↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人演狐  作者: 幸人
第二章 極彩色の闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/50

第八話 孤独な着岸

「ガラガラガラ」


震える指で家屋の引き戸を慎重に開けた。

両腕の中には売れ残った大量の野菜が収まり、歩くたびに右に左によろついた。

心臓はバクバクとうるさくて、心音が耳に強く反響する。


(これだけ余ったんじゃ言い訳もできない……)


床座(ゆかざ)にはすでに夕飯を食べ終わった両親がいる。

母さんの料理を手伝うことができなかった上、俺としたことが夕飯の時間にも間に合わなかった。

これは一番やってはならない行為だ。

馬鹿だ、俺は……大馬鹿者だ。


「父さん、母さん! 本当にごめんなさい!」


二人の顔を見ることが心底怖くて、絶対に目を合わせられなかった。

俺は抱えていた野菜を投げ捨ててから頭を土間(どま)の床につけた。


「もう二度とこんなことはしません。これからは時間通りに全ての野菜を売り、そして時間通りに帰り、母さんの料理を手伝います。だからどうか許してください」

「……」

「……」


父さんと母さんは黙ったままだ。

視界が涙でぼやけ、それがぽたぽたと床に落ちる。

次第に涙の水たまりができ始めていた。

「ごめんなさい」と何度謝っても、二人は一言も発さない。

とうとう俺は腹を決めて、ゆっくりと頭を上げる。


「――え!?」


信じられなかった。

床座にいるはずの両親――いや、もはや人間ではない化け物が二匹、凄まじい形相で俺を睨み付けている。

今にも襲いかかり、骨の髄まで食われそうな佇まいだった。

それに彼らの周りには、黒(・)い(・)煙(・)が舞っている。


「あっ……どっ……!」


声にならない声を上げ、四つん這いの状態で家から出ようとした。

しかし両親の周りを舞う煙が徐々に俺をも覆い、息ができない。


「ゲホッ、ゴホッ!」


い、息が吸えない、苦しいよ……。

誰か……助け、て……。


――おい、お……きろ。


(――ん? 誰だ……?)


――おい、……ぶか?


(――誰かが俺を呼んでる……?)


「おい起きろって! 着いたぞ!」


(――こ、ここは……?)


「何寝ぼけてんだよ、東京だ! もう着いたんだから早く起きてくれ」


――東京……あ!


そうだ。

俺は一昨日家を飛び出し、正田(まさだ)の指示のもと、東京に行くための舟に乗り込んだんだ。

舟が動く間はやることがなさすぎてずっと寝てた。

ここ数年、時間を持て余したことなんてなかったから違和感だらけだった。


「お前……涙を拭けよ。寝ている間ずっと悪夢にうなされているようだったが……大丈夫か?」


ガタイのよい男からの思いも寄らない一言に俺は目を見張った。

実際に頬に触れると本当に涙を流していたんだ。

汚れた着物の袖で目元を幾度か擦り、水滴がついた袖を見つめると、驚くことに腕が小刻みに震えている。


(なぜだか震えが止まらない)


涙なんかも流して……。

でも俺……おっさんが言うように怖い夢を見ていたような気がするんだ。

黒いモノが体を覆い、飲み込まれそうになった。

あれは一体何だったんだろう。


「さて……お前も落ち着いたようだし、そろそろ降りてくれるか?」

「はい。すみません」


俺は小舟から身を出した。

ぬかるんだ草っ原の上に立ち対岸を眺めるが、真っ暗で何も見えない。


「ここが……東京か」


ポツリと独り言ちた。

憧れの地にいるという実感はまだ湧きそうにないが……。


小舟に乗るガタイのよい男が俺を見上げながら「もう行くからな」と言った。

最後に、


「坊主……負(・)け(・)ん(・)な(・)よ(・)」


と、言葉に力を込めた。

俺は社会の荒波に飲まれるなよ、などという意味に解釈し、感謝の意を伝え深く頭を下げた。

ついに男は腕を引き、櫂を動かした。

彼の後ろ姿をじっと眺め、「どうかお気をつけて」と心で航路の安全を願った。


周りを見渡し、人影がないかを確かめる。

だがいくら待っても――といっても数十秒くらいだが――人一人来る気配はない。


(誰もいないじゃないか! あの金持ち……まさか嘘ついたなんてことはないよな?)


「――お前はこのまま川を下り、東京まで行く。目的地に着いたらお前を待つ者とともにそ(・)の(・)場(・)所(・)へ行け」


一昨日の晩、正田は確かにこう言ってたんだ。

嘘なんかじゃない。

そもそもあいつがホラを吹くようにも思えないし。

だから逆(・)に(・)俺がその者をここで待つ。きっと来てくれるはずだから……。

木の幹に背を預け、目を閉じた。

すると、遠くの方から馬車の音が聞こえてきた。

次第に馬の足音が大きくなり、俺は上半身を捻ってそちらに視線を向けた。

三十三尺(約十メートル)ほど先で箱馬車(はこばしゃ)のようなものがゆっくりと止まり、その中から若い女が一人、手に明りを持ちながら降りてきた。

雨で湿った草上を歩き、俺の側で立ち止まる。


「あなたが音在暗之助(おとありくらのすけ)様ですか?」


女の冷徹そうな目がきらりと光り、俺は唾をゴクリと飲んだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


音在暗之助が悪夢を見るところから八話が始まります。親の皮を被った化け物とその周りを覆う黒い煙。

なぜ彼はあんな夢を見てしまったのでしょうか。

小舟を漕いだガタイのよい男と別れ、正田朔久から指示された通り、ある者を待っていました。すると箱馬車から女性が降りてきて……。


第九話もよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。