第七話 新たなる場所へ
無表情の男の後ろをついていく。
これからどこに行くのかも、連れていかれた先で何が待ち構えているのかも不透明で、段々と不安が募る。
そういえば肌身一つで飛び出してきちゃったけど大丈夫なのか?
金も替えの服も寝具も……何にも持ってきてないのに。
(俺どうなっちまうんだろう……)
行く先を案じながら夜道を進んでいく。
ただでさえ視界が悪いのに男の歩行速度が速く、ついていくのに必死だ。
もはや歩くというより走ってる。
ろくに栄養を取れてない俺の体なんかじゃすぐにくたびれちまう。
「あ、あの…もう少しゆっくり歩いてくれない――くれませんか」
呼吸が乱れる中、前を行く男に頼んだ。
すると前を向いたまま、息一つ乱さずに述べた。
「それは聞けない事情だ。俺も暇じゃないからな」
「ひ、ひでえ……」
息せき切る俺の様子など意にも介さないらしく、彼の後ろで小さく愚痴をこぼしてしまった。
少し経った頃、男の腕についた小さな守鏡のようなものを開き、ちらと覗き込んだ。
この瞬間に鏡を確かめる必要性が分からず、俺は不思議がる。
――あれ、でもなんか文字みたいなのが出てたような……いや気のせいか。
(髪の乱れ具合でも確認したんだろう)
◇◇◇
俺たちは三十分近くかけ、町の間を流れる川側まで来た。
中腰の姿勢で荒れる呼吸を落ち着かせるのに全力な俺に対し、ケロリとした表情の男がある家の戸をゆっくり叩いた。
明りもなく真っ暗な町、周りには人っ子一人いなく静まり返っている。
しばらく待った後に戸が開かれ、中からガタイのよい男が現れた。
疑念の目を俺たちに向けている。
当然と言えば当然か。昼とは打って変わり静寂な時間に尋ねる者はいないのだから。
いても巡査か盗っ人くらいだろう。
ガタイのよい男が両目を細めたまま、低い声で問いかける。
「あんたたちこんな時間に何の用だ」
怪しい者たちを睨む、ガタイのよい男に俺は内心で狼狽える。
長い前髪の隙間から「早く疑いを晴らしてくれ」という気持ちで俺の横にいる表情の乏しい男を覗き見た。
彼は着物の懐から手ぬぐいを小さく折りたたんだような物を取り出し、それをガタイのよい男に示した。
「公務だ。今すぐ船を出せ。口外は無用だ」
次の瞬間、ガタイのよい男が目の色を変える。
軽くお辞儀しながら「承知しました」と述べ、すぐに船の手配を進め始めた。
彼の案内で河岸まで移動しながらも俺の頭は混乱の一途を辿っていた。
(この金持ちは何者なんだよ……!)
状況を全くと言っていいほど読み込めない中、ガタイのよい男が操縦する小舟に乗った。
表情のない男はその場で立ち止まったままだ。
「あの……乗らないんですか?」
「俺は乗らない」
至極当たり前かのようにそう言ってのけた男に目を白黒させるしかない俺。
「そういえば名を名乗ってなかったな。俺は正田朔久だ。お前は暗之助と言ったが、苗字を何と言う」
「音在……です」
「音在暗之助か、覚えておこう。お前はこのまま川を下り、東京まで行く。目的地に着いたらお前を待つ者とともにその場所へ行け」
正田朔久と名乗る男が端的に指示をする。
俺はすぐさま、ある言葉を繰り返した。
「と、東京だって!?」
途端に身を乗り出し、正田なる男に向かい大声を上げた。
こんな素っ頓狂な声を出したのは久しぶりだというほど、衝撃的な言葉だった。
だって……俺の人生で東京に行くことなんてないと思ってたから。
(ていうかその場所ってどこだよ!?)
突然の大声にも泰然自若な正田が言うことだけ言ってその場を離れそうとしたので、俺は即座に止めた。
「待って! 何で一緒に行かないんですか?」
「言ったろ。俺は暇じゃないと」
「そうですか……。あの……さっきは助けてくれてありがとう、ございました」
「……」
正田はこちらを一切振り返らない。
俺が礼を言うと、タッタッタッという規則正しく、かつ異常に速い足音を鳴らしながら、闇に吸い込まれるように消えていった。
ガタイのよい男が動かした小舟が揺れる。
俺は彼の底知れなさに圧倒させられながら、走り去っていった方向をずっと眺めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第二章がスタートします!
音在暗之助が新たな人生を築くための最初のステップは、東京に行くことでした!
いよいよ舟で出発しようとした時、金持ちの男―――正田朔久は立ち止まり、あっけなく暗闇へと姿を消してしまいました。
正田朔久という男は何者なんでしょうか。
そして東京へと向かった音在暗之助の運命は如何に……!?
第八話もよろしくお願いいたします!




