第四十七話 未知なる扉
正門を潜り抜けると目先に見えるは木造の平屋だ。
形のいい屋根、褐色の壁、閉め切られた両開きの扉が目についた。
足取りが重くなってゆく。
悪人たちの鳥かごで何をさせられるかと考えるだけで身が縮こまる。
そして杉松が重そうな扉を開け、いよいよ中に入った。
目線を左に向ける。
まず飛び込んできたのは青白い顔をした受付人だ。
彼はよそ者に対する疑いの目を隠そうともせずに要件を尋ねた。
「おはようございます。今日はどういった御用で?」
すると杉松が白衣の収納部に忍ばせていた手帳を示しながら、淡々とこう言った。
「内務省の調査で参りました、本田と申します。本日より一週間、こちらを見学させていただくことになっております」
受付人は薄目で手帳を覗き込み、「内務省の方々? それは一体どんな調査です?」と訝しんでいる。
「内務省より命を受け、監獄内の処遇について調査しております」
慌てふためく様子もなく、杉松は平然とそう答えた。
「は、はあ……。とりあえず、看守長にお伝えするので少々お待ちください」
困ったように表情を歪めた受付人が足早に場を離れた、その最中。
彼らのやり取りを聞いていた俺はというと――。
完全に心を置き去りにされていた。
(ちょっと待ってくれよ!)
俺がいるのは『悪退の眼』という組織だ。
なのになぜか杉松は『内務省』という言葉を口にした。
それから、この人の苗字は『杉松』だろ、なんだよ『本田』って?
平気な顔してなに自分の名を偽ってるんだよ。
状況が一切も飲み込めず、一人頭を悩ませているわけだ。
動揺する中で側にいる三人に目を向けると、動じているのはどうやら自分だけだった。
(え、うろたえてるの、もしかして俺だけ?)
そんな馬鹿な。
いやまあ、落第生の泥谷は知っていたかもしれないが、葉山と伏に関しては驚いてしかるべきだろ!
意味が分からねえよ……。
ため息交じりに隣の伏に尋ねてみた。
「なあ伏、これは一体どういうことだ」
布で隠れる目がこちらに動いた直後、わずかに口を開いた。
「そう簡単に正体は……明かせないよ」
言葉を一度途切れさせながら杉松が嘘をついた理由を伝え、すぐに視線を逸らした。
(……そういうことか)
確かに悪退の眼は世間に知られていなかった。
俺自身、鬼勢から言われるまでは聞いたことなかったし、それに思えば、正田からも正体を明かされていない。
って、そもそも軽々しく伝え回ってたら人演狐にバレちまう危険があるもんな。
ようやく腑に落ちた時、受付人が帰ってきた。
杉松の前まで歩くと、
「看守長の許可が下りました。付き添いの者をお呼びいたしますので、もうしばらくこちらでお待ちください」
と言い、元居た場所に戻っていった。
俺たちは壁沿いに立ち、その付添人とらやを待った。
◇◇◇
ボーっと壁を眺め続けること五分。
制帽を被り、制服を着た二人の看守が近づいてくるのを捉えた。
「お待たせしました。私は看守の原です。本日はよろしくお願いします」
右側に立つ、鼻の下のほくろが特徴的な看守を皮切りに挨拶を交わし合った。
そして裏口から移動しようとした頃、
「申し訳ございません。私は看守長にご挨拶をした後に伺うので、先に彼らをご案内して差し上げてください」
と杉松が促したため、半眼生だけで現場へ向かうことになった。
裏口を開けると、手入れの施された中庭に出た。
正面には、左右に二棟、突き当りに一棟の二階建ての建物がそびえ立っている。
他に小屋のようなものもあった。
「本日は、二手に分かれ、一方は西棟に、一方は東棟を見学していただきます」
ほくろの目立つ、原という看守が唐突に告げた。
「ざっくり言うと、西棟は初めて罪を犯した成人の囚人、東棟は年少の囚人、一番奥にある南棟は再度罪を犯した成人が収められています」
原がさらなる説明を加える間、俺は誰にも響かない程度に「へえ」と相槌を打った。
「前提として、あなたたちがすることは特にありません。余計なことはせず、指示された場所で黙って観察してください。くれぐれも囚人を刺激しないよう、節度のある行動をお願いしますね」
彼は表情を変えぬまま念を押した。
言葉を聞くだけで怖気づけそうになる。
いきなり部外者が乗り込んできたら、囚人は目くじらを立てて襲い掛かってくるかも……と最悪な想像までしてしまう。
(それは大げさだよな……)
首を振って頭に浮かんだことをかき消す。
看守の原も『黙って見ていればいい』と言ってたじゃないか。静かにしていればきっと大丈夫だ。
そもそも囚人は俺たちのことなんか気に留めないかもしれないし。
自分を励ますことで竦みそうな体に鞭を打つ。
そうでもしないと観察するどころか、この場から一歩も動けそうになかった。
「君たちは西棟に、君たちは東棟を見学してください。――さっそく中に入りましょう」
しかし非情にも事は進む。
杉松から伝えられた組同士、指示された棟に移動し始めた。
俺と伏は西棟を観察する予定だ。
ほくろの目立つ原ではなく、割れ顎が印象的な看守――谷口の後をついていった。
◇◇◇
西棟に入ると、左側には小さな看守所が、正面奥には折り返しの階段があった。
そしてさらに進んだ先が悪人たちの塒だ。
中廊下を挟んだ左右には木格子の檻が並んでいる。
突き当りには備え付けられた大きな窓から光が差し込んでおり、俺が住む地下よりも断然明るい。
もっと陰鬱な場所を想定していたが、そんなこともなかったようだ。
光に照らされた廊下の間に立ち、左右にある檻の中を覗き込む。
今は誰もいないようで静まり返っていた。
すると看守の谷口が手のひらを向けながら、
「ここは雑居房と呼ばれる監房です。七、八人の囚人が一つの房に収まって生活しています」
という情報を与えてくれた。
(こんなに狭いのか……)
俺は首を伸ばして窮屈な部屋を眺める。
畳六畳ほどの広さで、床には簡素な布団が置かれ、隅には便器のようなものもあった。
「先ほども伝えましたが、主に初めて罪を犯した成人を対象とした監房なのが西棟です」
彼の話を聞きながら息苦しさを感じた。
こんな場所で生活するくらいなら一生罪は犯さないようにしよう……という決心がつくほどに。
「現在囚人はいません。日課である作業の最中ですので」
と、谷口が俺たちに視線を向けた。
(作業……?)
囚人は毎日、何をさせられているんだろう。
まあただで生活できるわけないよな。
そいつらは大の大人だし、体を使った仕事でもしてるのかもしれない。
看守の谷口が体を翻した。
「我々もその場に行きましょう」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
音在と伏は雑居房の扉を開け、いよいよ観察スタートですね。
葉山と泥谷も同じように始めていることでしょう。
ビクビクしている音在ですが、力石に語った強気の心で頑張ってほしいです。
第四十八話もよろしくお願いします。




