第九話:焚火
「これ、食べないの?」
ウツシミは、倒れた猪の付近に腰かけている。パチパチと燃える焚火の側に腰をすえるウツシミとユウリ。ウツシミはユウリに尋ねたが、ユウリは首を横に振った。
肉を焼いたいい匂いが漂ってくる。ウツシミの腹が鳴った。
「お腹は、減るんだよなぁ」
ウツシミはしみじみと、そんな言葉を発する。
満点の星空の下、ウツシミが肉を焼く煙が天に昇っていく。そしてウツシミは真っ黒な身体に唯一ついている口で、その肉にかぶりつく。肉汁がウツシミの口の中に溢れ、溺れそうな感覚に陥るウツシミだ。
「食べないと死んじゃうよ? あ、死にたいんだった」
「いじわる」
ユウリが頬を膨らませる。だがユウリの身体から真っ黒なオーラが現れ、まだ焼いていない猪の方に向かう。そして、まるで猪はそのオーラに吸収されるかのように、消え去った。
「どこまでも死ねないんだね、お可哀そうに」
ウツシミは、どうでも良さそうにそう口にした。
「ええ、このオーラが今のように、勝手に栄養を補給しやがりますので」
本来いいことのはずなのに、ユウリは不服そう。
「ま、空腹で死ねないんならせめてお食べよ。美味しいから」
ウツシミは、肉に木の枝を刺し、ユウリに渡した。
「いらないですよ。ご飯なんて、もう何年も口にしてないんですから」
「ま、正直作りすぎたんだ」
「まったく」
ユウリは、肉を一口だけかじった。
「…………!!!!」
ユウリの瞳孔が一気に大きくなり、その肉にむしゃむしゃとかぶりつき始めた。
(美味しかったんだね)
ウツシミは、そう思った。
「これ、わたくしも一つ、いただいてもよろしいでしょうか?」
ユウリがその肉を食べ終わるとほぼ同時に、ウツシミとユウリの元にそんな声が届いた。
ウツシミとユウリはゆっくりとそちらのほうに顔を向ける。
「誰、君?」
ウツシミは、尋ねる。そこにいるのは、ピエロのようだが凛々しい出で立ちの存在だ。
(ふざけた服装だけど、おそらくメイクを取ったら凛々しい顔をしているだろうね)
ウツシミは、そう思う。
「名乗りもせずにお肉だけいただくのは、いささか乱暴すぎました。私はグシャグシャと申します。名前の通り、どうしようもない愚者でございます」
「まぁ、肉をあげるのはいいけど、君は僕のこの姿に恐れを抱かないの?」
ウツシミが真っ黒な身体で尋ねる横で、ユウリがお肉をもう一切れ取って、自らの口に持っていった。
「うふふふふふふふふふ、そうですね。別に怖くはありませんね。私は恐怖を抱くことができぬほどに愚かな存在ですので」
グシャグシャも肉を取り、自らの口に持っていった。
「わたくしはもうちょっと焼いた方が好みですね」
グシャグシャは一口食べた肉を再度、焚火の方に向かわせた。
「あっそ」
ウツシミは、ただただそう口にした。グシャグシャはそこからかなりの時間かけてしっかり焼いた肉を食べ、笑みを見せる。
「大変美味しゅうございます」
そして食べ終わったグシャグシャは、ウツシミの方に目をやる。
「ところで、ポンコツ剣聖の力を奪ったのは、貴方ということでよろしかったですよね?」
グシャグシャの方から一気に寒気を伴う殺気のようなものが、付近に広がる。
グシャグシャの眼はとても冷たい、獲物に向けるようなものに変わった。
「あら、これはお肉をあげない方がよかったかなぁ?」
ウツシミは、そう口にした。ユウリも、お肉をいったん置いた。
「うふふふふふふふふふ」
夜の森の中、グシャグシャの不気味な笑いが響いた。




