第四十五話 実力の差
季節は冬。
残り半月ばかりで師走を迎え、その月末には昇格試験が待ち構える。
寒さが厳しさを増す中でも命がけの鍛錬を積み重ねる毎日だ。
地面に立った霜柱が足裏を麻痺させても、言うまでもなく、休むことなど許されない。
どんなに寒かろうが、暑かろうが、人演狐と戦うのが炯眼士である。
午前は地下、森、妖動山を三日に一度、順番に走り込んだ後、両腕を鍛えるために石を上げる。
さらに戦闘時の基礎動作を教えてもらうようになった。
内容は様々で、足の運び方や回避法といった基本の部分や、相手との距離の詰め方、武器を持った敵との間合いなど、実戦をする上で大事なことを学ぶ。
まあ正直な話、「生死の狭間でそんなもんを気にしてられるかよ……」という疑問が浮かんでしまっている。
午後は攻守戦、一万回の素振り、筋肉の強化、最後に観察眼稽古。
どれも厳しい時間であり、いくら休憩したとて疲労は取れない。
粉骨砕身した直後の観察眼稽古は、退屈な瞑想以外にも物部から色々な課題を出され始めていた。
「視覚以外の五感を使い、人の気配を探りましょう」
「目を瞑った状態で何種かの匂いを嗅いでいただきます。どんな匂いかを当ててください」
「三、四人の組にまとまり、話し合いをしていただきます。お互いの言葉から何が嘘かを見抜いてみてください」
このように体を使って観察眼を磨く日が増えた。
しなびた野菜の如く憔悴しきった体で課題をこなすため、もっぱら身が入らないと思いきや、日々の瞑想のおかげで最後の僅かな気力を保てている。
そんな自分を誇らしく感じ、「俺はよく頑張ってるよ」と労わってやるのも日課となった。
けれど。
周りにいる半眼生は殻に閉じこもるやつが多く、地下にいるだけでそれはもう肩身が狭い。
いつか潰されてしまいそうなほどに。
こうも毎日顔を合わせるのだから、仲間同士もっと仲を深めていきたいと頭を抱えているわけだ。
◇◇◇
午後になり、一度目の攻守戦を終えた。
相手は志々目で、結果は引き分け――どちらも模核を割ることに成功――だった。
そして迎えた第二戦。
「四組は音在さんと――」
淡々と発表する小内の様子を息を整えながら見守る。
初戦の時に比べると組を伝えられる間の緊張感は薄れてきていた。
「東さん」
抑揚のない声が余韻を残して消える。
俺たちは互いに近付いていき、「よろしく」と一礼し合った。
自然と澄ませた耳に彼からの信号が届く。
――うーん、緊張感のある音がする。
こいつはずっと力んでるよな、心も体も。
あ、そういえば。
(東と戦うのは初めてだった)
攻守戦をした数は増えども、彼とは一度も争ったことがなかった。
そのために実力を計れないでいた。
早く一線交えてみたかったが、以前のわだかまりによるぎこちなさで、面を合わせたくない思いもあった。
いかにも平静を装いながら、円状に白縄を置いていく東。
人演狐なのになぜ自ら志願したのか、なぜ泣いていたのか。
もう何度、自問自答を繰り返してきたんだろう。
この場で土下座でもしたら質問に答えてくれるかな。いやそんなわけないか……。
いよいよ前半戦が入る前に、
「音在さんは最初、どちらがいいですか?」
と、東が無表情で尋ねてきた。
俺は「どっちでもいいよ」と判断を相手に委ねる。
「では僕が先に攻めてもいいですか?」
東はものの一秒で言葉を返してきたので、「うん」と頷いた。
頭に模核を巻く。
よし、準備は万端だ。
「第二戦、前半戦。一同、開始!」
試合の鐘が鳴った時――。
東の木刀がわずか三寸あまり先まで一気に迫ってきた。
その刹那、彼の内から威勢のある音がした。
(こいつやる気だ)
一発で仕留めよう。そんな熱意を感じ取った。
と同時に、俺は膝の屈伸を利用してしゃがみ込む。
「上半身を下げる時は腰ではなく膝から曲げろ」という教官からの教えに従った。
目線を低くして次に備えると、東が直ちに木刀を降ろす。
俺はしゃがみ込んだ姿勢で体を左に避けた。
すると彼の刀が「ドンッ!!」という音を立て地面に激突した。
自分の体が硬直する。
(怖えよ!)
怯えながらも尻をついて地面を這い、距離を取るが。
東は飛び跳ねるようにして接近し、また真上から攻めた。
なんとか片方の尻を上げ、うつ伏せになってそれを回避したけれど、すぐさま足で腰を挟まれた。
そこから向け出そうと四つん這いになったところで、
「バキッ!!」
という硬く短い音が鳴った。
綺麗に割られた模核が床に落ちたのを黙って眺めていた。
◇◇◇
攻守戦、後半戦。
今度は俺が東の模核を攻める番だ。
開始を告げる合図の直後、まず核だけに焦点を合わせ、一直線に向かう。
言わずもがな東が木刀で弾こうと体を構える。
それを見逃さなかった。
俺はすぐに中腰の姿勢になり、木刀を上向きにした。
この勢いのまま、一気に下から核を突きにいく。
ところが。
すぐに東が対抗してきた。
体を後ろに反らした、その反動で後方に宙返りした。
白い枠からは出ない程度で。
(っくそ。欺くのはダメか)
心で舌打ちしてまた仕掛けに行く。
また真正面から、ではなく、体の側面に回り狙おうとした。
すると東は体の向きを変え、俺の木刀を受け止める。
二つの刀が音を立ててぶつかり合う。
(どうすれば核にありつけるんだ……)
力及ばず、機敏さ、身軽さも及ばず。
もうすぐ二分が経過することを悟った俺は、最後にありったけの力を振り絞って飛び跳ねた。
運よく核を潰せるかもしれない。
そんな気持ちを抱きながら「いけ!」と腕を振り下ろす。
しかし、東は前方に回転した直後に立ち上がった。
「ドスン!!」
両足に強い痛みが走った。
顔全体が苦悶に満ち、低い声を上げた。
東が見下ろす。俺は首を垂れる。
「ピ――!!」
二分が経った。
俺は負けた。
彼の音は、何ら変化もなかった。
◇◇◇
観察眼稽古の時間となった。
毎度おなじみ、黒板の前に半眼生が整列する。
定刻ちょうど、研究班に所属する物部が軽快そうに歩いてきた。
(今日のお題は何だろう)
昨日は大きな荷物を持ってきた彼が開口一番に、
「今から様々な音を出します。皆さんは目を瞑って、何の音がするかを当ててください」
と言って、色々な音を聞かせられた。
俺は静かだと余計に耳が敏感になるからこそ、あの時間は結構苦痛だった。
(今日は荷物が少ないな)
ということは、物部か教官たちと、はたまた半眼生同士で話し合いといったところだろうか。
「皆さん、こんばんは。お元気ですか。今日は特報があります」
物部は涼しい顔のまま、手をパチンと叩いた。
俺はすぐに訝しむ。
(特報ってなんだろ)
言葉の意味を推し量れないけれど、なんだか嫌な予感がする。
とにかく口を閉じて彼を見上げた。
「なんと。ようやく地上に出られます!」
そう言った物部は真珠のように瞳を輝かせていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
音在と東の力の差が目に見えた回になりました。
一歩なのか、十歩なのか分かりませんが及びませんでしたね。
そして最後はなにやら物部の様子が変でした。
次回はどうなるのでしょう。
第四十六話もよろしくお願いします。




