。
「さて、いいんだね? 君の力を使って君の国を守ることはできる。だけどその場合僕は、君の国に敵対する者達を殺すことになる。心優しい君はそのことに耐えられるかい?」
レイラはしばらく、言葉を発さなかった。無言の時間の中に、天井から落ちる水滴の音が響いた。
「……お願いします……。私が守れなかった者達を救って下さい……」
レイラはこの期に及んで敵対兵士が傷つくのを嫌がっている自らのことを恥じながらも、そう口にした。
「分かった」
ウツシミはそう言いながら、洞窟を後にしようと歩く。
「それじゃ、ばいばい。麗しき女剣士さん。あなたの願いは必ず叶えてあげるから、安心してくれ」
「待って」
レイラは薄れゆく意識の中、なんとかかんとかウツシミを呼んだ。
「どうしたの?」
ウツシミは、足を止めた。
「貴方の狙いは何? なぜ貴方は私の願いをかなえてくれるの?」
「君の願いを叶えることで、僕が誰なのかを導き出すためのヒントが手に入るかもって思ったからね。僕は、何者にでもなれる。でも、僕にはなれない。だから僕は、本当の自分が何者なのか、知ってみたいんだ。君の心からの願いを叶えた先に、もしかしたら本当の僕のヒントがあるかも知れない。なぜなら君のその心からの願いを聞いている時僕の心が、ざわついたから」
ウツシミはそう言って、止めていた足を再度進め始めた。
「それじゃおやすみ、女剣士さん」
そう言いながらウツシミはレイラとお別れし、レイラの守りたかったが守れなかった場所に足を向かわせる。
(僕にもいたのかな? 命失われる寸前にすら守りたいと思えるほどに、大事な存在が)
そんなことを思いながら。




