第四十二話 模核の攻守 その一
階段を降り地下稽古場に戻ったその足で医務室へと向かった。
他の半眼生とともに通路を渡り室内に入ると、俺は立ち止まる。
(この人は誰だ?)
そこには見たこともない医者が椅子に座っていた。
「派手に怪我したね」
河童のような髪に福耳を持つ医者が微笑む。
さらに目をパチクリさせる俺を見るや、
「今月からは私が担当するんだよ」
と穏やかな口調で付け加えた。
どうやら丸眼鏡の医者と、この河童髪の医者は一カ月ごとに交代で悪退の眼に勤めているらしい。
医者のみならず二人の手当て役も変わるようで、言われてみると先月に看病してくれていた女たちはどこにもいなかった。
そういう仕組みなんだな、と思いながら、擦り傷だらけの腕を彼に示した。
◇◇◇
治療の施しを受けた後に昼飯を食い、痛みに耐えながら午後の稽古に参加した。
半眼生全員が木刀で肩慣らしをしていると、教官から「話があるから集まれ」との指令を受けた。
「今月からは一万回の素振りをする前に、素振りの応用を合わせて行います」
教官を代表して口を開いた小内が事もなげにそう言った。
(素振りの応用……?)
いまいちピンとこず、俺は首をかしげた。
「簡単に言うと、二人一組で戦っていただきます」
加えて、小内がこうも語った。
「攻め役と守り役に分かれ、攻めは木刀で突く、守り役は木刀を持ちながら、自身の頭につけた核を守ります」
◇◇◇
いわゆる実践形式の稽古だそうだ。
教官が無作為に選んだ相手と戦うことが前提。
攻め役は木刀で核を狙い続ける。
守り役も木刀を持ち、頭上に核に見立てたもの――通称、模核というらしい――をつける。
小さな木板の上に釘で止められた模核を置き、その板を固定するための手ぬぐいを頭に巻く。
制限は二分間。
その間に、攻め役が木刀で模核を突き、割れたら、またはヒビが入ったら勝利。
反対に核を割ることができなければ、守り役の勝利。
行動範囲は十尺まで。
男も女も関係ない、実力の差で勝敗が決まる。
◇◇◇
「私が名を呼ぶので、呼ばれた二人はそれぞれにまとまってください。まず一組目、伏さんと泥谷さん。続いて二組目――」
徐々に呼ばれていく名の中に、『音在』の苗字はなかった。
二人ずつ固まっていく様子を傍目から眺める。
「東くんかあ、よろしくねえ!」
「はい。お願いします」
俺の右隣りでは陽気な感応と緊張気味の東が向かい合っている。
さらに左隣りには、
「よろしくな。天明屋」
「ひいい! 棟方くんと戦うの怖いよお!」
表情の硬い棟方とあからさまにビビり散らかしている天明屋こと、薫兵藏がいる。
(俺の相手は誰なんだ……?)
心臓が早鐘を打った。
あと残っているのは、志々目、力石、空丸、そしてムカつく男――荒角か。
木刀を握る手に力が籠る。
俺は内心でこう願わずにはいられなかった。
(荒角以外でお願いします)
あいつにはなるべく近付きすらしたくない。
どんな時でも見下してくるから怖いし、やることがいちいち荒い男だ。
稽古だからといって何をされるか分かったものじゃない。
初っ端から荒角と対峙するのだけは御免被りたいんだ。
「六組目、音在さんと――」
――俺の名だ。
固唾を飲みながら小内の口元を穴のあくほど見つめる。
誰でもいいが、初戦だけはあの憎たらしい男でないことを切に祈いながら。
そして――。
「荒角さん」
瞬間、時が止まった。
(おい……嘘だろ)
眉間に皴が寄り、ガクンと肩を落とした。
なんでよりによってあいつなんだ……と落胆せずにいられなかった。
もしかしたらわざと対にさせられたのか?
それとも俺が不運なだけ?
右肩下がりの気持ちのまま、仕方なく荒角のもとまで歩いていく。
「よ、よろしく……」
側まで行くと、流石に無言でいるのは居心地が悪く、ぼそりと挨拶をした。
「……」
しかし荒角はうんともすんとも発さない。
「ああ」の一言すらもなかった。
(この野郎……)
嫌々ながらも俺は勇気を振り絞ったのに、こいつは一歩どころか半歩さえも歩み寄ろうとしてくれないんだ。
共通の目的を持った仲間なはずが、顔を合わせれば、容赦なくねめつけられるだけ。
「お前らとは違う」と根本から否定されているようで腹が立つ。
俺だっていつまでもそんな態度を取られたら面白くねえだよ。
(――もういいよ。決めた)
今日の戦いでこいつに勝って、ぎゃふんと言わせてやる。
そうでなきゃ、このイライラは収まりそうにねえ。
◇◇◇
「皆さん、所定の位置につきましたかね」
小内の落ち着き払った声が周囲に響いた。
鬼勢が白い縄を円形にして置き、その中に俺たち半眼生が立った。
制限時間はそれぞれ二分間。
先攻は俺だ。
ちなみに譲り合ってはいない。
話し合いなどなしに、荒角が模核の刺さる木板を手ぬぐいで巻いてしまった。
その姿が道化のようで笑いそうになったが必死に堪える。
(俺が先か)
強情な男に何を言っても無駄か、と柄を両手で握り、呼吸を整えた。
目の前の男は微動だにもせず、獲物を見定めるような目つきで俺を見る。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
離れた場所にいる小内が問うた。
全員が「「はい!」」と返事をした後、
「それでは今から二分間の攻守戦を始めます。一同、開始!」
彼の合図のもと、二分間に及ぶ攻守戦が開幕した。
(絶対潰してやる!)
俺は心の中で意気込んでから、目の前にいる猛獣の頭部に向かって、風を切るように木刀を突き出した。
「おせえんだよ」
荒角がわずかに呟いた。
直後、ひょいと体を右に傾けられ、俺は情けなくも体勢を崩して床に倒れ込んでしまった。
「いって!」
受け身を取れずに右膝を強打した。
苦悶に耐えながらも、制限時間が迫っているという焦りから急いで立ち上がる。
(次こそは!)
思い切り右肩を後ろに引き、渾身の力を籠め、相手の頭を狙う。
ところが――。
荒角が木刀でそれを受け止め、柄を握る右手の力だけで払い飛ばした。
(……くっそ、力で叶わねえ)
悔しさを滲ませつつ、もう三回ほど木刀を相手にめがけた。
しかし模核に当たるどころかかすりもせず、全て無駄打ちに終わってしまった。
結局俺は、力も、速さも、技術さえも劣っていたんだ。
「ピ―!! 終了!」
呼子笛が鳴った。
始まってからすでに二分が経過したらしく、想像以上に短い時間だったと感じた。
俺は拳を握り、頭を垂れる。
「はっ。こんなもんか」
如何にも余裕そうな荒角が独り言ちた。
挑発的な態度に反論できたらいいものの、事実だから言い返せない。
(でも……次こそは)
こいつの核は潰せなかったけど、次はこいつからの攻撃を同じように避けきろう。
自分の全力を出し切ればもしかしたら勝てるかもしれない。
俺は目線を上げて、意識を集中させていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
半眼生の稽古も応用編の攻守戦も始まりました。
初戦はまさかの荒角でしたが、頑張る音在を応援してくれたらと思います。
四十三話もどうぞよろしくお願いいたします。




