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人演狐  作者: 幸人
第五章 試される心身

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第四十四話 語る口

攻守戦が終了し、一万回の素振りと筋肉の鍛錬を行い、最後に拭き掃除をしたところで自由時間に入った。


「ああ……疲れた」


蝉の抜け殻のような体で食堂に行き、木膳の上に飯を乗せた。


「ありがとうございます」


台所に立つ料理人にお礼を言うと、長椅子に腰かける。

今晩の献立は、白米、味噌汁、お新香、鯖の味噌煮。

「いただきます」と手を合わせてから箸で鯖を切り分けてパクリと食べた。


(染み込んでてうめえ……)


毎食毎食、俺は感動しっぱなしだ。

この飯を食うためならどんな辛いことでも乗り切れそう。

一口一口美味しさを噛み締めていると、隣に座る人たちの声が飛んできた。


「そういえば、今度、江沢殖産(えざわしょくさん)が大(・)規(・)模(・)買(・)収(・)計(・)画(・)を企てているらしいぞ」

「また出たよ、江沢殖産。その計画とやらの概要は?」

「詳しくは分からない。なんでも、上質な木材が手に入る土地らしいがな。あの社(・)長(・)のことだ、相当張り切っていることだろうよ」


飯を食いながら割合小さな声で、噂話に興じている。


(買収計画?)


これはどういう意味なんだろう。

それに聞いたこともない会社の名も出てきた。

土地の話をしているようだけど、俺には難しくてさっぱりだ。



彼らの話を小耳に挟みながら黙々と食べていたら、あっという間に完食してしまった。

結局、話もよく分からないまま、頭からすぐにその話題を消し去った。


◇◇◇



就寝中、尿意を催したため、俺は淡いランプの光に照らされた通路を渡った。


厠(かわや)で用を足して外に出た途端、ある人物と遭遇する。

ふと手を上げて声をかけた。


「よう力石(りきいし)」


同じく厠から出てきた背の高い女――力石が伏目がちに頭を下げた。


「音在(おとあり)くん、どうも」


相変わらず自信のなさそうな彼女は、無意味に目線を泳がせる。

影に潜むかのように顎を引き、背を丸めていた。


「お前も厠にいたんだな」

「う、うん」

「……」

「……」


そこで会話が止まった。

なんとも気詰まりな時間。

そういえば力石と面と向かって話すの初めてだ。


「じゃあ、お先に」


彼女は無理やり口角を上げて言葉を残すと、歩き始めた。

俺は瞬時に、


「あ、ちょっと――」


と止めると、不審そうにこちらを振り返った。


「あ、いや、ごめん。えっと……お前とこうして話すの初めてだなと思って」

「……まあ」

「そういえば俺さ、前からお前のことすげえなって思ってたんだよ。男の俺より力もあって足も速くて」

「ああ。ありがとう」


なぜか俺は常に暗い彼女を励まそうと思い立ち、唐突に話をし始めた。

ところが力石は怪しみ、早く帰りたそうな素振りを隠そうともしない。

それを分かっていながらも、彼女を引き留めた理由は――。


「だからさ、ええと。もっと自信もっていいと思うぞ」

「え……」


その時、彼女は不意を突かれたような視線を向けた。

慌てて言葉を繋げる。


「いえあの、お前ちゃんとすげえのに、いつも俯いて自信なさそうにしてるからさ。ってごめん、余計なお世話だよな」


今度は黙り込んでしまう力石。

何かまずいこと言っちまったかな……と心配になってくる。


「俺も人のこと言えねえんだけど、でもこの頃は逆に強気っていうか、もうどんとこい、みたいな感じで構えられるようになってきたんだ。どうせ弱音吐いてても前と変わらねえし、十王みたいにさ、もっと胸張っていこうっていうか」


話せば話すほど、脈絡がなくなっていく気がする。

話の終着点が見えず、おろおろしながら謝った。


「ごめん……。何様だよな」

「いや、別に」

「まあ要は、お前の凄いところを素直に認めてあげてほしいんだ。それに俺たちがいずれ炯眼士になった時、自分を卑下したままじゃあ助けを求める人も不安になる。だから怖くても自分なんかって思わずに、少しずつ自信つけていこうよ」

「……」


相も変わらず、力石はだんまりを決め込んでいる。

俺は最後に、


「そうすればいつか必ず、自分を支える度胸もつくと思うから」


と言って締めくくった。

偉そうなやつだと引かれていたらどうしよう……と焦りつつも、稽古を通して考えたもっともらしい言葉を誰かに伝えたかったのもあった。

多分、自分の鼻が高くなったような表情をしていた気がする。

言った側から恥ずかしさで変な汗が出てきた。


「音在くんって」


すると、力石がようやく口を開いた。

固まった顔のまま、彼女に注目する。


「結構話すんだね」


俺はきょとんとした。

次に鼻で笑われたような音が届く。

そして彼女は「じゃあ」と手を上げて体を翻し、女寮に戻っていった。



力石を励ましたいがために、気持ちよく自分を語り、それっぽい言葉を堂々と述べて鼻先を伸ばした。

その挙句、力説した本人に嘲笑され、一人ポツンと取り残される。


(俺って惨めだ……)


明りに照らされた、哀れな自分の影に目を落とす。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


力石にもっともらしいことを語った音在でしたが、突き放された風の態度を取られてしまいましたね。


第四十五話もよろしくお願いします。


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