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人演狐  作者: 幸人
第四章 痛苦の序章

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第二十七話 妖動山 その二

体を動かす前に筋肉をほぐしてから、全員で位置につく。

山道の入口はそこまで大きくないため、横一列に並ぶことができず、俺は後ろの方に回った。


「皆さん準備はよろしいですか? 一応言っておきますが、順位の記録は取りますので、一番を狙う気持ちで挑んでください」


脇にそれた小内(おさない)の言葉を聞いた半眼生(はんがんせい)たちの目の色が変わった。

それを肌で感じ取った俺は、逆に怖気づいてしまう。


(なんでそんなやる気なんだよ)


この場には度胸のあるやつが多いんだろうか。

俺なんか怖くて仕方ないのに、本当に羨ましい……。


「それでは構えてください」


小内が冷静に指示した瞬間、全員が体を構えた。

俺はゴクリと唾を飲み込む。


「バキバキ」


右耳の奥で渇いた音が響いた後、ゆっくり目を閉じる。

大丈夫、と自らに言い聞かせ、気持ちを宥めた。


「全員、走れ!」


初めて聞く小内の叫び声に肩をビクつかせながらも、山道の入口に向かって走り始めた。

「走れ」の合図と同時に、十五人のうちの半数ほどが一瞬のうちに暗闇の中に消え去ってしまった。

その中には東(あずま)も、先ほど理不尽にも睨まれた荒角(あらかど)という男も含まれている。


(あいつら早すぎるだろ! くそが!)


俺も山道に入り、走りながら足元を見下ろす。


――何だよ、この根(・)は……!


四方八方に生い茂る数多の樹木から伸びた逞しい根っこが地面を覆っている。

その太く長い根が――不意に動(・)い(・)た(・)んだ。


「――っうわ! 痛ってえ!」


波を打つようにうねる根に足を取られ、俺は不覚にも転んでしまった。

その隙に後ろにいた感応(かんのう)や頭に手ぬぐいを被る伏(ふせ)という男が俺の横を通り抜ける。

そいつらが遠ざかる姿を見つめ、首を垂れた。

――はあ。もう嫌だ。

走り始めて早々に服が汚れ、膝からは血が出ていた。



「先に行くよう!」


後ろにいたくせ毛で眉の垂れ下がった男の半眼生――名は確か、薫兵藏(くんぺいぞう)だった――が「おわっ!」と声を上げながら、横をすり抜けていった。


膝から感じる、ドクドクという痛みに耐えつつ起き上がり、また足を前に出す。

生き物のように位置を変え、さらに盛り上がる根に注視し、それを懸命に飛び越える。


(はあ、疲れた)


ただでさえ上り道でキツイのに、動く根にも注意しなきゃならない。

頑張れ俺、と自分を鼓舞しながら走っていく。


その時だった。

どこからかやって来た鋭い風が俺の頬を横切った。


「痛!!」


――何だ、今のは!?


鋭利なもので切られたようにズキズキと痛む頬を触ると、手には血がついていた。


(この山は異常だ)


だって不自然だろ。

今吹いた風はどう考えても尖った刃のような鋭さだった。

ただの風だったら髪や服がなびく程度なのに、頬から血が出るほどに強烈だったんだぞ。

これが自然に起こることだとは思えねえ!

誰かがわざと攻撃してるのか……?

でも根っこに関してはどう頑張っても人間にはできねえ動き方だろ、どういうことだ?


状況が一切飲み込めない中でも、只々走り続けた。


その後も体力だけがどんどん消耗されてゆく。

根の動き、刃物のような風を器用に対処できるはずもなく、体の傷も増えていった。

さらに風とともに草の葉や石ころが飛んできたり、樹木の枝が俺の体めがけて襲ってきたりして、もう散々だった。

途中で気分が悪くなり今朝食べたものを吐いてしまった。


「……ああ! もう、いやだ……!」


「さっきから嫌だ」とか「帰りたい」とか、否定的なことを叫び続け、余計に体力を消費させてしまっている。


(あとどれくらいで頂上なんだ……)


そんなことを考えていたらまた石ころが前から飛んできた。

咄嗟にそれを避け、左右に注意しながら上へ上へと登った。


(喉がカラカラだ。水が飲みてえ)


大きく上下する肩、滴り落ちる汗と血。

もうとっくに限界は越えている。

だけどこの山から出ないことには安全な場所はないんだ。


根の波が俺を襲い、よろけながらも飛び越えるが、もはや飛ぶ意味がなくなってきた。

素早い風が肩に当たり、また血が飛び出す。

大きな木の枝が形を変えて俺のもとまで伸び、それを必死で避けたが、結局顔面に直撃した。


「っくそ……いてえよ」


鼻血が出た。

唇も今の衝撃で切れちまった。


服の袖でそれらを拭い取った後、最後の力を振り絞り、上に向かって全力で走った。


「ハア……、も……すぐな……ず」


走りながらも周りに気を付け、襲ってきた障害物を避けるために体を大きく動かすから余計に苦しい。

でも……もう少しで頂上なはずだと、自分を奮い立たせる。


そして――。


「あ……が……ほこ……ら……」


やっと頂上に着いた。

頂には人気のない神社の祠が建っていた。

思ったよりも立派な造りだ。

その場所だけがわずかに光り、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「すげえ……」


小内が言っていた、蠢(うごめ)き様なる神様が眠っている祠を眺める。

辺りには半眼生は一人もいない。

俺を抜かしていったくせ毛の男を途中で一度は抜き返したが、結局また先を越された。

あと後ろにいるのは、一人か二人くらいだろうか。

もうそんなことを考える余裕すらもなかった。


(こんなとこで突っ立っている暇はねえな)


ボロボロの足を引きずりながら動かし、下り道と書かれた木の板を頼りに、その方向へと進んでいく。


下り道も見るに堪えない時間だった。

登りよりも体力が落ち、集中力が切れたことで注意が散漫になり、多くの攻撃を受けてしまった。

体中が傷だらけになり、幾つもの石や木の根、枝、葉っぱが顔面に当たり、顔全体が腫れた。


「ッゲホ! ッゴホ!」

「ハア……ハ……ア……ハア」


(もうダメだ……これ以上動けねえ……)


その時、木の根を飛び越えようとしたら、足が滑って転んでしまった。


「うわああ!!」

「――ガガガガガッッ! ゴガッ、ガギィ、ズザザザザッ!」

「――ってえ……」


もう嫌だ……辛いよお。

誰か……助けて。


腫れた両目から涙が溢れて出てきた。

もう足も固まって動けない。

起き上がる気力も体力もない。


(もうこのまま死んじゃうのかな……それでもいいのかもしれない)


俺は仰向けの状態のまま、そっと目を閉じた。

速まった鼓動の音だけが俺の全身を埋め尽くす。

もう何もかもどうでもいい。

静かに眠りたい。

その思いを最後に、俺は意識を失った。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


音在の最初の訓練は痛々しい結果となってしまいましたね。

必死で頑張る彼を応援したいところですが、やはり現実は厳しいようです。

さて……意識を失ってしまった彼はどうなってしまうのか。

次回も体を張る彼の行方にぜひ注目してください!


二十八話もよろしくお願いいたします!


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