第四十八話 違和感の形 その一
『作業棟』と呼ばれる建物までの道すがら、他にどんな部屋があるのかを看守の谷口が教えてくれた。
「作業場以外にも炊事場や浴槽、食堂や教誨室などが含まれています」
抑揚のない声で喋る谷口に俺は眉根を寄せた。
彼の発言の中で一つ、気になることがあるからだ。
(教誨室って何をする場所だ?)
しかし俺は彼に質問する勇気はなかったため、伏に「なあ教誨室って何だ?」と聞いてみた。
「囚人を立ち直らせる……ための部屋だよ」
目線は前を向いたまま、ボソリと呟いた。
(立ち直らせる……?)
俺は「え?」と小首をかしげる。
どのように改心させるのかがいまいちピンとこなかった。
その方法についてさらに尋ねようと試みた時、看守の谷口が振り返り、腕を上げた。
「あちらが囚人の作業場です」
彼が指さす方に顔を上げると、正面に開け放された戸があった。
ついに目的地に着いてしまったようだ。
だからこれ以上は疑問を解消できないと悟った。
モヤモヤした気持ちを抱きながら開かれた板戸を見据える。
中の様子はまだ見えないが――。
(この中に囚人がいるんだ)
そう思うだけでわなわなと震え出す手を握りしめ、深呼吸を繰り返す。
「くれぐれも邪魔をしてはいけません。会話はもちろん禁止です。あなたたちはよそ者という自覚を持ち、我々の指示に従ってください。指示がない時は大人しくしていてください。――分かりましたか?」
「「はい」」
入口を通る前に谷口よりさらなる忠告を受けた。
俺たちは『よそ者』。
この言葉が心にズシリと響く。
本来なら居てはならない者が特別な許しを得ているに過ぎないからこそ、慎んで事に当たらなければならないんだ。
その刹那、決心がついた。
谷口の背後につき、作業場へ入ると反対の壁際まで歩く。
緊張が全身を駆け巡りながらも表情だけは毅然さを保った。
指示された位置まで来たところで、広い部屋を見渡した。
まず目に飛び込んだのは橙色の服を着た囚人たちだ。
着古されたそれを身にまとい、それぞれの作業を黙々と行っている。
藁を編む者、縄を作る者、箱を作る者などに別れ、地面に腰かけながら床机に置かれた道具とにらめっこしていた。
俺は囚人を一目見てあることを察した。
それは、ほとんどの者の目に生気が宿っていないこと。
監獄内での暮らしの過酷さを慮るには十分すぎる瞳だった。
囚人を監視する他の看守も一名おり、俺を含めた四人が虚ろな目を持つ彼らを見守る。
そんな中。
藁を編んでいる彫の深い囚人が俺たちをギロッと睨み、舌を打った。
どこからか来た見知らぬ子供に対する不快感が全面に出ている。
俺はゾッとして、たちまち目線を逸らした。
(あいつ怖え……)
膝から崩れ落ちそうになるもなんとか踏み止まる。
こんな機会二度とないのに、なんで俺は地面に目を落してるんだ、と気持ちが焦った。
もっと強気でいけよ。力石に語っていたあの日を思い出せ。
そう意気込んで首をゆっくり上げる。
「見てんじゃねえよ、ガキ」
どこかから押し殺した声が飛んできた。
その瞬間、積み上がった強気の石が砕けそうになった。
◇◇◇
「言葉は慎め。作業に集中しろ」
真向かいにいる看守がいくらか強く注意した。
その効果もあってかこれ以上声を上げる者は現れない。
俺は少し冷静さを取り戻し、監獄を訪れた意味を改めて考え始めた。
(とにかく観察をし続けないと)
どれだけ恐ろしくても目を背けていちゃダメだ。
せっかく物部が与えてくれた機会を無駄にしちゃいけない。
ここで学べることを学び、明日からの稽古に生かさないと、来た意味がねえだろ。
「バキバキバキ」
静かだからか余計に内なる音が響いてくる。
この嫌悪感がこれからの俺の道しるべであることを理解しているつもりだ。
しかし音を感じ取る以外にも眼を鍛えないと、到底、敵――人演狐にはかなわないんだ。
だからなんでも吸収してやる。
そう思った時、俺は目の色を変えた。
◇◇◇
何分も観察していると、手作業をする囚人の個性が分かってくる。
器用に縄を作っていく者がいたり、歪な形の箱を作る者がいたり。
穏やかにいる者もいれば、足をゆすり続ける者もいた。
これだけでも人の内面を鑑みれる気がするな。
そして休憩の時間になった。
ジンジンと痛み出す両足で立ち続ける間も、囚人らの視線を感じていた。
どちらも坊主頭の男たちだ。
「ガキがまた来やがった」
「な。目障りなやつらだ」
彼らのボソボソした話し声が聞こえてきた。
看守の谷口が「言葉は慎めと言ったはずだ」と注意を与えるとすぐに会話を止めた。
彼らは結構、素直に従うらしいことが分かった。
(また来たってことはやっぱりみんな来るんだな)
やはり半眼生の登竜門なのかもしれない。
ということは落第生らは一度来ているんだろう。
実践のためにここを訪ねて囚人を観察するんだ。
ただどうやって監獄を見学する許可を得たのかは謎なところだが……。
休憩中の囚人はそれぞれに纏まったり、一人でいたりして、ひっそりと過ごしている。
特にやることもないから声を潜めて話したり、外を眺めたり、部屋の端に置かれた樽に入った水を飲んだりしていた。
そのうち作業を再開し、長い間、同じ動作を繰り返した。
◇◇◇
正午を回った。昼飯の時間だ。
基本的に飯は雑居房で食うらしく、囚人たちは西棟まで移動した。
彼らとともに作業場から歩く道中、わずかでも会話を耳にすることができた。
「はあ……甚平の野郎め」
背を見せる生え際の薄い囚人が深いため息を吐いた。
「あいつの寝息がうるさすぎて眠れなかった。ほんと腹が立つ」
そうぼやき、握りこぶしを作った。
彼の隣にいる青髭の囚人が心配した目線を送る。
「それは大変だな。ここ最近お前、寝不足じゃないか。試しに看守に相談してみたらどうだ?」
「言ってなんになる。……はあ。午前中は眠くて仕方なかった。看守にも『真面目にやれ』と怒られちまったし」
生え際の薄い囚人は「あのくそ眉毛野郎が」と吐き捨てた。
怒りを露わにし、地面を強く踏み鳴らす。
その後もぶつぶつと愚痴を言い、その度に隣の囚人が宥めていた。
他人と住むのは一筋縄ではいかないよな……と哀れに思ってしまった。
◇◇◇
西棟の中廊下に戻った。
配膳を担当する看守が麦の混ざった米、豆腐のみの味噌汁、沢庵を器に乗せ、各雑居房に配っていった。
重そうな飯櫃や味噌汁の入った大鍋、沢庵が並べられた四角い箱を持っている。
看守から受け取った飯を床に置き、所狭そうに食べる囚人たちの表情は、作業と比べると緩やかだった。
やはりこの時間を楽しみにしている者も多いのだろう。
俺はじっと耳をそばだてる。
すると、横目に捉えたある雑居房の囚人の話し声が届いてきた。
「俺の家族が面会に来たんだけどよ。娘がもう六つになって、言葉も達者になっていると女房が言っていたんだ」
「ほう。大きくなってきたな」
顔の――特におでこの皴が多い囚人が家族の話をし、対面する歯並びの悪い囚人が相槌を打った。
「ああ。さぞ可愛かろうよ。だがな、酷なことにもう娘の顔を覚えてねえんだあ」
「それは酷だな。まあもう何年もここにいちゃあ記憶は薄れていくものだ」
皴の多い男が語っている間、話相手は何度も頷いていた。
その頷きが異様に多い気がした。
「仕方ねえがねえ。だがな、娘が『おとっちゃん大好き』と寝言で言っていたらしいんだよ。それは嬉しかったなあ」
面会に来た家族を想う彼に同情のようなものを抱いたけど、結局自らが罪を犯さなければ離れることはなかった。
ゆえに自業自得でしかないと考えを改めた。
さらに最後、気になったことがある。
それは娘の寝言を伝えていた時の男の瞬きの回数と不自然な笑い方だ。
この話をする時だけ頻度が高かった上、口元だけしか笑っていなかった。
二人の会話を聞く他の人はどうでもよさそうに飯を食っている。
全く二人を見ようともしていない。
(なんかおかしいんだよな)
きな臭い雰囲気だ。
そう思いながら俺は眉をひそめざるを得なかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
監獄編が続いています。
音在は恐ろしく思いながらも自分のやるべきことに集中し始めています。
彼はどんな学びを得るのか。
観察眼が磨かれるいい機会になるといいですね。
第四十九話もよろしくお願いします。




