第四十一話 再びの疾走
一斉に半眼生が動き出す。
俺も勢いづけて入り、足元に注意して走っていく。
陰鬱とした環境に背筋は凍るが、初日よりかは心に余裕がある。
地面に生えているように盛り上がる根を飛び越えながら目線を左右に動かした。
(道が広いな)
初めて走った時は感じなかったが意外にも道幅は広い。
盛り上がる根があちこちに張っているせいで狭く見えてしまうのはあるが。
次に周囲の木々が目に入った。
幹の太さが様々で、そこから伸びた枝が気味の悪い湾曲を描いている。
(気持ちわりい)
不気味な木々に顔を歪めていると、ふいに小石が後方からビュンと飛んできて背中にぶつかった。
「いてえな!」
後ろからの攻撃はまだ避けきれねえって!
と苛立ちながら、前を見る。
初っ端から差が開いてゆく先頭集団の姿が目に映った。
荒角、泥谷、そして葉山に東が最も先を進む。
荒角は根を飛び跳ねた拍子に腕を枝にぶら下げ、猿のように動いていた。
泥谷は平然と攻撃をかわしながら、木の根元の上を器用に飛んでいく。
葉山は自身の身軽さで阻害物をクルリと避けつつ、持ち前の脚力で落第生二人を追いかける。
東は高い飛躍や優れた瞬発力を用いて、根の動き、飛んでくる全てを上手く避けていた。
その集団を感応、美麗、空丸、伏が追い、一歩後ろには棟方、高城、力石の三人がいる。
俺は志々目、十王、そして薫兵藏とケツ争いをする。
(順位は重要じゃない)
こう言い聞かせ、優秀なやつらばかりで逸る気持ちを抑える。
今はただ目下のことに集中しろ、と。
その時、鋭い突風が横から吹いてきたのを察知し、根を飛びながら体を縮めた。
――あっぶねえ。
風に当たることからは防げたけど、髪が勢いよくたなびいた。
次は一直線に石が飛んできた。
それを間一髪でかわすが、均衡を保てずに転倒しちまった。
「いてててて」
なんとか受け身を取れたから大事には至らなかったものの、後ろから「おっ先い!」とニヤつく十王が俺を抜かしていった。
あいつが身をかわす時の手足がなんか気持ち悪い。
多分あれをカッコいいと考えてるんだろうけど、傍から見ると滑稽極まりないからな。
十王に引いた目を向けていると、さらに後ろから志々目が無言で通り抜け、そのまたさらに薫兵藏も「おわわわ!」と変な擬態語を叫びながら走り抜けていった。
(まずい。ビリになっちまう!)
順位は関係ないと決め込んだはずが、それすらもどこかに吹き飛んでしまった。
俺はすぐに起き上がろうとする。がしかし――。
そういえば「動きのない者は死んだとみなし、攻撃を止める」と鬼勢が言っていたのを思い出した。
暗然たる周囲を眺める。
確かにどこからも何からも脅かされていない。
あいつの言っていたことは正しかったんだ、と納得してしまった。
直後、半眼生が見えなくなってきたことに焦り始め、ついに俺は足を踏み出した。
一目散に坂道を駆ける。
途中で根が蛇のようにうねり足を取られ転んだ。
両膝を擦りむき、顔をしかめる。
ドクドクと血が出ているのを感じた。
どの程度進んできたのか、残りどれくらいで頂上なのかも把握できていない。
だから一心不乱に走るしかなかった。
上り道はきつい……けど体力がついたからか以前よりはまだ余力がある。
「ハア、ハア、ハア」
呼吸法も自分なりにつかめている。
大丈夫だ、まだやれる。
自信を持ったのも束の間、今度は小枝が体めがけて攻めてきた。
俺はそれを避けそうとしたら、枝についた草が頬に強く当たった。
誰かに殴られたような衝撃が走る。
右頬を手で押さえながら前を向くと、次は尖ったような石が正面からビュンと飛んできた。
俺は体を左側に傾けることで直撃せずにすんだ。
もう神経を研ぎ澄ませっぱなしだ。
体力はまだあるが、気力が参っちまいそうになる。
避けては当たり、当たっては避けてを繰り返す。
鬼勢の言う通り、攻撃が分散されているような雰囲気だけど、そうはそうとて厳しい稽古に違いないと思う。
そろそろ頂上かという頃にようやく志々目を追い越し、膝に手をついた薫兵藏も越すことができた。
十王も抜かしたいところだが、あと少しのところで結局抜けずじまいだからムカつく。
そして――いよいよ頂上にたどり着いた。
結局、体は擦り傷だらけで、何か所かに打撲もできちまっている。
まだ半分くらいなのに完走できるかな、と心配になる中、祠の前を通った。
(蠢き様が眠ってる祠か……)
得体のしれない神様を気味悪く感じながら、なるべくそれを直視しないよう下山道に入っていった。
そういえば俺はこの道を進んだ先で意識を失ったんだな、と懐古する。
あの時は本気で死ぬかと思っていたっけ。
なんて溜息をついた刹那、根が蠢き足を取られ、激しく尻もちをついた。
(集中、集中!)
俺は頬をパンと強く叩いた。
考え事をしていてはダメだ。
思い出せ。
観察眼稽古で散々やらされている瞑想の時間を。
初めは邪念で溢れていたあの時間も、日を追うごとに意識を研ぎ澄ませられるようになっていった。
その集中力を今、この瞬間発揮させないといけない。
俺は立ち止まり、目を瞑って深呼吸をした。
気持ちを落ち着かせていると、誰かが俺を越していく音が聞こえるが、慌てることはない。
暗闇の中にある、大きな二つの瞳。
一度も瞼を閉じることなく、闇に潜む全てを見つめ、そして逃がさない。
この映像を頭の中で流し続ける。
――よし、行こう。
心を整えられたところでまた走り始めた。
坂道を下る。
永遠に閉じない二つの瞳を常に抱える俺。
このように想像することで、目の前にあることにのみ専念することができた。
要は障害物を避けやすくなれる。
時折直撃するため痛みはあるが、そこまで感情的になることはなくなった。
「あと、ハアハア。少し、かっ……」
ただ心身を思い切り使うから息は上がる。
途中で俺より先を進んでいた半眼生数名が、弱った姿でその場に横たわっているのを発見した。
そのうちの一人、美麗が肩を上下させながら木に背中を預けている。
俺が彼女を横切る時、互いの目が合った。
するとあいつは俺を憎たらしい者のようにキッと睨んだ後、すぐに目を反らしたんだ。
(なんだよ、こいつ!)
せっかく冷静さを保っていたのに美麗のせいで切れてしまったじゃないか。
と、その瞬間、前方と後方からほぼ同時にいびつな形の小石と刃物のような風が空気を切るように迫ってきて、まんまと当たってしまう。
「いっつ……!」
俺が痛みで苦渋を噛み締めていると、後ろから「ブフッ」という笑い声が響いた。
音が聞こえたほうにすぐ体を捻ると、美麗が口元に手を当てながら嘲るように笑っている。
「てめえ……何笑ってんだ」
「フフッ。だっさい」
「は?」
俺は舌打ちをしながら美麗をねめつける。
人が辛い思いしてるのを笑いものにしやがったこいつが心底ムカつくからだ。
いけすかねえ女だと思っていたが、ここまでとはな。
「くそ女が……」
俺は汚らわしい者でも見るような目で女を一瞥し、すぐにその場を離れた。
これ以上ここにいたら、怒りが膨れ上がるだけだ。
下劣な罵詈雑言を吐いてしまいそうなのも嫌だった。
そんな惨めったらしいことはしたくないし、今は下山することが最優先だ。
俺はただ下っていった。
もう無我夢中に。
でも集中できていたかといえば嘘になる。
苛立つ気持ちを抑えきれず、一人で「クソ! クソ!」と呟いていた。
それに障害物もかわし切れず、何度も切られて、ぶつかった。
というか、攻撃の数と頻度が増えていたことも避けきれない要因だった。
鬼勢の話を聞いた今なら、妖動山の中で動く人間が少なくなっているためなんだろうと、すぐに結論が付けられる。
だからその度に休んで走って――いやもはや歩いて――を繰り返した。
そしてようやく――。
目の先に出口のようなものが見えてきた。
俺はそこだけを一点に見つめながら最後の力を振り絞る。
「ハアハア、ハアア、ハア」
一歩一歩足を前に出す。
(もうすぐだ……!)
どんどん出口に近付き、次の瞬間――。
(出口だ!)
と最後に足を踏み込んだところで、真後ろと左横から小石と落ち葉の塊が同時が飛んできた。
さらに根っこもうねうねと動き回り、俺はその全ての攻撃を受けてしまう。
出口を通った直後にばたんと倒れ込んだ。
意識はあるが――。
髪に枯れ葉がつき、頭に新たなたんこぶが出き、そして鼻から血を流した。
それはそれは惨めな帰還だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
第五章が始まりました。
そして試験まで残り二カ月を切り、いよいよ稽古も応用編に進みそうです。
次回はどんな稽古が待ち構えているのか。
どうぞお楽しみに。
四十二話もよろしくお願いします。




